ソードアート・オンライン -sight another- 作:紫光
タイトルは何となくですが。
「…最近見ねえな、あいつ」
狩場でレベリングの最中、呟いた言葉に返す人はいなかった。帰ってくるのは狼のようなモンスターの咆哮のみ。
ソロで最前線の攻略を進めている、俺自身にはあまり変化がない。しかし、変わった点が無いというわけではない。
最近、キリトを見なくなった。ボス戦などでは見るが、他の場所では一切といっていいほど見ない。以前は最前線を攻略するフロントランナーとして多少は顔を合わせたものだが。
アスナとは途中から別々に攻略を始めたと聞いた。アスナ自身も強くなり、有数ギルド〈血盟騎士団〉に入ったとか。キリトはソロプレイヤーとして活躍を見せている。そのキリトが最近顔を見せない。
時刻はそろそろ夜の10時となる頃か。そろそろレベリングを行う物好きな連中が近場に現れる頃だ。その時、近場から現れた影に俺は視線を向けた。
「…キリトか」
先程までどこに行ったのかと心の中で考えていた人物がやって来た。無事なことに多少胸を撫で下ろしつつ、目の前のモンスターを葬る。
「…代わるか?俺は少し休むけど」
狩場は基本的に順番制だ。現在は俺が利用しているが、他に人がいないためぶっ通しで狩っていた俺はキリトに交代の案を出した。
「ああ。じゃあ使わせてもらう」
「無理せずにな」
普段と変わらない会話をして、俺はキリトに場を譲る。しかし、違和感のようなものを少し感じた。しばらくキリトの後ろ姿を眺めて、ようやく気付いた。
(ギルドアイコン…見たことないデザインだな)
SAOではギルドに所属すると、HPバーの横に所属を示すギルドが決めたアイコンが表示される。キリトのHPバーの横には、月と猫がデザインされたアイコンが表示されていた。少なくとも、見たことがないため攻略組ではないだろう。
「…あいつが、ギルドにね…」
キリトも陰ながらビーターと呼ばれることが僅かながらあるということを耳に挟んだ。更に、アスナと別れてからは基本ソロで活動していキリト。そんな彼がギルドに入ったという。
「──よおアキヤ。待ちか?」
その声に振り向くと、クラインが立っていた。後ろには〈風林火山〉の連中がゾロゾロと連なる。各々が俺と挨拶をしていく。
「クライン、と〈風林火山〉か…俺はもういいけど、キリトがさっき始めたばっかだ。どっちにしろ待ちにはなるな。」
「お、あいついるのか。ちっと挨拶に…いや、でもなあ…」
珍しく歯切れの悪いクラインに首を傾げると、クラインは手を振りながら答えた。
「ああいや、気のせいだったら良いんだけどよ…この前別の狩場であいつと会ったときは何かやけに暗い顔だったから、何かあったのかと思ってよ…」
「キリトが、ねえ…さっき軽く話したときは普通だったけどな。何か考え事でもしてるんじゃねえか」
そんなもんか、と話を切ったクラインとしばらく攻略の話や互いの進捗を話していると、キリトが出てきた。代わって、〈風林火山〉の連中が狩場へと向かっていく。互いに挨拶を軽くしてから俺の横に座ったキリトは、ポーションを飲み干した。
「…ギルド、入ったのか。」
それだけを口に出したのは、そればかりは視覚的に既に判っているからだ。隠してもいない情報を言うだけなら大丈夫だろうと思ったからだった。
「…ああ。まだ攻略組ではないけど、順調にレベルも上がってきてる。攻略組に入ったら今の雰囲気も少し変えてくれるような、そんな所さ」
そう言ったキリトだが、どこか表情は暗かった。自分が入ったギルドなのだからもう少し堂々と言っても良さそうなものだが…
「へえ。ま、大事にしろよ。せっかく入ったギルドならな。」
そう言うと、キリトは頷いて帰っていった。それが、キリトがその狩場に現れた最後だった。およそ一ヶ月後、キリトは最前線に戻ってきた。ギルドアイコンが消え、まるで脱け殻のようになって。
それからおよそ半年の月日が経ち、最前線は49層まで昇った。そんな中、俺は46層にいる。プレイヤーの間で〈アリ谷〉と称される狩場に向かっていた。現状、そこが一番経験値が入るからだった。アリ谷は昼間は人が多いが夜は少ない。しかし、0ではない。今日もどこかの黒ずくめが一人で──
