ソードアート・オンライン -sight another-   作:紫光

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圏内事件編2話目です。




13話『捜査開始』

「…何だよ、それ…」

 

呻くように言ったのは、目の前の光景に対してだった。広場北側に立つ塔。その2階の窓からロープが垂れ、その先の輪にフルプレートアーマーにヘルメットの男が吊り下がっている。ロープは首元に食い込んでおり、胸に深々と黒い短槍が突き刺さっている。この世界ではロープでの窒息死は無いが…胸の短槍は、男のHPを削っているのを表すかのように赤いエフェクトを撒き散らす。〈貫通継続ダメージ〉のエフェクトだ。

 

「…早く抜け!」

 

キリトの声に、男はのろのろと両手を動かす。しかし、武器は抜ける気配は無い。どうするか、と考えた時、アスナが駆け出した。

 

「きみたちは下で受け止めて!」

 

その言葉を聞く限りで推測すると、恐らく内部からロープを切るつもりか。しかし、事態は一刻を争う。そう思った俺は。

 

「…キリト!下頼んだ!」

「お、おいアキヤ!?」

 

直後、俺は段違いに加速した。塔の下に着くと、その加速を一転、上に向ける。壁に足をつけ、落ちる前にひたすらに足を出す。壁を垂直に登る中、背中の剣に手を伸ばす。敏捷力寄りの俺のステータスなら…この高さでも届くはずだ。

 

──間に合えっ…!

 

剣を抜こうとしたとき。ヘルメットの男の目が一点を見詰めていた。それは…自分のHPバー。男は口を開いて何かを叫んだ気がした。しかし、悲鳴と驚く声が鳴り響く広場の声に掻き消されたのか、そもそも声は出ていなかったのか、聞くことは叶わなかった。

そして、俺が剣を引き抜く前に、青い閃光が視界を埋めた。俺は剣を鞘に戻し、降ってきた短槍を左手で空中でキャッチしながら、塔の上へと登り詰めた。そして、すぐにあるはずのものを求めて辺りを見渡す。

 

「…みんな!デュエルのウィナー表示を探してくれ!」

 

圏内でHPを全損する条件。それは、〈完全決着モードのデュエル〉しかない。それが行われたなら、今この瞬間にその表示が出ているはずなのだ。

 

「…アスナ!ウィナー表示あったか!?」

「無いわ!システム窓もないし、中には誰もいない!!」

 

下からキリトとアスナの声が聞こえるなか、俺は左手の槍を握りながら辺りを見渡す。

 

「アキヤ!」

 

下からキリトの声が聞こえる。今一番視界が広いのは塔の上の俺だ。デュエルのウィナー表示なら多少離れていても見えるだろう。しかし。

 

「…ダメだ、無い…!」

 

辺りを見渡しても〈マーテン〉の街があるだけ。システムウィンドウはどこにも見えない。それでも辺りを見渡すが、俺は探すのを止めた。その訳は。

 

「30秒経った…か」

 

デュエルのウィナー表示が出る時間は30秒。これ以上探しても表示されていないものを探すのは不可能だ。

 

「この武器が…?それとも、何か別の物が…?」

 

左手に握る短い槍を見る。ちょうどグリップの部分をキャッチしたらしく、柄にびっしりと生えた逆棘には触れていない。長さ一メートル半程のこの短槍が、あのフルプレートアーマーの男の命を奪ったのだろうか。

 

「アキヤー、降りてこれるか?」

 

下からキリトの声が聞こえる。ひとまずは合流してから考えることにしよう。一度ストレージに格納し、俺はひらりと塔から飛び降りた。

着地の際にかなりの衝撃が走ったが、ダメージにはならないため、足を軽く振ってからキリトに向き直る。

 

「ひとまずあいつと合流してからだ」

 

キリトはそう言って、目の前の塔──実は教会──に入る。俺も入るがその際、俺は周囲のプレイヤーを数人呼び寄せた。

 

「悪いけど、隙間なく入り口を塞いどいてくれるか。誰かがぶつかったら大声出してくれ。」

 

俺が頼んだのは、入り口の封鎖。これには意味があり、〈隠蔽〉スキルで隠れていても人にぶつかれば自動看破されるということを狙ってのことである。幸いプレイヤーは快く協力してくれた。

一階をすり抜け、2階に上がると、順に扉を開けて中を見て、最後に例の部屋に入る。窓際にはアスナが気丈な表情で立っていたが、その内にはショックもあるだろう。

 

「教会の中には誰もいない」

 

