貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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だいぶ長くなってしまった……。


第6話 起源

 ……もうすぐ、日が昇る。弾は出ないとわかっていても持っているだけで不思議と安心できる銃を片手に、なんとか部屋で身体を休める。静かになった状況に落ち着いてきた頃、菜沙に七草さんのことを話した。あの孤児院がどんなものだったのか、そして何があったのかも。

 

 おそらく、俺は七草さんと孤児院で会った時点でマークされていたんだろう。あの顔のでこぼことした女性はきっと、そのためにずっと見ていたんだ。海からの視線もきっと、奴らに違いない。俺が七草さんと共に逃げた時点で、住宅地にいた連中に連絡を取って……父さんと母さんを殺したんだ。

 

「………」

 

 それは避けられないことだった。そうやって割り切れるほど俺は人として出来ていない。だって、何か解決策はあっただろう。もっと別の行動をしていれば何とかなったかもしれない。そうやって、頭の中で思考だけが空回りする。休んでいるはずなのに、まったく身体は休まらなかった。

 

 この後どうするのかも考えなくてはならないのに。色々なことがあって思考がまとまらない俺とは反対に、菜沙は冷静さを取り戻していた。彼女は窓の外を見ながら提案してくる。

 

「……日が昇ったら、逃げようよ。流石に日があるうちに追いかけては来ないでしょう?」

 

「……そうだな」

 

 彼女の言う通り、日が昇ったら逃げなくては。しかし、どこに? ここが俺の家だ。菜沙の家には逃げ込んでも意味がない。警察に話をした所で、とりあってくれるわけがない。人気のないところに行けば、より危険は増すだろう。

 

「………」

 

 ふと、持っていた銃に目がいった。この銃を渡してくれた女性は、何故こんなものを持っていたのだろうか。それに、このグリップ部分に刻まれたマークはなんだろう。OとGが半分ずつ重なったものだ。おそらく何かしらの組織を示すものではないだろう。会社のロゴなんかではこんなものを見たことがない。

 

 ……信じ難いことではあるが、あの女性が炎を操っていたように、そういったものがあるのかもしれない。あの口ぶりと慌てた様子のなさからして、戦いに慣れているのは明白だ。しかも拳銃所持。銃刀法とは一体なんだったのか。目を逸らしたくなる現実だったが、部屋の窓から外を見ていた七草さんの声で逸らしてる訳にはいかなくなった。

 

「氷兎君、外に人が来てるよ」

 

「……アイツらか?」

 

「ううん。多分……あの時の女の人じゃないかな? 服がそれっぽい気がするよ」

 

 火を操っていたあの女性が下に来ているようだ。一応侵入を防ぐために、扉の鍵は締めてあるけど……おかげでまたあの死体を乗り越え、両親の死体をまた見ることになった。本当に、気が滅入ってしまいそうだ。

 

「どうするの、氷兎君?」

 

「話を聞く限りだと味方……ってことでいいのかな? それなら早く助けてもらおうよ。ここまで来てくれたんだから、きっと何か助けてくれるはずだよ」

 

「……口封じじゃなきゃいいけどな」

 

 最悪そのパターンもありえる。あんな非現実的なものを見てしまったのだ。それが表沙汰になっていないということは、これまで起きたこういった事例を揉み消したということだ。つまり……見てしまった俺らも処分される可能性は高い。しかし菜沙は首を振って否定した。

 

「でも、それなら会った時点で殺すでしょう? それに、銃なんて渡さないはずだよ。わざわざ敵に塩を送る必要は無いと思う」

 

「……確かに、な」

 

 握っていた銃を一度強く握り直し、考え抜いた結論は話をしてみることだった。ただし、警戒は最大限しなくてはならない。玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえてきた。もはやこれ以上悩む暇はない。

 

「俺と七草さんで相手をする。何かあったら……菜沙は逃げて。それまで隠れて待ってること。いい?」

 

「……うん」

 

