貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第88話 贈り物

『えー、次のニュースです。最近街を歩いているとよく見かけます、この宗教団体についてなのですが……』

 

 ……身体が気怠くて、何もする気が起きなかった。耳に届いてくる最近のニュースはもはや何を言っているのかすら理解できない。左耳に入ってきたらすぐさま右耳から抜けていく。視界は真っ暗。腕を枕にして、机に突っ伏して瞳を閉じていた。

 

 こんな無気力に襲われたのはいつぶりだろうか。あぁ、まったく。今日は夕方から予定があるというのに。

 

「……唯野は風邪でもひいたのか?」

 

「いいや、なんか夜通しで作業してたらしい。ナイアに新しい魔術だかなんだか教わったらしくて、なんだっけな……魔道具? うん、マジックアイテムみたいなの作ってたらしい」

 

「とうとう槍兵ではなく魔術師の道を歩み始めたな、コイツは……」

 

「俺としては心配なんだけどねぇ……。氷兎にぶっ倒れられちまうと俺が困る。今日の朝飯はパン適当に焼いただけだし。氷兎に何か食わせてやろうにも、俺の作ったやつ食わせたらなんか食中毒になりそうで怖いし」

 

「流石の俺でも食中毒の心配はせん。それより、おかゆの作り方くらいならネットで調べられるだろ」

 

「いや、迷ったんだよ。消化にいいものの方がいいか、栄養のあるもん食わせた方がいいのか」

 

 すぐ近くで先輩と西条さんが話している。ゲームをやっている様子はない。どうやら、ゲームをしようにも心配でできないようだ。なんか、迷惑かけちまってるな……。

 

 申し訳ない気持ちもあり、俺はなんとか身体を起こした。しかし、いかんせん身体の気怠さは抜けない。小腹も空いたし、何か適当につつきながら珈琲でも飲もう。確か昨日の残り物があったはずだ。

 

「……うへぇ、ひでぇもんだな。氷兎、お前隈やべぇぞ」

 

「心做しか、生気がないようにも思えるんだが……まさかマイノグーラに何かされたか?」

 

「……いいえ、大丈夫ですよ。多分あれです。魔力の使い過ぎで体力ごっそり持ってかれてるだけです」

 

「今日は休んだらどうだ? 皆心配するぞ?」

 

「予定組んだんですから、行きますよ……。大丈夫です。身体はふらつきません。多分内面的な症状なんでしょうね、これ」

 

 冷蔵庫から適当に食べるものを出しながら俺は答えた。病は気から、というものもある。気分が乗らない時は、総じて身体の調子も悪いというものだ。どうしても部活に行きたくない時に吐き気がしてくる錯覚と同じようなものだ。休んだら休んだで吐き気は戻るのだから、俺だって今日明日くらいちゃんと休めば治るはずだ、きっと。

 

「主催者がこんなんでいいのかね……」

 

「まぁいい、どうせ車の運転は俺だ。後部座席で寝かせておけば問題ないだろう」

 

 飯を適当に口の中に放り込みながら、先輩達の他愛もない話を聞き流す。不思議だ。先輩の好みのために味を濃いめに作ったのに、薄く感じる。味覚までやられているのか。

 

 ……いいや、まさか神経か。なるほどそれなら合点がいく。そもそも魔力というのはそんなにぼんやりとしたものではない。身体の内側から湧き出るといった曖昧な存在ではないのだ。

 

 魔術を使う上で一番酷使されるのは、心だ。では、心とはどこだ。一般的には心臓と思われるかもしれないが、心があるのは俺は頭、つまりは脳だと思っている。

 

「……難しい顔をしてどうした?」

 

「……いえ、ちょっと考え事を」

 

 食べる手が止まっていたせいか、先輩に怪訝な顔で見られてしまった。まぁ、頭をスッキリさせるのには丁度いいのかもしれない。少し話をしてみよう。俺は先輩と西条さんの両方に向き直ってから話し始めた。

 

「先輩と西条さんは、心ってどこにあると思いますか?」

 

「……なんだ、藪から棒に」

 

「魔術を使うのに疲弊するのって、心なんですよ。それでちょっと身体の不具合と結びつきそうだったので聞いてみたくて」

 

「ふーん、心ねぇ……。やっぱ、ココだろ」

 

 自分の左胸付近を叩いて、心は心臓にあると主張する先輩。うん、一般的な意見だ。西条さんの方はというと、先輩の答えに対して眉をひそめていた。

 