キリトの報告に、俺も頷く。すれ違った人と言えばさっきの教会にいたNPCのシスターくらいで、他の部屋には目視でも索敵スキルでも誰もいない。アスナはすぐに問い返してきた。

 

「〈隠蔽〉アビリティつきのマントで隠れてる可能性は?」

「俺やキリトの索敵スキルを無効化するアイテムは今のアインクラッドには無いだろうな。一応入り口はプレイヤーに塞いで貰ってて通るのは無理だし、窓がある部屋もここだけだったな」

 

俺がそう報告すると、アスナは頷いて、これを見て、と言って部屋の一角を指差した。そこには、木製のテーブルに結わえられたロープが、窓へと伸びている様がある。

 

「ロープ…〈座標固定オブジェクト〉に結わえたのか。」

 

俺が言うと、キリトが唸り声を上げた。

 

「うーん…どういうことだ、こりゃ?」

「普通に考えれば…あのプレイヤーのデュエルの相手がこのロープを結んで、胸に槍を突き刺した上で、首に輪を引っ掛けて窓から突き落とした…ってことになるのかしら…」

 

アスナも首を傾げながら言うが、随分と回りくどいやり方なのは誰が見ても明らかだろう。

 

「…でも、ウィナー表示は出なかった。俺は塔の上から見たけど、全方位どこにもな。デュエルだったら近くに出るだろ」

 

俺の声に鋭く返したのは、アスナだった。

 

「でも…有り得ないわ!〈圏内〉でダメージを与えるには、デュエルを申し込んで、承諾されるしかない。それは、きみたちだって知ってるでしょう!」

「…ああ、それは、その通りだ。」

 

キリトが肯定すると、辺りは沈黙。逆に、窓の外の広場からはプレイヤーのざわめきが聞こえる。やがてアスナは俺たちを見据えて、言った。

 

「このまま放置は出来ないわ。もし、〈圏内PK技〉みたいなものを誰かが発見したのだとすれば、仕組みを突き止めないと大変なことになる」

「…俺も、今回ばかりは無条件で同意。」

 

キリトがそう続くと、二人は俺を見た。お前はどうなんだ、と言わんばかりの視線を受けた俺は、ふう、と軽く息を吐くと答えた。

 

「俺も同意。この件については解決まで協力することは約束するよ」

 

俺が言うと、アスナは僅かな苦笑いと共に言い放った。

 

「なら、ちゃんと協力してもらうわよ。昼寝の時間はありませんからね」

「…お前らじゃねえんだからよ。例の槍はキリトに渡しとくからな。」

 

ぼそりと言って、槍をキリトに渡す。これからこの二人と協力体制に入るのか、と思った時、肩をガシリと掴まれた。

 

「…その前に。きみには言っておきたいことがあるのよ。」

「…何でしょうか」

 

威圧的に言うアスナに思わず敬語になった。アスナは俺の肩を掴んだまま言い放った。

 

「きみ、さっき『塔の上から』って言ったわよね…?わたしは下で受け止めてって言ったのに何で塔の上にいたのかな?」

「それは、一刻を争うと思って、壁を登ってロープを切ろうとしたからで…そのまま駆け登ったから。」

 

そのままのことを言うと、アスナは肩を握る力を緩めた。

 

「…今回はそういうことなら良いんだけど、ね?アキヤくん。君は私の作戦、提案を何回無視してきたかな?」

 

俺がやばい、という表情を浮かべると、緩まった手が再び強さを増す。システムに保護されないギリギリの強さで肩を握られる。まるで、逃がさないとでも言うかのように。

俺がアスナの提案を無視…あるいは反する行動を取る回数が多いのは事実であるが、俺はボス戦が終わる度に逃げるようにそのまま攻略に出ていたのだった。そして、それがアスナと仲があまり良くない原因でもある。

 

「あ、あのー…それは、人命救助やそう言った重要事項を優先した結果であって…」

「…ふーん…」

 

アスナはゆっくりと肩から手を放した。次いで、くるりと振り返り、部屋の入り口へ向かった。

 

「ま、いいわ。でも、今回は協力するって言ったんだからしっかり協力してよね。」

「…へいへい。」

 

返事をすると、横のキリトがやれやれと言った感じで俺を見ていた。

 

「…大変だな」

「…お前もな」

 

キリトは何が?という顔で俺を見ていたが、俺はそれに答えることなく、部屋の入り口へと向かった。

 

「ほら、速く行かないとまた副団長のカミナリが落ちるぞ」

 

俺の言葉に急いだキリトと共に、先にいる白い騎士装の背中を追いかけた。




次回も早めに更新できたらと思います。

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