 どこか不服そうに、しかしそれが最適だと思っているのか彼女はゆっくりと頷いた。自室から出て、一階に移動する。両親の死体をなるべく見ないようにして、菜沙を別の部屋に匿う。そして七草さんと俺で玄関に向かっていった。

 

『すいません。誰かいらっしゃいますか?』

 

 扉の向こうから声が聞こえてくる。声を確認しても、あの時の女性と同じということは明らかだ。少しだけ七草さんに離れてもらってから、俺はその声に応えた。

 

「はい。どちら様ですか?」

 

『その声……良かった。無事なようね』

 

 扉の向こうの女性は心底ホッとしたようで、声はだいぶ柔らかいように感じた。とりあえず、警戒はまだ続けながら話を続ける。

 

「おかげさまで。それより、何の用でしょうか」

 

『話したいことがあるの。君の両親はそこにいる?』

 

「……いえ」

 

 少しだけ口ごもったが、いないと答えた。いるにはいるのだ。ただ……生きていないだけで。考え始めると、また感情がマイナスに振り切れそうだ。今はそれを考えるべきじゃない、と俺は思考を切りかえた。

 

『そう……なら都合がいいかな。とりあえず入れてもらえない?』

 

「……そうホイホイと信用するわけにもいきませんよ。こっちも、結構切羽詰まってるので」

 

『逃げても追いつかれることになるけど? その銃に発信機ついてるから』

 

「……どうりで、この家がわかったわけだ」

 

 流石にこの住宅地をピンポイントで探し当てるのは難しいだろう。だとすれば、なるほど……発信機があれば見つけるのは容易いことだ。例え家にいようが、外で逃げてようが追いつくことが出来るのだから。にしても……弾が出ない銃を持っていても意味がない。捨てて逃げることも出来るが、おそらくもう逃げることも叶わないだろう。退路を絶たれている可能性が高い。

 

 となると……この女性の話を聞いた方がいいのか。信用ならないとはいえ、助けてもらった相手でもある。相手もそれを承知しているようで、更に話を続けてきた。

 

『……信用ならないのは仕方の無いことね。けど、よく考えなさい。私はあらゆる対抗手段がある。もちろん、あのバケモノに対して。けど、君は? 君みたいな子供に何が出来るの?』

 

「………」

 

『あのバケモノの残党がいれば、君は狙われるよ。けど、私と話をして判断してくれれば……君に対抗手段を提示できるかもしれない。君の命を取ろうだなんて思ってない。誓って、本当のことよ』

 

「……わかりました。話は聞きましょう」

 

 ……確かに、この女性の話には耳を傾けなければならない部分も多かった。なにしろ、俺には対抗手段が何も無いのだ。あの声が言っていた、月の満ち欠けで身体能力が向上するという変な能力があったとしても……それで何が出来る? 逃げることは出来るだろう。しかし、新月になったらそれもできない。自分の身と……菜沙と七草さんを護るためには、話を聞かなくてはならないだろう。

 

 扉を開けると、黒い服に身を包んだ女性が立っていた。短い髪の毛に、整った顔立ち。キリッとした眉が仕事のできる女性のような感覚を際立たせていた。女性の表情は俺達を安堵させるためなのか、柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「信用してくれたみたいね」

 

「……俺ひとりで何かできるかと言われれば、NOとしか答えられませんから」

 

「それに、その女の子もちゃんと護れたんだ」

 

「……まぁ、それに関してはおかげ様でとしか言えませんが。それと、話をしようにも……とりあえずこちらの現状に関して話をさせてもらいたいんです。リビングまで来ていただけますか?」

 

 女性は頷くと、玄関から上がり込んですぐ嫌な匂いに顔を顰めた。どうやら、何が起こったかを察したらしい彼女は、俺の右手に握られた銃を見て尋ねてくる。

 

「……残弾数は?」

 

「ゼロですよ。それと、まだ貴方にこれを返すわけにはいきません。返した途端リロードして撃たれたらたまったもんじゃないです」

 

「私には剣と魔術もあるんだけどね。忘れてない?」

 

