元新選組の斬れない男(再筆版)   作:えび^^

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石動雷十太編
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「着いた! ここよ、ここ!」

 

 本日は出稽古のため、弥彦、神谷さん、剣心さんの三人と一緒に中越流の前川道場へと訪問している。歴史を感じさせる大きめの道場、立派な門構え。ここら辺一帯では、名実ともに一番とされている道場である。

 弥彦の好敵手探しの一環に、大きい道場への出稽古したいと神谷さんに頼み、本日の出稽古の流れとなった。鼻息の荒い弥彦は、既に気合十分だ。

 

 

「こんにちはーっ!」

 

 道場に入るなり、稽古中の若い門下生が歓声を上げながら我々を歓待してくれる。大人数の門下生が活気を持って稽古をする様は、閑古鳥が鳴きそうな我らが神谷道場とは大違いだ。

 稽古の手を止め、我々というよりも神谷さんに群がる若い衆を掻い潜り、道場の奥へと進む。神谷さんが目当てであろう、鼻の下を伸ばしている若者に少し呆れてしまうが、どことなく若さを感じて微笑ましくもある。

 

「あっ、お構いなく。どーぞ稽古を続けてください」

 

 少し照れながら、神谷さんは前川道場の門下生に応対するのだが、群がる男子たちはなかなか稽古に戻らない。

 

「薫君のいう通りだ。いちいち稽古を中断するな」

「前川先生!」

 

 道場の奥から初老の男性が現れると、門下生達を一喝した。水を打ったように静かになる門下生達。わかるよその気持ち。この人怖いもんね。

 

「…成程。君が薫君がいつも話してくれる剣心君だな。それに…。浜口君は久しぶりだね」

 

 こちらに射貫くような目線を向ける前川さん。歳を重ねても相変わらずの威圧感だ。

 

「ご無沙汰しております。まさか覚えていて頂けるとは思いませんでした。その節は大変お世話になりました」

「君のような個性的な人物を、よもや忘れるわけあるまい」

 

 深々とお辞儀をし挨拶をするのだが、視線の厳しさはなかなか緩まない。こちらも真面目な顔で目線を逸らさずに受け止める。

 前川道場へは、試衛館時代に何度か出稽古に伺ったことがある。それ以外にも、個人的にお邪魔したこともあったのだが、もう十年以上前の話なので、てっきり忘れられていると思っていた。

 

「おい、竜之介。昔なんかやらかしたのかよ」

 

 弥彦が小声で話しかけてくるが、今はちょっと無視だ。剣呑な雰囲気を醸し出す前川さんから、視線を外せない。

 

「あれが強いって評判の流浪人と…、牛鍋屋の店主」

「牛鍋屋の店主って、強いのかよ」

「近所のオバちゃんに聞いたんだけど、新選組に参加してたらしいぞ」

 

 周囲の門下生達のひそひそ声が耳に届いて、いたたまれない気持ちになる。自分の噂話なぞ聞いてもいい気分しないよね。

 

「ふむ、剣心君には振られてしまったが、浜口君は儂の相手をしてくれそうで安心したよ。どれ、一手(いって)御指南(ごしなん)(つかまつ)ろうか」

 

 

 

 

 

「準備はいいかな」

 

 竹刀を正眼に構え、どう猛な笑みを浮かべながらこちらに声をかける前川さん。私の意思はどこへやら。あれよあれよと言う間に試合をする流れに。

 道場の上座でお茶を飲む剣心さんをジト目で睨むも、微笑みを返される。がんばるでござるーって、剣心さんの心の声が聞こえてくる気がする。たまには剣心さんにも、稽古に参加して欲しいもんだけどね。

 

「いったいどっちが強いかな」

「そりゃ先生だろ。先生は若いころ江戸二十傑に数えられた人だぜ」

「だな。いくら何でも牛鍋屋じゃあ勝てねえだろ」

 

