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その後、道場から帰るまでにかなり時間を食ってしまった。というのも、道場に居ついてくれると決心した剣心さんが、どこに逗留するのかで少し揉めたのだ。
最初、道場に居候することになりそうだったのだが、年頃の女の子と一つ屋根の下で大丈夫か不安になり相談したのがまずかった。
宿代を出すので近場の宿に泊まることを進めると、神谷さん、剣心さんに悪いからと反対されるし、かといって、私の家に剣心さんを受け入れることも、同居人への説明という点でなかなかに難しく、剣心さんは野宿してくると言い出すがそれもどうかと思い引き留めた。
最終的に、神谷さんの強い意向と、『剣心にわたしを襲うような度胸はないわよ!』という言葉に妙に納得してしまい、その場は収まったのだ。
「それでは私はここらへんで失礼します」
道場を出る頃には、当たり前であるが真っ暗で、提灯を借りて帰ることにした。酔っ払いも家に帰り、人っ子一人いない東京の町を歩いて帰る。
雲の隙間から月が顔を出していたので、比較的明るくはあったのだけれど、家で待ち受ける苦難を想像し、私は重い足取りで帰路につくのであった。
「たっ、ただいまー…。ひっ!」
そっと玄関を開けると、玄関にはさよが正座で座っていた。明かりもつけずに。
「おかえりなさい、竜さん。こんなに遅くまで帰ってこないなんて珍しいね。どこをほっつき歩いていたんだい?」
「ご、ごめん。ちょっといろいろあって」
「ふーん。いろいろねぇ…」
じとーっとこちらを見つめられて思わず、視線をそらしたくなるが、ここは我慢だ。
「はぁ…。今日はもう遅いから、さっさと寝ようか。詳しい話は明日聞かせてよね」
さよは立ち上がり寝室の方に歩いて行った。とりあえず、許されたのか?さよにならい、私も寝室に向かって歩いていくと、突然さよが振り返り、私に抱き着いてきた。
「わっ! どうした。」
「…。女の匂いはしないね。てっきりお妾さんでも作ったのかと思ったんだけどなぁ」
すんすん鼻を鳴らしながら、どうやら私の体臭を嗅いでいたようだ。
「さよ、私は浮気なんてしないよ」
なるべく、優しい声を出すことを心掛けながら、さよの頭を撫でる。
「わかってる…。でも、いいんだよ。私じゃ子供を産めないんだから、お妾さんの一人や二人ぐらい囲ったって…」
震える声でそう言いながら、ぎゅっと私に抱きつくさよの手に力が入る。もしかして泣いているのかもしれない。
さよと結婚してから10年近くたつが、子供には恵まれなかった。さよに原因があるのか、私に原因があるのかはわからない。こればっかりは授かりものだし仕方がないと、私は既に諦めていたが、さよはずっと気にしているようであった。私自身、子供を作るためだけにほかの女性と関係を持つ気はない、常日頃からさよに話しているのであるが…。
この時代の子供を産めない女性は、肩身が狭いなんてものじゃない。なるべくフォローしてあげたいのだが、どうしてあげればよいのかわからない。いっそ、養子でももらってしまったほうが良いのだろうか。
「心配かけてすまんな。こんな遅くまで起きているから、気分が滅入ってるんだよ。さぁ、今日はもう寝よう」
「…うん。ごめん」
そういって、さよを寝室に連れていき、床に就いた。
「…さん。竜さん。もう朝だよ」
「んんん…」
どうやら寝坊したようだ。さよが布団を引っぺがし、起きるように促してくる。久しぶりの寝坊だな。昨日はまぁ、濃い一日を過ごしたし、夜も遅かったから寝坊しても仕方がないかな。
「たけさんがもうご飯の準備をしているから。ほら、早く起きて」
たけさんとはうちの女中だ。さよの結婚と同時に、さよの家からきた世話係のような人で、家事全般を彼女に任せている。
のそのそと上半身を起こし、さよに声をかける。
「んぁー、今起きる。たけさんにはすぐに行くって言っておいて」
「ん、わかった」
さよが部屋から出ていくと、寝間着を着替えて、居間に向かう。既に定位置に座っているさよの隣に座ると、たけさんがご飯をよそってくれる。
「悪いねたけさん。寝坊してしまったよ」
「旦那様、昨日遅かったんでしょ。寝坊してもいいですけど、次からは早く帰ってきてくださいよ。さよさん心配して、大変だったんですから」
「すまん、善処する」
居心地が悪くなり、頭をポリポリ掻きながら返事をする。
「ふーん、反省してないんだ」
「いや、そんなことないって、昨日はいろいろあったんだって」
ジト目で見つめるさよに慌てつつも、昨日の顛末を説明する。
「…ってことがあってですね、大変だったんですよ」
「旦那様が辻斬りをねぇ。あたしには、とても信じられないんですけど」
「まぁまぁ、たけさん。こう見えても竜さんは元新選組だからね。荒事には慣れているんだよ。よく神社に木刀を持って行って素振りもしているし、それにほら、力だって、見た目以上に強いんだよ」
「そうそう、割と強いんですよ、私は。能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ?」
ご飯を食べながら熱弁したものの、たけさんがなかなか信じてくれない。まぁ、普段は荒事とは無縁な昼行燈と思われているようだし、しかたないか。
「はぁ…、そんなもんですかねぇ。でも、旦那様。体に刀傷なんてないし、きれいな体じゃないですか。前に攘夷で活躍したっていう剣客さんを見たことがあるんですけど、体中に傷跡がすごかったんですよ。新選組だったとして、戦ったこととかあるんですか?」
「案外金勘定だけやってたのかもね。ほら、竜さんって算術得意でしょ?」
「あぁ、それだったらあたしも納得できますよ」
そう言いながら、二人でケラケラ笑っている。毎度毎度、この手のこととなると多勢に無勢で旗色が悪い。このままでは家長としての威厳がくずれてしまう。もうないのかもしれないが。
わざとらしく、おほんと咳払いして二人を交互に見る。
「まぁ、とにかく。これからは道場に通うので、留守にすることが多いからよろしくね。帰りが遅くなることはないと思うけど、夜遅くなるときは事前に連絡するし、なるべく早く帰るようにするからね」
言いたいことは言ったので、ご馳走様をして、出かける準備をする。稽古初日だしね。道場には遅刻しないようにしなくては。
17.08.23修正点
・子供がいない理由をドラクエ版(旧版)と同じ身体的理由としました。