 ……そう言われると、失念していたとしかいいようがない。だが、遠距離から狙われるよりは避けやすいだろう。七草さんなら近距離で余裕で剣を回避するくらいは容易いくらいに身体能力と動体視力が良いわけだしな。

 

「……まぁ、信用の為だし。これを預けておこうかな」

 

 彼女はそう言って鞘にしまわれた細い剣を、持ち手をこちらに向けて渡してきた。訝しげに思いながらも、俺はその剣を受け取ってからまたリビングへと歩き出す。多分持っていたところで戦力差は埋まらない気がした。接近戦に持ち込まれたら、剣を振るより速くこの女性が殴りかかってくるだろう。

 

「……これは、酷いね」

 

 リビングで起こった惨劇の痕を見た彼女の感想はそれだった。俺は隣で呆然としている女性に夜中に起きた出来事を説明した。

 

「なるほど……。ってことは、上に死体が三つか。隠蔽するのも大変だね、これ」

 

「……俺達も口封じで殺すつもりですか?」

 

「そんなことしないよ。でも……参ったね。ここじゃおちおち話もできやしない。となると……そうだね……私の所属している組織で話をする、ってのはどう?」

 

「わざわざ信用ならない相手の拠点に赴けと?」

 

「一応これでも国家機関よ」

 

「……冗談を。そんなもの聞いたことがない。ましてや、貴方の服装と、この銃や剣を見る限り自衛隊な訳でもないし警察でもない」

 

「それらも全部ひっくるめて、話をしたいの。悪いようにはしないよ。それに……なんなら保護もしてくれる。そこの二人もね」

 

 女性は後ろの方で待機している菜沙と七草さんを見ながらそう言った。それを言われると……どうにも強くは断れない。曖昧な返事になる俺に好機だと思ったのか、女性はトドメとばかりに言ってきた。

 

「どう、悪くない話でしょ? 君はこの世界について知れて、彼女達は国から護られる。君にとって悪くない話のはずだよ」

 

 ……本当に国家機関ならば、確かに彼女達の安全は確保されるだろう。それに、アイツらに関して知ることが出来るのならばそれに越したことは無い。隣にいる人物がバケモノかもしれない世界で、生きていこうなんて思えない。

 

 ……メリットに対してのデメリットがあまりにも無さすぎる。うまい話には裏があるものだが……。

 

「……その顔は、話を聞くってことでOKかな?」

 

 ……俺はその言葉に、ゆっくりと頷いた。いや、頷く他なかった。頼れるものが、なくなってしまったのだから。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 女性のものだという黒い車で長いこと揺られながら辿りついたのは、大きなビルの真横にある駐車場だった。それは幾人もの人が通る大通りに面していて、中でどんな事をしているのか検討もつかないものだ。後部座席で三人揃って座っている中、菜沙が服の裾を引っ張り小さな声で話しかけてくる。

 

「……本当に、ついてきちゃって良かったの?」

 

「……良いも悪いも、今後の話次第だろう。俺達に何も出来ないことだけは確かだ。それよりも、菜沙はいいのか? 恐らく奴らに知られてないはずだから、逃げることも出来たはずだ」

 

「……ひーくんが行くなら、私も行く。心配だから。それに、お母さんたちにも一応、連絡だけ入れてあるし。ひーくんと一緒にいるって」

 

 それはそれで問題になりかねないし、家に尋ねてこられたらアウトな気がするけど。それに、心配だからとついてこられても、最悪命の危険がある場所にまで来るとなると正直心労が増えるだけなのだが……。でもまぁ、隣に菜沙がいるだけで安心できる。いつも通り、というのはこんな状況だと心にとてつもない安寧をもたらすものなのか。こんな状況にでもなってみないと分からないことではある。出来ることならばそんな状況になりたくはなかったが。

 

「着いたよ。とりあえず私について来て」

 

