真・恋姫†無双 袁術さん家の天の御遣い   作:ねぷねぷ

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プロローグ

 大学三年生の仲川昴(なかがわすばる)は、就職活動の真っ最中で、今もまさに面接室への扉を開いたところだった。ノックを三回、部屋に入るように促されたら扉を開き、部屋に入ったら扉の方を向いて扉を閉める。最初にやるべきこの一連の動作で頭の中は一杯になっていたが、部屋に入った瞬間それらは頭の中から全て吹き飛んだ。

 

「え……?」

 

 思わず間抜けな声が出る。面接ならばどう考えてもマイナス点だが、そんなことにかまう余裕がない事態が昴を襲っていた。

 本来面接官が複数いるはずの部屋は、ただ何もない暗闇だったのだ。

 

「すみません、これって……」

 

 まさか窓を閉め切って電気を消しているのではと思い、面接官がいるであろう方向へと声をかけるが返事は何も返ってこない。

 いや、そもそも窓を閉め切っていても多少なりとも机や人の輪郭は分かるだろうが、それすら何も見えない。そのくせ、自分の姿は真昼のようにはっきりと分かるから気持ち悪さすら感じる。

 怖くなった昴は廊下に戻ろうと思って振り返ったが、どこまでも闇は広がるばかりであり、あろうことか手を伸ばしても目の前にあるはずの扉に手は触れることはなく、ただパントマイムのように両手で空気をかきわけるだけだ。

 

「一体何がどうなってるんだよ……」

 

 ともすればパニックになりそうな中、突如として目の前に椅子が現れた。飾り気のないパイプ椅子だが、暗闇の中それだけが浮き上がっているかのようにはっきりと見える。

 昴は吸い寄せられるように、無意識でそのパイプ椅子に腰掛けた。

 その瞬間、目の前に人影が現れた。

 

「わっ!?」

 

 突然のことで昴は思わず声を出す。

 だが、驚きはそれだけではなかった。

 それは確かに人影であり、何者かがいるという存在感を強く感じるのだが、ただ輪郭がぼんやりと分かるだけでどんな服を着ているのかはもちろん、性別すら分からない。

 

『久しぶりにケース※□△×△の外史へ迷いこむ子が来ましたね』

 

 それは男とも女とも取れる鈴を転がしたような綺麗な声だった。その響きに一瞬安心感を覚えてしまうが、聞きたいことがたくさんある。まず「あなたは一体誰ですか?」と聞きたかったが、なぜか口を開いても言葉が出ることはなく、椅子から立ち上がろうとしても体が動かない。

 

『はじめまして、仲川昴。たくさん質問したいことはあるでしょうが、あなたの発言はすでに制限させてもらっています。突然のことで心を落ち着けるのは難しいでしょうが、これから大事な話をするので聞き逃さないようにしてくださいね』

 

 その人影は一方的にそれだけ言うと沈黙する。昴は色々なことが頭の中をよぎるが、数回深呼吸をすると、ゆっくりと頷いた。

 

『大変結構です。それでは、単刀直入に言いますが、今からあなたはいわゆる三国志の世界へと降り立つことになります。……はい、あなたが今心の中で思った三国志と似た世界ですね。ただし、あなたの住んでいた世界の過去ではありませんし、読み物として親しまれている三国志演義とも違います。詳しくは話せませんが、有名な武将の多くが男ではなく女であると言えば、その特異性を理解していただけるでしょう』

 

 昴は目を見開き、言葉が出ないことを頭で理解していても色々な質問をぶつけようと口を動かす。だが、その口から言葉が発せられることはない。発言に制限がかけられているとはこういうことかと気づくと、一つため息をついて再び話に集中する。そのため息も言葉が出ないあたりは徹底していると妙なことで感心をしてしまう。

 

『かつてはこのような説明はなく、対象者は外史へとすぐに転送されていました。しかし、短い日数で死ぬことがあまりにも多かったので、このような説明の場を設けるようになりました』

