貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第74話 賀茂一家

 スーパーで買い物をして海音さんの家にまで送った後、俺達はそのまま海音さんの家にお邪魔していた。そして俺達がホテルが取れていないことを伝えると、海音さんは泊まっていっていいと言ってくれた。なんでも、親はいない上に弟との二人暮らしをしているようだ。

 

「何から何まですいません……本当、助かっちゃいます」

 

「いえいえ、むしろ助けられているのはこっちですよ」

 

 俺はいつもの様にキッチンで夜飯の支度をしていた。西条さんは一人でずっと調べ物。七草さんは食卓に座って海音さんとお話。先輩は海音さんの弟と遊んでいた。

 

「ねぇねぇ、お兄さん達はどんなお仕事してるの?」

 

「んー、俺達はねぇ……世界中を回って、色んな人を助けて回ってるヒーローなんだぜ!」

 

 変なポーズをとって海音さんの弟から笑いを取ろうとしている先輩。弟の名前は賀茂 白菊(しろあき)君と言うらしい。まだ小学生なようで、海音さんとはだいぶ歳が離れているようだ。小学生ながらも、中々に聡明そうな顔つきである。将来は女の子を取って食う男の子になることだろう。海音さんにそんなことを伝えたら怒られそうだが。

 

 先輩を見上げる形で楽しそうに笑っている白菊君は、先輩のそのアホみたいな仕草を見て訝しげな目を向けた。ニチアサのヒーローでももうちょっと格好いいポーズとると思いますよ、先輩。

 

「えーっ、嘘だぁ。サラリーマンとかじゃないの?」

 

「おいおい、俺達がサラリーマンに見えるか?」

 

「うーん……ホスト……?」

 

「なんてこった」

 

 先輩はまぁ、ホストでもやっていけそうだが。多分天パのせいでそう見られているんじゃないですかね。

 

 しかしまぁ二人とも中々に仲が良さそうだ。先輩は子供と仲良くなるのが得意そうな性格をしている。白菊君も先輩と楽しそうに笑っているし、それを見て海音さんも嬉しそうだった。海音さんと一緒に話していた七草さんが俺の隣までやってきて作業を覗き込んできた。

 

「ねぇ氷兎君、手伝うことある?」

 

「いや、大丈夫だよ。先輩が白菊君に何か変なことしないか見張っていてくれ」

 

「仲良さそうだし大丈夫だと思うよ?」

 

 いや、そんなことはない。あの人が変なことをやらない日はないと思う。俺は料理で手が離せないし、何かあったら七草さんに全力で蹴り飛ばしてもらおう。

 

「そうかぁ……俺達はヒーローには見えないかぁ……。やっぱこう、ベルトとかあったらそれっぽいか? タ・ト・バ的な」

 

「懐かしいですね、それ」

 

「タドコロ・トオノ・BBだな」

 

「えっ、何それは……」

 

 そんな汚いライダーがいてたまるか。白菊君なんて、コイツ何言ってんだみたいな目で見てるじゃないか。穢れのない子供に語録を教えるのは、やめようね。

 

「ねぇ、ちゃんと教えてよ! どんなお仕事してるの?」

 

「困ったな、これは企業秘密って奴でなぁ……。よし、じゃあ俺が一般的な仕事について話をしよう。白菊君は"社員"って知ってるかな……? 今回は"社員"について……お話します……。"社員"と言うのはね、例えば月曜から日曜まで働いていると『気持ちがいい』とか、あるいは、残業をして定時退社をしないことを『気持ちがいい』、といったことを"社員"と言うんだ。毎月三日ずつ休暇を入れあって、もう気が狂う───」

 

「誰かそこの馬鹿を止めろ」

 

 七草さんに頼んで先輩のケツを蹴り飛ばしてもらった。七草さんはオドオドしていたが、子供の未来を守るためだと言い聞かせた結果、そりゃもう容赦のない一撃が先輩のケツに叩き込まれた。宙に浮くぐらいの威力を受けた先輩は、ケツを抑えてその場で蹲ってしまった。時折ビクンビクンッと振動している。