 女性から渡された長い袋に剣と銃を仕舞い込み、降りていった女性について行く。俺が先頭で、隣にはいつものように菜沙がいて、手を握っている。その逆側では七草さんが遠慮がちに袖を掴んでいた。両手を使用不能にされると何かあったとき対処できないのだが……そんなことを、内心不安な彼女達に言える訳もない。そんな状況になっている俺を見た女性は、微かに笑って言った。

 

「仲良いのね、君達」

 

「……恥ずかしいだけですよ、こんなの」

 

 女性の目線から顔を逸らし、意識を周りに向けた。女性は、照れてるねぇ、なんて言って先を急いだ。ビルの中に入り、すぐの所にある社員専用と書かれたエレベーターの横に置かれたスキャナーのようなものにカードをかざすと、エレベーターの扉が開いた。

 

「さ、乗って」

 

 促されるままに乗り込むと、女性は下か上かしかないボタンの下を押した。エレベーター特有の浮遊感を感じながら下へ下へと降りていく。

 

「……長いな」

 

「まぁ、だいぶ地下に作られてるからね。誰も気がつかない、国家の暗部組織って訳よ」

 

 どれだけ下に行くのかと疑問に思うくらい乗り続け、ようやくエレベーターは止まった。

 

「……なんだ、ここ」

 

 ……そのエレベーターの扉が開くと、目の前に広がっていたのは廊下や部屋などといったものではなく、例えるならば庭園のような場所だ。木々が生え、草が生え、噴水から水が湧き、空を見あげれば太陽が輝く空が見えた。それはどう見ても地下には見えない。いや、地上とすらも思えなかった。街にはこんなに豊かで広い場所はないというのに、ここが本当に地下だというのか。いや、空には太陽がある。ならばここは地上なのか?

 

「綺麗……」

 

「うわぁ……!! 氷兎君見て、猫がいるよ!!」

 

 七草さんの指さす方向には、確かに猫が丸まって眠っていた。辺りには私服を着た人々が歩き回っており、皆年はそこそこ若かった。地下に来ていると思ったら、一体いつのまに地上に上がっていたのか。不思議な光景にポカンとしている俺達に女性は少しだけ笑いながら言った。

 

「ここが、私の所属している組織。基本的には地下で篭ってるんだけど、それだと精神的に持たないから、木々を取り入れ、癒しの小動物も取り入れて天井には空の景色を写すパネルを取り付けてあるの。おかげで昼か夜かもわかるし、なにより精神的に安定する。風がないのが残念って所かな。とりあえず、私達の指揮官がいる場所まで案内するから、着いてきて」

 

 地上よりも過ごしやすそうなこの場所を歩いていくと、大きな建物があった。この他にもいろいろと建造物はあったが、この施設のような場所だけは堅牢に作られていることがひと目でわかるくらいに、物々しい雰囲気がある。

 

 その建物の中に入っていき、迷いそうな通路を歩いていくと司令室と書かれた部屋の前まで辿り着いた。女性がノックをすると、中からは低い女性の声が帰ってきた。

 

「『魔術師』加藤(かとう) 玲彩(れあ)、只今帰還しました」

 

 俺達を助けてくれた女性……加藤さんがそう答えると、中からは入っていいぞという返事が返ってきた。加藤さんに続いて俺達もその部屋の中へと入っていく。

 

 部屋の中には、来客用のソファーと机、そして執務用の机と椅子が置かれていた。執務用の机と椅子の後ろには大きなテレビ画面のようなものが設置されており、椅子には厳かな雰囲気を醸し出す女性が座っている。知れずと生唾を飲み込んだ。

 

「ご苦労だった。連絡は既に聞いている。君達も、中々に大変な目に遭ったそうだな。まぁ、とりあえずそこのソファーにでも座りたまえ」

 

「……失礼します」

 

 一応礼儀は忘れない。促されたソファに座ると、そのままゆっくりと身体が沈んでいく。とてつもない心地良さが身体を包んでいった。

 

 その感触に浸っていたかったが、目の前の女性は両手を組みながら俺達に話しかけてくる。

 

「さて……話をする前に、自己紹介といこう。私の名前は木原(きはら) 咲瓜(さうり)。ここ、国家暗部組織『オリジン』の総司令官だ。オリジンというのは、君達が見たバケモノと戦う組織だと思って欲しい。無論、誰でも戦えるかといえばそうではない。バケモノと戦うには、人が本来持っている『起源』と呼ばれるものを感じ取り、行使できるかが条件となっている」

 

 淡々と話をする女性、木原さん。わからないことが多く出てきた。国家暗部組織、と彼女は言った。となると本当にここは国家組織なのだろう。そして、彼女の言う起源とはいったい何なのだろうか?

