貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第六章 幸せの片道切符
第72話 暗雲立ち込める任務へ


 例えば、君は不幸な人生を送っていたとしよう。欲しいものが得られず、また他者から迫害でもされていたとする。けれど、そんな君にも大切なものはあった。

 

 ある日、君の目の前に幸せの片道切符が届いた。それを使えば、君は幸せになれる。君を取り巻く環境から逃げることが出来る。

 

 さぁ……君はどうする? 使ったっていいんだよ。君はもう十分苦しんだじゃないか。

 

 幸せになりたいだろう?

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 何故、私には皆にあるものがないのだろう。私だって遊びたい。私だって好きなことをしたい。私だって……幸せになりたい。

 

 きっと私よりも不幸な人はいる。私がいないと、生きていけない子がいる。だからまだ、生きていられる。けれど……なんで、私がこんな目に遭わなければならないのだろうか。なんで、なんで……。

 

 気がつけば、私は人知れず泣いていた。こんな不便な土地で、こんな不便な身体で生きていくのは、とても辛い。

 

「どうかしたんですか? なんか……その、手伝える事とかありますかね?」

 

 今日もまたこうやって……誰かに助けて貰わなければ生きていけないのだから。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

「……諸君、朝早くから集まってもらって感謝する」

 

 司令室にて、俺達のメンバーは全員呼び出しを喰らっていた。部屋の中ではいつものゲンドウスタイルを貫き通す木原さんと、横一列に並んだ俺達がいる。

 

「今回君たちにやってもらう任務とは……いや、先に先日起きた出来事について話しておこうか」

 

 木原さんがスクリーンに画像を映し出した。そこには何人かの男性や女性の研究職員らしき人達の写真が映っていた。それらを俺達に見せながら、木原さんは話し出した。

 

「ここに映っている研究員達が、それぞれ組織から逃亡した。重要書類や、世に出回ってはいけない機械なんてものも持ち出してだ」

 

「……逃亡した?」

 

 先輩が訝しげに問いただした。俺達からしてみれば、この組織を逃げ出す必要なんてないように思える。辞めたければ、辞めさせてくれと頼めばいい。ある程度信用が得られていたのならお咎めなしに辞められるだろう。

 

 それとも、研究職員の仕事はブラックだったのだろうか。だが、それほど過酷な作業だとは菜沙は言っていなかったと思う。そうなると……この職員達が逃げ出した理由がわからない。

 

「我々も理由はわからん。研究員はある程度組織内でのヒエラルキーが高い位置にある。だから組織内のパソコンを弄って監視カメラを止めたりできたわけだ」

 

「……それで、俺達に頼むのはこの裏切り者を連れ戻すことか?」

 

 西条さんは逃げ出した人達を冷たく突き放すように言った。俺はまだどうとも言えない。彼らが裏切り者であるのならば、何かしら理由がなければならないのだから。この国家組織を裏切れるだけの、大きな理由が。

 

 西条さんの質問に対し、しかし木原さんは首を振って答えた。

 

「連れ戻す必要は無い。君達に頼むのは、この研究員の始末だ」

 

「……おいおい、俺達はこの前言ったはずだ。人殺すためにこの組織に入ったわけじゃねぇんだぞ」

 

「そうだな。だが、数の多い処理班を送るには騒動がデカすぎる。言葉を変えようか。研究員の無力化が任務の内容だ。最後の始末は処理班に任せればいい」

 

 俺と先輩の目つきが鋭くなる。西条さんもこの任務に不服を感じているようで、いつもよりも目つきは反抗的だった。七草さんだけは、どうしたらいいのかと困惑している様子だ。

 

 そんな不満しかない俺達のことなんて気にもせず、木原さんは話を続けた。

 

「逃げ出した職員はバラバラに日本中に散っていったようだ。生体反応を追おうにも、彼らはどうやってか居場所がわからなくなっている。おそらく生きてはいるんだろう。その捜索は諜報員が行っていたが……ようやく足取りが掴めた。その研究員の一人をお前達に任せる」

 

 スクリーンに映し出された画像が変わる。今度は日本地図だ。拠点である関東地方から様々な場所に向かって矢印が飛んでいく中で、そのうちの一つを木原さんが指で示した。

 

