貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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電柱や土に関することは間違ってる可能性がありますが...まぁ、不思議なパワーでなんとかなったということにしてください。

それと、自分が今書いている小説ですが、書き方がよく替わります。今回は三人称となっています。


第25話 計画スイ行

 ───不思議そうな顔をしているね。

 

 

 目の前の存在は、鏡を見ながらそう言った。鏡には、風景が写っている。今も尚時間通りに動く風景が。

 

 

 ───知ってるかい? 『土』って電気抵抗は高いほうなんだ。

 

 

 ……だから何だ、と俺は言った。彼女は、そんなこともわからないのかい、と不満げに顔を歪め、そして笑った。何もかも知っていたらつまらないか、と。

 

 

 ───土に電気は流れるよ。けどそれは、地球というあまりに大きすぎる面積を元に考えたからだ。

 

 

 つまり、面積が小さければ土は電気を通さないと言いたいのか。

 

 そう言うと彼女は、違う違うっと人差し指を振りながら答えた。やめて欲しい。その気になれば人差し指で人を殺せるのだから。

 

 

 ───電気は流れるよ。けど、それが人体に影響を及ぼさない程度にまで下がっただけさ。何せ、私これでも『土』の神様みたいだしね?

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 広々とした田舎の広場で戦いは繰り広げられていた。バケモノはその身体を部分的に伸ばして、まるで鞭のように振るった。翔平の頭のすぐ真上をソレが通り抜けていく。

 

「っ、ぶねぇな……。クソッ、氷兎はまだか……!?」

 

 もう何分戦ったのかすら彼にはわからない。時間を確かめる術も、休む暇すらもないのだから。ただ攻撃を躱し、相手の気が逸れないように時折銃で撃った。無論傷はすぐさま再生され、弾丸だけが無駄に減っていく結果となる。

 

「……おいおい、マジかよ……」

 

 翔平の目に映ったのは、バケモノが家の一部に張り付いてそれを吸収し、一回り大きくなるという光景だった。

 

「メシ食わなくてもでかくなんのかよ……巫山戯てやがる……!」

 

「鈴華君、チェンジだ! 一旦燃やすぞ!」

 

 後ろから投げかけられた声に、翔平はすぐさまその場から下がっていった。火炎が出現し、バケモノを飲み込まんと、まるでとぐろを巻く蛇のように絡みつく。しかしバケモノは新しく来るエネルギー(栄養)に喜びの声を漏らすだけだった。

 

「あまり使わないでくださいよ! 氷兎の作戦に支障が出たらまずいっすよ!」

 

「こうでもしないと君が休めないだろ! いいから呼吸を整えろ!」

 

 火炎を吸収している最中はあのバケモノは動きを止める。そのおかげでここまで何とか持ちこたえてきた。神社での戦いから下の広場での戦いまでずっと動き続けていたら流石に体力は持たない。しかも、相手は全ての行動が一撃必殺のようなものだ。精神的な負担も大きく、体力精神力共に凄まじい勢いで摩耗していく。

 

 しかし翔平は逃げ続けた。一筋の希望、それを運んでくるであろう男を信じて。

 

「……..ッ!?」

 

 突然、視界が真っ暗になった。完全なる闇という訳では無い。ただ、点いていた外灯が一斉に消えたのだ。辺りが暗くなったせいで、足元がよく見えなくなる。回避するのが困難になってしまった。

 

「おいおい、アイツ電柱とかに近寄らねぇはずなのになんで電気が消えるんだよ……!」

 

「……もしかしたら、唯野君の秘策というやつじゃないの?」

 

「だとしたら、完全に悪手になりかけてるんですけど!?」

 

 そう嘆いた翔平に、玲彩は励ますように激励の言葉を送った。今は彼を信じて逃げ続けるしかない、と。

 

 そんな事情なんて知らず、バケモノはその巨体を震わせた。ひと鳴きすると、また翔平に向かって攻撃を繰り出す。横薙ぎに払われる腕のような部位を避けるべく、翔平はその場で高くジャンプした。玲彩も同じく回避し、なるべく目を離さないように後ろへと後退していく。

 

 『起源』のおかげで二人の身体能力は常人のそれとは異なっている。もし一般人がコレと対峙することになったら、本当になす術なく吸収されてしまうだろう。

 

「喰らっとけ!!」

 

 翔平の愛銃──デザートイーグルが火を吹いた。放たれた弾丸は真っ直ぐにバケモノの身体に突き刺さり、その部分だけが抉られていく。見ただけでわかる弾丸の威力だが、即時再生能力を持つこのバケモノ相手では、その単発火力は足りなかった。せめて、身体を粉々にできるほどの連射武器があれば何とかなったかもしれないが、翔平が今装備しているのはハンドガンの類と手榴弾だけだ。ハンドガンではあまりにも連射が足りなすぎる。

 

「なら、こいつはどうだァ!!」

 

 弾丸が、無数にある目のひとつを貫いた。その部分から黒い液体が流れ落ち、目は閉じられた。バケモノの悲鳴が響く。

 

