ソードアート・オンライン -sight another-   作:紫光

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圏内事件完結編です。



16話『狂気の殺意』

俺は19層のフィールドを駆けた。とはいっても、地面を、ではなく。木の上を飛ぶように駆ける。

この移動方法は、ある程度敏捷力が無いと出来ないし、慣れないと木から不用意に落ちてダメージを食らう危険性もある。しかし、出来ればモンスターとのエンカウント率は下がり、地形を無視できる可能性があるため、移動手段としては有用だ。

 

「…あれか…!」

 

前方の丘に数人の集まりが見えた。そこ目掛け、最後の枝を蹴る。倒れ伏す鎧を着た人物──シュミットの横に着地すると、その側にいたナイフ使いは飛び退いた。目の前の黒いポンチョに視線を向けると、愉しそうに笑っていた。

 

「…Wow、随分と格好いい登場じゃねえか、〈雷剣〉サマよぉ。」

「…そっちは随分と場違いじゃねえか?雨降ってねえのにカッパなんてよ…PoH」

 

軽口を叩くが、この男との関係は──最悪と言っていいだろう。一度話したことはあるが、この男こそがアインクラッド殺人者ギルドラフコフこと〈笑う棺桶〉頭領…PoH。〈友切包丁〉という中華包丁のような奴の右手の武器は、攻略組と遜色ない、いわば〈魔剣〉として恐れられている。

ちらりと横に視線を動かすと、右手に禍々しい形のナイフを持ち、頭陀袋を被った男が目に入る。同じく〈笑う棺桶〉の幹部…ジョニー・ブラック。視界にこそ入っていないが、後ろの男女──ヨルコと、恐らくカインズ──にエストックを向けているのも幹部…ザザ。

 

「久しぶりだってのにつれねえじゃねえか、こっちは褒めたってのによ」

「お前に褒められても嬉しくねえな。まあ、他の二人にも言えたことだけど」

 

その言葉に、PoHの横のジョニー・ブラックがナイフを俺に向けた。頭陀袋から覗かせる目は何とも不気味だ。

 

「余裕かましてんじゃねーぞ、〈雷剣〉!状況分かってんのか!」

「…少なくとも袋被ってるお前よりかは周り見えてるし、状況は把握してるさ」

 

俺の状況…それは絶対的不利。相手の戦力は〈笑う棺桶〉トップ3。3人とも攻略組に匹敵する戦力ではあるだろう。対して、こちらは俺一人。シュミットはレベルは十分だろうが、麻痺状態では戦えないだろう。

咄嗟に返したものの、今襲われたら勝率は0。その時、足裏に僅かな振動が伝わり、俺は笑みを浮かべた。

 

「…来たな」

 

俺の言葉にまずその方向を向いたのはPoHだった。次いでジョニー・ブラックも同様の方向を向く。

近付くのは、どどどっ、どどどっと言う規則的な音。やがて近付くそれは、馬の足音だと分かる。みるみるその姿を大きくした馬は俺の前で急制動をかけ…その背中から騎手を落とすように下ろした。

 

「いてっ…ギリギリセーフ、かな」

「本当にギリギリだけどな」

 

馬から落ちた騎手は、〈黒の剣士〉キリト。今まで自分を乗せてきた馬を帰すと、目の前のPoHに向かってやや迫力に欠ける声を出した。

 

「よう。久しぶりだな、PoH。まだそんな趣味悪い格好してるのか」

「…貴様に言われたくねえな」

 

PoHの声が明らかに殺意を孕む。そして、隣のジョニー・ブラックは苛立った声で吼えた。

 

「ンの野郎…!時間稼ぎだったのか!」

「まあな。中々の名演技だったろ?」

 

元々俺一人でラフコフ…もといオレンジプレイヤーを相手取れるとは思っていない。となれば俺が取る行動は1つ。同様に向かうと言っていたキリトが来るまでの時間稼ぎ。他に策もあるが、それも時間がまたかかるものだ。

尚も話そうとするジョニー・ブラックを左手で制したPoHが話し出した。

 

「Ha-ha、確かに戦況は多少好転したかもしれねえが…まだ2対3だぜ?俺たちを相手できるのか?」

「…まあ、無理だな」

 

俺が言うと、PoHはニヤリと笑った。しかし、PoHが喋るより早く、隣のキリトが声を出した。

 

「でも、耐毒POT飲んできたし、回復結晶もありったけ持ってきた。俺とアキヤで10…いや、15分は耐えれる。それだけあれば、30人の攻略組がここに着くには十分だ。30対3を、相手出来るのか?」

「…Suck」

 

短く罵ったPoHが左手の指をパチンと鳴らすと、残りの二人はPoHの方へと下がった。PoHは右手の包丁をキリトに向けた。

 

