真・恋姫†無双 袁術さん家の天の御遣い   作:ねぷねぷ

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2話 最初の目標

 美羽の一言で美羽の補佐をなし崩し的にすることになってしまった昴がまず最初にしたことは自分の権限の確認だ。

 

「ええと、袁……美羽殿」

「妾のことは美羽でいいのじゃ。昴殿は袁家を栄えさせてくれるために天から遣わされたのであろ?」

「お嬢さま、乱世を平定するのも昴様のお役目ですよ」

「おお、そうじゃそうじゃ! さすがは天の御遣い殿、何でもできるのじゃな」

 

 キラキラとした瞳で自分を見る美羽の期待値の高さに昴は冷や汗をかく。

 

「そういえば、この大陸を治めることを天からの使命とされているのが天子様なのだから、きっと昴殿はお忙しい天子様のためにも頑張るということなのじゃな。その昴殿がいる妾のことを、きっと天子様は褒めてくださるのじゃ!」

「そうですね、お嬢さま! きっと何かご褒美をくれますよ!」

「三公や大将軍にしてくれるかの?」

 

 三公とは司徒、司空、大尉という三つの官職を指し、大陸の政治の実権を握る最高職だ。袁術と袁紹の一族である汝南袁氏は二人の直前の四世代が連続で三公となり、四世三公と称される名族となった。

 なお、大将軍はその大尉の上に位置し、袁紹が本来は念願であったはずの大尉を任じられたとき曹操が大将軍であったために大尉の任を受け入れず、曹操が大将軍の地位をゆずるというエピソードがある。

 

「さすがお嬢さま、そのずうずうしさは余人には考えもつきません!」

「うははー! もっと褒めるのじゃ!」

 

 その後、美羽が蜂蜜水を飲んで昼寝のために自室へと下がったため、七乃と二人で話し合いをする。

 

「それで七乃殿」

「お嬢さまを呼び捨てなのですから、私のことも七乃と呼び捨てでお願いします」

「……七乃、結局私は何をすれば……いや、何をやっていいのですか?」

 

 その問いに七乃はしばらく思考すると、にこっと微笑みかける。

 

「大体のことはできると思いますよ。うちの頂点はお嬢さまですが、お嬢さまはあの通りの方なので政治や軍事について口を挟むことはありません。現状は、そのどちらも過去のやり方に従っているだけです。そのせいもあって、今の世の中に対応できているとは思えませんから、昴殿がそこらへんを変えてくれたらありがたいかもしれませんね」

 

 その発言は昴にとって信じられないものだった。

 

「え、そのことを理解していて、これまで何か変えようとは思わなかったんですか?」

「思いませんよ」

 

 即座に返す七乃に昴は絶句する。

 

「何か変えて失敗したら責任を取らないといけませんからね。幸い、うちは他の諸侯と比べると資金的にかなりの余裕がありますし、汝南袁家という名族の名は強いですから、何だかんだでやっていけています。それなら、今のままでいいじゃないですか。そういう感じですので、お嬢さまに献策するような気概のある方はいないでしょうねえ」

「七乃なら多少失敗しても大丈夫だったりしませんか?」

「私はお嬢さまのお傍にいて、お嬢さまのお世話をしたり、お嬢さまで遊んだりすることが生きがいですから。それ以外のことをするつもりはないですね」

 

 そうまで断言されて何も言い返せないでいる昴に、七乃は変わらない笑顔を向けたまま話を続ける。

 

「とまあ、今まではそうだったんですけど、昴様が何かなさるおつもりでしたら、私もある程度協力はしますよ。天の方が何をなさるか興味がありますし、それがお嬢さまのためになるのであれば言うことありませんし。ただ、私はお嬢さまのお世話で忙しいので、他の文官や武官に投げることが多いと思いますけど」

 

 七乃がまったくやる気がなしというわけではなさそうなことに昴は安心した。そして、七乃の案内で美羽の重臣に挨拶回りをしながら色々なことを確認することに忙殺されるのであった。

 

 

 

 まずは今が三国志で言うとどのぐらいの時代かの確認をする。時期によっては美羽の命運がすでに尽きているかもしれず、その場合急いで脱出する必要があると考えていたからだ。幸いにも、まだ黄巾の乱も起きていない時期であり、これならいくらでもやりようがあるとひとまず昴は胸をなでおろす。