『Tigyue──!!』

 

 ……だが、その目は再び開かれた。弾丸が穿った痕は無く、傷一つない目玉がそこにはあった。しかし、先程とはまったく別なモノがそこに産まれていた。

 

 瞳が揺れている。まるで炎のようにゆらゆらと。そう、バケモノは微かに怒っていた。その怒りが翔平に向けられる。ギョロギョロと動き回っていた目玉が全て一斉に翔平を睨んだ。

 

「げっ……」

 

 まるで蛇に睨まれたカエルになった気分だった。あまりに異様な光景に脳は一時機能を停止し、足が動かなくなってしまった。その隙を逃さず、バケモノの身体が振るわれる。

 

「鈴華君ッ!?」

 

 突然動きを止めた翔平に、玲彩は援護しようとしたが判断が遅れてしまっていた。今まで動いていた人物が突然動かなくなったのだから当然とも言えるかもしれない。

 

 火炎を放つには間に合わない。駆け寄って無理やり動かすには時間が足りない。今からホルスターに手をかけて銃を取り出しても狙いを定められない。瞬時の判断だけで、頭の中は絶望で埋め尽くされた。玲彩の表情が悲痛なものへと変わっていく。

 

 

 

 

 

 

「───させるかぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 後方から、弾丸が数発飛んできた。その弾丸のうち三つがバケモノの目を抉る。バケモノはその身体を震わせて突然訪れた痛みに悲鳴をあげた。

 

「先輩、大丈夫ですか!?」

 

 凄まじい勢いで跳んできたのは氷兎だった。背中に槍を背負ったまま、ここまで走ってきたようだ。バケモノの目はすぐに再生するだろうと踏んだ氷兎は無理やり翔平を立ち上がらせてその場から退避した。

 

「た、助かった……。けど遅せぇぞ氷兎……!! 何度死にかけたことか……!!」

 

「すいません。けど、準備は整いました。加藤さんはコレを入れ替えておいてください!」

 

 そう言って氷兎が玲彩に投げ渡したのは、電池だった。玲彩はそれが何と交換するのかと言われなくてもわかった。スタンガンの蓋を外して電池を交換する。しかし、スタンガンでは電力が足りないはずだった。

 

「ここから真っ直ぐ下がっていけば、わかりやすい目印があります。その目印の奥側まで走って逃げてください!」

 

「待て、お前どうする気だ!?」

 

 一人残ろうとする氷兎を翔平が止める。二人がかりでようやく足止めができた相手を、一人で相手するなんて無茶だと氷兎に言った。しかし氷兎はバケモノを真っ直ぐに見据えたまま翔平に言った。

 

「先輩も体力は尽きてるでしょう。大丈夫です、もう打てる手は打ちました。後は俺の仕事です」

 

「っ……」

 

 その表情が、あまりに真剣味を帯びていて、氷兎がどれほどの覚悟を決めているのかが見ただけでわかってしまった。氷兎は更に続けて言った。

 

「それに、先輩走り幅跳びで10メートルも跳べないでしょう?」

 

「……お前なぁ、真剣な顔でそんなこと言うなっての」

 

「真剣ですよ、俺は。貴方に成功させろと頼まれた。だから俺は成功させます。これが確実なんです」

 

「はぁ……わかったよ。お前も中々頑固だな……」

 

 心配そうに氷兎を見ながら、翔平は後ろへと下がっていく。バケモノの身体の動きが激しくなくなってきていた。もうすぐ再生が完了する。

 

「……頼むぜ、氷兎」

 

「……任せてください」

 

 誰かに頼りにされた。重要な局面を任せられた。それは中学時代ではありえなかった事だ。部活でいくら頑張ろうが、試合に出れなかった。局面を任せられなかった。

 

 けど、今ここで任せられた。ならば果たそう。出せる限りの力で、ここでこのバケモノを打倒する。そう、強く心に決めた氷兎は銃を片手に一人でバケモノの前に立ちはだかった。

 

『Gi……g……tigyui……!!』

 

 バケモノの怒りの声が響いた。まるで身を凍らせるような威圧感と逃れられない恐怖が身体の中を埋め尽くしていく。

 

 ……けれど、氷兎の決意がそれらに打ち勝った。身に溢れていく力に、氷兎は口元をニヤリと歪めた。

 

「さぁ……こっちに来い、バケモノ!!」

 

 その場から勢いよく駆け出した。目玉を抉られた怒りに駆られたバケモノは、目の前から逃げていく氷兎をなんの疑いも無く追いかけていく。最早そこに相手を傷つけ、嬲り、恐怖を与えて楽しもうとする気持ちは感じられない。

 

 全力で目の前のゴミを叩き潰す。それがバケモノから感じられた。振るわれる身体の一部は凄まじい勢いで、周りにあるものを全て倒壊させ、追いかけるスピードは先程までの比ではなかった。

 

「っ、そらッ!!」

 

