マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第15話

 

 

 

 シンデレラプロジェクトにみくと李衣菜が戻ってきた。

 二人は武内Pと向かい合って座り、武内Pの隣に佐久間まゆが座る。

 

「前川さんと多田さんのプロデュースに関して、方針を改めようと思います」

 

 心の準備をしてもらうべく、()を開けてから――

 

「まず、ソロデビューに関しては、一旦白紙に戻します」

 

 みくと李衣菜の表情が完全にリンクした。二人とも見開いた目に驚きの大きさを表して、ソファーから立ち上がらんと浮かした腰に焦燥(しょうそう)の色を強く見せる。

 

「白紙って、やめちゃうってことッ? ……あんなに準備したのに」

 

 みくは、噛みつこうする猫みたいに八重歯を光らせた。

 

「それって、わたし達が失敗したから? ゲストライブで……」

 

 声に出すことでゲストライブが失敗であることを認め、しかし李衣菜はその痛みに臆することなく武内Pを見つめる。

 

「二人がゲストライブで成果を出せなかったのは、理由があります。それに気付かず、二人をステージにあげてしまったのは自分の失態です」

 

 あの時は見えていなかった。いや、見ようとしていなかった。間島Pから引き継いだプロデュースなのだから大丈夫だと、信じるあまり考えることをやめていた。

 

 しかし――

 

 改めて考えれば見えてくる。

 みくと李衣菜をソロデビューさせようとすることがいかに間違ったプロデュースであるか。二人をユニットの先輩から独立させて、一人前のアイドルとして輝かせようとするならば――

 

「前川さんと多田さんは、ソロではなくユニットで活動するべきです」

 

 みくと李衣菜は、二人同時に首をかしげる。当然の反応だった。二人は、先輩とのユニットから卒業するためにソロデビューしようとしたのだから。

 

「二人は、それぞれ安部菜々さん、木村夏樹さんとユニットを組んでデビューしました。今日までずっと、ユニットでステージに上がってきました」

 

 例えるなら二人は漫才師なのである。二人組でステージに上がり漫談の技術と経験を積み重ねてきた漫才師のように、みくと李衣菜は先輩との二人組ユニットで経験を積み重ねてきた。

 

 ――だから、ソロじゃダメなのだ。

 

 漫才師がいきなりピン芸人として活躍するのが難しいように、二人組ユニットで活躍してきたアイドルにソロ活躍を要求するのは無理がある。プロデュースの方向性に疑問を投げて当然の、いや、投げかけるべき無謀なプロデュースだったのだ。

 

「二人は、ソロ活動の経験が不足しています。ソロ活動に関しては、初めてステージに上がる新人と差がありません」

 

 二人の視線に複雑な感情が入り乱れて、最後に残った〝憤り〟という感情を口にするより早く――

 

「しかし、ユニット活躍に関しては豊富な経験を積んでいます。これは、とても強力な武器になります」

 

 武内Pは、感情の置き所を探している二人に〝誇らしさ〟を差し出すように――

 

「ユニットであれば、二人はアリーナの舞台でも足を震わせることはないでしょう」

 

 断言をもって可能性を自覚させる。

 みくと李衣菜は、自分が灰かぶりではないと知ったシンデレラのように、疑いの表情を浮かべつつも目の奥に光を宿す。

 

「……でも、仮に武内さんの言う通りだとして、誰と組むの?」

 

 みくの言葉を、あらかじめ打合せでもしたかのように李衣菜が引き継ぐ――

 

「なつきちとのユニットじゃダメなんですよね。今から相手を探す感じですか?」

 

 伊華雌(いけめん)の目には、みくと李衣菜が、武内Pと重なって見えた。恋愛フラグを無自覚にへし折る武内Pを見て〝何故気づかない!〟と真顔で首をかしげるように、ソファーに仲良く並んで座ってユニットの相方を求める二人を見て〝何故気づかない!〟と叫びたくなってくる。

 

「いい組み合わせだと思います……」

 

 まゆが先に気付いてしまう始末だった。それでも、みくは鏡に映る自分と戦う猫の顔で、李衣菜はヘッドホンのコードが抜けていることに気付かなくて音量をあげ続けている人の顔で首をかしげる。

 

「自分の提案する、ユニットデビュー企画です」

 

 武内Pが机の上に書類を置いた。それを見た時の二人の反応はまるでコントだった。書類を見て、眉根をよせて、隣に座る相方候補に視線を投げて二人同時に――

 

「ちょっと待つにゃぁぁああ――ッ!」

「ちょっと待ってくださいよッ!」

 

 はたから見ると二人は息ぴったりのベストカップル以外の何者でもないのだが、みくはネズミと仲良くしろと言われた猫みたいに――

 

「ぜっったい相性悪いにゃ! 方向性が違いすぎるにゃッ!」

 

 李衣菜も負けじと、ドラムの代わりに和太鼓を加入させろと言われたロックバンドのリーダーみたいに――

 

「全然ロックじゃないですよ! 猫耳アイドルとか、もはやロックの反対語ですよ!」

 

 カチン、という音がみくの頭から聞こえたような気がした。

 

「……みくだって、ロックならまだしも〝にわかロック〟な李衣菜ちゃんはノーセンキューにゃ!」

 

 その喧嘩買ってやる。言わんばかりに緑色の瞳がみくを映して――

 

