貴方が隣にいる世界 -Cthulhu Mythos-   作:柳野 守利

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第102話 起源判明?

『ニュースをお伝えします。先日東京都内で起きた交通事故についてですが、トラックに轢かれて死亡した少年は自殺であったことが判明しました。彼は自宅に遺書を残しており、自分の境遇を嘆く文が連なっておりました。その最後の一文には、俺は異世界に行くんだという文が───』

 

 部屋に置かれているテレビからはそんな報道が流れていた。珍しいことに先輩が部屋には居らず、俺と西条さんの二人だけだ。互いに珈琲と紅茶を飲んでいたのだが、流石にこのニュースを聞いて手が止まった。チラッと西条さんの方を見れば、その目が何もかもを物語っている。その気持ちを代弁するかのように、俺はため息混じりに言った。

 

「あ ほ く さ」

 

「……弁解の余地もない。死んで極楽浄土に逝くのならともかく、異世界転生ときたか」

 

「これトラックの運転手が可哀想ですよね。例え自殺だったとしても、運転手が十割悪いってことになるんですか?」

 

「いいや、自殺だと明確に判別できたのなら軽くなるはずだ。それでも二割程度は賠償金を払わねばならんが」

 

「ゼロにはならないんですね……」

 

「車は乗ってるだけで罪が重くなるようなものだ。車同士でない限り、どうしたって重い責任がのしかかる」

 

「なんかそこら辺、おかしくないですかね」

 

 俺の言葉に西条さんは、ふむ……っと軽く考え始め、紅茶で喉を潤し始めた。未だにニュースでは自殺した少年の話がされており、見ていてどうにも気分が良くはならない。チャンネルを変えようかと思ったところで、西条さんは口を開いた。

 

「憂うべきは車の法律か、それともそんな自殺を考えさせるような子供の環境か。もしくは社会か」

 

「……社会では?」

 

「ならば、無理だろうな。改善されることはないだろう。社会が改善されるより、異世界転生トラックによる安楽死の方法が確立される方に俺は賭けるな」

 

「それより先に、VRによる安楽死が確立されるんじゃないっすかねぇ……」

 

「アメリカでは既にあるぞ」

 

「マジっすか」

 

 進んでんなぁ、アメリカ。確かにVRと言えば俺達も嫌な場面を見ることになった。幸せな世界に入り浸ることができるあの装置。流石にそこまで自由な設定はできなくとも、死ぬ瞬間を感じることなく、恐怖に怯えることのないまま安楽死を選べるというのは割と人気らしい。

 

 日本でそれをやるとなったら……また賛否が分かれるんだろうが。例えば、死ぬ間際に家族の顔を見せないのは変じゃないのか、とか。いや……流石にそんな変な意見はでないか。もっとも、日本じゃ安楽死は法律で認められていないけど。

 

 衰弱して死ぬ恐怖と、苦痛に耐えながら死ぬ恐怖、そして安楽死による恐怖。どれが一番いいんだか、俺にはわからない。まぁ、せめて死ぬとするのなら、苦痛を感じずに死にたいところだ。

 

 己の死生観について考えていると、視線を感じた。西条さんがジッと俺の事を見つめている。何かあったのだろうか。

 

「……唯野。お前、なんだか目が濁っていないか」

 

「やっぱりそう思います? なんか、任務が終わってから気分も優れなくてですね……」

 

「確か、精神に負荷をかけるような攻撃を受けたと言っていたな。一応精神科にでも行ってみたらどうだ」

 

「医者に行って治るもんでもないと思いますけど」

 

「なら……しばらく休んだらどうだ。慰安旅行とまでは行かなくとも、遠出をして自然に触れ、心を休ませるなんてのは効果があるかもしれん」

 

 真剣な顔で休むことを伝えてくる西条さん。確かに、ネームレスによって精神に負荷をかけられ……一時発狂状態にあった。そのせいで目が濁ってると言われればまぁ、納得できなくもない。病院で鏡を見た時にも思ったが、瞳の色が以前よりも暗いように感じた。死んだ魚の目とはいかなくても、その差は傍目からでもわかるくらい変化しているらしい。

 

 しかし、長期休暇か。この組織、有給なんてもんがないからなぁ。その代わり任務がない時は基本的に暇なんだが。けれどいつ次の任務が来るともわからないし……。

 