「場所は、北海道だ」

 

「北海道ッ!?」

 

「アホみてぇに遠いじゃねぇか……」

 

 驚いた先輩と、頭を抑えながら愚痴をこぼした俺。西条さんもどこか面倒くさそうに眼鏡を弄っていた。

 

「北海道……涼しい場所なんだよね? 少し暖かい格好していかないとね!」

 

 楽しみにしている七草さんとは裏腹に俺達は任務の内容と足の確保の面倒くささにため息をついてから、木原さんに一瞥もせず部屋から出ていった。もうアレを上司だとは思いたくないものだ。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 翌日、俺達は飛行機に乗って北海道へと向かっていた。そう長くはないが、久しぶりの空の旅だ。椅子に身体を預け、ゆったりと寛ぐことにしよう。

 

「うわぁ……氷兎君、本当に空飛んでるんだね! 凄いよ、雲の中入っていってる!」

 

 飛行機の端の座席に座って、窓から外を見ている七草さん。その無邪気さに笑みを浮かべながら、俺は先程貰ったコンソメスープを一口飲んだ。熱かったが、コンソメの美味い味が口の中に広がっていく。通路側に座っていた先輩が周りを見て不思議そうな顔で尋ねてきた。

 

「……なぁ、西条はどこだ?」

 

「ファーストクラスらしいっすよ」

 

「ウッソだろお前……」

 

「まぁ、西条さんは良いところのご子息ですから。そういうのが当たり前だったんじゃないですかね。ってか、今回の飛行機のチケット取ってくれたの西条さんですし、文句言えませんよ」

 

「俺達を置いて一人でファーストクラスって、罪悪感とか寂しさとか感じねぇのかアイツ……」

 

「……多分感じてないんじゃないですかね。今頃我が物顔でふんぞり返ってますよ」

 

 頭の中に西条さんの高笑いする光景が浮かんできたのか、先輩は頭を抱えて、あの野郎……っと唸り始めた。そっとしておこう。俺は無視してスープを飲み続けた。すると窓の外を見るのをやめた七草さんが、先程の会話で気になったらしいことを聞いてきた。

 

「ねぇ氷兎君。ファーストクラスってなに?」

 

「ファーストクラスってのは、まぁ……お金持ちが使うような場所だな。広いスペースを一人で使えたりとかするみたいだ。使ったことないからわかんねぇけど」

 

「へぇー、やっぱり西条さんってお金持ちなんだね」

 

「俺たちゃ庶民らしく、ゆったりくつろごうぜ。今この場所も、まったく不満なんてねぇんだからさ……西条の奴が一人で楽しんでいること以外は」

 

「やけに根に持ちますね……」

 

「俺もリッチマンの気分を味わってみたかった」

 

「なら帰りはファーストクラスで帰って、どうぞ」

 

 いや、せめて一緒に行こうぜ……と先輩は言ったが、そもそもファーストクラスって一人用じゃないのか。詳しくは知らないけども。

 

「翔平さんがそのファーストクラスに行くなら……帰りは、私と氷兎君の二人っきり、だね?」

 

「……先輩が使えば、そうなるな」

 

 えへへっとどこか嬉しそうに微笑む七草さん。二人っきり、という言葉に少し胸がときめいた気がしなくもないが……いや、うん。正直言おう。俺も言われた時は嬉しいと感じた。だって七草さんみたいな美少女に二人っきりだねとか言われてみろ。勘違いして告白して玉砕して、次の日にはSNSでアイツに告られたマジキメェみたいなものが出回ること間違いなしだ。

 

 ……七草さんに限って、そんなことはしないと思うけど。

 

「……任務の先々で出会いを求めるのは間違っているだろうか」

 

「間違いだらけでは?」

 

「大学生(退)でも恋がしたい」

 

「そのうち良い相手が見つかるでしょう」

 

「社会人だけど愛さえあれば関係ないよね」

 

「もうアニメやラノベの名前で言ってくるのやめてください、くどいです」

 

 飽き飽きとしてきた先輩とのやり取りに、俺はため息をついた。最近ため息をつくことが増えた気がする。ささやかな幸せが逃げてしまうかと思ったが……考えてみれば隣に七草さんという美少女が存在するだけで幸福感を感じれるのだから別にいいんじゃないかと変な考えが浮かんできた。まるで男子校に通ってる学生みたいだぁ……。

