いつもであれば、活気あふれる商店街。いつもであれば、笑顔溢れる街のメインストリート。そんな”いつも”が、今は見る影もない。破壊された道、店。そのどれもがラブ、美希、祈里にとっては大切であり、自分達の育った場所だ。それが今再び壊されようとしている。それを黙って見ていることなどできる筈がない。
こんなことを、これ以上許してはいけない。
そう決意し再び身に纏った神秘の力。目の前の絶望を打ち砕き、希望を照らす聖なる者。プリキュア――――その名と共に、三人の少女は宙を舞う。
「はあぁぁぁぁぁぁあああああッ!」
上空からの渾身の蹴り。手ごたえを感じると同時に相手の拳が地面へと叩きつけられる。キュアベリーの鋭い蹴り技が異形の攻撃をストップさせたのだ。あのまま振りぬかれていれば、おそらく病院は木端微塵だっただろう。そうならなくてよかったとひとまずは息をつく。着地してすぐさま反転、下から見上げるような形で異形を睨み据える。
「たぁッ!」
「おりゃぁッ!」
パインとピーチ、二人の拳が頭上でさく裂する。人間で言えば脳天を直撃したのと同じ位置を捉えると、巨体がぐらりと傾いて尻もちをついた。
「二人とも、一気に決めるよ!」
ピーチの一声で次に何をするかを察する。プリキュアになって2年、日々戦い続けて経験値の蓄積された感と幼馴染ゆえに次に自分以外の二人がどう動くのかが手に取るようにわかる。ピーチの号令以外、まさに不要だった。各々が三方向へと散り、そこから囲むようにして最大出力で技を放つ。ピーチからはハート、ベリーからはスペード、そしてパインからはクローバーの光が飛び敵を覆う。”キュアスティック”という棒状のアイテムをクルクルと回しながら内部の悪しき力を浄化する。
「あれが、フレッシュプリキュア・・・」
そしてその一部始終を観ていた歩夢も感嘆の意を示すように呟く。天にまで昇って行くような美しい光は三人のモチーフカラーを表すかのように桃、青、黄と目まぐるしく発光しながらさらに力を強めていく――――だが。
マダ、オワッテナイヨ。
突如響く声。それが示すかのように、もうこれで終わりかと思われていた状況が一変する。雄叫びをあげながら、さながらひな鳥が卵を突き破るが如く巨体が外へと出てくる。その衝撃で、三人は吹き飛ばされ建物に衝突して落ちる。幸い大したダメージはないがそれでも今持てる最大火力を使ったのだ。傷はなくとも、疲労が目に見えて出てくる。それでも、この状況をなんとかできるのは
突然空に紫色の光が輝きだす。それは丸く円を描き、空間に穴を空けるが如く存在する。そしてそこから現れる二つの影。
「ザケンナーッ!」
「アカンべーッ!」
「・・・ジコチューッ!」
まるで、呼応するかのような咆哮。新たに現れた見たことのない敵に打ちひしがれそうになる三人。
「・・・何があっても」
「何が来ても!」
「私達は絶対――――」
「「「諦めないッ!」」」
こちらも負けじと気合を入れるように叫びながら果敢に立ち向かっていく。その様子を見ながら、歩夢は不思議と冷静に状況を見ていく。
「ザケンナー、アカンべー、ジコチュー・・・・どれもこの世界に存在しない筈だ、それなのにどうして?・・・・いや待て、それよりもなんで俺は彼奴らを知っている?知らない筈なのに・・・・」
訳が分からない。記憶している筈がないのに知識として頭に浮かんでくるワードは後を絶たない。プリキュアを見た時もそうだ。あの黄色い彼女が誰で、何者なのかをハッキリと把握できた。あり得ないことが現実に起きている。日常と非日常の境があやふやになり、頭の中が混乱していく。冷静だった頭が思考を纏められなくなり、それが痛みとなって歩夢を襲う。片手で頭を抑え、その場に膝をついてしまう。息も荒くなり、いよいよ気絶するのかと思ったその時。悲鳴と共に、突如視界がクリアになった。叩きつけられたのは、先ほど言葉を交わしたキュアパイン――――山吹祈里。彼女の倒れた姿を見て、身体が動いた。