 そうしてしばらく悩んだが、ここは西条さんの言う通り休むべきだろうという結論に至った。菜沙からは、いつか一緒にどこか遠くに行こうという約束をしていたし、彼女を誘って旅行にでも行こうか。

 

「……西条さん、今のシーズンで旅行とかどこがいいですかね。菜沙と一緒に行こうと思ってるんですけど」

 

 そんなもん自分で調べろと言われるかと思ったが、西条さんは顎に手を添えて考えてくれた。最近この人も、俺達の前では柔らかくなったものだ。それは素直に喜ばしいことだし、本人もそれで楽しいと感じてくれるなら、なおのこと嬉しい。笑ってしまいそうになるのを珈琲を飲むことで誤魔化すと西条さんは、そうだな……と旅行についての計画を説明してくれた。

 

「季節としては秋だが、まだ紅葉はない。それに、普通に大阪なんかを観光してもつまらんだろう。ここは、どこか良い旅館にでも泊まって温泉に浸かり、現地を好き勝手に散策するという、計画性のない旅行をオススメする。行き当たりばったりではあるが、事前に何も調べず、その場その場で見つけていく楽しみというのは良いと思うが」

 

「温泉ですか……中々いいですね。冬にでもなったら、今度は皆で行きましょうよ」

 

「……まぁ、構わんが」

 

 どこか照れているかのように、西条さんは顔を逸らした。未だにこういったことは慣れていないというか、本人も心のどこかで意固地になって認めたくないんだろうなぁ。俺達といる時、随分とリラックスしているというのに。

 

 紅茶を飲んでる時なんて、仏頂面がかなり崩れてる。一部の人にはギャップ萌え間違いなしだ。問題は、そのギャップ萌えの瞬間を見ることができる人物が限られることだが。なんて勿体ない人なんだろう。

 

「……旅行に関しては置いておいてだ。今回の任務で感じたことがある」

 

 西条さんが先程よりも真剣な顔と声で話し始めた。それと同時に、ポケットから細かく折り畳んだ紙を取り出し、それを見せてくる。内容は……身体能力の測定だろうか。同じ項目を二回、別の日に測定したもののようだ。しかしどうにも数値に大きな幅がある。西条さんは何故これを見せてきたのか。自慢……とは考えられない。

 

「俺と、そして鈴華もだが……身体の調子が良くなかった。いや、俺からすれば元に戻ったと言ってもいい」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「その紙の内容を見比べてみろ。一回目はお前が近くにいる時。二回目はお前がいない時に測ったものだ」

 

「いつの間に……。見比べると、一回目の方が数値が高いですね」

 

「鈴華も感じた身体の不調。それは恐らく、お前がいないからだと俺は考えている」

 

 ……いやいや、そんな真顔で言われても全く持って意味がわからない。俺がいるのといないのとで、一体何が違うというんだ。あれか、いつもお前達といるから俺の身体が変化して、一緒じゃないと本領発揮できなくなったと言いたいのか。やけに遠回しな言い方だなおい。西条さんこんなところでツンデレ発揮しなくていいから……。

 

「……お前、俺の言いたいこと理解してるか?」

 

「いや、全然」

 

「……仮説をハナから説明するのは、非常に面倒なんだが」

 

 なんとも面倒くさそうに顔を歪めた西条さん。いや勘弁してくださいよ。西条さんの頭の中を覗けるわけじゃないし、更にいえば脳の作りから違ってる。普通のパソコンとスーパーコンピュータぐらいの差があると思うんですが。

 

 そこをなんとかわかりやすく説明してくれませんかね。そう頼むと、仕方がないといったふうに西条さんは説明をしてくれた。

 

「お前の起源は『サツジンキ』だ。しかし、それはエラーが発生した結果生じたもので、本来は別の起源がある。そう考えられないか?」

 

 ……起源判別時の警告音。機械の誤作動等ではないが、それをエラーが発生したのだと西条さんは捉えたわけだ。そのせいで起源がこんなクソみたいなものになってしまったと。まぁ、確かにそう考えられなくもないが。

 

「……何度か起源を調べ直しましたが、結局は警告音が鳴って起源は変わらないままでしたよ」

 

「だとしたら、何かしら外的要因があるのかもしれん。お前には力を貸してくれている輩がいるだろう。ソイツの力のせいで判別がエラーになったとしていたらどうだ?」

 

「有り得なくはないですが……いや、アイツなら嫌がらせで俺にそんなことをしてきそうな気もします。つったって、そんなことして何になるのかって話ですが」

 