 

 なんか海音さんが目を丸くして驚いているが、俺達からすればもう日常的な光景になりつつあった。先輩がサンドバッグになる日は近い。

 

「うわぁ……すっごい! ねぇねぇ今のキックどうやってやったの!?」

 

「えっ!? えぇっと……」

 

 七草さんが白菊君にキラキラとした目を向けられて恥ずかしそうに顔を逸らした。俺の顔を見て、どうすればいいのかな、と聞いてきたので、俺は先輩を使って蹴り方を教えてあげていいと許可を出した。先輩の焦る声が聞こえた気がするが、俺は料理に忙しい。何も聞こえなかった。

 

「ま、待って、七草ちゃん俺のケツのライフはもうゼロ────ッ!?」

 

 何も、聞こえなかった。いいね? 俺は背後から聞こえてくる悲鳴をバックミュージックにしながら料理を進めていった。どうしてか、いつもより美味しく作れそうな気がする。他人の不幸は蜜の味。隠し味になってくれたのかもしれない。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 夜飯を食べ終わり、白菊君は先輩で遊び疲れて眠ってしまった。起きている俺達は食卓に座ったまま、互いに世間話をしていた。どこか満足そうな顔をした西条さんが俺に言ってくる。

 

「貴様飯を作れたのか」

 

「当たり前ですよ。誰が先輩の面倒を見てると思ってるんですか」

 

「なんか最近俺の扱い酷くない? 気のせい?」

 

 気のせいです、と俺は適当に空気椅子を続けていた先輩に言った。ケツが痛すぎて座れないらしい。飯を食う時の行儀の悪さと来たら……。

 

 そんな先輩の惨状をどこか苦い顔をして見ていた海音さんは、西条さんの言葉に頷くように言った。

 

「こんなに美味しいご飯、初めてかもしれません。お料理が上手なの、憧れます」

 

「ぐぬぬ……やっぱ家事ができる男って需要あるのか……」

 

「できないよりマシでしょう」

 

「おっしゃる通りで」

 

 先輩は空気椅子をするのが疲れたのか、壁に背中を預けるようにして楽な姿勢をとっていた。時折自分でケツを触っては顔を歪ませている。

 

 ……まぁ、七草さんと白菊君に嫌という程蹴られてたからね。気絶しなかっただけ良かったと思う。

 

 そうやって先輩のことを観察していたら、今度は七草さんが俺に話しかけてきた。その表情はどこか物怖じしているというか、不安そうな顔をだった。

 

「氷兎君は……やっぱり、家事とかできる女の子がいい?」

 

 だが、聞いてきたことはどこに怖がる要素があるのか、といったものだった。家事ができる女の子がいいか、か。まぁ確かにできるに越したことはないが……。でも、それは大切なことではないだろう。

 

「俺は別にって感じだよ。どんな女の子がいいのかって理由に、家事ができるってのは理由にならない。好きな女の子なら、別に欠点抱えてたって許容できると思うよ、きっと」

 

「そ、そっか……。よかった、私あんまり家事は得意じゃないから……。いつも菜沙ちゃんが色々とやってくれてるの」

 

「菜沙も家事はできるからな。俺が昔みっちり教えこんだし」

 

「……今度、時間があったらでいいから、家事とか……教えてくれる?」

 

「勿論、いいよ」

 

 上目遣いのような、恥じらいを帯びた頼み方であったが、俺がいいよと言うと彼女の表情は一変し、いつもの無垢な笑顔に戻っていった。その笑顔を見るだけで、心が安まる気がする。

 

「……珈琲があったらブラックで飲んでるところだぁ」

 

「先輩、デスソースならありますよ」

 

「お前は行く先行く先にデスソース持参するのやめなさい」

 

「死液の錬金術師として俺はデスソースを持ち続けます」

 

「いつお前錬金術師になりやがった」

 

「つい最近ですが」

 

「違うだろぉ?」

 

