貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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まだしばらくは地の文のリハビリになりそうです。


第125話 差異探索

 料理を二人でしていると、時折邪魔に思うことがある。けれど、そのパートナーが菜沙ならそうは思わないし、ましてそれが自分自身だとしたら、邪魔だなんて思うわけがない。

 

 使う調味料、次の調理過程、それらを網羅している。そして必要なものは先に切っておいてくれたり、火にかけてくれたり。言うことなしの完璧なコンビネーションだ。先輩と一緒にやるとこうはいかない。それは唯野さんも思っているのか、作業を止めることなく感嘆の息を吐く。

 

「料理がすっごい楽。単純に手の量が二倍になった感じ」

 

「だよね。代わりに量も二倍だけど」

 

「それは本当にごめん。無一文だからどうしようもない」

 

 金なし携帯なし着替え無し。制服は借りればいいが、下着はそうはいかない。少しばかりお金を借りて揃えたはいいんだけど……なんかこう、ヒモになったみたいで嫌だな。いや働くけど。

 

「……それにしても、やっぱり先輩たちって変わらないんだね」

 

「そりゃ、変わらないだろうな。いつも通りどころか、人が増えて四人で大乱闘してるし」

 

 後ろの方から聞こえてくる、先輩たちの遊ぶ声。「火遊びクソガキやめろやオラァ!」なんて声が響いていた。ゲームやる時は仲がいいから、まぁ別にいいんだけれど。

 

 西条さん同士が戦うと、途端にTASみたいな動きになるから笑ってしまう。なんでステージの下で延々と殴り合えるんですかね。数フレームしかない入力を繰り返して、ずっと受け身と攻撃を繰り返しているその姿は、もう人力TASそのもの。あの人本当に人間かよ。動画にサイボーグ兄貴のタグついてたぞ。

 

「なんていうか、最初はどうなることかと思ったけどさ。平和なもんだね」

 

 火元から目を離さず、彼女はそう言った。端正な横顔だが、自分と似ているとなると何も思うことはない。

 

 彼女の言う通り、本当に最初はどうなることかと思っていた。まぁ実際、自分がもう一人いるわけだし。どんなことだろうと多分対処できるだろう。西条さんが二人いる時点で勝ち確みたいな感じがあるし。

 

「平和だけど、さっさと帰り道見つけないとな。いつまでもこうしていられないし」

 

「こんな状況で部屋に人が来たら大変なんだけどね。女子部屋だから、藪雨は簡単には来られないけど」

 

「菜沙は?」

 

「彼は普通に来るよ」

 

「えぇ……」

 

 女性棟にすんなり入ってくるのか。流石にそれはまずいだろうに。いや実際、こっちの菜沙もそうなる可能性があるってことなのか。男性だったら、こういうことするよってことなんだろう。藪雨はまぁ来れないだろうが。

 

 それにしても……この世界の住人はちょっと曖昧な部分が多いな。男の菜沙が平気で部屋に来るのはともかく、名前に関して疑問がないのが不思議だ。男らしい名前なのに、女だったり。菜沙なんてモロそれだろう。

 

「……何か、考え事?」

 

 手が止まっていたのを不思議に思われたのか、彼女が顔を覗き込んでくる。中性的な顔に、綺麗な肌。俺とは少し違う。鏡で顔を見る度、目元の隈とか濁った目が気になる。濁りは少し薄くなったが、それでも曇ったガラス玉のような瞳は治ることはない。

 

 けれど、彼女の瞳は綺麗だった。いや……綺麗とはまた別なものかもしれない。確かに瞳なのに、どうにものっぺりしている。人間の目をガラス玉だとするなら、それは透き通ったものではない。俺のような曇ったガラスでもない。自然の水が固まってできた氷を自然物とするなら、彼女のは人為的に綺麗に作ろうとした氷のように思えた。

 

 彼女は少しばかり俺と異なった歴史を歩んでいる。そのせいなのか。それとも、女性だからメイクやコンタクトで隠しているのか。聞くほどのものでもないが、少しばかり気になってしまう。

 

「いや、なんでもない。さっさと作り上げちまおう。先輩がそろそろ腹空かせてるよ」

 

