ダンゴムシ程度になるように頑張ります。
息抜き程度にお読みください
どこか神官とも見える装いの男性は、私を背に迫る海魔の群れに静かに対峙している。
その白い衣が振るわれると、青いエフェクトが煌めき雷が走る。
一時的に停止した海魔に対し今度は先ほど振るった方と逆の手に握られた、あれは極東の刀だろうか、波紋が浮かぶ刃を一閃し、両断する。
私の時の抵抗など比べ物にならないほどあっけない、そう思えるほどあっさりと海魔の群れを倒していく。
「―――うん、とりあえず本命を除いて片付いたかな」
聞こえた声に顔を上げる。
「大丈夫?立てる?」
振り向いた男性はそう言って私に手を差し出す。
へたり込んだ私を心配そうにみる彼は先程まで憮然と敵を屠っていたとは思えない、私自身と年のかわらない程の青年であった。
茶髪で長くも短くもない長さで軽く整えてあるような髪型。顔つきは整ってはいるが一番といわれるとそうではない。聞こえた声は落ち着いているとも平坦とも言えるような声音。そんな平凡さ素朴さを併せ持ったような青年は、いつまでも動かない私を見て、眉根を少し寄せ困った顔になっていた。
「あ、ご、ごめ…」
自分が青年の顔を見つめてしまっていた事実に恥ずかしくなり、反射的に顔を反らしてしまう。だがそれが功を奏した。反らした視線の先、彼の背後に迫る黒々とした魔弾が目に飛び込んできたからだ。
「っ!!よけてっ!」
反射的に叫んでその後に気付く。
彼は避けられない。なぜなら避けた先には私がいるからだ。
私がもたもたしていたせいで、彼は、避けることができないのだ。
自然と目線が落ちる。
あの濃密な魔力では、彼の刃に対魔力効果でも乗っていない限り無効化は難しいだろう。
例えその効果があっても全て無力化は難しいだろう。何せあの悍ましい魔力を漏らす聖杯の魔力が練りこまれている。
せっかく前を向いた顔が下がる。
目も瞑ってしまいそうで、まるで諦めてしまうみたいに謝罪の言葉が口から洩れそうになる。
ダメだ、それを口に出したら私はまた心が折れてしまう。
それを言ってしまったら目の前の彼を無にしてしまいそうで。
「ご、め――――「怖いままでいい」――あ」
聞こえてきた声に漏れ出そうになっていた言葉が止まる。
「痛いままでいい」
下がっていた顔も自然と上がる。
「大丈夫、その上で一緒に考えよう。君が自分の意志で戦うことを選んだから、自分は君の所に来たんだ」
その言葉は私自身が言い放った言葉で、一人消えていく言葉であった。
だけど、彼には届いていた。
その事実が私に熱を入れる。
伸ばされていた手を取る。その手を強く握る。今度こそ諦めない。
とっさに手を取れなかったのは、きっと他人を信じれられない気持ちが心のどこかにあったから。
裏切られるのは怖いことだと、痛く苦しいことだと、文字通り身を持って知らされたからだ。
だけど間違いでなければ、彼は二回手を指し伸ばしてくれた。
なら、きっと私はその機会を無駄にする理由はない。この手を取ったからには、私は戦い続ける。立ち止まることはあるだろう。泣き言も言うかもしれない、だけど自分を諦めたりはしない。生きながらに死んでいる苦しみはもういらない。
私は私として生きる為に戦う。
そしてその為には、私に手を差し伸べてくれていいる彼を信じることから始めよう。
彼には彼の都合があるのだろう。だけどそれがどうした。
裏切られたくないのなら、信じてもらえるように行動をしよう。言葉を尽くそう。
既に、それだけの事をしてもらっている事は事実なのだ。
それに、さっきの彼の言葉は偽りではないように思えたから。
今はそれだけで十分。
さあ、猶予はない。始めよう、過去の私は死んだ。
今の私の戦いを、彼と一緒に。
「ありがとう。私と一緒に戦ってくれますか」
じっと待つ彼に告げる。
私の決意を込め告げた短い言葉。彼は何を感じ取ったのだろうか。
ふっと息を吐く音が聞こえる。
「もちろん」
今の私にとって、そういって柔らかく微笑む彼の姿が最高の答えだった。
長いようで、やり取り自体は短いこの間に敵の脅威は既に回避不可能な時点まで足していた。
彼は素早く振り返ると同時に、詠唱を行う。
