それからまたあくる日、また本日も稽古のため道場に来ている。武田の動きもとくになく、今のところ平和だ。いや、逆に警戒すべきなのかもしれないのだが。
稽古の合間に縁側に座っていつものメンバーの談笑を聞いていると、なんというか、剣術だとか稽古を抜きにしても居心地がよくて、時間の経過が早く感じられる。
「随分と上機嫌でござるな、浜口殿」
となりに剣心さんが座る。十数年前はお互い敵同士だったというのに、今では友人だからね。この人とは。いや、我々が変わっているだけなのかもしれないが。
「いやね、ここはいい道場だなぁと思いまして」
「…そうでござるな」
しみじみと言葉を交わしていると、なんだか爺臭い雰囲気だ。ここは温かい緑茶と甘いものでも頂きたいところ。
そんなことを考えていると、高荷さんが奥の部屋から大きなお皿を持ってこちらへやってきた。お皿の上には…、大量のおはぎだ。
「おはぎなんて作るの何年ぶりかしらね…」
ポツリと高荷さんの呟きが聞こえる。視線を誰とも合わせないように逸らせているのは照れ隠しだろうか。
「おひとつ頂きますね」
素手でおはぎを掴み、ぱくりとかじりつく。うん、あんこの甘さともち米のモチモチ感がいい感じですよ、これは。
「うん、おいしいですね」
「浜口殿の言う通り、
私と剣心さんがおはぎの感想を述べる中、弥彦と神谷さんは無言でバクバクとおはぎを貪っている。この二人、結構似た者同士なところあるよね。
「でも、おはぎなんて誰だっておいしく作れるわよ」
謙遜しているが、どことなくうれしそうだな、高荷さん。
おはぎが、美味しいのは丁寧な調理をされているからだと思うのだけれども、それを指摘するのは無粋か。
「いやいや、以前に薫殿が作った時はまるで泥まんじゅうのようで…」
「よけーな事は喋るな」
本当に余計なことだよ、全く。おはぎを食べながらもしっかり聞いていた神谷さんの拳骨が剣心さんに直撃する。
「いまのは剣心さんが悪いですよ。ホント…」
どうしてこの人は、こう、残念なのだろうか。気づかいとかできない人ではないと思うんだけど。
「全く困った暴力娘ねぇ」
「高荷さんも煽らないで下さい。ね?」
「あら浜口さん。細かいことを気にしていたらハゲるわよ」
「はっ、ハゲって…」
思わず頭に手を持っていき、残存毛量をチェックする。大丈夫、まだ結構残っている。でも、鏡で見たりすると意外と地肌が目立ったりしているかも…。
「やだっ、大丈夫よ浜口さん」
「そうだぜ竜之介。気にすると余計ハゲるぞ」
弥彦と神谷さんがフォローしてくれているんだけれども、目が笑ってるんだよなぁ。…絶対馬鹿にしてるでしょ、アンタら。
「あのね、30過ぎると、気になるんですよ。こういうことは冗談でもやめてください」
ムスッとしながら、それ以上は何も語らずおはぎを食べ続ける。なんだかちょっと惨めな気持ちだ。
「なに
どことなく不機嫌そうな左之助が乱入してきた。そういえばさっきまで見かけなかったが、どこに行っていたのだろう。
話を聞くと、高荷さんの持っていた阿片を鑑定してもらいに医者にの元へ行っており、今戻ったとのこと。鑑定してもらった阿片は、新型の阿片であることが分かったそうだ。
「そうでござるか…。ところで、左之助もおはぎどうでござるか?」
「いらねぇよ。
ギロリとにらみを利かせると、言いたいことはもう言ったとばかりに去っていく左之助。場の空気が凍り付く。
「ちょっと待ちなさい! 今のせりふは聞き捨てならないわ!」
神谷さんが物凄い剣幕で左之助に食って掛かろうとするが、剣心さんにまぁまぁと言いながら抑えられている。怒っているのはもちろん高荷さんのことでですよね?