「それもそうだね」

 

 彼女は出来上がった料理を皿に盛り付けていく。見栄えよく整えながら、綺麗に。盛り付けたらテーブルに並べて、また次の料理を。

 

 包丁の握り方。動かし方。フライパンを揺らして中身をひっくり返すやり方。そのどれもが普通だ。人間らしさ溢れる動きだ。

 

 だというのに……どうしてその瞳だけ、人間らしくないと思えてしまうんだろうか。近寄らなきゃ分からない。本当に至近距離で、その何も映さない瞳を見てしまうと、不安な気分に陥る。思考を横切る、人間ではないんじゃないかという可能性。

 

「………」

 

 いやそもそも、俺が人間らしくないか。人のことを言えたものではない。

 

 いつか夢で見た、煙のような自分。そしてニャルラトテップの化身。身体の半分だけ、自分のものではない。そして簡単に奪い去られてしまう。取り返すのは容易ではない。

 

 精々、奴の口車に乗らないようにしないと。なんてことを考えていたら、部屋の扉がノックされた。コンコンッココンッと、小刻みに。もう聞きなれたリズムだ。しかし藪雨は来ないはずじゃなかったのか。そう思って彼女を見たら……困ったように頬を指で搔いて、苦笑いを浮かべていた。

 

「いやぁー、菜沙と一緒に来ちゃったかなぁこれ。藪雨が来る時って、基本菜沙を連れてくるからさ」

 

「絶対説明面倒くさいやつだこれ。せんぱーい、藪雨の野郎来ましたよー」

 

「野郎の藪雨が来たって? こっちと違ってマジモンの忍者だったりしない?」

 

「残念、ウチのも対魔忍だ」

 

「草生えるわそんなん」

 

「藍を対魔忍扱いするなぶっ殺すぞ」

 

「こっちの西条物騒過ぎィ!!」

 

 やかましい。その騒ぎが聞こえていたようで、藪雨は入っていいと許可を出していないのに部屋に入ってきた。小動物を連想させるような、小顔の少年だ。その後ろには……随分とクール系な男の子もいる。あれが菜沙なのか。

 

「なっ、なんか似てる人がいっぱいいる!?」

 

「落ち着いて藪雨。説明するから」

 

「そうだぞ。暴れられると面倒だからとっととあのゲーマー共の所に行って、どうぞ」

 

「うわ唯野せんぱいが二人に!?」

 

「よく見ろ。俺は男だ」

 

 こっちの世界でも相変わらずうるさい。どうなってるんですかーと叫んでいる藪雨の後ろでは、菜沙らしい人物が俺と唯野さんを見比べている。

 

 俺は制服。唯野さんは私服。それだけで簡単に判別できる。菜沙は迷わず唯野さんの元へと近寄ると、少し強引に手を引いて俺から遠ざけた。

 

「ひーちゃん、どういうことなのか説明して」

 

「えっと……離れ離れになっていた血の繋がってる弟……?」

 

「血は繋がってるな、多分。いやどうなんだろ。性別違うしDNAも違うか……?」

 

「とりあえず私のペルソナです」

 

「ひーちゃん、ふざけないで」

 

 菜沙が唯野さんのほっぺたを強く引っ張っていく。痛そうな声を上げているけど、唯野さんは笑顔だ。俺もこんな感じで、菜沙と笑いあっていただろうか。

 

 なんにせよ……説明するのに骨が折れる事態になりそうだ。自分を説得するよりも楽だと、そう思っておこう。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 夜の街並み、人の通り。組織のビルの屋上から、見慣れたその景色を見下ろした。それらはまったく記憶にあるソレと相違はない。裏路地でたむろする感じの悪いガキも、女性を侍らせる裕福な男性も、疲れきったサラリーマンも。

 

 ただ、少しばかり気になるのは男女比。不良少女の多さ、スーツ姿の女性。あの裕福そうな男性は、実は女性を侍らせているのではなく、その逆のようにも思える。

 

 先輩曰く、男女の性別が逆転した世界。なるほど確かに、そうなんだろう。この世界ではそれが当然のように扱われている。男性の専業主婦は、別にさほどおかしなことではないと彼女たちは言っていた。少々、女性の権利が強い風潮がある。