 周囲を囲む門下生達のざわつきに、心が少し落ち着かない。試合自体は問題ないのだが、こう、周りに観客が多いと少しやりづらいよね。

 

「ええ、問題ないですけど、正直やりにくいですね」

「実力者の試合は、それを見るだけでいい稽古になる。悪いが我慢してくれ」

 

 私も苦笑いしながら竹刀を構える。もう逃げられないし、覚悟を決めるか。

 

「それじゃあ神谷先生、お願いします」

 

 こちらを見て小さく頷く神谷先生。

 

「始め!」

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

 開始の合図と同時に、前川さんは気迫を周囲にまき散らす。並の剣士ではこの気迫に当てられただけで委縮してしまうだろう。相手の気にのまれる前に手を出して主導権を握られないようにしなければ。

 一歩踏み出し、面を狙って一撃繰り出す。

 

 バシ!

 

 予想していたが、簡単にはじき返されてしまう。年齢の割に力強いことで。

 

「ぬおぉぉぉぉぉ!」

 

 今度はこちらの番だと言わんばかりに、強烈な面を連続で放ってくる。まさに剛の剣。まともに受けては不利になると悟り、相手の力を受け流すように捌いていく。荒々しくも隙の無いその打ち込みに、惚れ惚れしてしまう。さすが前川さんだ。

 ある程度攻撃を受けきると、仕切り直しとばかりにお互い距離をとる。門下生たちが何やら騒いでいるが、もはや気にならない。

 相対する前川さんは先ほどよりも笑みを深め、迫力も倍増だ。ちょっと引く。

 

「随分と楽しそうですね」

「君も随分いい笑顔をしておるぞ」

 

 まぁ、楽しいんでね。そりゃあ笑顔にもなりますよ。なんて考えていると、会話が終わった瞬間に、大振りの強烈な面を繰り出してくる。まったく油断も隙も無い爺さんだ。

 竹刀で受け止めるのだが、そのまま押し込んでくる。吹き飛ばすつもりなのだがそうはいかない。

 

 竹刀で鍔迫り合いをしながら、戦況は膠着する。下手に動いたら手痛い反撃を喰らいそうで、動くに動けない。

 

「よっと」

 

 相手の呼吸を見計らい、後ろへと重心をずらす。そのまま後ろに飛びのきながら、私は相手の竹刀を自分の竹刀で絡ませるように回し、相手の竹刀を真上に吹き飛ばす。

 

「ぬおぉ!」

 

 前川さんの手に会った竹刀が宙を舞う。

 

 ベシィ!

 

「面あり一本! それまで!」

 

 軽めに面を入れて勝負あり。これぞ神谷活心流の基本技『巻き打ち』だ。

 入門して初めて教えていただいた、神谷活心流の技。それが『巻き打ち』。この場で使うのは、神谷活心流の宣伝の意味もあるのだが、それ以上に、いつもお世話になっている神谷さんに成長を見せたいなんて思惑もある。粋な計らいでしょ。

 

 勝負がついたので、所定の位置に戻り、礼をして試合終了だ。

 

 

 

「随分と腕を上げたな」

「いえ、たまたま技が上手く決まりました。先生の気迫に腰が引けてましたからね」

 

 神谷さんが試合の解説をしている間に、前川さんと道場の隅で一休みだ。試合後ざわついた門下生達であったが、神谷さんが試合の解説を始めると、群がり、食い入るように話を聞いている。

 

「フン、謙遜も過ぎれば嫌みだぞ」

 

 少し機嫌が悪くなった先生に睨まれ、あははと笑って誤魔化す。勝った後にかける言葉もなく、こういう時は会話に困るね。

 

「フッ…。昔から掴みどころがない男だと思っていたが、相変わらずだな」

「そうですか? 自分では結構変わったつもりなんですけどねぇ」

「ああ、浜口君は随分と丸くなったようだ」

 

