我思う、故に我有り   作:黒山羊

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馬には乗ってみよ人には添うてみよ

「よっ、ほっ、はっ、ぬわっ!?」

「あー、惜しかったな碇」

「記録更新24発やな!!」

 

 午後。地軸がズレた影響でまだまだ明るい日差しが降り注ぐ中、シンジ達は芦ノ湖の畔で絶賛特訓中であった。

 

 今やっているのはサキエルからの『ビームを打てる』との情報を元に考えた、トウジとケンスケがシンジを水鉄砲で撃ち、それをシンジがひたすら回避するという特訓だ。

 

 足場の悪い砂浜での回避特訓は確実にシンジの反射神経と瞬発力を鍛え上げ、ついでに持久力もあがっている。その健脚が、体育の授業で行ったサッカーでもシュート二本を打つ活躍をみせたのは、嬉しいオマケであると言えよう。

 

「ふぅ。……疲れたからそろそろ泳がない? 汗かいちゃったよ」

「もう一時間はやったし、俺は賛成だな」

「よっしゃ、ほな泳ぐか!!」

「そう言えば、碇。お前最近は浮き輪無しでも泳げてるよな」

「うん。流石に毎日泳いでたら慣れたのかも。後は、筋肉がついたからかなぁ? サッキーはどう思う?」

 

 シンジの呼び掛けに、相変わらず水面から頭を覗かせているサキエルは少しシンジの身体を観察した後、返答する。

 

「それもあるが、程良く脂肪がついたのもあるな。前までのシンジ君は少し痩せすぎだったからな。この湖の水より比重が重かったのだろう」

「比重?」

「ある物質の重さと,同じ体積の4℃の蒸留水の重さとの比のことだ。ラジオの高校講座からの情報だな」

「サッキーはホンマ、ラジオが好きやの」

「学ぶというのは実に良いものだよ。私は君達と違って学校に行くわけにはいかないからね」

「そんなもんなんか? ワシ等は宿題三昧でイヤやけどなぁ」

「そこはまぁ、勉強と学習の差だな。勉強とは『勉めて強いる』と書くつまり、自身に強いているわけだ。それに対して学習は『学び習う』と書く。此方は自主的にやりたくてやっているわけだな」

「おお、そう言われたらそんな気がするわ。自分で調べた事は覚えとるもんな」

 

「僕の場合、学校が勉強で写真とミリタリーが学習なのか。納得だけど……サッキーって実はかなり賢いよな?」

「実はも何も、普通に僕たちより賢いと思うよ? 僕たちって所詮は中学生だし」

「センセはそう思える辺りワシ等より賢いな」

 

 そんな雑談を交わしながら海パンに着替えたシンジ達は、もはや日課となった行水を楽しむ。そんな中で、サキエルがポツリと呟いた。

 

「……そう言えば、そろそろレイ君が来る時間だな」

「レイ? 綾波さんのこと?」

「あぁ、シンジ君は知っているのか。最近よく遊びに来るのだよ」

「…………あの綾波が、遊びに?」

「ホンマかいな? アイツが遊んどるとこは想像できんなぁ」

「おや、全員知っているんだな。無口だが可愛らしい子だよ。……と、言っている間に来たようだな」

 

 そう言いながらサキエルが指差す方向には、確かに黒いプラグスーツのような水着の上から白い薄手のパーカーを羽織った少女がやってきていた。

 

「……サッキー」

「やあレイ君。よく来たね。……今日は三人ほど先客が居るが大丈夫かね?」

「大丈夫」

 

 無口なのは変わりないものの、心なしか楽しげに話すレイの姿に、三人はさも珍しいものを見たかのように顔を見合わせる。

「学校とはエラい違いやな」

「うん、あの表情の綾波の写真が撮れたらたぶん一枚二百円は固いな」

「……無理じゃないかな、綾波さんは人見知りだし」

「ほな、何でいまワシ等が居るのにあんなエエ顔なんや?」

「……眼中に無いんじゃないかな」

「「……ですよねー」」

 

 声を揃えて言うトウジとケンスケに反応したのか、漸く綾波は三人を視界に入れる。

 

「碇君と……………………?」

「あー、ワシが鈴原でコイツが相田や」

「よろしくな、綾波」

「そう。……あなた達もサッキーの友達?」

「まぁ、そやな」

「……そう。私と同じね」

「みたいやな」

 

 完璧に能面フェイスに戻った綾波にぎこちなく答えるトウジ。

 

 そんな交流風景にサキエルが下した感想は、トウジ達には意外なものだった。

 

「嬉しそうだね、レイ君」

「ええ」

「……マジで?」

「ケンスケ君、レイ君は表情と言語が乏しいだけで中身は可愛い女の子だよ?」

「それにしても、サッキーはよく判るね。僕は正直、良く分かんないや」

「ふむ、私には人の感情が『見える』からね。レイ君の感情を察するなど朝飯前なのだよ」

「……私の感情が?」

「見える?」

「うむ。といっても、『嬉しいな』や『楽しいな』といった大ざっぱな感情だけだが。……君たちが持つ表情から感情を察する能力と仕組みは違っても、判る情報の精度は変わらんよ」

 

 あらゆる生物が肉体をATフィールドで維持している以上、ATフィールドを読み取れるサキエルにはいわばATフィールドの『表情』が読み取れるのである。雰囲気やオーラといっても良いだろう。そんなサキエルからすれば、レイの感情を読みとる事が実に簡単なのは当たり前。何しろ、レイは他人よりATフィールドが強いのだから。

 

「……サッキー、早く乗せて」

「む、照れさせてしまったか。……ついでだし、四人で乗りたまえ。背中に取っ手があるからしっかり掴まりたまえよ」

「よっしゃ、分かった。綾波、サッキーの友達はワシらの友達や。困ったことがあったらワシらに言えや、勉強以外やったらどうにかしちゃる。のう、センセ、ケンスケ」

「うん。僕は同じパイロットだし、勉強もある程度は得意だから遠慮しないでね、綾波さん」

「僕も写真ぐらいしか取り柄がないけど、力になれることがあったら言ってくれよな」

「ええ、分かったわ」

「おお、ハイテンションだねレイ君」

「……サッキー、心の通訳は任せた」

「任せられよう。……さて、全員乗ったかね? 乗ったな? それでは行こうか。三、二、一……」

「「「「発進!!」」」」

 

 水しぶきを上げて、軽く飛んだり跳ねたりしながら泳ぎ回るサキエル。その背中に乗ったお馬鹿トリオはキャイキャイとはしゃぎながら笑い合う。先頭で楽しんでいるらしいレイもその口元にかすかな笑みを浮かべているあたり、彼らとの遊びを満喫している様子。

 

 

 

 そして、子供らしいその笑顔に、サキエル、岸から見守る諜報部の皆さん、そしてカメラで見ているネルフ職員達がほっこりと和んだのは言うまでもない。


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