 

「起源についてか? 君は見ただろう。そこにいる加藤が炎を操るのを。彼女には『魔術師』という起源が存在する。そもそも、起源とはありとあらゆる人に宿っている……と考えられるものだ。100%かどうかは定かではないが、少なくとも君達にもあると思われるものだ」

 

 彼女は話を続ける。

 

 起源とは即ち、人の人生を決めるものと言ってもいい。身体的特徴なども、起源によってもたらされるものだと。稀に天然で自分の起源を理解し、行使する者がいる。それを起源覚醒者(オリジナリー)と呼び、起源を理解したものは、その起源に値する能力を手に入れることが出来る。それは剣の腕前であったり、事務的なものだったり、はたまた何に使えるのかわからないものもあるかもしれない。人は千差万別。よって起源も千差万別と言ってもいいだろう。

 

 我々も全てを理解しているわけではない。しかし、ここ十何年の技術的進歩により、我々は人の起源を読み取って理解させる装置を開発した。我々はその機械を敬意を込めて『タケミナカタ』と呼んでいる。

 

 そのタケミナカタを使い、起源を理解した者達は世を脅かすバケモノ……我々が神話生物と命名したその存在たちと戦い、世界を護っているのだ。

 

 ……と、俺達に説明した。彼女は両手を組んだ状態で問いかけてくる。

 

「率直に言おう。巻き込まれた段階で、我々はおいそれと君達を野放しにはできない。このことを世間にバラされるわけにもいかない。世を混乱させるわけにはいかないからだ」

 

 ……どこか嫌な雰囲気がしてきた。本当にこのまま口封じをされるのではないかと、不安になってくると、菜沙が俺の手をギュっと握ってくれた。

 

 ……大丈夫。口にしなくても彼女の思っていることが伝わってきた気がした。少し落ち着こう。一度深呼吸をして落ち着いたところで、木原さんは硬い表情のまま、俺達に選択を迫ってきた。

 

「君達には選択肢がある。我々オリジンと共に世界の為に戦うか。神話生物の存在に怯えながら我々に影から監視されて過ごすか」

 

「……自分がオリジンに所属することによるメリットを詳しく教えてもらえますか」

 

「ふむ……。まず、これでも国家組織だからな。給料は高いし、任務を遂行すれば特別手当が出る。装備の支給もするし、生活面での安全は確保しよう。無論、そこの女の子の両親もだ。住む場所に関してだが……残念だが地上では暮らせない。何かあった時にすぐに動けるよう、この地下施設にある居住スペースで過ごすこととなる」

 

「……高校に関しては?」

 

「残念だが、辞めてもらうことになるな。だがなに、安心するといい。給料なら高いし、不安な未来に身を置くよりは財政的に安定するさ。命の危険は伴うがね」

 

 ……選択肢なんて残されてないようなものだろう、これは。なにより、菜沙の両親の保護すらもしてくれる。住む所の提供までするときた。俺は別に……まぁ、戦うという命のやり取りは出来ればしたくはないが、奴らの影に怯えて過ごすなんてことはしたくない。

 

「……氷兎君、どうするの? 私は、住むところもないし……入ってもいいかなって。できれば、その……一緒がいいな、とは思うけど……」

 

 七草さんは入る気のようだ。まぁ、それもそうか。頼る宛もなし、家は使えない。そうなると最早ここだけが現状彼女の知る限り頼れる場所なのだから。

 