「……ふむ、心なんて不確かなものが心臓にあるというのは、恐らく大半の者が思うことではあるのだろうな。心臓を移植したら、提供者に似た性格に変わったという事例もある。だが、確実ではない。外部からの刺激によって自分の体内情報が変異したという可能性もある。一概に心臓だとは断定できんな」

 

「えぇ。俺も西条さんと同意見です。俺が思うに、心とは脳にあるものだと思うんですよ」

 

「……脳? いやいや、それはノーだろ」

 

 ……寒気がした。どうやら体温調節機能も狂っているらしいが、気にせず先に進むことにしよう。

 

「じゃあ仮の話として……身体を六つの部位に分けてみましょう。四肢と胴と頭です。さて、四肢と胴のどちらに心があると思えますか?」

 

「そりゃ、両手両足に心なんてないだろ」

 

「では次……胴と頭。どっちに心がありますか?」

 

「胴だろ? 心臓あんだしさ」

 

「……本当ですか? 先輩の意識は、頭にあるんですよ?」

 

「……んん?」

 

「なるほどな。確かにそう考えれば、心は頭にあると言える」

 

「お前わかったのかよ……」

 

 流石の西条さん。頭の回転が早い。しかしまぁ、普通これだけじゃ想像しにくいだろう。先輩にもわかるように、もっと具体的に話をしてみようか。

 

「今の技術でも、もしかしたら可能かもしれません。小さなポットの中に頭だけを切り離されて、保管されるんです。血液も何もかも機械で送られてきて、意識もハッキリしています。お腹は空かないけど、暇を持て余すことになる。そんな時に目の前にテレビが置かれて、バラエティーでも見せられたら……楽しい、つまらない。そんな感想を抱きますよね?」

 

「……いや、うんまぁ……。頭だけで生きてるっていうのなら確かにそう思うわ」

 

「きっと目の前に可愛い女の子でも現れたら、恋に落ちる可能性だってある。ほら……心臓なんかなくても、心が揺れ動いているでしょう?」

 

「なるほどねぇ……。心も結局は、脳から送られてくる信号なのかね。それを認識しづらいから、胸の辺りが締め付けられたりするとか」

 

「胸が締め付けられるその原因は脳からのアドレナリンらしいからな。その辺りを考慮しても、心は心臓ではなく脳と言えるだろう」

 

「うぅむ……ロマンの欠片もねぇ話だぁ」

 

 ……理屈や理論主義みたいなところがあるからね、仕方ないね。まぁ、俺の頭の中で考えた答えとしてはこれだ。んで、心の疲弊が脳にくるというのなら……脳から伸びる神経にも影響がでる。そのせいで味覚まで麻痺してるのだろう。治ってくれればいいんだが……。

 

「……ちっとは頭が冴えましたよ。まだ気怠いですけど」

 

「まぁ夕方までまだ時間はあるし、休めるうちに休んどけよ」

 

 先輩のお言葉に甘えて、俺は身体から力を抜いてだらけさせた。夕方から、桜華との約束を果たすために地元の高台に行こうという話になった。勿論、全員でだ。たまには夜景でも見ながら皆でゆっくりするというのも、悪くはないだろう。

 

「……正直言えば、俺は居心地が悪いがな。七草と高海以外に俺は面識がない」

 

「加藤さんなら大丈夫だろ。藪雨は……どうだかなぁ」

 

「メンバーにオリジン兵の三人のうち二人がいるというのも、中々に変な話だがな」

 

「……あぁそうだ。頭の隅に追いやってたんですけど、日向さんが桜華のことを三人目のオリジン兵って言ってたんですよ。オリジン兵って三人しかいないんですか?」

 

「データベースを漁った限りだとそうだな」

 

 さも当然のことのようにハッキングをしている西条さんに流石に唖然とした。それ個人情報とかだからプライバシー的に見れないはずなんだけどなぁ。この人本当になんでもできるんだな……。本人はどこか誇らしそうに眼鏡を弄っている。最近この人も随分とまぁ柔らかくなったもんだな。

 

「そもそもオリジン兵なんてもの本来は必要ないと思うんだがな。なにせ一人目のオリジン兵は自分から出向くことのない木原だ。おそらく司令としてだけでなく兵としての階級で上の位置にいたかったのだろう」

 

「えっ、木原さんオリジン兵だったんですか?」

 

「流石に起源まではわからなかったがな。それで二人目は自力で成り上がった加藤だ。起源は魔術師。実力だけでオリジン兵になった事例だ。そして三人目が七草。起源は英雄。元からの素質で即オリジン兵になった例だ」