 

「……そういやぁよぉ、真面目な話すっけど、今回の任務どこかきな臭くないか?」

 

 態度が一変。先輩は真面目な顔つきで俺に尋ねてきた。その言葉に七草さんも何か感じていたのか、小さく頷いていた。まぁ俺も確かに変だとは思っていたが……。

 

「唯の研究員が、生体反応を消せる装置とか作れたとしてだ。別にカード置いてきゃいいだけの話だと思うんだ。それとも、リスクを犯して拳銃を持ち出す必要があったのか」

 

「別々の方向に逃げたというのも気になりますね。計画的犯行の割には、実行犯がバラバラになって逃げる利点が思いつきません。行方をくらませやすいと思ったんでしょうか」

 

「それと、持ち出した機械とやらもだ。どんな大きさか知らねぇけど……普通バレるだろ。うちの警備体制ってそんなガバガバじゃねぇし、下手な事したら処理班が出てくるんだぞ。それを持ち運ぶことも考えると、車とかだろ。出入口は俺が知る限りでは噴水前のエレベーターと、その隣に隣接した長ったらしい階段だけだ」

 

「……捕まえて聞く必要がありそうですね」

 

「そうだな。無力化して、無理やりにでも口を割らせねぇと。下手したら……組織内部に、まだ計画に加担したやつがいる可能性もある」

 

「……これはまだ、なんとなくなんですけど……」

 

 どうにも言いにくくて、俺は一瞬口ごもった。先輩の促すような視線に、俺は考えついたことを口に出した。

 

「……木原さんが絡んでいるんじゃないかな、と」

 

「……おいおい、そりゃないだろ。組織のトップだぞ。それに、命令してきたのも木原さん本人だ」

 

「……そう、ですよね」

 

 頭の中に浮かんできたその予想を、俺は捨て去った。そうだ、そんなことをする利点がない。だけど……西条さんが言っていたように、木原さんの言うことはどこかに偽の情報が混じっているような気がしてならない。

 

 それら全てを正確な情報であると思ってはいけない。最近そう思うようになってきたのだ。それは俺が木原さんに対して不満を抱えているからなのか……まぁおそらくそうなんだろう。

 

「氷兎君、あんまり考え込んでたら疲れちゃうよ? 今こうして休める時に、ゆっくり休んでおこう?」

 

「……それもそうだな」

 

 俺の言葉に満足げに頷いた七草さんは、また笑いかけてきた。その笑顔に俺も笑い返すと、残った時間は身体を休めようと眠ることにした。

 

 ……眠りに落ちる少し前くらいに、七草さんのいる方の肩が重たくなった気がした。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 北海道。それは、日本の北にある土地である。技術革新の波に乗っかり、都会化を目指そうとしたものの、気候や交通の不便さ等が目立ち、結局は昔と大差ない場所である。ともかく、土地が広い。どこかに行くにも車がなければ不便だろう。

 

 空港の前で集まった俺達は、今後どうするのかを考えなければならなかった。

 

「さて、やってきました北海道。観光だけして帰りてぇところだが……」

 

「んなわけにはいかないでしょう。とりあえず宿ですよ宿、寝泊まりできなきゃお話になりません」

 

「おっそうだな。西条、宿はどこだ?」

 

「宿なら取れなかった。どこも空きがないらしい」

 

「……嘘だろ? 今は観光シーズンでもねぇってのに、なんでホテル埋まってんの?」

 

 なんだか前の任務もこんな感じだったな。しかし、先輩の言う通りだ。何故こんな時期に宿がひとつも空いてないのだろうか。田舎町なら仕方ないと言えるかもしれないが、ここは田舎とは中々言いきれない場所だ。宿もホテルもそこそこあるはず。

 

 西条さんは携帯を取り出すと何かのサイトを開いて俺達に見せてきた。どうにも胡散臭そうなサイトのように見える。

 

「最近ここ北海道では、いわゆる都市伝説のようなものが流行っているらしい」

 

「都市伝説だぁ?」

 

