折れた木刀を投げ捨て、無手の構えを取りつつ般若を観察する。自然体で隙が無く、修練を重ねた者独特の雰囲気というか、匂いというか、一筋縄ではいかない相手だということだけは、良く伝わってくる。無手の相手は経験があまりなくて正直やりづらい。
「…まあいい。お前を倒して直ぐに後を追えばいいだけのこと。いくぞ」
般若が構えを取り、飛び掛かってくる。
「キエェェェェ!」
懐に入りこみ、拳を放つ般若に私も迎撃のため拳を繰りだす。
ガキィ!
手甲同士がぶつかり合い、鈍い音が響く。…いい白打だ。
再度般若が私の顔面に繰り出す拳を、今度は顔を逸らして避けようとする。が…。
ゴンッ!
「ぐぅ!」
顔面にクリーンヒットをもらい、慌てて後ろに逃げる。痛たた…。目測を誤った、というよりかは想像以上に『伸びた』な。
距離を詰め再度繰り出される般若の攻撃は、避けずにすべて受けることにする。『速い』わけではなく『伸びる』のであれば、『伸びる』前に受けることで、当面は耐えれるはずだ。
怒涛の攻撃に、捌ききれるかひやひやしたが、ある程度攻撃を受けきると般若は距離を取った。
「どうした浜口。お前の力はこんなものでは無いはず。私の術すら破れないようでは『木刀の竜』の名が泣くぞ」
「別にその名前はどうでもいいんですけどね。それに今、木刀ないですし…。術ですか。術ということはタネも仕掛けもあるってことですか…」
関節を外して腕を伸ばしているのか、はたまた皮手袋に仕掛けがあるのか。タネはわからないが、とりあえず受け止められるのであればやりようはある。
再び構え、般若を観察してみるがタネはさっぱりわからない。
「タネが分かるまで勉強させてもらいますよ」
「開き直ったところで私は倒せんぞ!」
再びこちらに飛び掛かりながら、こちらに左手からの正拳を繰り出してくる般若。私は体を少し右にズラすと、その拳を右手で捕まえ、体を反転させつつ左手でも般若の左腕を掴み、そのまま一本背負いの要領で地面に叩きつける。
「ぐはぁ!」
タネが分かるまで勉強させてくれって言ったが、あれは嘘だ。伸びて避けれぬ拳ではあるが受けることはできる。であれば、捕まえて投げ飛ばしてしまえばよい。
床に倒れた般若だが、これしきで終わる奴ではあるまい。私は素早く倒れる般若に駆け寄ると、額に当たる部分にめがけて思いきり踏みつける。お面越しだし、たぶん大丈夫だよね。
「フンッ!」
「ガァ!」
二回目の踏みつけは素早く転がり逃げる般若に躱されたが、相当な痛手を与えられた筈だ。
「『木刀の竜』…。得物無しでも強いと聞いていたが、まさかこれほどまでとは…」
素早く立ち上がるも、ちょっとよろけつつ、頭を押さえている。おまけにお面の額部分もヘコみ
「天然理心流とは剣だけの武術にあらず。柔術、棒術、その他諸々も含んだ総合武術です。木刀が無いぐらいで弱くなるわけがないんですよ」
したり顔でハッタリをかます。本当にそうであれば、木刀なんか最初から使ってないし。ちなみに天然理心流が総合武術だというのは本当だ。
試衛館での稽古も、剣術以外の練習が重視されていない。剣術以外の稽古をする私のような人間が稀ではあるのだが、剣術で強くなるヒントになるのではないかと思い、学んだのだ。さらに私の場合、いろいろな流派を取り込んでいるので、もはや天然理心流と名乗ると、詐欺っぽい気もする。柔術については関口流柔術に一番近いかな。
なんてことを考えていると、般若の面のヒビが
どんな素顔なのかなと思い、お面の下の顔を見てみると、異様な顔が…。鼻は潰れたというか、切り落とされており、顔全体が火傷のような跡があったり、なんというか、一言では表せないようなすごい顔だ。
「その顔は…」
「フフ…、驚いたか? いかなる顔にも変装出来る様、自分で唇を焼き、耳を落として、鼻を削いで、頬骨を砕いた」
そう言いながら般若は、自分の生い立ちを語りだした。貧しい村に生まれ、養えないからと捨てられた後に、御庭番衆の頭領である、
「元新選組、浜口竜之介! 相手にとって不足無し!
