西暦2000年。
南極で発生した謎の爆発は人類に多大なる損害を齎した。
水位の上昇、度重なる地殻変動、災害による世界恐慌、それに伴う内戦。結果として、人類はその人口を半減させてしまった。
その大元たる南極の爆発。巨大隕石の衝突と言われているそれは『セカンド・インパクト』と呼ばれている。
それから15年。
季節が夏で固定されてしまった日本に、新たな危機が迫っていた。
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UN。国連の略称として用いられるそのロゴを貼り付けた無数の戦車がその砲塔を海へ向けて構えている。海へ没したビル群が点在するその場所に、蝉の鳴き声だけが響く。
暑さにぐったりとなった兵士達の中には『敵』に出来るだけ急いで来て欲しいと考える馬鹿も出始める。
その時点では、誰もが勝ちを確信して居たのだ。クリスマスまでには帰れると信じていた第一次世界大戦の兵士達のように。
だがその楽観は、現れた『敵』の前に儚く崩れ去った。
第三新東京市、地下。国連軍の総司令部として臨時に使用されているその場所に、『敵』の出現を知らせる警報が鳴り響く。
「敵影浮上! 正体不明の物体、海面に姿を現しました!!」
「物体を映像で確認!! メインモニターに映像を回します!!」
オペレーターの声と共に表示されたモニターに映るのは、黒い巨人。胸部に輝く赤い球体と、白い仮面。人間でいう頭はなく、人間の鎖骨のあたりにあるその仮面がその物体の顔であるらしい。
ムクリと立ち上がったその巨体に、海岸から無数の砲弾が放たれた。横列に配置された戦車部隊の砲撃はその九割が命中し、焼夷徹甲弾が『巨人』の肉体を紅蓮の焔で包み込み、海面を赤く輝かせる。
だが、その焔の中から再び現れた巨人の肉体は傷一つなく、まるで砲撃を気にせずにゆったりとした足取りで陸に向かって歩き始める。その仮面に開いた眼が見据える先は丁度第三新東京市がある方角。
テクテクと歩いて上陸を果たし、戦車を踏みつぶしながら第三新東京へ向けて進んでいくそれを画面に眺めつつ、司令部で白髪の男が呟く。
「15年ぶりだな、碇」
その声が呼びかけたのは隣に座るサングラスの男。
「あぁ、間違いない、『使徒』だ」
白髪の男に答えるその声は、どこか嬉しげでもあった。
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移動を続ける『使徒』に対し、国連軍は余りにも無力だった。足止めこそ出来るものの、ミサイルは素手で受け止められ、砲弾は弾かれ、爆薬は気にもされない。
そんな彼等に業を煮やしたのか、『使徒』に躍り掛かる影が現れたのは、第三新東京市から電車で二駅といった地点である。
汎用人型決戦兵器『人造人間エヴァンゲリオン』。福音の名を冠するその巨体は『使徒』と同等。使徒に対してショルダータックルを敢行したその姿は、一見巨大ロボットといった所である。その不意打ちで吹き飛ばされた使徒はエヴァンゲリオンをして漸く『敵』と認識したのか、立ち上がるなりその機体を殴りつけ、今度は逆にエヴァンゲリオンを蹴り飛ばす。
先程のリプレイのようにビルに突っ込むエヴァンゲリオンだが、使徒とは異なり、すぐに立ち上がることはない。
その原因は司令部も把握していた。
「パイロット綾波レイの脈拍、呼吸、共に減少!!」
「縫合していた胸の古傷から出血!!」
「シンクロ値が五パーセントまで低下!! 機体を操縦出来ません!!」
「NN作戦まであと180秒!!」
次々叫ばれるパイロットの危機に碇と呼ばれていたサングラス男が指示を出す。
「仕方がない。ルート192で高速回収しろ」
「了解!! アンビリカルケーブル切断!! 機体回収開始!!」
ガコン、という音と共に地面が開き、エレベーターのように地下へと飲み込まれるエヴァンゲリオン。
それから一拍の間を置いて、『敵』を見失い辺りを見渡す『使徒』を閃光と爆炎が飲み込んだ。
NN爆雷。ノー・ニュークリアの名を冠するそれはその名の通り核を用いない大量破壊兵器だ。その衝撃波は、遠く離れた観測カメラの映像が一時的に途絶える程のものであり、恐らく街の消滅は必至だろう。
その威力に、司令部に居た国連軍の『お偉い方』は大声で笑い出す。
「ハハハハハッ!! 見たかね!! これが『我々』のNN爆雷の威力だよ!!」
「碇君、これで君の新兵器の出番はもう二度と無いというわけだ!!」
そう言って笑う国連軍の指揮官達。そんな中で、オペレーターの絶叫が司令部に響き渡る。
「爆心地に高エネルギー反応!!」
「映像、回復します!!」
その声と共に映し出されたのはクレーターの中にしゃがみ込んでいた『使徒』の姿。焼け付いた仮面の下から新たな仮面を発生させた使徒はぎこちない動きで立ち上がる。
「馬鹿な!! 町一つを犠牲にしたんだぞ!?」
「化け物がっ……!!」
その姿に、司令部は恐怖した。あの威力の兵器が効かないならば、どうしようもない、と。
だがしかし、その恐怖は使徒の次の行動で解消されることとなった。
使徒はその巨体をクルリと反転させると、来たときと同じくのそのそと海に向かって歩を進め始めたのだ。
即ちそれは、使徒がNN爆雷に恐れを無し、撤退したということに他ならない。
恐怖から一転、歓喜に包まれる司令部で碇だけが疑問の声を漏らす。
「……なにが起こった?」
そう呟く彼に答えるものは居ない。
全てのシナリオは、あろうことかその第一段階で躓いたのだった。