初号機に芦ノ湖へと投擲され、放物線を描いて落下したシャムシエル。だが忘れるなかれ、この使徒は浮遊能力を持っているのである。
水面ギリギリでその落下を何とか止め、全力疾走で向かってくる初号機を迎え撃つシャムシエル。
其処に、プログレッシブナイフを握り締めた初号機が襲い掛かる。
立ち上がる水柱、閃く鞭、振るわれる刃。
その攻防は熾烈にして苛烈。一分の隙もないその攻防の中、体制を崩したのは初号機だった。
「ヴォォォォッッッ」
辛うじてATフィールドを張り、何とか持ちこたえたものの、圧倒的に先程より動きが悪い。
そう、そろそろ内部電源が限界値に近いためである。
「初号機内部電源残り一分!!」
「そんなっ!?」
悲痛な声をあげるミサトの前で、初号機も時間が無いことを悟ったのか、左手をこれまで以上に動かして、シャムシエルのコアを貫くべく必死に攻め立てる。だが、片腕が無くナイフしか持っていない初号機と両腕で鞭を操るシャムシエルでは圧倒的に初号機の方が分が悪い。
と、その時。突如としてシャムシエルがギシリとその動きを止めた。
その隙を、初号機が見過ごすはずもない。
「ヴォォォォォォォォッッッ」
喉も裂けよとばかりに咆哮し、シャムシエルのコアに渾身の力でナイフを抉り込むエヴァ初号機。
その乾坤一擲の一撃はシャムシエルにトドメを刺すには充分。だが『乾坤一擲』の名に恥じぬ大勝負は、初号機の内部エネルギーを根刮ぎ奪い去り、シャムシエルがその巨体を水面に浮かべると同時に水没し始める。
そんな初号機に、伸ばされる手が一つ。
その大きな黒い手は、当然ながらこの闘いを特等席で観察していたサキエルのもの。彼は初号機の左手を掴むとそのまま水面を引き摺って浅瀬まで運搬し、そのまま引き返してシャムシエルのコアをえぐり出して初号機の近くへとポイと捨てる。
妙に親切なその行いに暫し唖然としていたネルフ本部のスタッフ達は、サキエルがシャムシエルの死体をゆっくりと水中に引きずり込んで行くのを眺めるばかり。
その姿が漸く完全に水没したところで漸く再起動したネルフ職員は手早くシャムシエルのコアと初号機の回収作業に入る。
その中で、リツコは思い出したように呟いた。
「……そう言えば、S2機関は?」
その呟きでスタッフ達が再度固まったのはまぁ、仕方がないことだろう。
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『こういう状況を何というのだろう。たしか……棚からぼた餅だったか?』
まあ一応エヴァとの戦闘中にシャムシエルを『捕まえた』のはサキエルなので完璧に何もしていないわけではないが、ほぼ何もしていないに等しい。そういう意味では棚ぼたであると言えるだろう。
そんな事を考えながら水中でシャムシエルの死体にかじりつくサキエル。既にS2機関は吸収済みだが、最近ラジオで『食べ残しを減らすだけで年間数百トンのゴミの削減』だとか何とか言っていたので残すことなく頭から食べ進めていた。味覚はないので旨いか不味いかは分からないものの、魚が食いつかない辺り通常の生物が食べる素材ではないらしい。
『しかし、シンジ君は大丈夫なのだろうか』
初めて見たエヴァの状態。異常なまでに狂暴化したその姿にさしものサキエルも驚愕した。そのせいでシャムシエルの動きを止めるのが遅れたのだが、まぁエヴァが勝ったので結果オーライである。だが、先程救急車とやらで運ばれて行ったシンジは明らかに気絶していた。
浮き輪無しでは泳げないと嘆くシンジの姿を見ていたサキエルは沈みかけた初号機を慌てて引っ張って浅瀬まで持って行ったのだが、その時の運び方が雑だったのかも知れない。
『やはり人間は脆いな。……その分、数は多く、私と違って自分達で増えられるらしいが』
トウジ達バカトリオ曰わく、人間には『男』と『女』の二種類があり、その二種類が協力する事で自己増殖が出来るらしい。
