貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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お久しぶりです。なんか4ヶ月くらい経ってますかね。ようやく課題が終わりました……が、今度は就活公務員卒論設計課題……休めないですね。

前回のあらすじ

西条vs薊 勝者は男の西条でした。


第135話 鏡合わせの人物像

 思えば昔から、自分は普通ではなかったのだろう。いや、そう思い込んでいるだけかもしれないが。例えば道行く蟻を踏み潰して遊ぶ友人に、何が面白いのか問いかけた時。例えば、ゴミ箱に向かって投げたペットボトルが外れて、そのまま放置して笑っていた友人に、何故と問いかけた時。

 

 きっと、自分は間違っていなかったと思う。いや、間違いではない。そうだ。自分は正しく、しかし人と異なっていた。子供という枠組みから、若干外れていただけのことだ。しかし間違いではないというのに、人は、親は、変だという。子供らしくないと。

 

 らしさ、とは。なんだろうか。ヘラヘラと笑うことだろうか。同調することだろうか。共感することだろうか。共に涙を流してやることだろうか。当たり障りの無い言葉で励ますことだろうか。見て見ぬふりをすることだろうか。周りに合わせることだろうか。くだらない理由で喧嘩し、暴力を振るうことだろうか。

 

 総括して、その『らしさ』というのが自分にないのだとしたら。俺は『らしく』ならなければならないのだろう。芝居をするような手振りで、誰も疑わない顔で、誰かに共感し、叱責し、涙し、そして……。

 

 ……なるほど。ということはつまり、俺は誰かを殺すよりも先に『自分』を殺していた、というわけだ。

 

 それでも……捨てきれないものもあった。ただそれだけのために。『彼女』のために。俺は親友を撃ち、仲間を殺し、そして『自分(ヒト)』を捨てたのだ。

 

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 

 正直に言えば、気が気じゃなかった。けれどもそれを顔に出してはならない。よく西条さんに言われたことだった。

 

『窮地に陥った時こそ、ほくそ笑め。まだ手があるのだと疑わせろ。自分はまだ大丈夫だと信じ込ませろ。焦った顔を見せるな。お前ならそれができる。自分すらも騙せる(殺せる)というのなら、それを使わない手はない』

 

 いつか訓練中に言われた言葉を反芻する。呼吸のリズムを整えながら、半歩後ろを歩いている彼女に悟られないよう、ポケットの中に突っ込んだ手を握りしめる。

 

 平静を装え。そして嘲笑(わら)え。打てる手の数と初見殺しが自分の武器だ。そうだとも。初見殺しこそ、一度しかない人生においては最強の技なのだから。

 

「……よくもまぁ、あの場を分割させようと切り出したね」

 

 後ろから言葉を投げかけられた。同じ人間同士、どんな答えが返ってくるのかわかっているだろうに。

 

「相性が悪いんだよ。俺は西条さんにはどうあれ勝てないし、先輩と戦うにはアンタを躱さなきゃならない。戦い方が同じなら、だけど……どうせ変わらないだろ。攻撃は西条さんに任せて、俺は先輩を守りながら臨機応変に対応する。そんな地獄みたいな戦い、したくないな」

 

「同じ、か……。確かに、そうだろうね。私と貴方を除けば、だろうけれど」

 

 誰も使っていない訓練室の扉を開ける。だだっ広い空間に、天井を支える柱が規則正しく並んだ部屋。遮蔽物がある広域。戦いやすい場所ではあるだろう。

 

「……人殺しなんてしたくはなかった」

 

「今更だ。もう人殺してんだろ」

 

「直接殺すのは初めてだよ。それがまさか……自分になるとは、思いもしなかったけど」

 

 部屋の真ん中辺りまで進んでくると、不意に硬いものが落ちる音がした。カラン、カランッと。見れば床に自分が愛用している黒槍が転がっている。

 

「不殺のための槍。そのために、彼が作ってくれたもの。けれど……そんなものは、覚悟が鈍るだけ」

 

