貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第23話 天上供犠

 部屋の外はコンクリートで作られた通路になっていて、湿気のせいなのか若干かび臭い。その通路を走り抜けると、階段があった。その先には星が見える。どうやら外のようだ。

 

「地下に隠してたのかよ……」

 

「しかも、ここ民宿のすぐ裏手ですよ」

 

 出てきた先は民宿の裏側で、大きな荷物などを置いて見えないように作られていた場所だった。しかも丁寧に柵で囲まれており、出入口にはまたもや鍵がかけられている。南京錠ではないため、破壊は難しいだろう。

 

「今回は私の出番かな」

 

 加藤さんが細身の剣を片手で持ち扉に向けて振るうと、剣先から火炎が飛び出した。火炎は鍵の部分に直撃し、その部分を溶かしていく。十分に溶けたのを確認すると、加藤さんはヤクザキックで扉を荒々しく開けた。

 

「女子力(物理)」

 

「鈴華君、終わったら覚えておきなさい」

 

「アホなこと言ってないで急ぎますよ!」

 

 月が出ているおかげで身体能力が上がってるから、一人で先行したい気持ちに駆られるが、俺一人が突っ込んだところで何も出来ないだろう。二人を急かすようにして俺達は神社へと向かった。

 

 道中、所々で行灯や飾り付けがされており、今が儀式の真っ最中だと言うのは目に見えて明らかだった。急がなければ本当に間に合わなくなってしまう。道端を歩く人たちを躱しながら、全力で神社へと向かった。そして神社へ向かうための階段の近くまでやってくると、遠目からでもわかるくらい人がひしめき合っていた。

 

「……チッ、階段に人がいやがるな」

 

「中央突破で行きましょう、時間が惜しいです」

 

 階段の近くにいた大人達が、走ってきた俺達を見て指をさして声を上げた。なんでお前達がここにいる、と。どうやって抜け出したんだ、と。

 

 そんなこと知らぬという俺達は、ただ各々剣と銃を構えて怒鳴り散らすように走り抜けていく。

 

「オラオラオラッ、どかねぇとぶっぱなすぞオラァ!!」

 

「………」

 

 チンピラか。実際実物のチャカ持ってるのでチンピラとは一概に言えないが、もっと別の言葉はあっただろう。けれども俺達が持っている武器を見た連中は、驚きその場から退いていった。先輩のノリはこういう時にちょっと頼りになる。

 

「何だ騒がしい!! 儀式の最中だぞ!!」

 

 上のほうから先程も聞いた声が聞こえてきた。村長の声だ。チラッと先輩の顔を見ると口元が歪んでいる。蹴られたことをだいぶ根に持っているようだ。

 

 階段を一息に上りきり、境内に辿り着いた。多くの人がごった返す中俺達はただ邪魔な連中をどかしながら進んでいく。そして神社の裏手にあった洞窟、そこには村長を含めたおそらく地位的に上の立場であろう人達が集まっていた。

 

 ……しかし、そこには花巫さんの姿がない。

 

「邪魔だ、どけッ!!」

 

 近くにいた連中を蹴り飛ばし、洞窟の前まで辿り着いた。村長が声を荒げて罵声を浴びせてくる。

 

「アンタら、まだ邪魔をする気か!! 諦めろ、あの娘は既に儀式に臨んだ!! もう何もできることは無い!!」

 

 先頭にいた加藤さんが剣を村長に向けて構えながら、俺達に背を向けて言った。

 

「鈴華君と唯野君は中に行って。私がここで止める」

 

 背を見るだけで頼りになりそうな彼女は、ただ剣を持ってその場に佇んだ。しかし、一人だけにこの場を任せてしまうのは躊躇わせるものがある。そんな俺達を見かねて加藤さんは叫んだ。

 

「行けッ!! 彼女を助けるんだろう!!」

 

「っ……ご武運を!」

 

「カッコイイっすよ加藤さん!」

 

 俺と先輩は加藤さんに礼を言うと、洞窟の中に走り出した。暗い中を先輩が持ってきていた銃につけられたフラッシュライトを頼りに進んでいく。

 

 

『テケリ・リ。テケリ・リ』

 

 

 ……声が、聞こえる。進む度に寒気が増していき、嫌な匂いが鼻につくようになった。

 

 なんとしてでも、彼女を助けないと。その想いを強く抱いて恐怖を払い除け、進む足を早めた。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 今日は儀式の日。私が子供の頃から教えられた、花巫の巫女として成長するための儀式。これが終わることで、私は巫女として一人前と認められるらしい。出来れば唯野さんにも見に来てもらいたかったけど、昨日の夜から連絡がつかなかった。……帰っちゃったのかな。

 

「……菖蒲、そろそろ時間だ」

 

 お爺ちゃんが私を呼びに来た。その胸の付近に浮かぶのは、くすんだ蒼色。昔からずっと変わらない。私にはお爺ちゃんが何を悲しんでいるのかわからないけど、ずっと表情だけは変わらなかった。ずっと、皺を寄せて私を見守ってきてくれた。

 

「はい、お爺ちゃん。すぐに行きます」

 

 鏡の前に立って、服装がおかしくないか確認した。いつもの紅白の衣装ではなく、白無垢に似たような衣装だ。これが儀式の際の正式な衣装らしい。まるでお嫁さんにでもなるような気分で、ちょっとだけ気分が上がる。

 

 ……机の上に置いてある携帯を手に取り、画面を点けた。けど、やっぱり唯野さんからは連絡が来ない。昨日お爺ちゃんと話してたみたいだけど、何かあったのかな。お爺ちゃんも、心なしか色が濃くなってた気がする。

