元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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 道場に到着し、門をくぐると、箒で庭を掃いている剣心さんと出会った。

 

「どうも、こんにちわ」

「浜口殿。今日は稽古お休みのはずではござらぬか?」

「いやっ、それがですね…」

 

 私は、先ほど雷十太から襲撃があった件を伝え、警戒した方が良いことを剣心さんに話そうと思ったのだが、既に神谷道場に二人組の刺客がきた後だったと聞かされた。予想通り、刺客は剣心さんに『掃除』され、誰も怪我せずに済んだとのことでほっとした。よく見たら道場の扉が壊されている。襲撃の爪痕だな。

 二か所を同時に襲撃することで、合流や警戒されることを防ごうとしたのだろう。破壊された神谷道場を眺めながら、自宅が破壊されなかったことは不幸中の幸いだったなと思う。

 もし、さよやたけさんが怪我をさせられていたらと思うと、肝が冷える。

 

 剣心さんと情報交換し、雷十太がこれ以上何かをするようであれば、こちらから打って出ようと提案した。あれほどの使い手であっても、二人掛りであれば勝てるであろうと剣心さんに伝えると、なんとも困ったような顔をされた。

 

 話したいことは話し終えたので、稽古の邪魔をしないうちに帰ろうとすると、剣心さんに引き留められた。

 

「帰る前に稽古の様子を覗いてみてはどうでござるか?」

「はぁ」

 

 弥彦と神谷さんの稽古を見る、ということは弥彦の成長でも見てやれということであろうか。意味ありげな笑みを浮かべる剣心さんを若干訝しみながらも、こっそり道場の中を覗いてみる。

 道場の中では、神谷さんと弥彦、そしてもう一人見慣れぬ人物が稽古していた。

 

「あれは、由太郎君?」

 

 ニコニコと笑う剣心さんに話を聞くと、今朝方に弥彦に勝負を挑みに由太郎が道場に来たらしい。いざ、試合を始めようとしたところで、由太郎が竹刀の握り方も知らないことが分かり、神谷さんが手ほどきを行うことになり、今も稽古をしているそうだ。

 雷十太の一番弟子、という話であったはずだが、稽古を一切付けて貰えていないそうだ。雷十太の教育方針なのか、性格なのか分からないが、少しひどいと思う。

 

 由太郎が竹刀を振る様子は、なかなか様になっており、とても今日竹刀の握り方を覚えたようには見えない。なにより、竹刀を振るその姿から、楽しいという気持ちが滲み出ていて、こちらまで心地よい気分になってしまう。

 剣心さんが見せたかったのはこれか。中々にいいものを見せてもらったな。

 

「おっ、竜之介」

 

 こちらに気付いた弥彦が素振りの手を止め、声をかけてくれる。

 

「いてっ!」

「ちょっと、勝手に手を止めるんじゃないわよ! …あら、浜口さん」

 

 弥彦が私のせいで、神谷さんにオシオキされてしまったようだ。

 

「稽古の邪魔をしてスイマセン。ちょっと、近くまで寄ったもんでさ」

 

 しばし竹刀で殴られた頭を押さえ、痛みを堪えていた弥彦だが、涙目になりながらブスだのガサツだのと、神谷さんに抗議を始める。対抗する神谷さんと言い争いになり、またいつもの喧嘩が始まった。

 私が原因なので、少しバツが悪い気もするが、少々放置させていただき由太郎に声をかけてみる。

 

「由太郎君だっけ、随分と楽しそうに竹刀を振るね」

「…所詮遊びだからな。遊びは楽しいに決まってるさ」

 

 素振りをやめ、すまし顔で答える由太郎を見ていると、緩みそうな頬を引き締めるのが大変だ。

 

「せっかくだし、打ち込みでもしてみないかい? 素振りだけじゃ飽きるだろう?」

 

 道場の壁にかけてある竹刀を拝借し、打ち込みやすいように、由太郎から見て竹刀の側面が見えるように竹刀を差し出す。高さはこのくらいか。ちらりとまだギャアギャア騒いでいる弥彦を見て、ちょうど弥彦の頭の位置くらいに竹刀の高さを調整する。

 

「ここらへんにさ、倒したい相手の顔を想像して打ち込んでごらん」

 

 少し戸惑う、由太郎に声をかける。ちょっと急すぎたかな。

 

「俺は先生の…、お前の敵の弟子だぞ」

「打ち込みのコツはね、細かいことなんて気にせずまずはバシッと叩くことだよ。ほら、早く」

 

 顔は真面目に、しかし優しい声を心掛け由太郎に打ち込みを促す。子供だから遠慮するなとか、そういう言葉は彼には無粋だろう。

 少し逡巡した後、由太郎は竹刀を握りなおすと。顎を引き私の持つ竹刀を睨むように見つめる。

 

「面っ!」

 

 軽く走りこみながら振った竹刀の軌跡は、とてもきれいとは言えなかった。だがしかし、打ち込まれた竹刀を持つ私の手に伝わる感触には、確かに由太郎の気持ちが響いていた。心が籠ったいい振りだ。

 

「どうだい?気持ちいいだろ?」

「…ああ、悪くないな」

 

 ニヤリと笑いかけると、由太郎もまた頬が緩み満足そうな表情を浮かべる。

 

「それじゃあ、まずは足さばきから見直してみようか。素振りと違って打ち込むときは…」

 

 ベシィ!