 頭の中に浮かんできたナイアの全体像。思い浮かべるだけで身の毛がよだつ。心の中であの野郎っと何度も悪態をつきながら、甘い珈琲で心を潤した。あんなブラックの塊みたいな奴に、誰か砂糖でもぶっかけてくれないものか。

 

 色白のお姉さんでかわいかったら、文句なしなんだけどなぁ。ナイアの夫がいるのだとしたら、どうにかして、どうぞ。

 

「……目くらましか。いや、それにしては大袈裟だな。だが、仮に唯野の起源を隠すのだとしたら……」

 

「……西条さん?」

 

「……いや、なんでもない。考え過ぎだ」

 

 なんだかブツブツと呟いていたが、一体何を考えていたのやら。言葉にしない辺り、そこまで重要でもないんだろう。気にしないことにして、それよりも知りたいことを尋ねた。

 

「……まぁ、起源についてはどうだっていいじゃないですか。肝心なのはどんな能力なのか、ですよ」

 

「そこら辺も調べてある」

 

 眼鏡をクイッと指で動かし、心做しか決め顔でそう言った西条さん。流石仕事が早い。さっすがー、なんて褒めてみたら、当たり前だと言いつつも顔を逸らしていた。だから男相手にそういうギャップはやめろって。苦笑いしかできないじゃないか。

 

「……確かお前は、中学時代にバレーボール部に所属し、県大会に出場したらしいな」

 

「えぇ、まぁ」

 

「中学時代の連中の情報を調べたところ、高校ではあまり戦績が良くなかった。中学時代を知っている者からすれば、ジャンプ力の低下や足の動きも悪くなっているらしい」

 

「……えっ、一体どこまで調べてるんですか?」

 

「仮説を成立させるために色々と調べ回った。少々、骨が折れたがな」

 

 現代じゃSNSで居場所を特定することは容易で、更に今回は菜沙からも力を借りたと言っていた。そこまでするのか。てか、怖い。この人のネットを使った情報収集力高すぎませんかね。なんてことを話したら、金だけは無駄にかけられてスキルを磨いてきたからな、なんて自虐ネタで返された。反応に困る。

 

「そして、今回俺が測定したその結果から察するに……お前の能力は、共に過ごした……いや、ある程度仲の良くなった人物が近くにいる場合、身体能力強化等の恩恵を与えるという能力があるんじゃないかと考えた」

 

「……いやいやいや、そりゃないでしょう」

 

「そうか? よく考えてみろ。お前は中学時代、どんな部活生活を送ってきた?」

 

 言われた通り思い返してみる。中学時代。何をやっても、誰よりも下手だった俺。周りに追いつこうと努力する度に、周りはそれ以上の成長で先を行く。しかしそれでも、毎日が楽しかった。一緒に過ごし、遊びに行き、くだらないことで笑いあった日々。

 

 練習試合で俺が休んだ時、皆は不調で勝てなかったって言ってたっけ。いつもなら簡単に勝てるような相手だったのに。

 

「……えぇ、嘘やん」

 

 ……当てはまることが多すぎる。えっ、なに。俺まさか周りの友達を強化する能力があったせいで追いつけなかったの?

 

 じゃあ、あの時の俺の努力って一体……? 考え始めたらなんだか過去の自分がバカバカしく思えてきた。それと、高校になって部活もやらずに不貞腐れてた時期を思い出して、一気に意気消沈する。なんだこれ。わけわかんねぇ。

 

「……まぁ、仮説は仮説だ。それに、お前の努力が無駄になった訳ではなかろう」

 

「いや、だって……」

 

「お前は今、この組織で活躍してるんだ。過去は忘れろ。今は未来のことだけを考えればいい」

 

「……西条さんって、本当メンタル強いっすよねぇ」

 

 羨ましいもんだ。いや、西条さんの境遇になりたいとは思わないけど。金持ちには金持ちの悩みがあるし、才能がない奴には才能がないんだ。そうやって前は切り捨てたはずだろうに。

 

「まぁ、どの道お前には何かを極める才能が見いだせん状態だ。バレーも途中で成長が止まっていたことだろう。挫折する前に辞められてよかったな」

 

「あのですね……それ絶対貶してますよね。才能に溢れたお坊ちゃまとか、まぁ大層なことで。羨ましい限りですわ」

 

「首を刎ねられたいか?」

 