 振り向く。彼女は少し離れた場所で、腰元に備え付けられた刀の鍔を触り、カチンッと鳴らした。鯉口を切る動作。いつでも抜刀できるように、彼女は腰を低くする。

 

 見慣れないものがあると思えば、きっと向こう側の西条さんの告げ口だろう。覚悟しておけとでも言われ、その証が刀か。俺の粗末な棒術とも言える槍術では、人を殺すのに躊躇う可能性がある。

 

 ならそもそも殺すための武器にするのが、気の迷いもなくなるというもの。そのために菜沙が作ってくれた武器を手放すというのは、甚だ遺憾ではあるが。

 

「正気か。槍と剣、どっちが強いかなんてわかるだろ」

 

「リーチの差なら覚悟で埋まる。私なら尚更だ」

 

「……恐ろしいな、お前」

 

 あぁ、本当に。恐ろしい。怖くて仕方がない。この女は既に覚悟ができている。俺よりも強固で、芯の通った強さがあった。置かれている状況がそうさせているのだろう。彼女には完全に後がない。死ねば終わり。けれども俺はそうじゃない。所詮は電子で構成された情報に過ぎないのだから。

 

 誰かが生き残ればいい。誰かが勝てばいい。しかし彼女たちは、誰一人として欠けてはならない。あの日々を迎えるため。あの日々をもう一度、手にするためには……生半な覚悟で立つことなどできやしないんだ。

 

「……ふぅ」

 

 彼女はそっと息を吐く。そしてポケットから一枚のコインを取り出した。よく西条さんと訓練をする時に使う、合図のコイン。ただの五百円玉だ。それを弾き、地面に落ちたら死合が始まる。

 

 いつもそうしていたように、彼女は親指にコインを乗せる。背中に括りつけた槍を両手で持ち、しっかりと構えた。

 

 見据えてくる彼女の瞳を見る。それは自分のような薄汚れた眼ではなく、しかし作り物のよう。けれども……強さが見え隠れしていた。彼女はきっと、自分より強い。そうだとも。俺の力は所詮借り受けたもの。月のない状態ではただの一般兵。しかし彼女は違う。歴史の異なる彼女の能力は……厄介の一言に尽きる。

 

「─────」

 

 キンッと鳴る。コインが弾かれた音が耳に響いた直後。

 

「─────ッ!!」

 

 コインがまだ上がっていく途中。発砲音が響く。コインを弾いた直後にガバメントを抜き撃ちしてきた。けど、まだ反応できる程度のものだ。ここで『被害を逸らす』という手を見せたくはない。

 

 不意打ちの弾丸を穂先で弾く。狙いの適当なソレは胴体を狙っていたが、次弾は腕を狙ってきた。それも弾く。そしてすぐさま離脱。遮蔽物に隠れると同時に、コインが地面に落ちた。

 

「っ……まったく、顔に似合わず卑怯な手を使いやがって」

 

「わかっていたから、対処できたんでしょう」

 

「追い込まれりゃそんな手も使うってか。いやはや……俺も汚ぇ人間に成り下がったもんだなッ!」

 

 昔の自分ならともかく、西条さんに鍛え上げられた今となっては。そんな手も使うだろう。守るために自分を犠牲にすると決めたのだから。菜沙を、そして桜華を。あの二人を守るためならば……。

 

(……あぁ、そうだ。帰るんだ、菜沙の元へ)

 

 遮蔽物から飛び出して銃を向ける。しかし……彼女の姿がない。どこか別の柱に身を隠したのか。

 

(……いいや、違うッ!)

 

 振り向きざまに、先程まで隠れていた柱の上部に向けて射撃。彼女は柱の反対側、天井付近に張り付くように身を潜めていた。探すために前に出ていたら、背後から奇襲されていただろう。

 

 ほとんど距離がないというのに、彼女は弾丸を刀で弾いた。そのまま柱を蹴って肉薄してくる。

 

 槍の間合いの内側。無理に槍で払おうとはせず、片手の銃で刃を受け止め、蹴り飛ばした。リーチの関係上、槍の間合いならこちらが完全に有利。人殺しの覚悟……いいや、悩む暇すらない。殺らねば。死にたくはないのだから。

 

 狙い澄ました刺突。点の攻撃を弾くのは困難……しかし彼女は難なく弾く。槍と刀が衝突し、火花が出る。そして火花は……意識を持ったかのように燃え盛り、その威力を増大させ火炎弾として襲いかかってきた。

 

(これは……加藤さんの起源か!?)