 

(いた)ッ!」

 

 背中に衝撃が走り、思わず涙目になりそうになる。

 

「コラっ! 弥彦! 何てコトすんのよ!」

 

 振り返ると、竹刀を持った弥彦がコチラを睨みつけてくる。

 

「…竜之介までソイツを贔屓(ひいき)すんのかよ」

「いててて…。べつにそんなつもりじゃ…」

 

 私が弁解を終える前に、弥彦は道場を飛び出して行ってしまった。

 

「弥彦! あっ、こら! 待ちなさい!」

「神谷さんあまり怒らないであげてください」

「でっ、でも…」

「少し、私の方に配慮が足りなかったと思います」

 

 なんというか、嫉妬なのだろう。チヤホヤされている弟が気に食わない兄のように、寂しさを感じていたのかもしれない。楽しそうに竹刀を振る由太郎の姿に興奮し、少し気遣いが足りなかったか。

 

「すいませんが、今日はちょっと寄っただけでしたので、もう帰らせて頂きます。…弥彦君が帰ってきたら普段通りに接してあげてください。それと、由太郎君!」

 

 私の呼びかけに、ピクリと反応する由太郎。気まずい思いをさせてしまっていないだろうかと少し心配だ。

 

「稽古の続きはまた今度ね」

 

 少し迷うような表情をしているけれど、目はどことなく嬉しそうだ。きっとまた道場に来てくれるだろう。

 

 頭を下げ、二人の返事を待たずに、足早に道場を出る。

 

 去り際にすれ違う剣心さんに、小さく頷かれた。弥彦のことを頼む、という意味なのだろう。追いかけるべきか、少し悩んでいたのだが背中を押されてしまったな。

 

 

 

 あまり遠くに入っていないだろうと思い、道場の周りを駆け回ったのだが、なかなか弥彦が見つからない。沈みだす夕日を恨めしく思いながらも歩き続けると、墨田川までたどり着いてしまった。

 途方に暮れながら川沿いに土手を歩いていると、ポツンと土手に座る弥彦を見つけた。

 

 どのように声をかけるべきかわからず、後ろからそっと近づき弥彦の隣に座る。胡坐を掻きながら頬杖を突く弥彦は、こちらを一瞥すると、川の方に視線を向けたまま黙っている。

 かける言葉も思いつかないため、私も黙って川を見つめる。行き交う船が荷物を運び、荷下ろしをする人足がせわしなく動き回っている。

 

「悪かったな」

 

 ポツリと弥彦が呟く。少し強い風が二人の間を通り抜ける。風が少し冷たい。

 

「別に、気にしてないよ」

 

 視線は川に向けたまま、静かに答える。仕事を終えた人足達が、何やら上機嫌に仕事場を後にする様子が見える。

 その様子を見つめながら、私は言葉を続ける。

 

「宿題の答えは見つかったかい」

「別にアイツは…。そんなんじゃねーよ」

「そうかい? まっ、後ろから追い抜かれないように、せいぜい精進するんだね。」

「ったく、当たり前だろ」

 

 素直じゃない弥彦の返事に、もう大丈夫なのだろうと安心する。追う方と追われる方、どちらの方が大変なのだろうか。願わくば、どちらも経験して欲しいところだ。

 西日に背中を焼かれたせいか、じんわりと背中から熱を感じる。

 私と弥彦はそのまましばらく、黙って川を見つめていた。

 

 

 

「ただいまー」

 

 ようやく家に着き、ほっと一息。予定外に長い外出となってしまった。

 

「おかえりなさい、竜さん。遅かったね。なにかお店であったのかい?それともまさか、仕事サボって道場にいったりなんかしてないよね?」

 

 部屋の奥から出てきて、疑いの眼差しを向けるさよ。急に出てきて、まさかいきなり核心を突かれるとは。思わず目を逸らしてしまう。

 

「竜さん?」

 

 声色に、若干怒気が混じっているような気がする。

 

「ちょっと暴漢に襲われてね、警察の人と話し込んだりしていたら、思ったより長くなっちゃって」

「ふーん、確かに今日、近所でそんな騒ぎがあったみたいだね。」

 

 たけさんがそんなこと言っていたなぁと、さよはぶつぶつ独り言を呟きながら考える素振りを見せる。

 

「そんなことがあったからね、実は今日の分の帳簿が終わらなそうなんだ。明日の仕事とまとめてやっちゃうからさ、明日はさよ、休みでいいよ」

「ふーん」

 

 怒られるよりも先に、進んで罰を受けたほうが被害は少なくて済む、何て下心もあるのだけれど、自分で溜めた仕事は自分で処理しなきゃね。

 

「別にいいよ。あたしの方でやっておくから。けど、竜さん。貸し一つだからね」

 

 指をピンと立て、ニヤリと笑うさよ。貸し一つか。それならば…

 

「それじゃあ、()()一つでお願いします」

 

 私は懐から懐紙に包まれたきんつばを取り出すと、さよに差し出した。帰りが遅いことで、さよやたけさんの機嫌が悪くなることを心配し、ご機嫌取りように帰りがけに買ったのだ。閉店間際の投げ売り品であるのだが、何もないよりはマシだと思う。たぶん。

 さよは、私の顔と差し出したきんつばを交互に見つめるとポツリと呟いた。

 

「竜さん、自分で言ってて悲しくならない?」

 

 首をこてんと傾け、不思議なものを見るようにこちらを見つめる彼女の目を見ていると、私は大変に悲しい気持ちになるのであった。




 ここまでお読みいただきありがとうございます。今回の話で約10万文字になります。だいたい文庫本の小説一冊分だそうです。
 こんなに長い文章を書いたのは初めてなのですが、予想外に沢山の人に読んで頂けて大変うれしいです。
 誰かに自分の書いた文庫本一冊分の話を読め、と言われてもなかなか読んで頂けることって難しいのかなと思うと、大変ありがたく思う次第でございました。

19.09.29
 各個撃破の表現を見直しました。

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