我思う、故に我有り   作:黒山羊

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汝自身を知れ

『あの場所から、どうやって私は此処まで来たのだろう』

 

 海中に没しながら身体を冷却し、漸く平静な『思考』を獲得した彼の脳裏にふとそんな考えがよぎる。

 

 彼が覚えているのは、吹き荒れる爆風と身体を焦がす大熱量。その爆発の衝撃で彼は『誕生』したのだ。

 

 壊れたテレビを叩くように、爆発の衝撃が彼に『自我』というバグを発生させたのである。

 

 で、その後、彼--第三使徒サキエルがどうやってこの涼やかな海へと戻って来たのかと言えば、それは単純。二足歩行でテクテクと山を越えて元居た海へと帰還したのだった。

 

 では、何故そんな事をしたのか。わざわざ進んでいたからには目的があったのではないか。にもかかわらず、何故引き返したのか。

 

 それは彼自身がある疑問を抱いたからだ。

 

 即ち、『アダムとの融合は其処まで優先する事項なのか?』という疑問である。

 

 確かに、アダムと融合すれば、名実ともにサキエルの子孫が地球の王となるだろう。だが、それは今のサキエル自身を生け贄にして齎されるものだ。

 

 その選択は果たして正しいのか?

 

 そう自問したサキエルの結論は実に単純なものだった。

 

『生きたい』

 

 あらゆる生物が抱くであろうその願望の前に、子孫繁栄など些事でしかない。種の保存より自己の保存を選択した彼は、思考を次の段階へと移行させる。

 

 『生き延びる』為には何が必要か?

 

 食事も呼吸も必要ない『使徒』の肉体を脅かす『死』とは何ぞや?

 

 その問いに、彼は半ば呆れつつも自身の肉体を見つめた。

 

 弱点である赤いコア。何故自分がこれを露出しているのかがさっぱりわからなかった為だ。

 

『引っ込め』

 

 彼はそう念じると共に、コアと、ついでに古い方の仮面を体内へと取り込んだ。以外にすんなりと人間で言う心臓の位置に移動したそれに若干の安心を抱きつつ、彼は『生きる』為の思考に結論を下す。

 

『最も強い生物になれば、誰も私を傷つけられないだろう』

 

 人間が、同一の発言をすれば恐らくは精神を疑われるであろうその結論を下した彼はその大きな目標に至るために当面の目標を決定する。

『あの小さな生き物はこの星の支配者らしい。……なら、彼等を観察すれば何かを掴めるかもしれない』

 

 彼が目標として定めたのは『人間観察による人間の理解』。その目標を目指して彼は、再び海面へと浮上したのだった。

 

 

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「海中に高エネルギー反応!! パターン青、使徒です!!」 第三新東京市の地下にある特務機関『ネルフ』。その第一発令所からネルフの全域に向けて放たれたオペレーター伊吹マヤの叫びは、司令部に人員を召集するには充分なものだった。

 

 すぐさま駆け込んできた葛城ミサトと赤木リツコは素早く指揮を振るい、司令部の動揺を取り敢えず落ち着かせる事に成功した。

 

「現状は!?」

「対象は昨日と同じく第三新東京市を目指し移動中!! 映像回します!!」

 

 ミサトの問いに応えるのは青葉シゲル。彼の声と共に画面に現れた使徒は昨日よりゆったりと、何かを眺めるように周囲を見渡しつつ移動していた。

 

「何かを探しているのかしら? ねえリツコ、どう思う?」

「私に訊かれても使徒の気持ちは分からないわ。……もっと妙な点なら見つけたけれど」

 

 そう言って使徒の挙動を見つつリツコは指を指す。その先には使徒の足があった。

「昨日は踏み潰していた戦車を、今日は一つも踏んでいない、というより、避けている節すらあるわ」

「……どういうこと?」

 

 そう言われて見れば確かに使徒は戦車や自動車を踏もうとせず、そればかりか一切建物などを破壊することなく道路を歩いて第三新東京市を目指している。

 

 昨日と同じ使徒とは思いがたい。ミサトがそんな考えを巡らせた頃、碇ゲンドウが発令所へと現れた。

 

「……エヴァはどうした」

 

 開口一番、そう告げたゲンドウに、リツコが素早く返答する。

 

「修復は完了、残るはパイロットだけですが、レイはまだ激しい戦闘が出来る状態ではありません」

「予備は?」

「シンジ君ですか?」

「そうだ。昨日到着したのだろう?」

「はい。ですが、彼は……」

「乗るのを拒んでいるのか?」

「いえ、レイの現状を見せた所、怪我人を乗せるくらいならと言っています。が、マギの返答は『レイを乗せろ』でした」

「ふむ……。ではレイを乗せろ。それで駄目ならば、次はシンジだ」

「了解、では、エヴァの出撃準備に入ります」

 そう返答してリツコが去った発令所。そのモニターに映る使徒は、道路をテクテクと歩き、着実に第三新東京市へと迫っていた。

 

