ソードアート・オンライン -sight another- 作:紫光
丘の麓の橋に差し掛かったとき、索敵スキルを発動すると、プレイヤーの反応があった。やや前方におよそ10と言った所か。キリトを見ると、俺を見て軽く頷き、シリカの肩に手をかけて止まった。
「…そこで待ち伏せてるやつ、出てこいよ」
キリトが低い声で言った数秒後、木立がガサリと揺れ、一人のプレイヤーが現れた。赤い髪に赤い唇、黒いレザーアーマー。細身の十字槍を持った女性だ。
「ろ…ロザリアさん…!?なんでこんな所に…!?」
シリカの声に、改めて目の前の女性を見据える。こいつが、〈シルバーフラグス〉を壊滅させた女…。
「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、剣士サン。あなどってたかしら?」
キリトからシリカに視線を移したロゼリアは飄々と笑顔で話し出した。
「その様子だと、首尾よく〈プネウマの花〉をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん。──じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい」
その言葉にシリカが絶句するのを見て、俺はキリトの横に並んだ。突如の乱入者にも、ロゼリアは笑みを崩さない。
「そうはいかねえな。オレンジギルド〈タイタンズハンド〉リーダー、ロゼリアさん」
そう言うと、ロゼリアの笑みは消えた。後ろのシリカが戸惑うような声を出した。
「え…でも、ロザリアさんはグリーン…」
「オレンジギルドでも、全員が犯罪者カラーじゃない場合も多いんだ。グリーンのメンバーがパーティーに入って待ち伏せポイントに誘導する。昨夜俺たちの話を盗聴してたのもあいつの仲間だよ」
キリトの言葉にシリカを後ろ目で見ると、愕然としている。パーティーメンバーが急に自分の命を狙ってくるなど、恐ろしいことだろう。
「…大方シリカのパーティーも狙ってたんだろうけど、シリカが〈プネウマの花〉を取りに行くってのを聞いて標的をそれに移したってとこか」
「そうよォ。今が旬だからね…でも、そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて、あんたら馬鹿?それとも体でたらしこまれちゃったの?」
俺の言葉に返ってきたのは侮辱とも思われる言動だった。その言葉にキリトが返したのは、あくまで冷静な声だった。
「いいや、どっちでもないよ。俺たちもあんたを探してたのさ、ロザリアさん」
「──どういうことかしら?」
ここに来て漸く真面目な質問を飛ばしたロザリアに、俺は淡々と答えた。
「十日前、38層で〈シルバーフラグス〉ってギルドを襲ったろ。リーダーだけ脱出した。そのリーダーは最前線のゲート前で仇討ちを探してくれる奴を探してたよ。でも、依頼を引き受けた俺たちに、殺してくれとは言わず、黒鉄宮の牢獄に入れてくれって言ったんだ。」
俺が言うと、ロザリアは面倒そうな仕草を浮かべて、続けた。
「…マジんなっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠ないし。そんなんで、現実に戻った時罪になるわけないわよ。アタシ、この世界に正義とか法律とか妙な理屈持ち込む奴一番嫌い」
そう言い切ったロザリアが、ニヤリと笑った──ような気がした。
「で、その死に損ないの言うこと真に受けて、アタシらを探してたわけだ。あんたらの餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど…でもさぁ、たった3人でどうにかなると思ってんの…?」
ロザリアが右手で手招きすると、木立から更に人が出てくる。索敵通り、ほぼ10。カーソルはオレンジが殆どで、銀色のじゃらじゃらとした装備が何とも賊という感じがする。
「き、キリトさん、アキヤさん…人数が多すぎます、脱出しないと…」
「だいじょうぶ。俺が合図するまでは何もしなくていいよ。…アキヤはシリカの側にいてくれ。万が一の時は頼むけど」
キリトはそういうと、そのまますたすたと歩き出した。シリカは無茶だと思ったのか、俺に向かって大声で言った。
「アキヤさん!キリトさんを止めないと…!」
その声がフィールドに響き、俺が大丈夫だ、と言う前に、向こうから声が飛んできた。
「キリト…?それに、アキヤ…?その格好に、二人とも盾なしの片手剣…〈黒の剣士〉と…〈雷剣〉?や、やばいよロザリアさん、こいつら、ビーター上がりの、こ、攻略組だ…」