「さっきある程度仲が良いのなら能力向上するって言ってたし……西条さん、俺と仲が良いって自覚できるようになったんすね。そんな仲の良い人の首刎ねて、罪悪感とか湧かないんですか?」

 

「……知らん。どうせ仮説だ。そんな当てにならんことを引き合いに出すな。それと、別に仲が良い訳じゃない」

 

 ツンデレ乙。そう言ったら肘で頭を叩かれた。くっそ痛い。いつか覚えてろよ……最近は被害をそらす魔術のおかげで、西条さんの刀も避けられるし、そろそろ組手で俺が勝つのも時間の問題だ。そん時は上から見下ろしてやるわ。

 

「随分と小生意気になったものだな貴様」

 

「西条さんの貴様とか久しぶりに聞いた気がしますけど。小学生ですら使わないのに、恥ずかしくないんですか?」

 

「よし、今から特訓の難易度を上げる。すぐにVR室に行くぞ。その首、空中で三枚に卸してやる」

 

 えぐいこと言うなぁ、西条さん。珍しく頭に血でも登ってるのか、それとも照れ隠しなのか。互いに何度も口論を続けていると、不意に扉がノックされた。コンコンッココンッと。その叩き方は藪雨のものだ。こんな時に一体何をしに来たのか知らんが……とりあえず入っていいと伝えると、いつもの貼りつけたような笑顔で部屋に入ってきた。

 

「おっはようございまーす。唯野せんぱい、西条せんぱい」

 

「おう、藪雨。嫌な……いや、良いタイミングで来たな」

 

「へっ……?」

 

 チラッと西条さんを見たら、俺に向けられていたヘイトが藪雨に向いていた。完全にとばっちりである。藪雨はあたふたとして、なんで私こんなに怒られそうになってるの、なんて言っていた。俺はただそっと、両手を合わせて合掌するだけ。間が悪かったんだよ。恨むなら西条さんのツンデレ気質を恨んでくれ。

 

「……朝から面倒な奴が来たな」

 

「昼に来たって、夜に来たってアナタそう言うでしょ!? 唯野せんぱいとかなら、まだ罵倒に優しさが込められてるのに、西条せんぱいって優しさの欠片どころか殺意しか込められてないじゃないですかぁ!!」

 

「その笑い方に腹が立って仕方がない」

 

「はぁー、こんなかわいい女の子の笑顔で靡かないとか、マジありえないんですけどぉ!!」

 

 そういうとこだぞ、と言っておく。勝手にお互いでメンチビーム切ってるのは置いておいて、珈琲を新しく淹れながら、藪雨になんで部屋に来たのかを尋ねてみる。言い争うのをやめて俺に向き直ってきた藪雨は、小さなため息と共に話してくれた。

 

「いやー、なんか鈴華せんぱいが、部屋に来てくれーなんて言うもんですから。まぁ、日頃お世話になってますしぃ? 私こう見えて結構優しい後輩ですから、来てあげようかなーなんて」

 

「おっ、そうだな。まぁ肝心の先輩がいないんだが……」

 

 朝早くから、誰かから電話が来たようでどこかに行ってしまった。なんか遠くの方から、ふざけるなよとか、そんな話し声が聞こえた気がするが……あの人何かやらかしたんだろうか。正直不安だ。

 

 先輩の日頃の行いとかを思い返して一抹の不安を抱えていると、部屋の扉がゆっくりと開かれて、先輩が帰ってきた。いつものおちゃらけた表情ではなく、どこか真剣味が感じられる。何か問題でも発生したんだろうか。

 

「……藪雨が来てくれるまで、ずっと外でスタンバってました」

 

「いやそんなこといいんで」

 

「まったく後輩を呼び出すとか、とんだせんぱいですねぇ」

 

「さっさと用件を言え」

 

「冷たいね君達。いやまぁ、言うけどさぁ……」

 

 覚悟を決めたのか、そこから流れるような膝をついていき、正座の体型に。そして両腕を折りたたんで太ももの上に乗せ、まるで一種の洗練された動きのように身体をゆっくりと曲げていく。顔も伏せ、そんな状態で先輩が言った言葉は……。

 

「頼む。合コンの数合わせに協力してくれ!」

 

 ……土下座しながらなーに言ってんだこの人。両脇にいた西条さんと藪雨の目が、まるでゴミを見るように荒んでいたのが印象に残っている。

 

 

 

 

To be continued……





今序盤の方見返してみると、随分と下手くそな地の文を書いてるなと思ってしまって仕方がない。

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