「…〈黒の剣士〉。貴様は必ず地面に這わせてやる。仲間の血の海でごろごろ無様に転げさせてやる。期待しといてくれよ」

 

そう言って、後ろを向いて去っていった。それに続くようにジョニー・ブラックが早足で。ザザも続いたが、数歩進んで振り向いた。

 

「格好、つけやがって。次は、オレが、馬でお前を、追い回してやる」

「…だったら練習しろよ。見た目ほど簡単じゃないぜ」

 

キリトが言葉を返すと、3人は闇へと消えた。索敵エリアからも消えると、俺は横の人物に声をかけた。

 

「…お前あいつらに何かしたのか?俺より大分憎まれてるっぽいけどな」

「まあ、PoHとは一回話したことがあるけど…残りの二人は初だ。…ちょっとクラインにメッセージで広場で待機しといてくれって送る。これ、渡しといてくれ。」

 

そう言うキリトから預かったのは、解毒ポーション。受け取ったものを震えるシュミットの左手に握らせると、シュミットは震えながらもポーションを飲み込んだ。それを見届けると、ちょうどキリトがメッセージを打ち終わったようだった。

 

「また会えて嬉しいよ、ヨルコさん。それに…初めましてと言うべきかな、カインズさん」

 

キリトの言葉に、ヨルコは苦笑い、カインズは頭を下げた。ヨルコはキリトと話し始めたため、必然的に俺の相手はカインズになる。

 

「アキヤさん。昨日ぶり、ですね。転移寸前に壁を登ってきた時はトリックが無駄になりそうでビックリしましたよ」

「いや、あん時は完璧にHP減ってると思って無我夢中だったから…まあ、何秒かでも変わってたら結果は違ったかもな。」

 

俺が数秒速かったら、カインズのロープを斬っていたか。それとも、カインズの転移の声を聞けたかで状況は変わっただろう。俺が後ろ頭を掻きながら答えると、互いに苦笑いを浮かべた。

 

「キリト、アキヤ…助けてくれた礼は言うが…何で分かったんだ。あの3人がここを襲ってくることが」

 

シュミットの声に、俺は隣のキリトを見た。俺はキリトのメッセージを受けて、レッドプレイヤーによる殺人を阻止できれば、と走ってきただけなのだから。

 

「判ったって訳じゃない。あり得ると推測したんだ。この3人をまとめて消す可能性がある、とね。おかしいと思ったのはつい30分前だけどな。」

 

そう置いてから、キリトは推測を説明し始めた。グリムロックがグリセルダを〈笑う棺桶〉に殺させた半年前の事件、そして…今回、この3人をまとめて消すように仕向けたのもグリムロックであるということを。

それを聞いたヨルコは、崩れそうになった所を隣のカインズに支えられる形になった。

 

「そんな…グリムロックさんが、私たちを殺そうと…?でも、何で…?」

「──その辺は、直接聞けば分かるだろ」

 

俺の言葉に、キリトは頷いた。索敵エリアに現れた、二つの点。そちらを眺めると、二人のプレイヤーが丘を登ってきた。

一人は、右手に透き通るような細剣を持ったアスナ。もう一人は帽子に丸眼鏡という風貌の知らない男だが、この場合はグリムロックだろう。グリムロックはやあ、とかつてのメンバーに挨拶をした。

 

「初めまして、グリムロックさん。俺はキリトっつう…まあ、ただの部外者だけど。去年の秋の〈指輪事件〉…これはあんたが主導していたんだろ?」

 

キリトの声に、グリムロックは無言だった。まるで、証拠は、とでも言わんばかりの。キリトが推理を述べると、グリムロックは奇妙な笑みを浮かべた。

 

「なるほど、面白い推理だね、探偵君。でも、残念ながら、1つだけ穴がある。彼女がもし、指輪を装備していたら…?」

「あっ…」

 

グリムロックの指摘に、アスナが声を漏らす。キリトが言ったのは、〈結婚〉が解除された時のストレージ共通が切れた場合の話。グリムロックが指摘したのは、その逆。ストレージ内に入っていなかったもの…それは、恐らくそのままドロップでもするのだろう。

勝ち誇ったかのように、帽子の鍔を軽く持ち上げたグリムロックは、近くのメンバーや俺たちに向かって一礼した。

 

「では、私はこれで失礼させてもらう…」

「待てよ。ちょっと質問していいか?」

 

俺の言葉に、グリムロックは少しだけ顔をしかめた。これ以上無駄な真似はするなとでも言いたいのか。俺は特に証拠もない話を少しだけ間を置いてから話し出した。

 

「…これは知り合いのギルマスに聞いた話なんだけど、ギルドマスターの〈印章〉ってのは分類は〈指輪〉なんだってな。既婚者なら左手に結婚指輪を付けるから、右手に付けるんだろう。」