 

「……なんか、変な話ですよね。全員女性だし。西条さんだって充分に戦闘能力は高いのにオリジン兵に昇格はできてないし」

 

「裏がありそうだとは俺も思うがな」

 

「……そういえば西条さんは知ってますか? 元から素質がある人ってカードに星のマークついてるらしいんですよ」

 

「なんだそれは。聞いたこともないぞ」

 

 ポケットから自分のカードを取り出して、名前の横の場所を指さしながら聞いてみたが、どうやら西条さんも知らなかったらしい。先輩も聞いてなかったしなぁ。いや、二人とも元から素質があったわけじゃないから説明する必要もなかったと考えれば……まぁ納得できなくはない。

 

「……なぁ、ぶっちゃけどうよ。この組織」

 

 先輩がイヤに真剣な顔でそう聞いてくる。西条さんは顎に手を当てながら、眉間に皺を寄せていた。俺は珈琲をひと口すすってから先輩の問いに答える。

 

「木原さんの言うこと、全部信じきれるって訳じゃないです。不満な点は多いですよ」

 

 ……山奥村しかり、日向さんの事件しかり。あの人は少数と多数を比べていとも容易く少数を切り捨てる人だ。なんの躊躇いもなく、罪悪感もなく。いや、実際感じてないんだろう。あの人は指示を出すだけだ。殺すのは……処理班なのだから。

 

「……きな臭い点はある。だが、現時点では反旗を翻すだけの欠点がない。今は奴の言う通り、任務をこなす他なかろう」

 

「やっぱ不満あるんだな……。軽々しく処理しろとか言ってくるしよぉ。典型的なダメ上司だよな、アレ」

 

「決断を下すのが早いという点だけは褒めるべきだが……些か人道に反するところもある。俺が言えた口ではないがな」

 

 皮肉げな顔をする西条さん。どうやら思っていることは三人とも同じらしい。少しずつだが、この組織に対する不満が溜まってきている。いや、組織ではなく……司令官である木原さんにだが。

 

「……まぁ、下手な話はよそう。どこかで誰かが聞いてるかもしれないしな」

 

「それもそうだな」

 

 この話はやめにしようという先輩の言葉に頷き、別の話をし始めようとしたところで扉がノックされた。コンコンッココンッという小刻みなノック。言わずもがな藪雨である。アイツこんなに早く来てどうするつもりだ。

 

 余計に気怠くなりそうだ。でもまぁ来たものは仕方ないので、本当に不本意ながら俺は入っていいと伝えた。扉を開けて入ってきたのは藪雨だけで、他には誰もいないようだ。彼女の表情はいつもの貼り付けたような笑顔だった。

 

「えへへ、早いですけど来ちゃいました」

 

「そんな急に家の前に来た彼女みたいに言われてもまったく嬉しくもないんだよなぁ……。帰って、どうぞ」

 

「相変わらずせんぱい達は私の扱いが雑ですねぇ……。っと、そっちの人は……」

 

 藪雨が見ている方向にいるのは西条さんだ。せめてどうか面倒事にならないようにしてほしいと切実に願っておく。

 

「西条 薊だ」

 

「どうも初めまして! 私は藪雨 藍って言います、よろしくお願いしますね、西条せんぱい♪」

 

 ……うわぁ、やっちまったよ。やりやがったよコイツ。よりにもよって初対面用の作り笑いと仕草で西条さんに接近しやがったよ。頼むから気づいて。西条さんお前のことすっごい微妙な顔で見てるんだから。

 

 しかし、俺の心の声は彼らには当然届かない。西条さんの目つきがいっそう鋭くなる。これはもうダメだ。

 

「……お前らの友人にこんなのがいるとはな。ここまで汚い作り笑いをする奴は久しぶりに見たぞ」

 

「なっ、汚ッ……!? せんぱい何なんですかこの人!! 初対面で汚いとか言われたんですけどぉ!?」

 

「その話し方もやめろ。気持ち悪い」

 

「なぁーッ!?」

 

 驚き固まった後に目尻を釣り上げて威嚇しだした藪雨。やっぱりこうなったか……。西条さんは良いところのお坊ちゃんだったわけだし。そりゃ付け入ってこようとする汚い大人を見てきたことだろう。目の前の藪雨の、心を許さない相手に対する仮面が西条さんの逆鱗に触ってしまったに違いない。

 