 

 次に、美羽が大陸でどんな立ち位置にいるかの確認だ。

 七乃は美羽のことを荊州の太守と呼んでいたが、昴の知識では太守は荊州全体のトップというわけではない。この時代、大陸はまず十三の州に分けられ、日本で言えば関東地方や近畿地方などといった区分にあたる。そして、州はいくつかの郡に分けられ、日本で言えば神奈川県や千葉県といった区分にあたる。

 太守は郡のトップであり、県知事のようなものだ。もっとも、行政権だけでなく警察権や裁判権も持っているので県知事よりもずっと大きな権力を持っている。だが、州のトップは太守ではなく州牧(しゅうぼく)という役職だ。後漢の時代は似たような役割に州刺史(しゅうしし)という役職があり混乱しやすいが、この世界では州牧で統一されているようだ。

 美羽は荊州にある七つの郡の中で最も豊かな南陽の太守であるが、荊州の名目上のトップは南郡を治める州牧の劉表だ。

 

 このことを聞いたとき、昴は考え込むことになる。

 昴の知識では、袁術が正史において南陽太守になるのは反董卓連合が結成される直前ぐらいだったはずだ。何進の宦官粛清計画に袁紹と共に乗っかり、何進が暗殺されると袁紹と共に宮中で数千人の宦官を粛清。その後董卓を恐れて南陽に逃れたところで、長沙太守孫堅が南陽太守を殺害したのをこれ幸いと南陽を支配し、ついでに孫堅を配下に加えた。この後孫堅は華雄を討ち取りもしている。演技では華雄を討ち取ったのは関羽であるが。

 しかし、話を聞くと、すでに孫堅はこの世におらず、孫策が孫家のトップであるという。この時点で昴は、自分の三国志の知識があまり意味をなさないかもしれないと考える。すでに昴の知っているそれと大きく異なっているからだ。もっとも、まったく役に立たないと断じる根拠もないので、自分の知識を妄信しないことを肝に銘じる。そもそも、三国志の英雄たちが女性である時点で何もかもが違うのだ。

 

 特筆すべきことは、現時点で美羽が支配する地域の広大さだ。太守として支配する南陽だけでなく、荊州の多くの郡の太守は美羽の影響下にある。軍資金の提供や、何より官職の斡旋をしたことで恩を売っているのだ。

 豫州(よしゅう)の汝南袁氏という名族出身の美羽は当然のごとく宮仕えの経験もある。役人としては何も仕事をしなかったものの、七乃の根回しで賄賂を気前よくばらまいていたことから順調に出世をし、その際にできたコネクションが色々と役立っている。

 さらに、荊州だけでなく、揚州の呉、丹楊(たんよう)廬江(ろこう)の三郡にも強い影響力を持ち、この時点で昴が知っている袁術よりも随分有利な状況にあると驚くほどだ。もっとも、そう甘いものではないということは後にすぐ判明するのだが。

 

 内政については、昴が危惧していた通りひどいものだった。主に美羽と七乃が派手に散財していて、せっかく南陽という人口が多く豊かな郡を預かっているにもかかわらず、本来期待されるほどの利益がない。そして、支出の多さを補うために文官によると税が相当高いらしい。農地を整備するつもりも現状ないようで、人口に比して田畑の数は少なく、食料の供給量が心もとなく感じる。さらに、ろくに領内を巡察していないため賊がはびこり、治安は悪く、商人がなかなか寄り付かない。

 これではせっかくの南陽といういい土地のポテンシャルもまったく生かすことができず、民の心もすでに美羽から離れている始末。実際、小規模な反乱はたびたび起きているようだ。

 

 

 

 ここまで分かって時点で昴は頭を抱える。

 

「どうしよう、これ……」

 

 この世界が三国志の世界をどうなぞるかは未知数だが、この地に限らず、多くの地域で人心は荒み、賊が跳梁跋扈し、怒りと哀しみの声が高まっているらしい。このままでは黄巾の乱か、それに類した大規模な反乱が起きるのは時間の問題と思われる。おそらくこの流れは止められないだろうと渋い顔になる。

 黄巾の乱によって後漢の力の衰えぶりが明らかになり、その後の朝廷内の権力闘争の結果、董卓を呼び寄せて専横を許し漢室の権威が完膚なきまでに失墜する。それによって群雄が割拠し、時代は乱世へと急速に突き進むことになる。

