初号機には碇ユイの魂が取り込まれている。
そう断言したと言っても過言ではないサキエル。成る程確かに初号機には碇ユイが封じ込められている。それはゲンドウ、そして冬月とリツコも良く知る所であった。
だが、続くサキエルの言葉は完全に不意打ちだったと言って良いだろう。
「……しかし、出る気さえあれば簡単に出られると言うのに、随分エヴァとやらの中が気に入っているようだな。物好きな事だ」
「……どういうことだ」
「いや、私に訊かれても君の奥さんの考えなど解らんよ?」
「そうではない、その前だ」
簡単に出られる、とはどういう事なのか。そう問い詰めるゲンドウに、サキエルはまぁ、落ち着けとでも言うように頭を振ってから説明する。
「先程も言ったが、ATフィールドは心の壁だ。それは心という魂を入れる器の素材でもある。要は、我々の肉体は一種のATフィールドなのだ。……此処までは良いか?」
「ああ、問題無い」
「ならば、初号機とやらが展開したATフィールドが君の奥さんの意志で構成されていたということが、どういう事かは分かるだろう?」
「……ユイは肉体も構築出来るはず、と言うわけか」
「その通りだ。だがまぁ、私に分かるのは此処まで。後は本人に訊いてくれ。……さて、いい加減話を元に戻しても構わないかね?」
「……問題無い」
開かされた大量の情報にパンク寸前のミサト、サキエルの精神の成長に興味全開なリツコ、黙考する冬月、相変わらず無表情なゲンドウ。四者四様の様相を見せる彼らに、サキエルは当初の質問に対する簡潔明瞭な返答を述べる。
「纏めれば、私は死にたくないのでサードインパクトは起こさない。かつ、後続の使徒がサードインパクトを起こさんとする場合はこれを阻止する。というのが私の目的だ。……これで、要件は済んだだろう」
そう言って再び水中へ沈んでいくサキエルを、ゲンドウ達一行は何ともいえぬ表情で見送ったのだった。
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一方。シンジは軽い診察の後、退院を認められ、いつもの二人と共に芦ノ湖へと向かっていた。
戦闘前後の記憶はアヤフヤだが、日常生活に支障はないだろう、と言うのが医師の診断である。
「しかしセンセ、エヴァのパイロットっちゅうのは話には聞いとったけど大変なんやなぁ」
「どうしたんだよ、いきなり」
「いや、綾波も聞いた話やとパイロットらしいやないか。となると、アイツの怪我やセンセの気絶騒ぎはパイロットの仕事がそんだけ危ないっちゅうことやろ?」
「まぁ、そうだけどさ。……トウジ、悪い物でも食べたの?」
「碇、コイツがこんな話し方をするときは大体変なこと考えてるときだよ」
「……お前らなぁ、折角人が真面目に考えたっちゅうのに」
「何をだよ?」
「そりゃ、センセの新しい訓練や」
そう言って胸を張るトウジにケンスケは訝しげな目を向ける。
「マトモな訓練なのか?」
「当たり前やろ、アホなことしてセンセが怪我したら人類滅亡まっしぐらやないけ」「……で、どんな訓練? 水着を持ってきた上に芦ノ湖に誘ったって事は、湖で何かするの?」
そう問いかけるシンジに、トウジは「おう」と答えてより一層胸を張る。
「何のことはあらへん、センセとワシとケンスケで水中プロレスごっこをするんや」
「水中?」
「プロレスごっこ?」
明らかに「何言ってんだコイツ」という目を向ける二人に、トウジはジャージのポケットから一枚のチラシを取り出す。
「何これ? 『第三新東京市スイミングスクール』?」
「せや、そん中に『水中ウォーキング』てあるやろ? それが今ダイエットに成るいうて、女子に流行っとるらしいわ」
「あぁ、コレか。……『陸上のウォーキングの数倍の効果があります。筋肉を鍛えて脂肪を燃やそう!!』……トウジ、僕むしろ痩せ気味なんだけど」
「いや、碇。僕もトウジの考えが分かったよ。……つまり、碇に筋肉をつけるつもりなのさコイツは」
「僕に、筋肉?」
そんな物つけて意味があるのか? という表情をしているシンジに、「センセは案外勉強以外ではアホやな」と言いつつトウジが説明する。
「センセの話やと、エヴァはセンセの『自分の身体を動かすイメージ』で動くんやろ?」
「うん」
「せやったらや。例えばの話やけど握力をメッチャ鍛えた奴がエヴァに乗るんと普通の奴がエヴァに乗るんとやったら、『エヴァの馬力』も変わってくるやろ?」
「…………………ん?」
「……アカンわコイツ」
首を傾げるシンジに、思わず溜め息をつくトウジ。そこに助太刀に入ったのはケンスケだった。
「よしトウジ、僕に任せろ。例えば、リンゴを素手で握りつぶせる奴と、一般人がそれぞれエヴァに乗って、まぁエヴァの身の丈に合う巨大なリンゴを握りつぶすとする。この時、リンゴを握り潰す感覚をよりリアルにイメージ出来るのはどっちだ?」
「そりゃ、リンゴを素手で握り潰せる人が……あぁ、成る程」
「分かったか?」
「トウジの作戦は、僕に『よりリアルなイメージ』をさせることなんだね」
成る程、確かに足の速さに確固たる自信を持ってエヴァを動かすならその速さも違うかも知れない。
そのイメージをつけるのに手っ取り早いのは、筋肉をつけ、運動をする事だ。
だが、何故『プロレス』なのか?
そんな疑問をシンジが口にすると、トウジは案外真面目な答えを返してきた。
「うーん、プロレスっちゅうか、柔道っちゅうか、兎に角センセの場合殴ったり蹴ったりより相手を投げ飛ばした方がええ気がするんや。センセ、殴るときに親指握り込みそうやし」
「え、握り込んじゃ駄目なの?」
「ある程度の威力で殴ろうと思うたら握り込んどったら親指折れてまうで? その点、投げるんは投げたら投げっぱなしやから心配せんでええしな」
そう言うトウジにプラスして、ケンスケも意見を述べる。
「それにプラスして『避ける』訓練もした方が良いな。ほら『当たらなければどうという事はない』っていうし」
「おお、そりゃええな」
「……お手柔らかにね」
「センセが死なん程度にな」
「頑張れ碇、限界を乗り越えてこそ見えるモノがあるんだ」
「どこのスポコン漫画だよ!!」
そう言って笑いながら芦ノ湖に向かう三馬鹿御一行。
彼らの行く先は、奇しくもゲンドウ達が今居る浜辺だった。