「うぅ・・・ッ」
「祈里!」
突然名前を呼ばれたことに驚き、目を見開く。
「歩夢君!?どうしてここに――――」
「そんな事より、立てるか?ここから逃げるぞ」
「ダメだよ、そんなこと・・・できない」
「でもその傷じゃ無理だ」
「それでも、私が・・・私達がやらないと。今みんなを守れるのは、私達プリキュアだけだから・・・」
震える膝を支えにしながらパインは立ち上がる。山吹祈里という少女は、自分の知る限りではこんなにガッツのあるような子ではなかった。いつだって常に一歩引いた視点物事を見て、おっかなびっくろながらも言いたいことがあれば言う。決して自分からは前に出ることのない、そんな・・・・少し、臆病な子。そんな子が今、傷つきながらも守りたいものの為に懸命に戦っている。負けるかもしれないのに、下手をすれば死ぬというのに。それなのに。
「ジコチューッ!」
一歩、また一歩とジコチューがこちらに接近してくる。パインは歩夢を守ろうと前にでるが、ダメージが大きく両手を広げて立つのが精一杯だ。プリキュアの自分が盾になれば、最悪でも彼のことは助けられる。そう思ってのことだろう。
だが、そんな彼女の前に立つ者がいた。
「歩夢君!?」
「・・・俺には大事なものなんてない。友達だって、家族だっていない。誰かを大切に思ったこなんて・・・ない。だけど、せめてこんな俺に、何もない俺に話しかけてくれた人たちの笑顔だけは・・・それだけは、守りたいって思える」
高鳴る鼓動。背中でもはや悲鳴に近い声で必死に叫ぶパイン。しかしそれでも歩夢は一歩も引かない。振り上げられるジコチューの巨腕。そして、それが振り下ろされる。
「――――待っていたよ。この時を」
今まで頭の中で響いていた声。それがはっきりと聞こえた時、突如として光がほとばしった。そのまま拳をくらい、原型を残さぬほどにぺしゃんこにされる筈だった歩夢をまばゆいばかりの金色の光が包んでいる。そしてそれはやがて収束していき、それまでの彼とはまったく違う姿へと変わっていた。四葉中学の制服ではなく、上下白の衣服。神々しさを感じさせるような金の装飾の入ったその服は上はロングコートを羽織ったかのよう。手には穴あきグローブと、異質というには事足りる。耳には金の耳飾り。そして全身から溢れる力。
「これは・・・・っ!」
受け止めた拳を軽々と受け流すと、飛び上がって蹴り飛ばす。いとも簡単に巨体は尻もちをついて倒れた。
「・・・・歩夢、君・・・・?」
「・・・・祈里。きみが守りたかったもの・・・俺も、守ってみるよ」
そう言うと起き上がるジコチューを睨み据える歩夢。腰から下げている二つのホルダーのうち右側の方に手をかける。長方形のそれに手を翳せば、カードが一枚手のうちに収まる。それを確認すると今度は左のホルダーから金色のガガラパゴス携帯のようなものを取り出す。二つ折りになっているそれをひらけば、下部分にカードを読み取るリーダーのようなものが付いている。そこへカードを通せば、電子音声が鳴った。
『ソウルユニゾン。キュアハート』
「ジコチューッ!」
起き上がったジコチューめがけ、跳躍。そして拳を握りしめてそこにエネルギーを流すイメージで固め・・・振りぬく。質量の差で言えば圧倒的に不利なようにも見えたが、そんなもの知った事ではないとばかりに撃ち合った双方のうちジコチューのみが悲鳴――――いや、断末魔をあげて
「・・・ふぅ、やっとお目覚めかい?随分と遅いじゃないか」
着地すると同時に聴こえてきた声。その主が先ほど無意識に使用したアイテムから顔を覗かせた。デフォルメされた西洋のドラゴンのような顔だ。
「その声、おまえは?」
「僕はドラゴ。細かい説明は後でするから今は省くよ。さ、行こう歩夢。――――いや、”ネクサス”」
「歩夢君ッ!」
ようやく起き上がることができたパインが背中から声をかける。しかしそれに返事はなく、ただ無言でこちらに僅かに首を傾けただけであとは跳躍しその場を後にしてしまった。