「いや、俺初対面でお前のことボロクソに言った記憶ある」

 

「確か俺も先輩と一緒に言ったな。西条さんはそういったの嫌うからその汚い顔どうにかしなさい」

 

「なんでここにいる男どもって女の子に対してそう平気で酷いこと言うんですか!?」

 

「喧しい。静かにしろ」

 

「おふざけの欠けらもないですねこの人!!」

 

「そりゃ西条さんだし」

 

「西条だからなぁ……」

 

 西条さんが冗談を言ったところなんて見たことないんだが。嫌という程真っ直ぐな生き方してるからなぁ、この人。触れれば斬れてしまいそうな存在。西条さんの起源である斬人にピッタリな、一振りの刀のような人。曲がったことは大嫌いで、何もかも正面から叩き斬ろうとする。

 

 敵を作りやすい人だけど……うん。一緒にいても別になんとも思わない。今となっては仲の良い友人のようなものだ。

 

「……お前ら、友人くらいは選べよ。処世術として面の皮を厚くするのはいいが、なりふり構わず誰にでも笑顔を撒く奴なんてのはロクでもない者ばかりだ」

 

「せんぱい、私この人嫌です」

 

「藪雨、西条さんにも色々とあるんだ。それと西条さんも。コイツも色々と抱え込んでる奴なんですよ。確かになりふりはウザイし絡み方も面倒ですけど、大目に見てやってください」

 

「……悪いがどうにもな。その手の輩は、上に行けば行く程多くなる。笑顔の下にある素顔がわからんというのは恐ろしいものだ。欺き、金を搾り取ろうとする。その為に自分をアピールする奴を見てきた。率直に言えば、嫌いな部類だ」

 

「せんぱいデスソースください」

 

「藪雨、良い子だから落ち着きなさい。今珈琲とお菓子出してやるから」

 

「むぅ……わかりましたよ」

 

 不満たらたらな藪雨は西条さんから離れた位置に座り、先輩のことを弄り始めた。西条さんはというと、どこか気まずいようで紅茶を飲みながらどこか別な場所を見ている。よっぽど、藪雨の被っている仮面が気に入らないらしい。

 

「はぁ……」

 

 珈琲を淹れながらため息をついた。まったくどうしてこんなに疲れてる時に限って面倒なことが起こるんだか。せめて出かける時には何も起きないことを祈ろう。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 もうじき日が暮れる。あと少しで地平線の向こうに夕日が隠れようとしていた。高台に設置された柵から下を見下ろすと、建ち並ぶ家々と遠くの方に場違いだと思えるような高いビルが建っているのが見えた。

 

「うわぁ……私の住んでたところってこんな感じになってたんだね」

 

 隣にまでやってきた桜華も俺に倣って景色を見回している。横顔をチラリと見てみれば、その言葉は確かに嘘偽りなんてなく、本心から感心しているように思えた。こんな場所なんかで喜んでくれるのなら、提案した甲斐があったというものだ。

 

「座れるとこもあるんだな。いやぁ自然豊かでいいじゃんここ。学生の頃だったら仲のいい奴連れて遊んでたかもな」

 

「そんな奴いるのか?」

 

「いるよ! お前と一緒にすんな!」

 

 設置された木製の椅子に座って休んでいる先輩と西条さん。そこから少し離れて、というか西条さんから距離をとっている藪雨と、一緒にいる加藤さん。

 

 全員で集合する機会も中々ないものだ。だというのに……菜沙だけが浮かない顔で俺の隣で佇んでいる。行く場所を伝えた途端こうなってしまった。ここは彼女にとってもお気に入りの場所だったはずなんだが……いや、だからこそ人に知られたくなかったとか、そんな感じなのかな。

 

「……菜沙、どうかしたのか? さっきから黙りこくってて」

 

「別に……」

 

「あのなぁ、せっかく皆で来たんだから。もしかして体調でも悪いのか?」

 

「なんでもない」

 

 これは完全にご機嫌斜めだ。彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。まったく……こういう時に限って俺の体調が優れないってのがなぁ……。余計に気が重くなる。

 

───────(私とひーくんの)──────(お気に入りの)─────(場所なのに)

 

「……菜沙?」

 

「っ……なんでもないって言ってるでしょ!」

 

 彼女の怒鳴り声が耳に響く。味覚がやられたと思ったら今度は聴覚の調子まで悪くなってるのか。勘弁してくれ。しかも最初何言ってたのか聞こえなかったし。

 

