真・恋姫†無双 袁術さん家の天の御遣い   作:ねぷねぷ

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5話 お金が足りない

 自分が武官として十分に戦えることを確認した昴は、美羽と七乃を執務室に呼んでこれからやるべきことについて話し合いをすることにした。

 

「とにかく、賊をしらみつぶしに壊滅させていきます。この方針は以前話した通りですが、前もって美羽と私についての宣伝もすることにします」

「お嬢さまと昴様についての宣伝ですか? 昴様が天の御遣いであるということについての宣伝活動はすでに始めていますし、お嬢さまについては太守として名前が知られているわけですから特に宣伝するようなことはないと思いますけど」

 

 昴は首を横に振ると、しっかりと二人の顔を見ながら話をしていく。

 

「今の南陽は賊が跳梁跋扈することで治安がものすごく悪くなっています。そのことを憂えた美羽が、領民のために賊を駆逐すると一念発起したことで、その美羽を助けるために天から私が遣わされた。そういう話にしましょう」

 

 美羽の目は「?」となっているが、七乃は納得したかのように小さく何度か頷いていた。

 

「お嬢さまの評判を上げることが目的の一つなのですね」

「そうです。天の御遣いと言っても、何か理由がなければ天から遣わされませんよね。その理由に、美羽が領民のことを真剣に考えるようになったからということにします」

 

 その言葉は、これまでは真剣に考えていなかったと暗に示しているわけだが、そのことは七乃も理解しているので責めるようなことはしなかった。

 

「そんな露骨な人気取りはお嬢さまに合わないと思うんですけどねえ」

「合う合わないは問題ではありません。太守である美羽の評判を上げることによって人を南陽に呼び、本気で賊を取り締まることを示して賊をこの地から追いやる。そのために必要なことです」

「……なるほど、そのために御自身の力を確かめたわけですね。昴様自らが兵を率いる姿を見せて、宣伝で言われていることが本当だと民に思わせると」

 

 七乃の理解の早さに昴は大きく頷く。

 

「その通りです。そして、これから南陽は大きく変わっていくと思ってもらうことが重要なのです」

「ただ、宣伝の規模を大きくすればするほど、失敗は許されませんよ? もちろん、小規模の賊ごときに負けるとは思いませんが、損害のすくない大勝利という形でないと、民が期待するであろう勝利と異なるでしょう」

 

 その指摘に昴は腕組みをして難しげな表情を浮かべる。

 

「……確かにそうですが」

「初陣をこなしてからにしましょう。その結果を見て判断するということでいかがでしょうか」

「分かりました、それがいいですね。それにしても……」

 

 そこまで言って、昴は七乃をまじまじと見る。

 

「何でしょう?」

「さすがに美羽の片腕なだけありますね。正直、今の私には慎重さが足りていなかったようです」

「ふふ、お嬢さまのためなら私は色々考えを巡らせますからね」

 

 二人で分かり合っている感じに頷きあっているのを見て、美羽が頬を膨らませて話に割り込んでくる。

 

「むぅ! 妾にも分かる話をしてほしいのじゃ!」

「つまり、お嬢さまのために私と昴様が頑張るということですよ」

「おおー! それはとても頼もしいのじゃ!」

 

 

 

 次に、七乃、紀霊、紫乃の三人で、軍事的な話をする。

 

「馬が……騎兵が少ない……」

 

 その昴の嘆きの声に三人は肩をすくめる。

 

「ただの馬と違って軍馬は高いですから」

「高いってどれぐらい?」

 

 七乃が言った値段に昴は驚く。現代日本で言えば、新車一台を買うようなものだ。

 

「個人で買うのは難しいかもしれませんが、袁術軍として買うならもう少し数を揃えられるんじゃあ……」

「軍馬以上に、馬上戦闘をこなせる人を育てるのが大変なんです」

 

 今度は紀霊が説明をする。

 

「馬に乗りながら武器をふるうのはもちろん、馬に乗りながら弓を射る騎射の技術も必須です。どちらもコツをつかむまで時間がかかりますし、日々の訓練を怠ると技術が衰えます」

 