 

「………」

 

 そういえば、借りていたタオルを返していなかった。唯野さんは覚えているはずだし、きっと取りに帰ってくるよね。そしたら、きっとまた会える。

 

 真っ黒なのに、優しい人。何を考えているのかわからなくても、私のことを案じてくれてるってわかるくらい優しい人。心の中を全て見せてしまいそうな、不思議な人。きっと、悩みも何もかも全て、彼なら話せてしまいそう。そしてきっと……ちゃんと答えてくれる。

 

 彼なりの言葉で、優しくも厳しく、私のためを思って言ってくれる。それが、何よりも嬉しい。

 

「……準備できました、お爺ちゃん」

 

「そうか……。似合っているよ、菖蒲」

 

 私の姿を見たお爺ちゃんが、また色が濃くなった。何を悲しんでいるんだろう。わからない、けど……。

 

「お爺ちゃん」

 

 私はいつものように名前を呼んだ。そして、少しだけ微笑んでお礼を言った。

 

「私なら大丈夫だよ。だから……今まで育ててくれて、ありがとう。私、ちゃんとした巫女になるから。そしたらお爺ちゃんは、ゆっくりしてていいんだよ」

 

「っ……そうか……そう、だな……」

 

 ……泣いていた。ずっと険しい顔つきだったお爺ちゃんが、泣いていた。皺を寄せたまま、堪えるように泣いていた。不思議と、私の目にも涙が溜まってきた気がする。

 

 きっと、彼に会えなかったらこんなこと言えなかっただろう。私はきっと、自分の境遇に嘆いて誰にも感謝を抱かなかっただろう。けど、彼に会えたから……私は自分の過去を受け入れることが出来た。だから、やっとわかった。こんな私でも、しっかりお爺ちゃんは育ててくれたんだ。

 

「……儂は………」

 

 お爺ちゃんは、泣き顔を見られたくないのか顔を逸らしたまま、何かを呟いていた。私は珍しいお爺ちゃんのその姿をじっと見つめる。徐に振り返ったお爺ちゃんは、涙を拭いたあと私に言った。

 

「……顔を、よく見せておくれ」

 

「……? ……はい」

 

 つけていた眼帯を外すと、お爺ちゃんは私の顔をじっと見つめてきた。そして片手を私の左頬に添えると、少しだけ微笑んだ。

 

「……母親に似て、別嬪になったな」

 

「……お母さんに、似てる?」

 

「あぁ……」

 

 お爺ちゃんが微笑んだことにも驚いたが、私を放って出ていったお母さんの話もするなんて、お爺ちゃんはどうしたんだろう。気になるけど、もう時間もない。そのまま玄関まで二人で歩いていく。

 

「……眼帯、つけなくてもいいのか」

 

「うん。私、わかったから。こんな眼でも、私を見てくれる人がいるって」

 

「……そうか」

 

 そう……私の眼を見ても、動じなかった彼。私の話を真摯に聞いて、答えをくれた彼。だから……もう、鏡を見ても怖くなかった。これが、私だ。本当の私なんだ。

 

「……行こうか」

 

「……はい、お爺ちゃん」

 

 差し出された手を握って、家を出て行った。握ったお爺ちゃんの手が、ゴツゴツとしていて、それでいて強く握られている。暖かい温もりがその手にはあった。

 

「………」

 

 ……色が、変わった。ずっと変わらなかったのに。蒼色から、紫色へと。初めて見た色だった。お爺ちゃんは、何を思っているんだろう。

 

「……よう来たな、花巫。もう準備は出来ておるぞ」

 

 祠の前まで行くと、村の人達が集まっていた。少しだけ、視界がクラっと来る。色だ。黄色、オレンジ色……皆楽しそうだった。いつも皆が私を見てくる色じゃなかった。儀式の日だから、かな。

 

「じゃあ、始めるとしよう。やり方は教わっているな?」

 

「はい……」

 

 祠の中に入って、一番奥にある祭壇で祈りを捧げて戻ってくる。それだけの内容だった。けど……祠の中は、暗くて奥が見えない。見慣れているけど、怖かった。

 

「……儂も行く。別に構わんだろう?」

 

「お爺ちゃん……?」

 

 前に出てそう言ったお爺ちゃんに、村長さんは顔を顰めたけど、まぁいい、と許可を出してくれた。

 

 ……一緒に来てくれるんだ。少しだけ、怖くなくなったかも。

 

「……儀式の邪魔はしないようにな」

 

「わかっておる」

 

 村長さんの警告を聞き流すようにして、お爺ちゃんは祠の入口に立った。どこか、遠くを見つめている気がする。

 

「……菖蒲」

 

 お爺ちゃんが、片手に行灯を持って私の方を見る。そして、お爺ちゃんの言葉に私は目を見開いて驚くことになった。

 

「……愛しているよ」

 

 ……笑った。初めて、笑ったお爺ちゃんを見た。また色が変わる。その色は、明るい桃色だった。見ている私の心が温まるような、そんな色だ。

 

 初めて向けてもらえたお爺ちゃんのその感情に……私の頬は緩んでいく。悲しくないはずなのに、込み上げてきた涙が目じりに溜まり始めた。

 

「さぁ……行こうか」

 

 再び差し出された手を取って、一緒に祠の中に入って行く。周りが良く見えなくて怖いけど……手を握ってくれたお爺ちゃんのおかげで、私は足を止めることなく奥へと進むことが出来た。

 

 昔から言われてきた儀式。私の役目。

 

 私は今日……神様と一つになるみたいです。

 

 

To be continued……


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