「…君も中々面白い推理だが、結婚指輪は外せなくとも、ギルドマスターの〈印章〉は外せる。彼女が例の指輪を装備していなかった証拠にはなりはしない」

「…いいえ。なるわ。ここに、あるもの。リーダーの遺品は、発見したプレイヤーの手によってギルドホームに届けられた。その中でも1つ、皆に内緒で私はここに埋めたの」

 

グリムロックの指摘を否定したのはヨルコだった。そう言ったヨルコは、墓標を素手で掘り始めた。やがて、その手にあるものが乗せられた。

 

「…〈永久保存トリンケット〉…!」

 

アスナが答えたそれは、このアインクラッドで唯一無二の、〈耐久値無限〉のもの。中に物を入れることによって、その物を永久に保存できる小さな箱だ。

中には、小さな二つのリングが入っていた。

 

「これは、〈黄金林檎〉の印章。私も持ってるから比べればすぐに解るわ。そして、これは──彼女が何時だって左手の薬指に嵌めてたあなたとの結婚指輪よ、グリムロック!あなたの名前も刻んであるわ!この二つがここにあるということは、リーダーが殺された瞬間、これを装備していたという揺るぎない証よ!違う!?違うというなら反論してみせなさいよ!」

 

ヨルコの涙混じりの絶叫に、口を開くものはいなかった。その後、グリムロックは話し始めた。GAのリーダー、グリセルダが現実でも自分の妻であり──この世界に囚われ変わってしまった彼女を、グリムロックは自分から離れることを恐れ、この世界で殺す道を選んだという話を。

キリトが押し出すようにグリムロックに声を出した。

 

「…じゃあ、あんたは、SAOからの解放を願って自分と仲間を鍛えてた奥さんを…言うことを聞かなくなったから、殺したっていうのか?そんな理由で…」

「そんな理由?違うな、充分すぎる理由だ。君たちもいつか解る、探偵たち。愛情を手に入れ、それが失われようとした時にね。」

 

グリムロックの言葉に、素早く答えたのは…アスナだった。

 

「いいえ、間違っているのはあなたよ、グリムロックさん。あなたがグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない。ただの所有欲だわ。まだ愛しているというのなら…その左手の薬指にはまっているはずでしょう、結婚指輪が。見せてみなさい」

 

アスナの言葉に、グリムロックは自分の左手袋を右手で掴んだ…が。そこから動くことはなかった。そのまま静寂が訪れると、それを破ったのは、シュミットだった。

 

「…この男の処遇は俺たちに任せてくれないか。私刑にかけたりはしないが、罪は償ってもらう。」

 

キリトが了承すると、シュミットはグリムロックを立たせて丘を下る。カインズとヨルコも、キリトと数回会話をして、続いていった。

 

「あ、アキヤ。このあとメシでも──」

「──転移、〈ラーペルグ〉」

 

キリトが振り向くより先に、俺は主街区にワープした。と言うのも。1つ、懸念案件があったからだった。

 

「…あ、おいアキヤ!どうだったんだよ!キリトの野郎全く連絡寄越さねえからよ!待機しっぱなしなんだよ!」

「…やっぱりな…」

 

転移門に戻ると、俺を出迎えたのはクライン含む十数名。途中、キリトはクラインにメッセージを送ると言って、それからメニュー開いたのを見ていない。様子を見に来たらこれだ。

俺はクラインに1つ袋を差し出した。

 

「ひとまずは一件落着。協力は感謝してる。礼は…ほら、コレ」

「んあ?何だ…コル?…随分額がデカイじゃねえか、アキヤよう?」

 

俺が送った額に違和感を感じたのか、クラインは俺を覗き見るように見た。俺は溜め息を吐き、目の前の野武士に言いはなった。

 

「誰がお前にやるって言ったよ…俺の奢りでどっか飲んできやがれ、ってことだよ。」

「…ヒューっ!気前いいじゃねえか、アキヤよぉ!──よぉし、お前ェら!急な集合感謝!みんなのお陰で一件落着、今日は飲もうぜ!」

 

辺りからワッと言う歓声が上がった。こういったことに関してはこの男は人望も厚いし心配無いだろう。

よって、この後来るであろう二人と会う心配も無いわけだ。クラインがあの二人を見たら何と言うかは知らないが。

 

「おし!もちろんアキヤも行くよな!」

「…あのなあ、事後処理がまだ残ってんだよ。楽しんできてくれ。」

「なーんだよ…それじゃ、また今度な!」

 

クラインたちが転移門に消えていくと、俺も転移門を起動。降り立ったのは…59層。

 

「2日もサボったし…今週中には抜けたいしな。ちょっくらハイペースで取り戻すとするか」

 

最前線の迷宮区から多くのプレイヤーが戻る中、俺は一人逆に迷宮区へと向かい始めた。

 

 


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