「『幸せの招待状』と言うらしいな。何処からか送られてきて、それを受け取った人は幸せになれるらしい。外から来た人でも、その宿に送られてきているらしいが……まったくバカバカしい話だ」

 

 やれやれ、と言いたげな西条さん。流石にそんな都市伝説みたいな話を信じるわけじゃないが……その話を信じた人達がいるから、宿が埋まってしまってるわけか。

 

「だが、コイツを調べたところある情報を得られた。幸せの招待状が送られ始めた時期は、研究員が逃亡してから少しあとのことだ」

 

「なるほど……研究員が絡んでるってわけか」

 

「可能性は高いだろう。しかし、こんな足のつきそうなことをよくやろうと思ったものだ」

 

 西条さんは心底呆れているようだ。ともかく方針は決まった。その幸せの招待状について調べていくのがいいだろう。そうと決まれば、まずは寝床の確保をしたい所だが……最悪また誰かの家に泊めてもらおう。その為にもどこかで飯の材料を確保しなければ。そう思って周りを見回したが……空港の周りとはいえ、大型スーパーなんてものは見当たらなかった。

 

「……困ったな、こりゃ」

 

「広いね……歩いて探し回るの、大変そう」

 

「レンタカーとか借りれねぇのかな」

 

 最悪タクシーを二台使って移動するというのも視野に入れた方が良さそうだ。

 

 今回の任務について話し込んでいる先輩達とは別に、俺と七草さんで周りを見渡していた。歩いている人達の多くは、おそらく現地の人ではないだろう。ここで聞き込みをしても、大したものは得られなそうだ。

 

「んー、なんにもないね……」

 

「冬は雪が凄いらしいからな。そりゃ、こんな所で経営するビルなんてのも多くはないだろうな。交通が不便になるだろうし」

 

「どこか近くに駅とかないのかな?」

 

「電車で移動か……。最悪駅に行けば、大型スーパーとかに行けるバスも出てるかもしれないな」

 

 先輩達も含めて話し合った結果、とりあえずマップを見ながら駅に向かって歩いてみようという話になった。西条さんがタクシーを使うべきだと主張したが、聞き込みも兼ねてだ。徒歩の方がいいだろうと返した。西条さんはタクシーの運転手に話でも聞いた方がいいと言っていたが……渋々と、歩くことにしたようだ。

 

 しばらく歩きながら、先輩と七草さんとで話していた。西条さんは一人少し離れて歩いている。

 

「にしても、思ってたよりもなんもねぇんだな」

 

「もうちょっと何かあると思ってましたけどね」

 

「下手な田舎町よりも、足がないことの弊害がでかいんじゃねぇの」

 

「かもしれませんねぇ」

 

 俺達を何台もの車が追い越していくのを見ていると、なんだかムカついてきた。大荷物を持っての移動だから本当に疲れる。せめて荷物を置いて調査を進めたいところだ。

 

「……ん? あれは……」

 

 歩いていて、ふと先輩は脇道に目を向けて立ち止まった。何かあるのかと見てみれば……そこには背を向けた女性が車椅子に乗ったまま俯いているようだった。しばらく見ていたが、動く気配がない。時折肩が震えているようだった。

 

「……泣いてねぇか」

 

「おい、何を立ち止まっている。さっさと駅に向かうぞ」

 

「……わり、ちょっと行ってくるわ」

 

 西条さんの止める声も聞かず、先輩は車椅子の女性の元へと歩み寄って行った。先輩らしいと言えば、先輩らしい。一応俺達も近くに行っておこう。そう思って俺は七草さんを連れて近くにまで寄って行った。

 

「どうかしたんですか? なんか……その、手伝える事とかありますかね?」

 

 先輩が女性に声をかけた。その女性が振り向き、その姿がわかった。年は見た目だと多分俺達と変わらない。端正な顔つきではあったが……その顔は確かに疲労が見て取れ、その両目はやはり涙を流していた。助けなくてはならない。そう思わせるような雰囲気を纏った女性であった。

 

 

 

To be continued……




今回の話、下手すると神話生物でないかも。
まぁ、現代でのクトゥルフ神話が主なだけだから、多少はね?
たまには人間同士のぐちゃぐちゃしたもんでも見ようぜ。

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