「まぁまぁ菜沙ちゃん、そこまでにしてあげてくれ。今日の氷兎はちょっと具合がだな……」

 

「そういえば唯野せんぱい、今日なんだか脱力感凄いですよね。風邪ひいたんですか?」

 

「そんな状態なのに外に出てきたの? 唯野君は自己管理ができてる方だと思ってたんだけどね」

 

「いやただのガス欠なんで……心配しなくていいですよ」

 

 心配かけないように気を張っていたつもりだったが、それでも誤魔化せないくらい俺の状態は酷く見えるらしい。もう二度とあんな作業はしたくない。延々と呪文唱えながら石を磨いて印を刻むとか……完全に黒魔術だよ。

 

「……ひーくん、具合悪いの?」

 

「別にそうでもねぇよ。ただ、思っているよりかは疲れてるらしい。五感のうち味覚と聴覚が若干イカれたかな」

 

「イカれたって……何やってたのひーくん!! そんな、危険なことしないでよ!!」

 

「頼むから耳元で叫ぶのだけはやめてくれないか……」

 

 ふくれっ面だった菜沙は一変して怒り始めた。こういう時の菜沙はロクに話を聞きゃしない。もう少し暗くなってから渡そうと思ってたが……仕方ない。今渡しちまうとしよう。

 

 持ってきた鞄の中から包装された袋を取り出すと、それを菜沙に手渡した。急なことで、そんなことをされる理由も思いつかないのか菜沙はしばらく固まった後で、俺に聞き返してきた。

 

「えっと……これは?」

 

「開けてみろよ」

 

「……えっ?」

 

 袋から取り出したものを見て、菜沙は驚いて再び固まってしまった。中に入れていたのは、菜沙のイメージカラーに近い緑色の宝石を埋め込んだシルバーネックレスだ。チェーンは流石に売ってたのを買ったが、宝石を埋め込む枠とかは自作だ。

 

 それをおどおどとした様子で手に持った菜沙は、先程まで怒っていた様子はどこへやら。興奮冷めやらぬようで、俺に尋ねてきた。

 

「こ、これ……どうしたの!?」

 

「まぁ、なんだ……御守りだよ」

 

 なんだか照れくさくて、俺は少し視線を逸らした。菜沙はその御守りを夕日に照らして、透き通ってくる緑色の光を見て目を輝かせているようだ。

 

「翡翠って宝石を元に作った俺特製の魔道具だ。本物だぜ、それ」

 

「えっ……」

 

「嘘っ、宝石!? 唯野せんぱいそんなのどこで手に入れたんですか!?」

 

「馬鹿言え、普通に金出して買ったんだよ。ここまで透き通ってるの見つけるのは中々手がかかったよまったく……」

 

「菜沙ちゃん、いいなぁ……。すっごい綺麗……」

 

「……私が貰って、いいの?」

 

「お前以外に作る予定はねぇよ」

 

 少なくともこの面子の中でこれが必要なのが菜沙だけってのはあるんだが……。まぁ、言っちまえば不安だからだ。

 

「それ、星みたいなマークが掘ってあるだろ」

 

「……うん、不思議な形の星がある」

 

「旧神の印……エルダーサインってやつだ。それを持ってるだけで、魔除けの効果がある。神話生物を寄せつけないくらい強い魔除けのな。まぁ、それだけなら石にでも掘ればいいんだが……古来より宝石ってのは魔術に近しい存在なんだ。魔力を貯める道具としてや、媒体に使うこともある。より効果を高めるために宝石まで使ったんだ。肌身離さず持っておけよ」

 

「ちょっ、せんぱい私にもそれくださいよ!」

 

「やだ。というか二個目は無理。俺発狂しちゃう」

 

 呪文を途絶えないように延々と呟きながらその印を掘るのには本当に苦労した。というかその印自体、掘りずらいデザインしてやがる。歪んだ五芒星の中心には火が灯った目のようなマークがあり、そこから更に五本の線が広がっていくというデザインだ。

 

 まったくこんなもん考えた昔の魔術師はどんな頭をしていたんだか。俺には想像もつかない。

 

「……私の為にこれを作ったから、具合悪くなったの?」

 

「まぁ、そうだな。本来一介の人間が作る代物じゃねぇよ、それ。根性で徹夜して作ってやったけどさ。それに……お前、戦えないだろ。前から不安で仕方なかったんだ。いつだって俺が守ってやれるわけじゃない。だからせめて、それは絶対に手放さないでくれ」

 

「っ……うんっ!!」

 