 

 それでは困るのだ。

 

 漢室の権威が落ちていることは事実だが、いまだにその影響力は健在であり、美羽を含めた諸侯も朝廷から任じられた役割を大きく逸脱することはなく、表面上は天子を頂点とした政治体制が機能している。これを維持することができれば、名族である美羽の下にいる限り安定した生活を営むことができるだろう。群雄割拠の時代になりいつ追い落とされるか分からない緊張感を常に感じるより安定した生活の方がずっといいに決まっている。

 そのために、黄巾の乱やそれに類するものが起きたとき、それらを迅速に鎮圧して漢室の権威への傷をできるだけ少なくするための軍事力が必要となる。

 また、董卓が皇帝を確保するような状況になるときは、董卓の前に自分たちが皇帝を確保すればいい。皇帝を利用せずに速やかに南陽に戻れば諸侯の妬みを買うこともないし、反袁術連合軍みたいなものを組まれることはないだろう。そのためには皇帝確保の時に董卓を倒す必要が出るかもしれず、やはり軍事力が必要になる。

 だが、現状自分たちが治める領内でこれだけの反乱を許している状況で、一体どれだけの軍事力を持てるだろうか。人口が多いためおそらく数だけは揃えられるが、十分な糧食を確保できるとは限らない。また、兵として徴発する民の美羽への忠誠心が低ければ士気も低くなるのは避けがたく、そんな軍隊がどれだけ活躍できるだろうか。

 

 精強な軍隊が必要だ。事が起こったときに徴発するようでは士気も練度も低い。

 こういう時は、歴史の勝利者を参考にすればいい。今の時代ならばとりあえず曹操だ。結局魏も滅んで晋が全部持っていくが、それは置いておく。

 魏の兵士は、やはり常備兵という考え方があるのが強みだろう。屯田兵もそうだが、それ以上に兵戸制(へいこせい)だ。流民に住むところを与えて生活を保障するかわりに一族代々兵役を義務とする制度だ。青洲黄巾族の多くを兵戸制によって常備兵に組み込むことに成功したのが魏の強さにつながる。

 

 そこまで考えて昴は首を振る。いくらなんでも考えを進めすぎだと反省する。内政について考えていたら、いつの間にか軍事力を考えている。今の南陽の惨状を考えると、軍事力を拡大する余裕など微塵もない。

 まずは内政を何とかしなくてはいけない。田畑を整備し収入を増やす必要があるが、田畑の整備をきちんと行える人間が必要であるし、そもそも整備をするためには金がかかる。さらに、田畑が整備されてもそれらを利用する農民を確保しなければならない。食い詰めて別の仕事に就く者、どこかに逃げる者、果ては賊へと身を落とす者が少なくないのだ。

 そうして者たちが安心して農民に戻れるように、そしてこの南陽の地にもっと人を集めるために、さらにこれから治めていくために必要な人材を呼び寄せるために何が必要かを考えると、当面やるべきことが見えてくる。

 

「まずは治安の向上だな、それに尽きる」

 

 だが、治安の向上と口で言うのは簡単だが、それを実現させることは困難を伴うのは間違いない。

 日本がなぜ治安がいいかを考えると、いくつも理由があげられるが、最大の要因は極端な貧困層が少ないということだろう。また、義務教育で「他人に迷惑をかけてはいけない」としつこいほど教えることでそれが強く規範となっていること、今や世界中に輸出している交番システムも大きく影響している。

 もっとも、それらをすぐ実行することは不可能だ。かろうじて交番システムは実行できるかもしれないが、それでも人員の確保と制度の普及を考えると時間がかかるだろう。交番システムについては文官と相談することにして、今すぐにできる対策も考えなければならない。

 

「賊退治しかないよな……」

 

 今は賊が跳梁跋扈しているのを許している状況だが、一つ一つ確実に潰していくことが今すぐできる治安対策だ。ろくに取締りをしないと賊をつけあがらせてますます賊が増えることになり、それに伴って民心は離れていくだろう。

 これからは賊を許さないということを大々的にアピールする必要がある。

 いや、ただ治安を維持するというだけではない。これから南陽は大きく変わっていくということを民に広く知らせる最初の一歩であるべきだ。

 そう決めると、昴は美羽と七乃に今後の方針を伝えに行くのであった。

 


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