平和な日々というのはどうにも体感時間を加速させる効果を持つらしく、サキエルが子供達と戯れる日々は既に二週間に及んでいた。
あっと言う間のその時間。そんな中でサキエルはいつも通りにラジオを聞きながら、ふとレイのことを気にかける。
「……そう言えば、今日は零号機の再起動試験がある様だが。レイ君は大丈夫だろうか」
自身の口から出たその言葉にすぐ「レイ君ならば大丈夫だ」と結論を出して再びラジオの内容に意識を集中させるサキエル。
夏の日差しの中でプカプカと浮かぶ彼は、今日も今日とてまったりとした時の中に漂っていた。
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降り注ぐセミの声。からりと晴れた青空の下で、レイとシンジはネルフに向かっていた。
今日は休日。朝から湖で遊んだ後、自販機でジュースを買って、そのままこうして歩いている訳だ。
「今日は綾波さんのエヴァの起動試験だったよね。確か、零号機だっけ?」
「ええ」
「零号機って、初号機とどう違うの?」
「見た目以外は同じよ」
「じゃあ、僕も乗れるのかな?」
「初号機と互換性があるわ」
「そっか。それで綾波さんが初号機に乗れるんだね」
納得したようにつぶやくシンジ。実は前々から初号機を動かせるレイを不思議に思っていたのだが、そういう仕組みならば納得がいくというものである。
そんなシンジに、レイは一ミリ程眉尻を下げて返答する。シンジはこの微妙な表情の変化は、レイが謙遜、或いは困惑したりするときの反応だとこの半月の間にサキエルから教わっている。
「……シンクロ率は悪いわ」
「それは多分、僕が零号機に乗っても同じだよ。気にしないで良いと思うな」
「そう?」
「そうだよ。……けど、エヴァって不思議だよね」
「どこが?」
「この前、僕が気絶してても動いてた所とか、気分で動きが変わる所かな」
そう言うシンジに、レイは少し考えてから答えを返す。
「……エヴァには心があるから」
「……サッキーみたいに?」
「そう」
「じゃあ、もしかしたらエヴァと心が通じればシンクロ率も上がるのかな?」
「多分」
「そっか。じゃあ今度から話しかけてみようかな」
「話す?」
「ほら、植物とかも話しかけるとよく育つっていうじゃない?」
「……碇君は物知り」
「ありがと。……でもサッキーには負けるよ」
そんな会話を続けながら歩く二人。この半月で二人の仲は確実に知人から友人へと変化していた。
トウジやケンスケも同じく仲の良い友人となっているが、最近ではシンジと綾波の顔立ちが似ている事に気付いた2人から『碇姉弟』とコンビ名を付けられている。
学校で呼ばれたときには変な噂が立ったが、まぁ、似ているのは間違いないので噂も消しづらく、何故か周囲のクラスメート達からは二人は異母姉弟なのだとして扱われている。
トウジとケンスケに謝罪と賠償を要求し、ファミレスを奢らせたシンジとレイは悪くない。
そんな『碇姉弟』の二人は、ネルフまでの道のりをのんびりと歩いていくのだった。
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さて、その一方でファミレスを奢らされた二人組は芦ノ湖で釣り糸を垂れていた。
サキエルは好きな番組があるとの事で電波の良い場所へと移動しており、今は二人だけである。
「……大丈夫かな」
「何がやねん」
「『碇姉弟』だよ。今日は再起動試験があるんだってさ」
「……前から思っとったけど、お前どこでそんな情報仕入れとんねん」
「あぁ、僕のパパはネルフの施設管理担当だからね。スケジュールくらいなら手にはいるんだよ」
「いや、ウチのオトンかてネルフで整備しやっとるけど、そんな話一言も喋りよらんぞ?」
「そりゃあ、僕はパパのパソコンをハックして情報見てるからね。パパは一言も喋ってないよ」
「…………お前のオトンも難儀な息子を持ったもんやの」
「機械イジリを僕に教えたのはパパだから自業自得さ」
そんな会話をしながら釣り糸を垂れる二人に、番組が終わったらしいサキエルが近寄ってくる。
「まぁ、私は先にレイ君から聞いていたがね」
「ん、サッキーも知っとったんか?」
「機密に当たると思われたので君達には黙っていたがね。……諜報部の怖いお兄さん達に捕まりたくはないだろう?」
「それは納得やな。……って待ちや、ほな今知ってもうたワシ等は大丈夫なんか?」
「今はシンジ君達が居ないので諜報部も居ない。よって大丈夫だな」
「……さよか。……ケンスケ、火遊びはやめとけ」
「まぁ、火事にならないように気を付けるさ」
「アカンわコイツ」
「まぁ、一度火傷しないと火の怖さは分からないと言うからね。仕方ないだろうさ」
むしろ若い内に火傷しておけ、とでも言わんばかりのサキエルの態度にトウジは苦笑しつつも心配事を呟く。
「なぁ、サッキー。そろそろちゃうんか?」
「ふむ。使徒襲来かね?」
「せや。前の奴が半月前、そんでサッキーが来たんが一月前。……やったら時期的にはそろそろやろ?」
「まぁ、たった二回では判断材料に欠けるが、その可能性は大いにあるな」
「確かにトウジの言う通りかもね。……そう言えば、サッキーにやってみて欲しいことがあるんだけどさ」
そう言ってケンスケがカバンから取り出したのは旧型のパソコン。最近のものと違って無骨で無駄に大きなそれは、明らかに10世代は前のものだろう。型落ちというレベルではない。
「……えらく古そうな機種だね。私には生憎それを修理できるような技術はないぞ」
「いや、確かに押し入れから発掘した奴だけど壊れた訳じゃないさ。……サッキーはラジオを聞くのに機械を使ってないよな? 前から見てた限りじゃ、その身体は自由に変形出来るんだろ?」
「ああその通りだ。私は仕組みを知っている機械ならばある程度は自分の肉体で代用出来るからね。………………待てよ? ケンスケ君、君は自分が何をしているのか分かっているか?」
「察しがいいね」
「……ワイにはさっぱり通じとらんのやけど」
そう言って困惑の表情を浮かべるトウジに、ケンスケはニヤリと笑いつつ返答する。
「まぁ落ち着けよトウジ。今から説明するからさ。……といっても、サッキーにこのパソコンをあげて、その機能を丸パクリして貰うだけなんだけどさ」
「ん? サッキーはそんな事出来よるんか?」
「ああ。……流石に見抜かれるとは思っていなかったが」
若干の驚きを込めてそう呟くサキエルに、ケンスケは眼鏡をクイッと弄って推理の根拠を披露する。
「ヒントは沢山在ったよ。背中の取っ手も以前はなかったし、ラジオの受信機を持ってる素振りはない。その上、綾波から聞いたけどあの水着はサッキーが体内で作ったんだろ? あと、碇曰く初登場では三本だった指がいつの間にか五本に増えてたとか。なら、身体を自由に組み換えられるのも予想はつくさ」
「……何で其処まで賢いのにお前は成績悪いんやろな」
「……推理力は成績に関係ないからだよ」
「……さよか」
そんな会話をしながら、ケンスケはサキエルにパソコンを差し出す。
それを受け取って丸呑みしたサキエルは、体内でチマチマと回路を組み上げ始める。パソコン、スパコン、量子コンピューターと凄まじい改良をその体内で繰り返して機能を増設しつつも、依然としてサキエル達はのんびりとした昼の時間を過ごしていくのだった。