 

「悩み事か、氷兎?」

 

 背後から声が聞こえた。振り向いた先には、二人の先輩と唯野さん。夜の巡回は終わったらしい。

 

 オリジンの制服を着た唯野さんは、本当に俺と見間違えてしまいそうだ。顔を見ればわかるにはわかるが、背中を向けていたらわからないだろう。背丈も変わらず、髪型も大して変わらない。

 

「少しだけ、考え事を」

 

「綺麗な月夜に一人物思いにふける。うーん、この一枚絵は金になりそうだ」

 

「なーにアホなこと言ってんですか」

 

「だってよ、こんなに空が綺麗なんだぜ? 月見酒ならぬ、月見珈琲といこうや」

 

 ほれ、と言って先輩がカフェオレの缶を投げ渡してくる。冷たかったはずの缶は、先輩が持っていたせいか生暖かくなっていた。

 

 先輩は俺同様にフェンスに背中を預け、女性の二人も同じようにしていた。向こうの先輩はブラック。唯野さんはカフェオレ。本当に、趣味趣向も同じ。当然といえば当然だけど、変な気分だ。

 

「んで、なに考えてたんだ?」

 

「この世界のことですよ。俺たちの世界とは性別が逆転してるせいで、男性主体だった社会風潮は女性主体のように思えます。選挙ポスターも女性ばかり。強い女性が多いんですよ」

 

「そう? まぁ、私たちにとってはそれが普通だから、特段変には思えないんだよね。ねぇ氷兎」

 

「まぁ、そうですよね。世界が違えば常識が違う。そんなものじゃないですか?」

 

「そんなもの、なんですかねぇ。俺たちからすると、この世界は一部の人間に喜ばれそうなものなので、なんだかなぁって」

 

「あー、SNSにいる自称フェミニスト集団か。確かに、あの人らが目指した世界って、こういうものなんかねぇ」

 

 先輩も俺と同じように思ったらしく、缶珈琲を傾けてから苦々しく顔を歪めた。基本的に逆なのだから、こっちでは今度は男性が権利を主張し始めているんだろう。

 

 どの世界でも生きづらいのは、きっと変わらない。強者がいれば弱者がいる。有利があるなら不利がある。まったく、平等というものは机上の空論でしかない。空想上の産物だ。そんなもの、数学にしか使えない。だというのに、人々は不平等を叫ぶ。この世界は必ず偏りが生まれるものだというのに。

 

「叫ぶべき不平等もあるさ。海外だとよくある話だろ?」

 

「昔の日本も、その例に漏れずだしね」

 

 あまり批判的に考えるな、と二人の先輩は言う。その通りだと思うけど、どうにもその考えは簡単にはなくなりそうにない。俺の人間という種族嫌いは昔からのものだ。

 

 カフェオレのように、黒と白とでちょうどよく甘くなればいいのに。現実はそう甘いものではないのだと、過去を振り返る度に思い知らされる。嫌な世の中だ。きっと、どの時代でもそう思う。

 

 自分の世界のことだとか、過去だとか。そんな話題へと話を変えた。先程までの変な雰囲気もなくなり、中学時代の話をし始めると、やっぱり部活で苦労したという体験談に落ち着く。悔しそうな彼女の顔は、俺が中学時代にしていたものと同じだろうか。

 

「……お前ら、揃ってここにいたのか」

 

 話し込んでいると、屋上の扉が開いて西条さんがやってきた。その後ろには薊さんもいる。気が合わなそうだと思っていたのに、二人で見回りに行くと言い出した時は少々驚いたものだ。

 

 西条さんは女性の二人を一瞥したあと、俺と先輩の元へと近寄ってくる。そして親指を街の方へと向けながら、表情ひとつ変えずに言った。

 

「お前ら、ちょっと来い。近くの風俗店まで行くぞ」

 

 その言葉に、えぇ……と思ったのは、絶対に俺と先輩だけじゃない。呆れた目をするこちらの先輩と唯野さんが印象に残っていた。

 

 

 

 

To be continued……




赤バーに戻ることができ、ランキングにも載っていました。ありがとうございます。

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