 昴は手合わせのあとに馬上戦闘を試してみたが、想像以上に難しかったことを思い出してうむむと唸る。騎射も武器の扱いも普通にこなしてみせて感心されたのだが、馬上での踏ん張りがしづらいために、弓は小さめで射程の短いものでなければいけないし、武器での一撃も紀霊のような一定の武を誇る強敵には通用しないだろう。

 この時代にはない鐙を使えばまた違った結果になるかもしれないと一瞬考えはしたが、模倣しやすいにかかわらず効果が高いものを安易に使うわけにはいかない。仮に鐙を教えて量産したら、必ず他国に漏れるだろう。その技術が、騎兵を大量に有する国に流れたら一大事となるので、鐙に関してはとりあえず封印することを決める。

 

「騎兵が多い国はあるんですよね?」

「涼州の馬騰さんや幽州の公孫瓚さんみたいに五胡と戦っている国は、馬の産地であるだけでなく敵の馬を奪えますからね。特に西涼は幼い頃から馬に乗っていて馬の扱いに長けていますから。私たちと事情が大きく異なります」

 

 言われることがいちいちもっともなので何も言い返せない。

 だが、昴としては騎兵の充実が大切だと強く考えている。銃が戦場に出てくるまでは、騎兵こそが最強と言って過言ではない。地形の影響を受けやすい弱点はあるが、大陸のように戦場が広い平原になることが多い場合は、騎兵の機動力に対抗することは難しい。

 また、紀元前のパルティア王国が使用したことで有名な戦術にパルティアンショットというものがある。軽装騎兵で突撃し矢を放つと即座に離脱する戦術だ。一定の距離を保ちつつ矢で攻撃するため損耗率が低く、当時のローマ軍は散々苦しめられることになる。最終的にパルティアは滅亡するのだが、騎兵の有効な戦術の一つであることは間違いない。

 

「……すぐに実現できないのは分かります。ですが、軍馬の調達と騎兵の訓練をすぐにでも開始する必要はあると思います」

 

 昴はさらに考えを巡らす。

 昴の知識は、漫画やゲーム、小説、映画などのものだ。三国志のシミュレーションゲームや文明を発展させるシミュレーションゲームを愛好していたために、ゲームに出てくるものはネットで調べるなどした結果、歴史が証明した有効な戦術などをある程度は知っている。

 ただし、それはあくまで机上のものであり、馬のことでいきなり現実的な問題につまづくという甚だ頼りないものである。

 それでも、記憶を揺り起こし、今の袁術軍で何かできることはないかと必死で考える。

 

「ファランクス……金床戦術……いや、騎兵がある程度ないと包囲殲滅にもっていくのが難しいか」

「ふぁらんくす?」

 

 聞きなれない響きに紫乃が興味を示す。

 

「長い槍を持った歩兵を横と縦にずらりと、つまり方陣に並べるんだ。左手には盾を持って、ゆっくり前進していく。矢を射掛けられたら、後ろで槍が林のようになっているから、その槍で大体は防ぐことができる。もちろん、盾も使える。槍は長いから、前面の攻撃にはすこぶる強い。たとえ前列がやられても、後列がすぐに前進して穴を塞ぐ」

 

 古代マケドニアで猛威を振るった密集陣形を昴は説明する。

 

「ファランクスが敵部隊を真正面から抑えこむ。このファランクスを金床とみたて、その隙に別働隊が敵の背後について金床を叩く槌のように襲いかかる。これが金床戦術と言うもので、当然背後に回るだけでなく、左右も抑えて包囲殲滅するのが最上だ」

「なるほど、すっごーい!」

 

 紫乃が目をきらきらと輝かせて興奮するが、昴は肩をすくめる。

 

「ただ、側面攻撃に脆いのがが弱点なんだ。そのために、左右に騎兵などを配置して、側面から回り込もうとする部隊がいたら即座に対応しなければならないわけで……」

 

 敵に騎兵がいて側面に回り込もうとしたらそれに対応しなければならない。騎兵の機動力に対応するために、一定の数の騎兵が必要となるだろう。また、敵を背後から強襲する部隊も機動力が求められるため、できれば騎兵部隊が望ましい。そう考えると、先ほどの騎兵不足がネックとなる。