 

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 結果から言えば、彼は別段コレといった 苦労をせずに第三新東京市へと到着していた。小高い山に囲まれたその都市を一望出来る高台に腰掛けた彼は、生まれたばかりの知性でもって現状を把握しようと考えていた。

 

『あの小さな生き物の巣は此処だと思ったが、違うのだろうか? それとも、どこかに隠れているのだろうか?』

 

 もし、違うのならばとんだ無駄足だが、あれだけ頑張って自分がこの場に向かうのを妨害していたのだから何かあるのだろうと、夕暮れの街を眺める。

 

 そんな彼の周りではひっきりなしにミサイルが打ち込まれ、飛行機が飛び交い、戦車が包囲網を敷いているのだが、蚊が刺した程度の痛痒すら彼に与えられていない。

 というのも、彼が絶対防御であるATフィールドを展開している為である。

 

 ATフィールドを張るまでもなく、その肉体の耐久性のみでこの程度の攻撃ならば十分なのだが、万が一という事もある、と対策を怠ることはしなかった。彼は『死にたくない』のだから。

 

 そんな彼が現状で学んだのは『小さい生き物は何かに乗るのが好きらしい』、『小さい生き物は離れた場所から攻撃するのが好きらしい』という二つの事柄だ。

 

 まぁ、彼の図体で何かに乗るのは無謀だが、遠距離から一方的に攻撃するのは悪くない方法である。何しろ、自分が死ぬ確率が減る。

 

 ならばとばかりに、彼は遠距離攻撃を習得した。元々持っていた腕から伸ばす『光の杭』。それを仮面の目から飛ばせるようにしたのだ。威力の程はまだ使っていないので不明だが、それなりに使えるのではないかと期待している。

 

 さて、そんな彼が山に腰掛けてのんびりしているその最中。

 

 ネルフは対応に悩んでいた。

 

 

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「目標、ATフィールドを展開した状態で完全に静止。……エネルギー反応も低下気味です」

「此処まで来ておいて停止? ……つくづく理解不能だわ」

 

 そういうミサトは何というか、勇み足でいざ戦うとなったときに出鼻を挫かれて困惑していた。

 

 その一方でリツコのテンションは高めである。

 

「あの使徒を生きたまま捕獲出来れば、何か分かるかもしれないわね。……そもそも、アダムとの融合を目指している使徒としては異常な行動をしているのだし、このまま観察というのも悪くはないのかしら」

 

 そんな中でゲンドウの命令が下る。

 

「レイの調子はどうだ」

「初号機とのシンクロは問題ありません。……ですが、本当に宜しいのですか?」

「構わん、出撃だ」

 

 ゲンドウの号令の元、職員達が慌ただしく計器類を操作する。

 

「冷却終了! パイロット、エントリープラグに登場確認!」

「了解! エントリープラグ挿入開始! プラグ深度、安全値を維持!」

「プラグ固定終了! 注水開始!」

「主電源接続、全回路正常!!」

「A10神経接続異状無し、初期コンタクト全て問題なし!!」

 

 オペレーター達の号令が次々と飛び交い、その『巨人』の瞳に光が灯る。

 

「第一ロックボルト解除!」

「解除確認! アンビリカルブリッジ移動!」

「第一、第二拘束具除去、ならびに一番から一五番までの安全装置解除!」

「内部電源、及び外部電源、共に異状無し!!」

「エヴァ初号機、射出口へ!! 五番ゲートスタンバイ!」

「進路クリア!! オールグリーン!!」

 

 リフトへと据え付けられた紫色の巨体、それを確認し、ミサトはゲンドウに向き直る。

 

「碇指令、宜しいですね?」

「くどいぞ、葛城一尉。使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない」

「了解。……エヴァー初号機、発進!」

 

 その指令と共に発進したリフトは高速で地下を駆け上がり、無人の第三新東京へと到達する。

 

 その前方、街を見下ろす位置に腰掛ける使徒を視界に捉え、レイは傷ついた手で操縦桿を構えた。

 

「エヴァー初号機、リフトオフ!!」

 

 最後の拘束から解き放たれた巨人はその双眸で使徒を睨み付ける。

 

 第三使徒との二度目の接触は如何なる結果を齎すのか?

 

 それはまだ、誰も知らない。

 


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