 

 とっさに距離を取り、火炎弾を避ける。しかし彼女がそれを見逃すはずがない。相手が自分だとしても、能力が違う。彼女も同様に……初見殺しの技が多彩なはずだ。

 

 肉薄した彼女の斬撃を躱す。バックステップで回避しても彼女は接近をやめない。更に詰め寄り、完全に刀の間合いへ。銃撃の余裕はない。槍で下手に攻撃しようものなら手を斬られる。

 

(っ……《逸らす》!!)

 

 隠していた魔術を使う他なかった。当たるはずの斬撃は何故だか空を斬る。それに戸惑い、一瞬の隙を生じさせ、また蹴り飛ばす。ヨグ=ソトースの拳も利用した吹き飛ばしで彼女は空間に弾かれ、一気に距離が離された。

 

 脳を揺さぶる衝撃だというのに、彼女の瞳はぶれない。すかさず三発弾丸を撃ち込むが、素早い動きで一発目と二発目を弾き、三発目を回避された。

 

 火や水、電気といったものを増大させ操る起源。いやそれだけではない。彼女は多くの起源を扱えるのだ。あの判断力はおそらく、日暮さんの感覚強化……そして西条さんの斬人、先輩の射撃。それぞれ大本に及ばないものの、確かに彼女の力となっている。

 

 馬鹿みたいに早いクイックドロー。しっかりと刃を立てた斬撃。その重さ、速さ。何度も被害を逸らす魔術を使わざるを得ない状況に追い込まれる。そして極めつけには、火花が火炎弾として襲いかかってくる始末。接近戦を許さず、かといって遠距離もキツい。

 

(魔術がなかったらとっくに死んでるな、これは……!!)

 

 太腿を掠っていく弾丸。腹部を浅く斬りつけていく刃。心臓を狙った刺突。致命傷ではない、が……痛みは動きを鈍らせる。

 

 被害を逸らせば逸らすほど、自分の体から力が抜けていきそうになる。頭の奥が熱い。目がズキズキと痛む。殴られていないはずの鼻からは血が垂れている。耳の奥側で何か物音がする。

 

「ハァっ!!」

 

 刃を防ぐ。甲高い音がやけに鈍く感じる。彼女は攻撃の手を緩めない。防がれた刀をまた振りかざし、勢いをつけて斬りかかってくる。

 

 その顔は、勝気だ。血を流す俺の姿は滑稽だろう。このまま押し切れると思っているんだろう。

 

「ッ……《吹っ飛べッ》!」

 

 魔術行使。詠唱無しのヨグ=ソトースの拳。槍とぶつかった刀が突然不可視の力で弾き飛ばされた。

 

「なっ……」

 

 焦った。歪んだ。ざまぁみろ。初見殺しとしてはこちらの方がタチが悪い。

 

 刀は手を離れ、それを掴んでいた腕ごと体は後ろに逸れていく。逃がさない。一突きで腹部を貫きにいく。

 

「くそっ……!!」

 

 彼女の手元が光り輝く。あたかもそこにあったように、右手に透明な西洋剣が出現した。腹部を狙った突きは防がれ、左手に新たに出現した小ぶりのナイフが手元を斬りつけようとしてくる。

 

 避けられない。手の甲に一筋の赤い線ができる。お互いに顔を歪め、距離を離す。吹っ飛んだ刀はそのまま天井に突き刺さるが、彼女の両手には透明な武器が二振り。

 

(……アレは、まさか……藤堂の記憶の武器化か……? 使えるのは、起源だけじゃない……)

 

 なんてことだ。武器さえ弾けばと思っていたのに、このザマでは。これ以上無闇矢鱈と魔術を使い続けると、先に意識が途切れる。

 