「おっと……!?」

 

 菜沙が急に笑顔になったかと思えば、腰に向かって突進して抱きついてきた。眼鏡を外したあと、顔を何度も何度も身体に擦りつけてくる。犬かなにかか、お前は。

 

「ごめんね、ひーくん……それと、ありがとう」

 

「……ん、まぁ……喜んでくれたなら良かったよ」

 

「うんっ……」

 

 腰に回された手がより強く締め付けられる。顔を一向に身体から離そうとしないので、仕方なく彼女の頭を数度撫でた。柔らかい髪質で、指の間を溶けるように抜けていく。こうしているのが、なんだか久しぶりな感じがした。

 

「……なるほど。これがアレか。リア充爆発しろというやつか」

 

「西条がネットにのめり込んでくれて嬉しいような悲しいような、そんな気持ちです、俺」

 

「なんだ、真面目な顔つきかと思えばゲームとかやるのか君は。中々ギャップがあるな」

 

「やり始めたのは最近だがな」

 

「うへぇー、似合わないですねぇ」

 

「叩き潰されたいか、チビスケ」

 

「なぁっ、チビまで言いやがりましたね!? 私だって怒るんですよ!!」

 

「まぁまぁ落ち着きなよ藪雨ちゃん。私は君ぐらいの背丈は愛嬌があっていいと思うよ」

 

「こっちは大人の余裕ですか!! もうやだこの人たち!!」

 

 なんだか後ろの方が騒がしい。西条さんが輪に入れるかどうか心配していたが、杞憂だったようだ。あのメンバーの中でもちゃんと会話に参加してるし、更には藪雨を弄り始めたりもしてる。友達を作ろうと思えば、ちゃんと作れる人じゃないか。

 

 ……いや、あの人は周りの環境が悪かっただけか。そう考えれば、藪雨と西条さんって程度は違えど、似た者同士なのかもしれない。言ったら絶対怒られるけど。

 

「……ねぇ、氷兎君」

 

 隣にいた桜華が、椅子に座って話している先輩達を見ながら話しかけてくる。その顔は……微笑んでいた。優しく、それでいて儚い。俺は何度彼女の表情や雰囲気を表現すればいいのか。

 

 だが……表現したくなってしまう。彼女がそこにいるだけで、そこでただ笑うだけで。それはとても絵になってしまうのだから。

 

「……楽しいね」

 

 微笑みながらそう言った彼女に、俺は笑いながら答えた。

 

「桜華がそう言ってくれて良かったよ」

 

 ……彼女の名前を呼んだ途端腰に回されている腕の力が強められた。何か菜沙の逆鱗に触れるようなことをしただろうか。俺にはわからない。

 

「ずーっと、続いていくのかな。これから先も……」

 

「……そうだといいな」

 

 ……日が暮れる。休むために山に飛んでくる鳥達の鳴き声が響いていた。聴覚がおかしいせいか、やけに脳に響くように聞こえてくる。

 

 響いて聞こえるといえば……なんだろう。ずっと前にもあった気がする。アレは誰の声だっただろうか。

 

『一年あるかないか。それが君に残されている時間だ』

 

 ……あと、どれくらいの月日が残っているのだろう。ふと思い出して、それを考え始めた。が、すぐに目をギュッと強く閉じてから再度開いて、思考をやめた。

 

 いつか言われた気がする言葉。しかしそれに囚われて今を満足に生きれないのは馬鹿げた話だ。そんなもの、忘れてしまうのが一番いい。

 

 夏が終わって、涼しい風が吹いてくる。けれどこの陽だまりのような場所は、きっといつまでも暖かいままなのだろう。俺達が、俺達である限り、ずっと、ずーっと……。

 

 

 

 

To be continued……




 旧神の印(エルダーサイン)

 中心に火の柱(もしくは目)のようなマークがあり、そこから伸びる五本の線が繋いだ五芒星の印。その印は太古の昔に旧神が旧支配者と戦うために作られたもので、旧支配者そのものには効果は薄いが、その下僕には効果がある。

 持っているだけである程度の神話生物を寄せつけず、魔力を込めれば神話生物と戦う武器にもなる。本来は殆どの神話生物を寄せつけないが、氷兎が作ったものはオリジナルには及ばない。一言でコレを表すのなら、あれば大体の神話生物と戦えるヤベー奴。強い(確信)

 本来は魔除けの道具だから、持ってるからって戦おうとするのはやめようね!




祝50万文字突破!
これからも、よろしくお願いします。

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