 

 死ぬという言葉に昴はまた目を見開く。だが、それ以上何もすることはできない。

 

『そうそう、真名という特異な風習についてもあらかじめ教えておくことになりました。たとえば趙子龍という武将は名を趙雲、字を子龍といい、これはあなたもよく知っているはずです。ただし、それ以外に家族や親しい人間にしか呼ばせない真の名前があり、その名前のことを真名といいます。その名前は真名を呼ぶこと許した相手しか呼んではいけないもので、もし相手が真名を呼ぶことを許していないのに真名を呼んでしまったら、最悪殺される可能性すらあります。それで早々に死んだ者があまりにも多かったですねえ。いいですか、真名をうっかり呼ばないように注意しましょうね』

 

 人影の言っていることは昴にはよく分からなかったが、人影の話す言葉の一つ一つを必死で暗記しようとしていた。今自分の身で起こっていることが一体何なのか理解できないし、これは夢ではないかとも思っていたが、それでも人影の淡々とした口調が妙にリアリティーを感じさせるのであった。

 

『また、それだけではありません。ここ最近では、会話だけではなく読み書きも最初からできるようにしています。それと、少しだけ精神を強くしておきます』

 

 その意味が分からず、昴は困惑の表情を浮かべる。

 

『人によっては、たとえ自分が殺されるという時でも相手を殺すことができないんですよね。それは今からあなたが向かう世界においては致命的なものです。それであえなく殺された者は少なくありません。正直言いまして、相手を殺すことに対する葛藤や殺した後に青い顔をしながら嘔吐するとか、もう飽き飽きなんですよ。それ以外にも、環境の変化に対するストレスで心が壊れるほど精神が弱くても困ります。もっとも、今のあなたを見ていたら、それらの心配をしなくてもいいとは思いますけどね』

 

『そして、次が大事なのですが、正史で生きていたあなたが持ち得ない特殊な力を二つ授けることに最近決まったんですよね。五つの選択肢から二つを選んでください。どれか一つだけでも十分身を立てていける能力を二つですから、これはかなりのサービスです。もっとも、この形式になってからの六人……いや、七人でしたっけ、詳しくは話せませんが全員早々に脱落してしまったようですがね。分不相応な力を身につけてもろくなことはないということでしょうか。もちろん、あなたが同じ轍を踏むとは限りませんからご安心ください』

 

 昴は思わず唾を飲み込む。

 

『最初の候補は武力ですね。あなたが行く世界において、名のある武将の中でも戦うことを得意とする者は人間離れした強さを持ちます。……さすがにあなたが今想像した三国志をモチーフとしたゲームほどではありませんが。……はい、強さの程度ですか? 中の上程度とだけ言っておきましょう。それと同時に、武器も一通り扱うことができるようになります』

 

 話を聞きながら疑問に思うことがあると、時々人影は答えを返す。ただ、「あなたは一体何者ですか」「自分以外にも自分と同じ目にあっている人はどれぐらいいるんですか」「その人たちは今どこで何をしていますか」など今起こっている事態について何度心の中で問いかけても人影は何も答えない。

 

『二つ目は内丹術の中の一つである行気です。気を体に巡らせることによって身体能力を一時的に向上させたり、怪我の回復を早めたり、疲労を回復できたりします。戦いが得意な武将は、この力を大なり小なり使っていることが多いですね。中には気の塊を放出させて攻撃する武将もいたりします。……いえ、今あなたが想像しているほど強力なものではありません。月はもちろん、山を砕くことも無理です。岩ぐらいなら大きさ次第で壊せるでしょう』

 