「Code:add_invalid();」
シングルアクションにも思える短い詠唱で、黒い魔弾は青いエフェクトに包まれ、まるで分解されたかのように胡散する。
「まだだ。『Code:hack(16);』」
胡散した魔力の残滓の合間から見えたサーヴァントに向け再度詠唱を行い、攻撃系の魔術を放つ。
まさか反撃されると思っていなかったのか、すでにそこまで思考できる状態ではない程汚染されているのかわからないが、その攻撃は敵サーヴァントに直撃し、ダメージとスタン効果を与える。
戦うと決めてから彼の戦いに目をくべる余裕ができた。サーヴァント同士の戦闘のスピード感に目を奪われながらも、彼の詠唱の短さとそれに見合わぬ強大な結果に関心と興味がわく。
「すごい。あんな短い詠唱で、防御と攻撃を行うなんて。」
「いや、短いと言っても色々制約があってね。万能ではないし、ましてやサーヴァント相手に何回も通じるような技じゃないよ」
「え、でも、あなたもサーヴァントなんだからそんなことはないんじゃないの」
「あー…そうなんだけどね」
純粋な疑問だったのだが、どうやら彼を困らせてしまったようだ。気まずそうな顔をする彼に慌てて声をかける。
「あっ、えっと、困らせるつもりではなかったの。ただ、不思議に思っただけで、あなたを責めている訳ではないのよ」
自身の言い方がきつくなる事は自覚している。だからこそそうフォローしたのだが、彼の気まずそうな顔は晴れない。
「ああ、君が悪いわけではないよ。当然疑問に思うだろうし、それを解消しようと行動するのはいいことだ。悪いのは自分の性能がサーヴァントとして見合っていないという図星を突かれた点があってでね…」
「ご、ごめんなさい、えっとその」
ダメだ、こういう時どうフォローをすればいいか分からない。相手のことを考えることを放棄していた過去の私が恨めしい。
「…くっふふ、ははは、慌てすぎだろう、君」
おろおろする私を見かねたのだろう。戦闘中だというのに緊張感のない状況に充てられたのかもしれない。さっきの気まずそうな顔から笑顔に変わる彼。
さっきの気まずい状況を脱せたのはよかったが、なんだか納得できない。
「ごめんごめん、そう睨まないで。君があまりにも必死だから。でも、うん、そうして表情を変えてくれて一生懸命な姿は活力があっていい。」
「……それ、褒めてるの?」
「ああ、褒めているとも。少なくとも自分の時よりはずっと立ち直りが早いし生き生きしている」
「自分の時?」
「ああ。まぁ、さっきの魔術についての質問やその疑問はまた後で話すとして…みごと図星を突かれたように、自分は性能的にお世辞にもいいとは言えない、何かと制約だらけのピーキーサーヴァントだ。」
「そんな弱小サーヴァントにはパートナーの助けが必要でね。頼りきりにはならないつもりだけど、一蓮托生な関係のパートナーが必要なんだ。さて―――」
静かに微笑みながらこちらを見据える彼。
弛緩した空気はどこへ行ったのか、彼の服装も相まって、厳かな空気に変わる。
「――――問おう。君が自分のマスターか」
じっと見据える彼の視線からそらさず、私は答える。
「ええ、私が、マスターです。私、オルガマリー・アニムスフィアが貴方を呼びました」
「私がもう一度生きなおす為に。私と共に戦って下さい」
「契約はここに完了した――――サーヴァント、ムーンチューナー、今より君の剣となり盾となり、共に歩むことをここに誓う」
手の甲に紅い輝きが刻まれる。
彼との繋がりを感じる。
「まずは、あのサーヴァントからね…やれる?」
「あぁ任せてくれ。2対1だ、聖杯がなんだ、あんな狂った願望器を相棒に選んだ奴に後れを取るわけがないだろう。現に奴は敗北してここにいる。ならやれない理由なんてない」
二人してスタンが解けたサーヴァントに向き合う。
こうして肩を並べて何かに取り組むなどいつぶりだろう。
あぁ、気持ちが軽い、気分が高揚しているのが分かる。
隣に誰かいるのがこんなにも頼もしいなんて知らなかった。
「マスター、来るぞ」
「ええ、行きましょう」
さぁ、行こう。彼と一緒に。
私たちの戦いはこれからだ!!!!
※続くよ、ダンゴムシ更新で