仕組みだけ聞けば実に素晴らしいシステムだが、生憎サキエルに興味はなかった。自分のコピーに殺されるなど冗談ではない。可能性は無くしておくべきである。
ちなみに、胸部が肥大している個体が『女』だそうだ。つまり、シンジ、トウジ、ケンスケは『男』でミサトやリツコが『女』なのだろう。そのため、特徴である胸部の肥大具合を気にする人間も多いとか何とか。
トウジ曰わく、『女』に胸部の肥大が充分でない事を指摘すると問答無用で『死ぬ』らしい。
『生きたい』と願うサキエルに取っては実に有益な情報である。死ぬのは嫌だ。
『……む、思考が脱線しているな』
そう考えて思考を一時リセットしたサキエルは、改めて『最強への道』を考察する。
今回現れたシャムシエルは浮遊能力と光の鞭という二つの武器を持った使徒だ。浮遊能力は動きが遅く、方向転換も鈍いという微妙な能力だが、それを補って余りある利便性を誇るのが『光の鞭』。
見ていた限りでは『切断』『殴打』『刺突』『捕獲』の四つをこなす便利な武器である。更に、しなりによって先端速度が増す点も素晴らしい。速さは戦闘中において重要なファクターなのだから。
『……光の杭と光の鞭を意識的に切り替えられるようにするか』
更に、シャムシエルから奪ったS2機関で折角エネルギー出力が二倍になったのだからと『杭』のリーチと『矢』の威力をある程度引き上げておく。
『しかし、次も棚からぼた餅が有るとは限らないな。何か、方法を考えておかなくては』
例えば、今回のように飛行する使徒、或いはサキエル自身のように泳ぎが得意な使徒。もしかしたら目に見えない程小さい使徒や、逆に視界に映りきらないほど巨大な使徒、攻撃特化の使徒や、防御特化の使徒も居るかも知れない。
そんな使徒に『殺されない』為には『やられる前にやる』事が重要だ。
何しろ、サキエル自身の肉体は特にコレといって特化したものがない。
水陸両用、遠隔攻撃と近距離攻撃の両方をこなし、ATフィールドも展開可能、再生もそれなりに早い。そう聞けば誰もがそのスペックに驚愕するだろう。だが、『万能』が『最強』かと言われれば怪しいモノがある。器用貧乏より一極集中型の方が便利な場合も往々にして有るのだ。
十徳ナイフとダガーならダガーの方が戦闘では強い、というように。
『と、なると、やはり頼りになるのは知恵か』
そうサキエルが結論付けるのには訳がある。
浜辺で良く見かける『犬』という生物。特に『大型犬』と呼ばれる種類の生物が、人間に連れられて楽しそうに散歩しているのを見て、サキエルはある時気がついたのだ。
どう考えても大型犬は人間よりも強いのである。
『しば』や『こりー』と呼ばれる中型犬も、もしかしたら人間よりも強いかも知れない。だというのにも関わらず、『犬』は何故人間に従っているのか。
その差を考えたとき、思い当たるのは知恵だった。
『犬』の習性を理解し、利用し、調教する。それは言わば『犬』という生物にプログラミングされた『本能』というプログラムに対するハッキング。そのハッキング攻撃を防ぐには、犬の知能は低い。
下手に学習力があるために『パブロフの犬』と同様のメカニズムで人間に本能を利用されてしまう。
結果、犬は人に依存し、その庇護無くしては生きられぬほどにまで弱体化させられるのだ。
それと同じように、使徒を観察する事で行動パターンを理解し、対応できない攻撃を行えば、どうにかなるのかも知れない。
『まぁ、そんな暇があればだが』
そう考えたサキエルは今回と同じように『エヴァを支援する』方向で結論を出す。サードインパクトが起こってしまえばサキエルもLCLに還元されてしまう。
その展開は是非ともご遠慮戴きたい。
ならばエヴァに協力しつつ、そのおこぼれを貰うのがベストではあるまいか。
つまり、棚ぼたから腰巾着へとシフトチェンジするのである。
そんな、非常に『残念』な決断をしたサキエルは、『プライドなど命の前ではゴミに等しい』などと考えながら、モグモグと食事を続けるのであった。