元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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 稽古を始め、一刻ばかりが過ぎた頃、道場に来客があった。

 

「浜口がいる道場というのはここか」

 

 ギロリと鋭い目付きで道場を見渡すのは、石動雷十太。招待しても来なかった私に会いに、わざわざこちらまで出向いてきたのだろうか。弟子の由太郎君も一緒のようだ。雷十太の後ろから、こちらの方を睨み付けている。

 

「先日はどうも、わざわざ私に会いに?」

 

 竹刀を振る手を止め、雷十太に話しかける。

 

「我輩の誘いを断ったことは、まあいい。話がある。少しついて来い」

 

 こちらの返事を聞かぬまま道場を出て行く雷十太を見送り、さてどうしたものかと考える。

 

「わざわざ先生が出向いてるんだ。さっさといけ!」

「まぁ、そうだよね。わかった。すぐ行く。…神谷先生、少し外します」

 

 由太郎の言うとおり、道場まで足を運んでもらったのだから、これで話もせずに帰してしまってはさすがに悪い。神谷さんに気をつけてと声をかけられながら、道場の外にでる。

 

 

 

 道場の外で待っていた雷十太に、お待たせしましたと声をかける。稽古を抜け出している身のため、あまり長時間抜け出せないと伝えると、神谷道場の庭先で雷十太が話を始める。

 

 今の剣術はあまりにも弱体化し、いずれ淘汰されてしまう。それを憂いだ雷十太は『真古流』という流派を問わない剣客集団を組織し、有象無象の道場を全て潰し、唯一の正統日本剣術として覇を唱えるつもりのようだ。

 そしてその『真古流』に私を誘うために、本日道場まできたとのこと。

 

「目指すは他のどんな武術にも西洋重火器にも負けぬ無敵の剣術。我輩に力を貸すのだ、浜口」

 

 この人なりに剣術に真面目に向きあって出した結論なのであろうが、極端なやり方だ。私としては、賛同いたしかねる。

 

「申し訳ありませんが、私では力不足かと思いますので、お断りさせてください。仕事の方もあるんでね。ちょっと協力できそうにありません。それに…」

 

 まっすぐに雷十太の目を見つめ言葉を続ける。

 

「剣術で西洋重火器に勝てるのであれば、戊辰戦争で幕府方は負けていません。新撰組の名だたる剣客たちが、戦争で倒れました。所詮、刀では銃に勝てない。私はそう思います」

「それは新選組が弱かっただけだ。…貴様は日本剣術が滅んでもなんとも思わぬのか」

「別にこのままでも滅ばないと思いますよ、私は。刀が実戦で使えなくなったからといって剣術がなくなるわけじゃない。滅ぶのはね、剣術を愛する人がいなくなった時です。そこに強弱は関係ない。ですからね、石動さん。どうか剣術を愛する人を、剣術を続けていこうとする人をこれ以上減らさないで欲しいんです。道場破りなんてしたって、剣術の未来は明るくならないですよ。それと…」

 

 私は言葉を一度切り、一呼吸おいて話を続ける。

 

「新選組は弱くなんかなかった。それだけは訂正してください」

 

 しばし沈黙が流れる。 

 

「どうやら貴様とはこれ以上話しても無駄なようだ」

 

 おもむろに、刀を抜きこちらを見つめる雷十太。

 

「えっ?」

「フン!」

 

 雷十太が刀を振り下ろし地面に叩きつける。わざと外したようだが、地面が抉れ、飛び散った砂がこちらにも飛んでくる。

 

「刀を持て。口で言って理解できぬなら、剣でわからせてやる」

「わわっ、危ないですよ!」

 

 道場の中に木刀を置いてきたため、今の私は丸腰だ。後ずさりしながら抗議するも、雷十太の目は本気なのでちょっと怖い。

 

「浜口殿!」

「剣心さん!?」

 

 剣心さんの声が背後より聞こえる。剣呑な気配を察知したのか、それともただ覗いていたからなのかはわからないが、私を助けに来てくれたのだろう。

 私の隣に立ち、逆刃刀に手をかける剣心さん。

 

「いくら何でもやりすぎでござる。刀をしまえ、雷十太」

「邪魔をするな」

 

 ガキィ!