 藤堂と戦った時に使った血の弾丸も、使うべきではないだろう。アレは藤堂の記憶が弱かったからなんとかなったもので、彼女の出現させた剣は彼の比ではない。どんな記憶を使ったか知らないが……あの見るだけでわかる強固な剣を破壊できるとは思えない。

 

「わからないってのは、恐ろしいね……まだ何か、隠してるんだろ」

 

「……こんだけボロボロで、まだ何か隠してあると思ってんのかよ」

 

「私ならそうする」

 

「………」

 

 やりずらい。自分を敵に回すとこれ程までに面倒なのか。焦った表情を隠すように、彼女は口元を歪ませる。ニヤリと挑発するように笑っていた。

 

 そして出現し、浮かび上がる様々な武器。槍、刀、大剣、ナイフなどなどなど。あぁ、藤堂がやってきた武器の具現化と射出。ここまで使ってこなかったのは、記憶を使いたくなかったからだろう。それを解禁するとなると……何をも犠牲にする覚悟まで、到達してしまったということか。

 

「これを、避けられるとは……思えないね」

 

「……両手をあげて、降参って言ったら……?」

 

「馬鹿ね。そんなの……安心できないでしょう」

 

 射出。迫ってくる武器を槍で弾いていく。手元で回し、振り払い、叩き落とし。避けられないものは魔術で逸らす。数多に出現した武器たちを個々に操作することは、おそらく藤堂でないと不可能。彼女にできるのは創造して射出するその二工程のみ。

 

 それほど多くの記憶を使用できるわけもない。無意識にセーフティをかけるはずだ。けれど……耐えるのは、厳しい。

 

(ッ……まずいッ!!)

 

 両手で使うのも難しい大剣。それが回転しながら襲いかかり、槍が弾き飛ばされる。そして……襲いかかってくる武器と、彼女が向けている銃。

 

(死んで、たまるか……!!)

 

 その場から飛び込むように地面に転がる。身に残った魔力を振り絞って、弾丸を逸らす。無様に這う姿勢から、柱の影に逃げ隠れた。

 

 息が整わない。一歩間違えれば死ぬ。余裕がない。槍は二つほど離れた柱に突き刺さっている。

 

(取りに戻れるのか……いや、ならその辺に落ちてる武器を……)

 

 待て。そもそも武器を残すのは何故だ。そんなことをしても俺に有利に働くだけ。ならば……拾って使われる前提なのか。いつでも記憶を戻せるのなら、武器がぶつかる瞬間に消すことで体勢を崩すことができる。残された武器は、罠だ。

 

(……歩いてる様子は、ない。武器に乗って移動……も、ない。現状彼女は待つだけで勝てる。落ちてる武器を使われないと思っているはずだ。なら狙うのは……飛び出した瞬間か、槍のある場所に置き技をしておくこと。体力的に圧倒的不利。失血死の可能性もある……が)

 

 ほくそ笑む。逃げながら拾っていたナイフが二本。緊急用の短めの包帯。そこに流れた血で旧神の印(エルダーサイン)を書き込み、ナイフに突き刺して、槍の元へ投擲。

 

 元からいつでも攻撃できるようにしていたんだろう。ナイフの元へすぐさま武器が射出されてくる。

 

(俺は剣士でも、槍術士でも、策士でもない……)

 

 ナイフは粉微塵になる。けれど、包帯は残る。壁に縫い付けられた旧神の印。薄れそうになる意識を、舌を噛んで踏みとどまる。

 

 自分の血で描いた旧神の印による魔術行使。右手でパチンッと指を鳴らす。

 

「《転移ッ》」

 

 小さく呟く。視界が暗転し、身体が宙に浮く。先程まで倒れ込んでいた場所とは違う。包帯のある場所。槍の突き刺さった柱の場所までの小転移。

 

「なっ────」

 

 息を飲む声が聞こえる。反則的な瞬間移動、エルダーサイン移動式。すぐさま柱の上部に突き刺さっている槍を抜きに行く。柱に垂直に立てるほど深く抉りこんだそれを、抜き放った勢いで彼女の元へと馬鹿正直に跳んでいく。