その声に、ロザリアは数秒口を開け──それから甲高く叫んだ。
「こ、攻略組がこんなところをウロウロしてるわけないじゃない!それに、もし本物だとしても、この人数でかかれば余裕だわよ!」
「そ、そうだ!攻略組ならすげえ金とかアイテムとか持ってんぜ!オイシイ獲物じゃねえかよ!」
同意した賊たちが一斉に抜剣する。俺はその武器一つ一つを眺めると…結論を出した。
「…俺が出るまでもないな。」
そう言うと、腕組みをして見物を決める。シリカは不安そうにキリトを見ていた。
「オラァァァ!」
「死ねやぁぁ!」
男たちが各々の武器をキリトに振り下ろす。キリトは避けることも弾くこともせず、ただ立っていた。何発もの斬撃を受け、キリトの体が揺れる。
「いやあああ!」
シリカは顔を手で覆って叫んだ。確かに、普通ならHPがどんどんと減少して、死へと一直線だろう。──キリトが、奴等と同レベルならば。
「シリカ…落ち着け。キリトのHP見てみろ」
そう言うと、覆っていた手をゆっくりと下ろし、キリトを見たシリカは、そのまま動きを止めた。気づいたのだろう。キリトのHPが少し減ってはすぐに回復するということに。男たちも気付いたのか、攻撃の手が止まる。それを合図としたかのように、キリトは静かに話し出した。
「──十秒あたり400、ってとこか。それがあんたら9人が俺に与えるダメージの総量だ。俺のレベルは78、ヒットポイントは14500…さらに戦闘時回復スキルによる自動回復が十秒で600ポイントある。何時間攻撃しても俺は倒せないよ」
「そんなのアリかよ…ムチャクチャじゃねえかよ…」
男たちの声に、キリトは今度は吐き捨てるように言った。
「そうだ…たかが数字が増えるだけで、そこまで無茶な差がつくんだ。それがレベル制MMOの理不尽さというものなんだ!」
その時、舌打ちが聞こえた。奥を見ると、ロザリアが腰に手を回しているのが見える。と、同時に、俺は地面を蹴った。
「転移──」
「──だろうと思ったぜ」
ロザリアの前に立つと、驚く手から結晶を奪い取り、素早く襟首を掴んで橋の向こう側の9人の方へ引き摺る。俺が橋を渡りきるとキリトは〈回廊結晶〉を取り出した。
「これは、依頼した男が全財産はたいて買った回廊結晶だ。これで全員牢屋に跳んでもらう。あとは〈軍〉の連中が面倒見てくれるさ」
「──もし、嫌だと言ったら?」
「全員殺す」
ロザリアの問いに対してキリトが簡潔に答えると、辺りが凍ったかのようにヒヤッとした。
「と言いたい所だけど…その時はこれを使うさ」
キリトが懐から出したのは、小さな短剣。刀身は薄緑色の粘液が妖しく光っている。
「麻痺毒だよ。レベル5だから十分間は動けないぞ。全員コリドーに放り込むのに、そんだけあれば十分だ…自分の足で入るか、投げ込まれるかだ。──コリドー・オープン!」
キリトがコリドーを開くと、次々とオレンジプレイヤーたちがうなだれながらコリドーに入っていき、残りは目の前に座るロザリア一人となった。俺が近付くと、ロザリアは挑発的に見上げた。
「…やりたきゃやってみなよ。グリーンのアタシに傷をつけたら、今度はあんたがオレンジに…」
そこまで言うか言わないかの内に、俺はロザリアの襟首を再び掴み上げた。
「あいにくだけど、その挑発に乗っても乗らなくても、あんたの行き先は牢獄だ。」
故意に人にダメージを与えなければオレンジになることはない。俺はロザリアを担ぐと、喚く声に耳を貸さず、頭からコリドーに突っ込んだ。コリドーは、役目を果たしたかのようにその入り口を静かに消し去った。
暫しの静寂。キリトはシリカの方を向くと、静かに言った。
「…ごめんな、シリカ。君を囮にするようなことになっちゃって。俺のこと、言おうと思ったんだけど…君に怖がられると思って、言えなかった」
「…その件に関しては俺も謝る。利用するような形になったのは、申し訳なかった。」
シリカはブンブンと首を振っていた。シリカが何も言わずにいると、キリトがシリカの前で言った。
「シリカ、街まで送るよ。アキヤは?」
「…ゆっくり話でもしてこいよ。俺は依頼人に話つけてくるから」
二人に背を向け、俺は歩き出した。これで一件落着、万々歳の終わりだろう。今回出会った少女とは、また縁があれば出会うかも知れない。その時は、ビーストテイマーの話でも聞かせて貰おう。そう思って転移門に向かうことにした。
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