 馬が足りないとまた嘆きの声をあげる昴に、紀霊が意見を述べる。

 

「そのふぁらんくすを担当する部隊は、相等士気が高くないといけませんよね。敵部隊を長時間抑えこむというのはしんどいですよ。心が折れたら一気に崩壊する危険性があります」

 

 こういった戦術には高い士気と練度が不可欠だ。これもまた一朝一夕で身に着くものではない。

 

「でも、その戦術自体は面白いですね。一考の余地はあると思います」

「ねえねえ、他にない? 昴様の言うことって面白いのが多いから気になる!」

 

 昴はまた考えを巡らす。その中で、文明を発展させるシミュレーションゲームの特徴的なユニットを色々思い出す。

 

「ペルシアの不死隊……いや、あれは単に数が多いだけだし、ローマのプラエトリアンは……精鋭ってだけだよなあ、特別な戦術があるわけじゃなかったと思うし……。神聖ローマ帝国のランツクネヒトは職業軍人の強さってわけだし……ええと、ええと……あ、そうだ、ビザンティン。ビザンティンのカタフラクトはいけるか?」

 

 カタフラクトは、人は鎧を纏い馬の前面には装甲を取り付け、人馬共に重装甲となり突撃で敵を蹴散らす重装騎兵だ。これなら数が少なくても突破力はかなりのものになるのではと期待できる。

 

「馬の前面に鉄を鱗みたいに組み合わせた鎧をつけて、乗り手も鉄製の鎧を……」

「それ、ものすごくお金がかかりますよね」

 

 昴が意気揚々と語り出すのを、七乃の冷たい声が遮る。

 

「……鉄はお高い?」

「はい。馬の前面を覆うといっても、馬に合わせてうまく加工しなければならないでしょう。おそらく矢から馬を守るためと考えれば一定以上の厚みが必要ですし、たとえお金があっても大量生産が難しいでしょう」

「うーん、確かにそうですよね、そりゃそうだ……」

 

 またしても現実的な問題が立ちふさがり昴は天を仰ぐ。

 

「もし騎兵がある程度増えたら、その中でも精鋭の部隊にそういう装備を与えてもいいかもしれないと思わなくもないですね」

 

 その意気消沈ぶりを見かねた紀霊がそう慰める。

 

「それにしても、仲川様の意見を聞いていると、どれにも騎兵が必要となりますね。そんなに馬がお好きですか」

「そりゃ騎兵は強いからねえ。騎兵以外で考えると弓だけど……」

 

 そこで、三国志のシミュレーションゲームでは弩兵と呼ばれていたことを思い出す。弩は弓ではなくクロスボウだ。

 

「あ、そうか、弩があるじゃないか。弩だけでも十分強い」

 

 弩と聞いて、昴はあるマイナーなエピソードを思い出した。

 袁術・袁紹は汝南袁氏で、その汝南は荊州の北東に隣接する豫州(よしゅう)にある郡だ。そして、汝南郡の北に陳という小国がある。国というのは、治めているのがかつての皇帝の血を引く王族だからであり、その陳国の王が劉寵(りゅうちょう)だ。

 劉寵は弩の扱いに優れ、弩をたくさん揃えて弩兵の精鋭部隊も作った。そのため、黄巾の乱が起きたときも、黄巾賊はこの弩兵部隊の存在を恐れて陳国には手を出さなかった。各地を荒らしまわった黄巾賊ですら恐れるほどの存在だったということだ。

 そんな劉寵も、袁術が放った暗殺者にあっさり討ち取られるのが世の無常である。

 

「弩なら数を揃えられ……ますよね?」

 

 おそるおそる話しかける昴に、七乃はくすっと笑う。

 

「はい、少なくとも軍馬よりは揃えやすいですね」

「やった! なら、まずは弩の数を揃えることを優先して下さい。もちろん、軍馬の調達と騎兵の訓練も合わせて行ってほしいのですが……」

「では、軍事に予算を回しやすい説得力のある材料がほしいですね」

 

 それが何を指すかは明らかだ。

 この地に降り立ちようやく最初の一歩を踏み出すところまできた。そのためには、天の御遣いとしての実績を作っていかなければならない。

 


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