 表情が柔らかくなり、話し続ける前川さんに、「お互い様だ。」と心の中で呟く。昔は絶対そんな表情しなかった。控えめに言っても鬼という言葉が良く似合うような、そんな人だった。

 

「そう不満そうな顔をするな。君のような若い達人の存在が、剣術の未来はまだ捨てたもんじゃないと思わせてくれる。これからも道場に顔を出してくれ。…昔みたいにな」

「昔の話を持ち出すのは勘弁して下さい。結構恥ずかしいんですよ」

 

 あの頃この道場に来てしていたことと言えば、『技』を盗みにこっそり稽古を見学したり、勝負を持ち掛けて思いついた『技』を試させてもらったり、かなり失礼なことをしたものだ。

 そんな私に、毎度道場の敷居を跨ぐことを許してくださったのが、前川先生だったりする。若気の至りと言えば聞こえはいいが、恥ずかしい話だ。

 

「お話し中失礼します。浜口さん、よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう」

 

 若い門下生が数名、私の元に駆け寄り話しかけてくる。神谷さんの試合解説は終わったようだ。当事者が不在で申し訳なかったが、前川さんが目立つことを嫌った私に配慮して下さった結果なので、致し方なしと思って欲しい。

 

「その、浜口さんに稽古をつけて欲しいのですが、お願いできますか?」

「私にですか? …ええ、わかりました。それでは前川先生、稽古をしてきますので失礼します」

 

 これ幸いとその場を逃げ出し、門下生と訓練を始める。神谷さん程うまく教えられる自信はないが、ご指名とあらば微力を尽くさせていただこう。

 

 

 

「もっと強く! 手だけじゃなくてこう、体を使って竹刀を振って! ほらっ、竹刀の先が下がってる。脇も甘いよっと」

 

 ぺしりと防具の上から胴を叩き、隙を指摘する。大半の門下生は神谷さんの指導を希望しているのだが、酔狂な数名は私との稽古を希望し、先ほどから休みなく立ち合いを行っている。彼らのやる気に、私も指導に熱が入り、少々厳しくなってしまう。

 

「息が上がっているようなので、少し休憩にしましょう。各自休憩しながら自分の良かったところと悪かったところを振り返ること。頭を使うのも大事な稽古ですよー」

「ハイッ!」

 

 疲れている割に、気合の入った元気な返事だ。前川さんに良く鍛えられている証拠なのであろう。チラリと前川さんを見ると視線が合った。満足そうな表情をされて頷いている。喜んで頂けているようで何よりだ。少しは恩返しできたかな。

 

 

 

「神聖な道場に土足で上がるな! ワラジを脱がんか!」

 

 入口の方が何やら騒がしい。視線をそちらに向けると、笠をかぶった大男がノシノシと前川さんに向けて歩いていく様子が。大男は先生の目の前で立ち止まると、道場中に響き渡る声で宣戦布告を述べた。

 

「中越流開祖 前川宮内と見受けた。一つ手合わせを願おう。吾輩は石動雷十太!! 日本剣術の行く末を真に憂う者である!」




 『巻き打ち』は当方で勝手に設定した神谷活心流の『技』です。
 実在する技のようで、YouTubeで実際に剣道の試合で使用された『巻き打ち』(『巻き上げ』とも言うそうですが、詳細は不明。)が見れます。
 『巻き打ち』により吹き飛ばされた竹刀が、天井に突き刺さっている様子がインパクト大でございますので是非ご興味を持たれた方は見て頂ければと。

 神谷活心流の理念に合っていそうなことと、それほど秘匿された技術ではないため、勝手に技として設定しました。
 ジャンプSQで10月号にでてきた、神谷活心流の『所作』の次に教わる技術で、奥義より手前の技術なイメージです。膝坐よりは教わるの手前そうだなと思っています。

 今週末に石動雷十太編を終わらせる予定でしたが、少し難しいです。来週末位に終わらせて、今月末くらいには斎藤編に入りたいです。

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