 

(魔術師を、舐めるなッ……)

 

 呆気に取られていたのは数秒。すぐに武器が射出されてくる。身体を掠めていくのを気にせず、危険なものだけ弾く。着地地点にいる彼女に向けて、槍を突き出す。

 

「舐めるなっ!!」

 

 紙一重で彼女は顔の横スレスレで槍を避け、腹部を横一文字に斬りつけるべく、取り戻した刀で肉薄する。それを跳躍して避けるが……人間にとって宙は無防備。彼女の顔がニヤリと歪む。

 

「これで、終いっ!!」

 

 左手に出現させた透明な小刀で、宙で無防備になった俺に向かって斬りつけようとする。槍で防ぐことはできない。そして、空中で回避行動はとれない───

 

「……は」

 

 呆けた声。避けられないはずの一撃。宙に向かって振るった刃は、しかし当たらない。

 

 普通は避けられない……俺以外にとっての話だが。

 

 更に宙に浮くように身体が動き、物理法則を無視して攻撃が逸らされる。クソみたいな初見殺し。さっきから頭が爆発してしまいそうだ。けれど、けれども……。

 

「ハァッ!!」

 

 袖に隠していたもう一本のナイフ。首狙いのソレを、彼女は首を傾けて回避する。ヒラヒラとした紙が付属した、ナイフは地面に突き刺さり───

 

「《転、移ッ》」

 

 エルダーサイン移動式。空中からナイフの突き刺さった場所。彼女の背面に転移する。そして拾ったナイフで……。

 

「か、はっ───」

 

 脇腹を突き刺す。引き抜き、背中を駆け上がるようにナイフを滑らせ、彼女の頭上を飛び越して前側に着地。そのまま彼女の胸の間を縫うようにナイフで斬りつけ……腹に突き刺す。

 

「がッ……あ、が……」

 

 ……引き抜く。血塗れたナイフは消え失せ、付着していた彼女の血だけが地面に落ちていく。

 

 地面に後ろ向きに倒れていく彼女を見ながら、倒れてしまいそうな身体を槍で支える。歪み、憎しみ、怒り。彼女は口から血を吐きながら俺を見た。

 

「あ、ぁ……く、そ……」

 

「……俺の、勝ち……だな」

 

 直立できない。けど彼女は立ち上がれない。お互い全身血だらけで、意識を保つのもやっとのこと。それでも……やった。殺ったのだ。自分は、勝った。

 

「……悪い、な。恨みたきゃ、恨めよ……」

 

「ちく、しょ……ゲフッ、がっ、ぁ……ほん、と……さいあく、だ」

 

 血反吐を吐く。死にゆく人間を見届けるべきだろうか。いや……侮辱になるかもしれない。彼女から目を逸らし、杖がわりの槍でゆっくりと、訓練室の扉に向かって歩き出す。

 

 あぁ……歩けばすぐそこなのに、遠い。

 

「しりたく、なかった……じぶん、が……」

 

 プチュッ。自分の身体から音が鳴る。音が遠くから響いてくる。鳴ったのは、小さな爆裂音。腹部から、血が吹き出している。

 

「こん、なに……きたない、にんげん、だったなんて……」

 

 顔しか動かない。倒れゆく身体。そして視界の隅に映ったのは……向けていた銃を落とし、動かなくなる彼女の姿。

 

 ……あぁ、なるほど。そのためならば、俺は……こんな汚い手を、取るのか。

 

「……さい、あく……だ、な」

 

 何もかもが遠く聞こえる。自分の倒れる音。誰かの叫ぶ音。全て、全て……。

 

 ………。

 

 誰か、が、嘲笑(わら)って、る。

 

 

To be continued……




エルダーサイン移動式

エルダーサインの元に転移できるコスパが良い魔術。行使には自分の血で書くことが必要。


鏡合わせの世界で見つけた自分自身。そこに見えたのは、自分の汚さだった。

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