 いつものくだらない話をしていると、急に西条さんが立ち上がって荷物から黒い外套を取り出すと、部屋から出ていこうとした。その顔はいつもの仏頂面で、何を考えているのかわからない。彼は扉に手をかけ、半分振り返る形で言った。

 

「少し外を歩いてくる」

 

「ちょっ、西条ッ!?」

 

 先輩の呼び止める声に足を止めず、彼は部屋から出て行った。靴を履き変える音が聞こえ、やがて玄関から出て行ってしまった。食卓では困惑している海音さんと七草さん。ため息をついている俺と先輩が残されている。

 

 流石にここまで来て単独行動というのもダメだろう。神話生物の確認こそされていないが、研究員の捜索を一人でさせて勝手に動かれても困る。俺は先輩と目を合わせると、同時に頷いて荷物から外套を取り出しながら言った。

 

「俺、ちょっと西条さん追っかけてきます」

 

「あんまり遠くまで行くなよ」

 

「西条さんが行ってなければ遠出はしませんよ。多分コンビニでしょう」

 

 絶対違うけど。外套着て行ってる時点で捜索する気満々じゃないか。下手すると西条さんって先輩よりも手がかかるぞ。

 

 俺は内心西条さんに愚痴をこぼしまくりながら、海音さんの家から飛び出していった。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 氷兎が西条を追いかけて行ってから数分後。翔平はようやく痛みが引いたのか、氷兎がさっきまで座っていた椅子に座ってコップになみなみと注がれた麦茶を飲み干した。彼の内心は穏やかではなかった。なるべく相棒をひとりにしたくないという想いがあったからだ。

 

「……鈴華さん達は仲がいいみたいですけど、西条さんとは仲が良くないんですか……?」

 

 海音が翔平と桜華に尋ねた。桜華は首を傾げて唸るばかりで、どうとは答えなかったが……翔平は軽く首を横に振ってその言葉を否定した。

 

「いや、なんっつえばいいんすかね……。確かに、仲が良いとは言い難いっすけど、やっぱアイツもどこかまだ壁があるんすよ。それさえなくなれば、仲良くなれると思うんすけどね」

 

 どこか煮え切らない回答ではあったが、少なくとも翔平は西条とも仲良くなりたいと思っているのだ。自分からパーティーメンバーに加えると言ったのだ。だからあの仏頂面をいつの日か崩してやりたい、と虎視眈々と狙っていた。まったく上手くいっていないのが現状であったが。

 

 翔平の話を聞いて、桜華は思っていたことを口に出した。

 

「それならきっと、氷兎君がやってくれると思う。いつだって、氷兎君は誰かと仲良くなるための道を作ってくれると思うの。私の時も、藪雨ちゃんの時もそうだったから」

 

 それを信じて疑わない彼女は、氷兎に対する確固たる強い想いがあった。桜華の話を聞いた海音は、確かにそう思います、と言った。

 

「唯野さんは、不思議な人ですね。なんとなく話し方は固く感じたり、かと思えばぶっきらぼうで少し荒かったり。でも……なんとなく、隠しておきたかった事とかを話してしまいそうになる。そんな感じがするんです」

 

「アイツの天性の素質っすかね。行く先で困ってる人がいたら話を聞いて、解決しちまえるような奴なんですよ。聞き上手とか、そんな感じなんすかね」

 

 そんな自分の相棒を誇らしそうに語った翔平は、今までやってきたことなどを話せる範囲で話し始めた。人の感情が見える女の子の話をし始めた時、どこか海音の顔つきは柔らかくなったように翔平には見えた。

 

 ……この人も心に何か抱えているんだろうな、と深く考えなくてもわかってしまった。いつも氷兎だけにやらせるのではなく、今度は自分でできることをやってみよう。翔平はそう決意し、海音と桜華との会話に花を咲かせ始めた。

 

 その話は、氷兎と西条が帰ってきた真夜中まで続いていた。

 

 

 

To be continued……




なんでこんなに書きにくいんだ……。
文章酷い……酷くない……?

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