「一人…じゃあなかったな。」
アリ谷の近くの地面に二人、座る影がある。片方は予想通り黒ずくめのキリト。もう一人は…赤ばっかりのクライン。
「よう、黒ずくめと赤侍」
そんな声をかけると、俺の声にクラインはおどけたように返した。
「うるせえやい。オメーだってほぼ真っ黒じゃねえか」
「残念だな、黒じゃなくて紺色だ。」
最近の装備は紺色の物が多い。というのも、装備のグレードでは他の色もあるが、黒や紺といった色は〈隠蔽〉ボーナスが付くことが多いのでよく選ぶのだ。他愛もない話を数分すると。
「…なあ、キリトよ。レベル、どんくれえになった。」
クラインがキリトにそう聞いたのを、俺は不自然に思った。レベルを含むステータスはこの世界では生命線と言っても過言ではない。それはこの男も分かっているはずだが…
「今日上がって69だ。」
肩をすくめてそう答えたキリトに、クラインは目を丸くした。最前線が49層という中で69までレベルを上げるのは中々に苦痛だ。
「…おい、マジかよ。いつの間にか、オレより10も上ンなってんのか。…アキヤ、オメエは?」
そう言われて、俺だけ答えない訳にもいかないだろう。俺はキリト同様に肩をすくめて答えた。
「…昨日70まで上がった。元々一層から高くなるようにレベリングしてたし。」
キリトのように今無理矢理なレベリングをしてるという訳ではなく、元々無理矢理なレベリングを繰り返してきた。レベルだけなら攻略組のトップクラスにいるだろう。
「…クライン、心配するふりなんかしないで率直に聞けよ。知りたいんだろ、俺がフラグMobを狙ってるのかどうか」
フラグMob…クエストを進める上でキーとなるモンスター…を狙っているのか、とキリトに言われたクラインはごしごしと顎のヒゲを擦った。
「オリャあ別にそんなつもりじゃあ…」
「ぶっちゃけて話そうぜ。俺がアルゴからクリスマスボスの情報を買った、という情報をお前が買った…という情報を俺も買ったのさ」
キリトが言った言葉に、クラインは目を見張り、俺は溜め息を吐いた。アルゴの商売は情報であるが、それは『○○がこの情報を買った』というものも含まれる。
「24日夜24時に森の巨木の下に、〈背教者ニコラス〉なる伝説の怪物が出現する。もし倒すことが出来れば、怪物が背中に担いだ大袋の中にたっぷりと詰まった財宝が手に入るだろう──だったか。」
俺が言うと、二人が頷いた。しかし、キリトもクラインも金に困っている様子もないし、武器も攻略組とあってグレードはかなりランクが高いだろう。それでも二人がボスを狙うわけ、それは…
「やっぱあの話のせいかよ。──〈蘇生アイテム〉の…」
「ああ…俺が、一人でやらなきゃいけないんだ…いくらガセネタと言われてても、可能性があるなら…」
思い詰めた顔で話すキリトに、俺は思い当たる節があった。それはクラインも同様だろう。
「…あのギルドか」
キリトが半年前に所属していたギルドであり、キリト以外半年前に全滅したギルド、〈月夜の黒猫団〉。詳しくは知らないが、シーフがアラームトラップを引いてモンスターを呼び寄せ全滅したと聞いている。
「それはお前ェの責任じゃねえだろ。生き残ったお前ェを褒めこそすれ、誰も責めやしねえ。」
「そうじゃないんだ…俺の責任だ。前線に上るのを止めることも、宝箱を無視させることも、アラームが鳴った後でさえ全員を脱出させることだって、俺にはできたはずなんだ…」
苦々しく答えたキリトに、俺もクラインも何も言わなかった。やがて、クラインはゆっくりと立ち上がった。
「…連中だけじゃデカめのアリが出た時心配だからな。ちょっと俺も様子見てくらあ。…最後に言っておくけどよ、オレがお前ェの心配したのは別に情報聞き出すためのカマかけばっかりじゃねえぞこの野郎。無理して死んでも、こんなとこでお前ェに蘇生アイテムは使わねえからな」
そう言って、日本刀を腰にさしてアリ谷の方へ歩いていった。
目の前のキリトに、俺は声をかけた。
「なあ、キリト。──」
その言葉が終わると、キリトは虚ろな顔でただ頷くだけだった。
次回に続きます。
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