 勢いを止めることなく、その場で飛び上がって身体を捻って反転させ、空中でバケモノに狙いをつける。残っていた2発の弾丸のうち片方が目玉を抉った。悲痛の声を上げるも、バケモノの進軍は止まらない。それで良かった。気が紛れてどこかに行かれたら、それこそ計画が全て無駄になってしまう。

 

 空中で反転して射撃するという荒業を成功させ、着地に少したたらを踏みながらも目的地に向かって距離を離しすぎないように速さを調節しながら逃げていく。

 

「……..ッ!!」

 

 やがて、ソレは見えてきた。水の張ってある水田に浸けてある電線。それより少し離れた場所にいる翔平と玲彩。完璧だった。後は、このバケモノを誘導するだけである。

 

 心の中で氷兎は何度も呟いた。失敗するな、落ちたら死ぬ、どうにかなる、やれる、俺ならやれる、と。

 

「氷兎ーーッ!!」

 

 翔平が声を張り上げて名前を叫んだ。

 

 不思議な気分だった。何でもできるような、そんな不思議な気分になれた。目的地はすぐそこだった。

 

「………」

 

 あの時と同じ。あの夜の時と同じ。今は彼女を抱えた状態ではない。ならば、出来るはずだ。

 

 一気に加速し、水田よりも数メートル手前で膝を折り曲げ、全力で前に向かって跳ぶッ!!

 

『Gi,gyuaaa────!!!!』

 

 氷兎が着地するとすぐに、背後からバケモノの悲鳴が聞こえた。氷兎は最後の一撃を、玲彩に向かって告げた。

 

「加藤さん、トドメを!!」

 

「あぁ!!」

 

 玲彩の持っているスタンガンから、稲妻が走った。その電気の束が水田に辿り着くと、水田の中で感電しているバケモノの身体を更に強く感電させた。

 

 電柱にかかる電圧は600V、それらを経由する電線が水田に浸けられ、更に玲彩の『魔術』で電圧は更に上昇する。

 

「下がれ下がれ!! 巻き込まれるぞ!!」

 

 目に見えるほどまでに溜まった電圧がバケモノの身体を感電させる。バチバチと音を立てて、それらが周りにも放電された。下手に近づいてしまえば巻き込まれて感電死するだろう。

 

「くたばれ、バケモノ!!」

 

 玲彩のその声を合図に、更に電圧が上昇した。

 

『A─aaaaaa!!!!』

 

 バケモノの悲鳴が辺りに響く。動くことすらままならず、ただその場で悲鳴を上げて身体を蠢かせるバケモノは、次第に身体の端から焦げ、まるで砂のようになって崩れていった。

 

 端から徐々に、真ん中へ向かい、やがて最後の目玉すらも灰となって散っていく。

 

 スタンガンにまで及んだ負荷によって、スタンガンが壊れる頃にはバケモノは一欠片も残ることなく、その場から消え去っていた。

 

「……やった……..っ、やったぞぉぉ!!」

 

 翔平が嬉しさに声を上げる。そしてその場で後ろ向きに倒れて行った。

 

「……良かった……本当に……」

 

 成功するのかわからなかった計画を無事に成功させることが出来た氷兎も、疲れからその場に座り込んだ。玲彩も二人のそばに近寄っていき、二人を労うように笑った。

 

「良くやったね唯野君。勝てたのは、君のおかげだよ」

 

「お前、こんな作戦よく考えついたな……。ってか、どうやって電線切って運んだんだ?」

 

「切ったというよりは、銃で破壊しました。それで落ちたヤツを運ぶのに、ゴム靴とゴム手袋で無理やり運びました」

 

「……普通感電するもんなんだけどな、それ。運が良かったのかね?」

 

 まぁ、そうなんじゃないですかね、と氷兎は笑いながら疲れた身体を休めるようにその場で汚れることも気にせずに横になった。

 

 空を見れば、綺麗な月と星達が輝いていた。達成感と、安堵が心の奥底からこみ上げてくる。

 

「……待って、唯野君。どこから電池やゴム製品を持ってきたの?」

 

 玲彩のその言葉に、ビクリと氷兎が反応する。少し気まずそうにそっぽを向きながら彼は答えた。

 

「そ、それは……そこら辺の家の玄関、蹴り破って、ですね……」

 

「不法侵入か」

 

「いやだってバケモノのせいに出来るかなって。いいじゃないですか、緊急事態だし金目の物は盗ってないんですから!!」

 

「……はぁ。まぁ、大丈夫、なのかな……」

 

 少しだけ怪訝な顔をする玲彩。そしてその隣で仲良く寝転がっている氷兎と翔平。

 

 

 こうして、天在村に巣食ったバケモノは退治され、村からは生贄を出す必要がなくなった。氷兎にとって初の任務は、犠牲は出てしまったものの、無事に成功を納めたのだ。

 

 

 

To be continued……




 ショゴス

 テケリ・リ、テケリ・リという鳴き声を発する液体が固まったゼリーみたいな奴。玉虫色とかいう非常にわかりにくい色をしていて、目玉がたくさんある。物理攻撃無効だったり、銃の効き目が悪かったりとヤベー奴。

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