「こっちこそ猫になりきれてない中途半端な猫キャラの人はお断りだっての!」

「誰が中途半端な猫キャラにゃ! みくはどこからみてもキュートで完璧なネコチャンアイドルにゃ!」

「お魚食べられないくせに」

「うぐっ、それは……。でも、それを言うなら李衣菜ちゃんだってギター下手くそにゃ!」

 

 お互いに組み合ってひたすらボディーブローを打ち合うような消耗戦がしばらく続いた。そして二人は、裁判長に判決を求める弁護士みたいに――

 

「みての通りにゃ! 李衣菜ちゃんとのユニットは結成前に解散すべきにゃ!」

「猫とロックは、食い合わせが悪すぎますよ!」

 

 みくと李衣菜は、確かに目指すものが違うかもしれない。そのせいで喧嘩をしてしまうかもしれない。

 けど――

 

「二人には、共通点があります」

 

 興奮状態のみくと李衣菜は、武内Pの差し出した言葉に対して露骨な拒絶反応を示す。溢れんばかりの不満を視線に込めてにらむ。人間が目からビームを出せる種族であれば武内Pはきっと灰になっていた。

 武内Pはそんな視線を、しかし受け止め言葉を差し出す――

 

「二人とも、アイドルとして未完成です。しかし、それは同時に、どんなアイドルにだってなり得る可能性を秘めているということです」

 

 例えるなら熱い鉄のように、叩き方次第では歴史に名を残す名刀にもなるかもしれない。こんにゃくも切れないなまくらになるかもしれない。

 

 ――未完成だからこそ、可能性に満ちている。

 

「このユニットは、通過点であると考えてください。前川さんと多田さんが、なりたいと思い描くアイドルに近付くための足掛かりであると考えてください」

 

 武内Pはテーブルの上の書類に指を向ける。ユニット名は*。

 

「アスタリスク、と読みます。書類上の未決定事項を、暫定的に埋めるために使われます。このユニットの主旨をそのまま示しています。このユニットは――」

 

 アイドルとして未熟な二人が、一人前のアイドルを目指すためのユニット。

 二人で協力して、喧嘩して、それでも笑顔でアイドル活躍をしてもらうためのユニット。

 

「アスタリスクの活躍を通じて、アイドルとしてあるべき姿を探してみるのはいかがでしょうか?」

 

 間島Pは、ソロデビューを提案した。そのために曲から衣裳から舞台から全てを用意した。さながら、子供の手を引いて正しい道を歩かせるように。

 そのやり方は、しかしみくと李衣菜の可能性を潰してしまうと思った。

 この二人に関しては、手を引いて歩くより、手を繋いで一緒に道を探すべきだと思った。

 

 ――鉄はまだ熱い。

 

 焦ってソロデビューという鋳型(いがた)に流し込んでしまうより、手応えを確かめながら何度も叩いて理想の形を模索(もさく)すべきだと武内Pは結論した。

 

「……まあ、そういうことなら、みくは構わないけど」

 

 毛を逆立てていた猫が落ち着きを取り戻して毛繕いを始めるように、みくの表情が穏やかになった。

 

「……まあ、有名なミュージシャンも色んなバンドやったりするし、わたし的にもアリかな」

 

 ようやくやりたい曲の演奏を許された新人バンドマンのように、李衣菜は歯を見せて笑った。

 

「それでは、劇場で行われるクリスマスライブでのデビューを目指し、ユニット活動を始めたいと思います」

 

 きっと二人は、ユニット企画を認めてくれると思っていた。いや、二人をアイドルとして輝かせるためには、絶対にユニット活動をしてもらわなければならないと思っていた。

 だから――

 

「すでにユニット曲の製作に着手しています。クリスマスライブも枠を確保しています」

 

 みくと李衣菜は何も言わない。これは偽物じゃないかと疑う骨董商のような目付きで武内Pをじっと見る。

 

「……あの、どうかしましたか?」

 

 武内Pはたまらず首へ手を伸ばす。

 みくは貧相なキャットフードばかり食べていた猫がいきなり大トロの刺身を出されたみたいに――

 

「……いや、武内さんの印象が、思ってるのと違ってて」

 

 李衣菜も、会場まで電車で移動するつもりだったのにタクシーを手配してもらえたミュージシャンみたいに――

 

「何か、出来る人って感じで、ちょっとロックかも……」

 

 武内Pを評価する言葉を聞いて、隣に座るまゆが嬉しそうに微笑む。彼女は、ずっと大好きで追いかけていたマイナーな漫画がアニメ化されて絶賛されて嬉しい原作ファンみたいな、誇らしくも得意気な笑みで――

 

「ずっと言ってたじゃないですか。武内プロデューサーさんはとても情熱的なプロデュースをしてくれる人だって」

 

 まゆはずっと武内Pを信じて支えてくれている。

 今はみくと李衣菜のプロデュースに力点を置かざるを得ないが、しかしまゆをおざなりにするつもりはない。

 

「実は、佐久間さんにもお話ししたいことがあるんです」

 

 まゆは、武内Pの言葉を、視線を、その全てを受け入れますと言わんばかりの笑みを浮かべて言葉を待つ。

 そんなまゆへ、武内Pは告白まがいのスカウトをした時のように、真剣な顔で――

 

「佐久間さんもクリスマスライブで新曲を出してみませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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