「あなたの覚悟や想いは尊敬に値します。でも悪徳商人の手先となって、女を攫っているようじゃダメでしょ。その
「最早言葉なぞ不要!」
失敗したな、今の会話は体力を回復するための時間稼ぎと見た。先ほどはこちらを卑怯呼ばわりした癖に、
般若の皮手袋からは、いつの間にか刃渡り50㎝ぐらいの鉤爪が飛び出し、こちらを殺す気満々だ。おそらく、先ほど拳を掴まれた対策も兼ねているのだろう。
「キエェェェェ!」
こちらに駆け寄ると両手を開きつつ、抱きしめるように両手の鉤爪を振り下ろしてくる。
「オオァ!」
両手を開き、大の字のような体勢をとりつつ手甲で両方から迫りくる鉤爪を弾き飛ばす。
般若の両手が弾かれ、バンザイしているように大きく開いており、体は無防備だ。踏み込み相手の懐でしゃがみ、相手の体と密着しそうになった瞬間、私は思いっきり真上に向かって跳ねた。
ゴォン!
頭で般若の顎をかちあげた。鉢金越しに嫌な感触が伝わってくる。顎の骨折れてるかもしれない。舌だけは噛まないでいて欲しい。
真上に吹っ飛んだ般若は地面に落下し、そのままダウン。
念のため、先ほど投げ捨てた折れた木刀でつついてみたのだが、反応はない。
「ふぅ…。強かったなぁ。」
少し疲れたので、壁にもたれかかり、座り込む。少し休憩したら、高荷さんを連れ戻しに行かなくては。
2、3分休憩し、立ち上がり移動を開始する。般若の意識はまだ戻っていないようだが、息をしているので死んではいない。最後の一撃がきれいに決まりすぎたためちょっと焦ったが、問題ないようで何よりだ。
先に進もうと思ったのだが、考え直し屋敷の外に出る。先ほど倒したゴロツキの何人かが、意識を取り戻し歩き回っている。また戦うのは面倒だなぁと思ってゴロツキを見つめていると、目が合ったゴロツキから皆どこかに逃げて行ってしまった。まぁ、楽で良いのだけれど。
玄関から数歩進み振り返り、屋敷を見上げながら顎に手を当てて考える。…よし、行けそうだな。
そう判断し、私は窓や外壁の突起を利用し、屋敷の壁をよじ登っていくのであった。
新選組時代に、馬鹿正直にいつも真正面から突撃していると、待ち伏せに会ったり、罠が仕掛けてあったり、入口の扉の破壊に手間取っている間に逃げられそうになったり…。いろいろと対策されたので、泥棒の真似事の練習をしたのだ。
真上から入って入口から出る方が、敵も混乱するし、一番仕事がやりやすい。大抵一番奥の部屋に狙いの人物がいるので、目的地も決めやすいし結構いいんですよね。あと、対象を追いかける際にも役立った。
洋風の屋敷に侵入というか、よじ登ることは初めてであるが、どうせ中に行っても御庭番衆が待ち受けている可能性が高いため、近道させてもらおう。
帰りは入口に向かって進むことになるけれど、武田か高荷さんを先に確保する意味は大きいと思う。
屋根の上に上ると、屋敷の中央に、塔のようなものがある。人質を幽閉したり、偉い人が待ち構えている場所というのは、一番高い場所と相場が決まっている。その塔を目標に定め、コソコソと武田邸の屋根を移動していく。
塔をよじ登り、窓からそっと室内を覗き込む。室内には高荷さんしかいないようだ。おっ、高荷さんと目が合った。驚いているようなので手を振って安心してくれとの合図を送る。が、効果なし。なんか、すごい目でこっちを見続けている。
中にはめぼしい敵もいないようなので、滑り出しの窓を開けて室内に侵入する。
「よっと。夜分に遅く失礼します。変なところから入ってきてすいませんね」
唐突なスニーキングミッションというか、バルクール(?)な展開に、多数のツッコミが予測されますが、ご勘弁ください。
書いていて、いろいろと思いつつ、悩んでもあまりいい展開が思いつかなかったことと書き直す気力がないため、このまま突き進みます。
次話を書きつつ悪戦苦闘してみたのですが、いかんともできませんでした。次話の方がひどいので、少し投稿が遅くなるかもしれませんが、どうしようもないので直ぐに上げるかもしれません。
武田編が予想以上に終わりません。
次話で終えて、次々話でエピローグからの長岡編かな。