『三つ目は内丹術の中の一つである房中です。男女の性の営みを通じて行う、いわゆる房中術ですね。自分や相手の体と心の調子を整える術としては最高峰になります。病気の治療なら次に話す錬丹術が一番優れていますが、新陳代謝や基礎代謝を上げることに関しては房中術が上でしょう。若さを保つ呪法などはその最たるものです。ただし、性の営みをもちかけて相手が了承するかどうかはあなた自身の魅力や交渉などに依存しますのであしからず』

 

『四つ目は外丹術、いわゆる錬丹術です。医療や薬草のエキスパートになれます。ただし、昇仙と不老不死をもたらす金丹の製作法の知識は削除します。それでも、投薬という分野に限ればあなたが生きていた現代における医術と比べて十分通用するばかりか、一部においては軽々と上回るでしょう。……ああ、水銀などを使って死期を早めるというのは知識のない人間がやるからですよ』

 

『五つ目は易と風水です。易はいわゆる占いですね。今あなたが想像した胡散臭いものではなく、占力を与えられて行われるものであり、大局の流れだけを占うならかなりの確率で当たるでしょう。もちろん、細部まで占おうとするほど難易度は高くなりますけどね。風水も占いの要素がありますが、運気をコントロールする方に重点が置かれています。奇門遁甲が有名ですね』

 

 五つ目までの説明が終わり、人影は言葉をとめる。それが、昴の決断を促しているものだとは分かった。

 幸いにも選択について時間制限はないようで、昴はじっくりと考える。いまだにこれは夢ではないかという疑いが強いが、万が一のことを考えると後悔をしないようにしたいと考える。

 そして、昴は決断を下す。その瞬間、周囲の空間がぼやけ始めた。

 

『ここでの記憶は全て失います。注意事項と能力については記憶だけは残るのでご安心を。では仲川昴、外史に歴史に名を刻むような活躍を期待していますよ。そうでないと……』

 

 もはや人影の姿も見えず、昴の意識は徐々に消えていく。

 

『面白くない』

 

 最後の言葉に意識が覚醒しかけるが、やがて空間が溶けていくように昴の意識も闇へと溶けていった。

 

 

 

「流星はあちらに落ちたと思うのじゃ!」

「お嬢さま、先ほどのお話は本当なんですか?」

 

 荒野を二人の女性と数十人の武装した兵が歩いていた。

 少女のうち一人は、金色の長い髪と紫色の大きなリボン、そしてあどけなさの残る顔が印象的な美少女だ。そしてもう一人は首のあたりで切り揃えられた青色の髪と、どこかうさんくさげな笑顔が印象的な美人だ。

 

「本当じゃ! 今朝現れる流星が、妾を幸せにしてくれる天の御遣いじゃと夢の中でお告げがあったのじゃ! きっと食べきれないぐらいの蜂蜜を妾にくれるに違いないのじゃ!」

「ああ、全て蜂蜜を基準に考えるお嬢さまは何て可愛いんでしょう!」

「七乃、妾は可愛いのか?」

「ええ、それはもう、お嬢さまはとっても可愛いですよ!!

「そうかそうか、もっと褒めるのじゃー!」

「いよっ! 三国一の蜂蜜姫!」

「うははー!」

 

 そんな二人のやり取りを、付き従う兵たちはうんうんと頷きながら暖かい眼差しで見守っていた。

 一通りじゃれると、七乃と呼ばれた青色の髪の女性はふと真剣な表情になる。

 

(確か、巷で管輅とかいう胡散臭い易者の予言が流行っていたっけ。流星と共に現れる者こそ、この乱世を鎮める天の御遣いとか。お嬢さまがそのような市井の者たちが騒いでいるようなことを知っているはずないし、知っていたとしても覚えているわけないし……。お嬢さまが見た夢との合致が気になるなあ。しかも、本当に大きな流星が流れたのは一体……)

 

 女性がさらに思考の海に沈もうとしていたとき、少し先を歩いていた兵から報告があがる。

 

「袁術様! 張勲様! 人が……男が倒れています!」

 

 

 

 かくして、新たなる外史の幕が開かれた。

 


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