「ひーくん、死んじゃうかもしれないんだよ? 辞めとこうよ……私と、私の両親とで一緒に暮らせばいいでしょう。私、ひーくんに死んで欲しくないよ……」

 

 ……菜沙の言うことには、確かに頷ける部分もある。だが、思い返してみろ。俺はあの時、加藤さんが助けてくれなかったらどうなっていた? 無残に殺されていただろう。俺のほかに、そうなる人がいないなんてことは無い。

 

 正義の味方になりたいわけじゃない。俺だって両親が殺されてる。例えるならそう……復讐心にも似た何かだ。それと、二人を助けたいという想い。それだけだ。

 

「……悪い、菜沙。俺も七草さんと一緒に戦うことにするよ」

 

「……なら、私も一緒にいく。ひーくんから離れたくないから」

 

 離れることを拒否するように、菜沙は俺の腕を強く掴んだ。こうなると、菜沙は全くと言っていいほど話を聞かなくなる。困ったな……まぁ、目に届かないところで危険な目に遭うよりはよっぽどマシか……。

 

「……それに、ひーくんなら何かあったら護ってくれるでしょ?」

 

「……絶対とは言えないけど、やるだけやるさ」

 

「……うん」

 

 こほん、と咳払いが聞こえた。見れば木原さんが何やら甘ったるいものを食べたあとのような微妙な表情を浮かべていた。俺達が一体何をしたというのか。

 

「決まったようだね。なら、早速だけど君達の身分証明書を作らないといけない。ついてきてくれ」

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 ついてこいと言われ、また迷路のような通路を歩いていきとある部屋に入ると、そこには何やら訳のわからない大きな機械が設置されていた。その機械の横には円柱状のカプセルのようなものが設置されており、何やら危険な感じがする。心臓がうるさくなる中、木原さんがその機械の前に立って話を始めた。

 

「君達の身分証明用のカードを作るために、起源を知らなければならない。さっき話した通り、これこそがタケミナカタだ。そこのカプセルに入ってスキャンすれば、君達の起源がわかる。とりあえず物は試しだ。誰から行くかね?」

 

「……自分からで」

 

 流石にこんな危なそうなものに菜沙と七草さんを先にやらせるわけにはいかない。木原さんに促されるままカプセルの中に入ると、機械の重々しい起動音が聞こえてきて、とてつもなく不安な気持ちになった。死にはしないだろうな、俺……。カプセルの上から下に向かって緑色の光のようなものが通り抜けていく。アナライズされた気分だ。

 

『ALERT!! ALERT!!』

 

 何やら警告文が鳴り響く。嘘だろ、嫌な予感がすると思えば……まさか俺本当に死ぬのではないか? 早くここから出してくれ!

 

 慌ててガンガンとカプセルの扉を叩くが、開く気配はない。目の前では木原さんも慌てている。この状況に驚いていた七草さんは、すぐさま駆け寄ってきて扉を無理やりこじ開けて俺を中から助け出してくれた。一気に身体から力が抜けていき、その場にへたれこんだ。

 

「こ、怖かった……」

 

「氷兎君大丈夫!? 何もない!?」

 

「だ、大丈夫なはず……」

 

 むしろそうであってくれと祈るばかり。木原さんは機械を弄っていて、何があったんだ……と呟いている。暫くすると、機械から一枚のカードが出てきて、それを手に取った。それを見た木原さんは、なにやらとても驚いた表情をしている。一体何があったというんだ。

 

「なんだ、これは……。いや、有り得るのか……?」

 

 彼女はその驚いた表情のまま俺の元へと歩いてくる。そして、そのカードを俺に向かって差し出した。

 

「見て驚かないでほしい。それが、君の『起源』だ」

 

 カードには自分の名前や生年月日、その他諸々が記載され、顔写真も乗っかっていた。そして注目すべきは、『起源』と書かれた欄。

 

 ……そこには、黒い服に身を包み、フードを被った人物が死体の上に立っている絵が描かれていた。そして、その絵の下には……『サツジンキ』と表記されていたのだ。

 

 

 

To be continued……


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