 

 雷十太の刀と剣心さんの逆刃刀が激しくぶつかりあう。

 

「ほぅ…。貴様もなかなかやるではないか」

 

 一合切り結んだところで、剣心さんの実力を理解した雷十太が感嘆のつぶやきを漏らす。

 

「どうだ、貴様も『真古流』に協力するというのなら加えてやらんこともないぞ」

「断る。古流剣術は実戦本意の殺人剣。ならば拙者とそなたは互いに相容れぬでござる」

 

 剣心さんの腕を見込み『真古流』に誘う雷十太であったが、殺人剣をすげなく剣心さんに断られてしまった。

 

「ふん、まあいい。吾輩に力を貸すか、吾輩に殺されるか。貴様らの道は二つに一つだ」

 

 刀をしまいそう言い残すと、雷十太は道場を出ていった。

 

 

 

「ありがとうございます剣心さん。助かりました」

「礼には及ばぬよ。しかしあの男、やはり危険な男でござるな…」

「ええ、お互い妙なのに目を付けられてしまいましたねぇ」

 

 あははと軽く笑ってみるが、剣心さんは真剣な顔をしている。

 

「しかしあの男の口振りでは、これで終わりと思えぬな」

 

 私もその考えには同感だ。とりあえず、戸締りはしっかりしておこう。

 

 

 

 次の日、稽古は隔日のため本日は仕事を行う日。赤べこにいこうと昼下がりの町を歩いていると、背後から声をかけられた。

 

「もし、そなたが浜口殿で間違いないか」

「はい?」

 

 振り返ると、大柄の槍を持った男と小柄な刀を持った二人組の男が立っている。顔は笠を被っておりよく見えない。

 

「そうですけど、どちら様ですかね?」

 

 殺気を隠そうともしない二人組を警戒し、自衛のために持っていた木刀を、いつでも使えるように握りなおす。

 

「なに、聞きたいことはひとつだけよ。真古流に入る気はあるのかないのか、どうなんだ?」

 

 大柄な方の男性が、槍をこちらに向け問いかける。町を行く人々は、ただならぬ雰囲気を感じ離れていき、遠巻きにこちらを観察している。

 

「入る気がないといったら、どうするんですか?」

 

 こちらも木刀を構え、相手の出方を窺う。

 

「それならば、…こうよ!」

 

 槍を突き出し、襲い掛かってきた。繰り出される突きを左右に躱し、距離をとる。間合いが長い分、少しやりづらいな。

 

「フン!」

 

 距離をとった分、大振りとなった突きを木刀で払い隙を作り、懐に潜り込むと鳩尾に蹴りを入れる。くぐもった悲鳴をあげながら、男はその場にうずくまった。

 大男が片付いたと思ったら、今度は背後から小男が斬りかかってくる。私は振り向きざまに、上段に構えた彼の籠手を素早く打ち抜く。悲鳴をあげ刀を落とす小男の頭を、木刀で殴りつけ気絶させておしまいだ。念のため刀と槍を回収し、反撃をできないようにしておくか。

 

「おい!そこ!何をやっている!」

 

 声がする方向を向くと、数名の警官がこちらに向かって走ってくる様子が見える。この騒動を見ていた誰かが呼んでくれたのだろう。到着した警官に彼らの槍と刀を渡し、事情を説明する。

 最初は警戒していたのだが、名前を名乗ると警官達も態度が変わり、態度が柔らかくなった。喧嘩両成敗とばかりに、私まで犯罪者の汚名を着せられてしまわないか少し心配していたのだが、杞憂だったようだ。

 

 相手の方から襲い掛かってきたことも周囲の野次馬から証言が取れたそうで、私は無罪放免。その場で解放された。襲撃者の二人は、廃刀令違反に殺人未遂とのことで、厳罰が下されることは間違いない。そのまま署まで連行されていった。

 

 

 

 

 警察から解放された私は、神谷道場が心配になり赤べこで必要な仕事を終えると、すぐに道場へと向かった。剣心さんのことなので返り討ちにしているのであろうが、雷十太からの刺客が来ないとも限らない。まだ来ていないのであれば、私が襲われたことだけでも伝えて、警戒してもらうようにしないと。

 曇り空を見上げながら、またなんとも厄介なことに巻き込まれたと、心の中で愚痴るのであった。


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