私も今の発言には思うところがあり、左之助に文句を言おうと口を開きかけたが、剣心さんに止められてしまった。
どうも訳ありな空気を察知したので、剣心さんに話を聞いてみると、左之助の友人が新型阿片の中毒で亡くなっていることを聞かされた。そのため、新型阿片の製造者に憎しみを持っていたのだが、高荷さんが無理やり阿片を作らされていることを知り、胸中複雑であるとのこと。
高荷さんのことを責めるに責められなくなり、やり場のない怒りを感じてあの不機嫌な状態になったというわけか。なんにせよ、やるせない話である。
おはぎを食べ終えて、再び稽古に戻る。どことなく気まずい雰囲気があったが、下手な慰めはかえって逆効果だと思うと、私は何もできなかった。
それから数日後、その日は仕事をする日だったので売り上げの計算を行うために帳簿とにらめっこをしたり、来月分の仕入れ計画を確認したり、要は家でずっと事務仕事をしていた。
「これで終わりっと。んー、疲れた」
眉間を指でモミモミしながら背筋を伸ばす。空が橙色に染まり、キリも良いので本日の業務はここまでだな。
「竜さん、ちょっといいかい」
「仕事なら終わったから、大丈夫だよ」
襖の向こう側からの問いかけに応えると、お茶とおはぎを乗せたお盆をもったさよが、部屋に入ってきた。
「おはぎ作ったんだ。夕飯前だけど少し味見してみないかい?」
「おっ、いいね。少し片づけるからちょっと待ってて」
帳簿や文房具を簡単に片付け、おはぎを頂く準備をする。高荷さんが先日作ったモノは粒餡だったが、さよの作ったおはぎはこし餡だ。
「頂きます」
小さめのおはぎを一口食べてみると、うん美味しい。普通のあんこに比べてコクがあるというか、匂いが違うというか…、中華を感じるね。
「ごま油が効いていていいね。このあんこ」
「そうでしょ? 前に竜さんがあんこにごま油を混ぜると美味しいって言っていたから、試してみたんだ」
あー、そういえば前にそんな話をしたかも。たけさんとさよに猛反発された覚えがある。邪道だとかなんだとか、結構ひどいこと言われた気がするんだけどなぁ。
おはぎを食べ終え、お茶を啜り、ほっと息をつく。
「うん、すごくおいしかったよ。ご馳走様」
「それはどうも、お粗末さま」
にこりと微笑み満足そうにするさよに癒されて、仕事の疲れが吹っ飛んだ。今日もいい一日だなぁ、なんて思っていると…。
「旦那様。お楽しみのところ悪いけど、お客さんだよ」
ぬっと部屋に入ってきたたけさんから、来客を告げられる。妖怪みたいな登場の仕方しおって。はてさて誰だろう、もう少しこの幸せの余韻を楽しみたかったのだけれど。
玄関へ向かうと、剣心さん、左之助、弥彦が立っていた。みんな真剣な顔をしているってことは、何かあったのかな。…十中八九高荷さんのコトなのだろうけれど。
なんとなくお互い黙っていると、おもむろに弥彦が口を開いた。
「行くぞ、竜之介」
「いや、全然わかんないんですけど」
手短に話してくれた剣心さんの説明によると、高荷さんが武田のところに連れ戻されたようだ。正確に言うと、脅されて、自分の意志で戻っていったようで、今から三人で連れ戻しにいくとのこと。
お誘いはありがたいし、助けるのはやぶさかではないが、家人との調整が必要な事案だよな、やっぱり。
「すいません、ちょっと待っててください」
断りを入れ、さよに事情を話そうと、家の中に戻る。どうするかなぁ。できれば力になりたいんだけれど…。
「竜さん。行くのかい?」
「うぉっ! …さよか。今の話、もしかして聞いていたのかい?」
どうやら隠れて会話を聞いていた様だ。こくりと頷いてこちらを見つめる視線に、ちょっと目をそらせてしまいそうになる。
「…ちょっと行ってくるよ。大丈夫、危なくなったら逃げてくるから。心配かけて悪いけどさ…。」
ちょっと気まずくて、頭をポリポリ掻いてしまう。それでも彼女の視線から逃げぬよう、目を合わせ続ける。
「…わかったよ。その代わり、絶対に怪我しないでね」
「うん、気を付けるよ」
さよの頭をポンポンと撫でる。
部屋に戻り、まだ蔵に仕舞い込んでいなかった手甲と鉢金をつけると、私は玄関へと急いだ。
「すいません、お待たせしました」
玄関を出て皆と合流し、いざ行こうしたその時…、
「待って!」
さよが家の中から飛び出し、パタパタと駆け寄ってきた。
「おまじない!」
そういうと、手に持った火打石をカチカチ鳴らし、私に向かって火花を散らした。
「これで大丈夫。竜さん、無事に帰って来てね…」
「ありがとう、それじゃあ行ってくる」
じんわりと心が温かくなり、気合が入るね。ちょっと恥ずかしさもあるけれど。
武田の屋敷へ向かう途中、ひんやりとした夜の風が私の頬を撫でる。その冷たさが、火照った頬に気持ち良かった。
今回の話は、作者が出立前の竜之介にさよが火打石を打たせる描写を書きたいだけの話でございました。
微妙な速度で進んでますが、次話か次々話で武田観柳編完了予定です。
なお、作者はおはぎを食べたことがありませんので、作中の表現がおかしいかもしれません。