早朝、とある島の砂浜に二つの人影があった。片方は宙に浮く球体の上に腰掛けた小柄な少女。もう片方は着物を着た青髪の少女であった。
「それ、ハクちゃんの艤装なの?」
「はい、名前はシロです」
ハクちゃんと呼ばれた少女が球体をなでながら答える。
「グゴゴッ!!(よろしくお願いしまっせ!)」
「私は蒼龍、こちらこそよろしくね」
シロの声は蒼龍には理解出来ないガギグゲゴ語であったが、その声色からなんとなく言っている事を理解した。
「あれ?シロの言葉が分かるんですか?」
「いや分からないけどなんとなく?」
「そ、そうですか」
そのまま二人は海へと移動する。
「ね、ねえ、ちょっと距離が遠くない?」
蒼龍から一定の距離を保ち続けるハク。それは蒼龍がなんらかのアクションを起こした時、すぐに対応出来る距離だ。
「だ、だって……」
ハクは自分の体を抱き締め警戒するような目で蒼龍を見る。
「昨日の蒼龍はちょっと怖かったです……」
「本当にごめんなさい!!」
敵である少女に土下座を決める艦娘……端から見ればかなり奇妙な光景である。
「可愛すぎてつい……ハクちゃんってなんか見ていると抱き締めたくなっちゃうのよ」
「反省してます?」
ぷうと頬を膨らませるハクはかなりご立腹だ。蒼龍と友達になったのは昨日の事であるが、友達が出来て嬉しくなっていると、突然蒼龍から抱き締めてもいいかと聞かれ、ハクは特に何も考えずに了承した。
別にちょっとしたスキンシップだろうとその時のハクは思っていた。
最初は普通に抱きしめられているだけだった。見事な胸部装甲を押し付けられちょっと役得であったが、自身の胸部装甲との格の違いを実感し少しショックを受けた。ここまでは問題無かった。
しかし、なんと途中からさり気なく胸や太ももを揉んでくるようになった。最初は「あれ?気のせいか?」と思ったハクであったがだんだんと積極的になってきたのでさすがに意図的な行為だと気付き怒った。
「貞操の危機を感じました」
「ごめんなさい」
蒼龍は謝るしかなかった。
「友達同士のスキンシップには限度というものがあります。蒼龍のはやりすぎです。気をつけた方がいいですよ?」
「はい……」
(怒った顔も可愛いなあ……)
「聞 い て ま す か ?」
「はいっ!以後気をつけます!」
「……別に抱きつかれるのは嫌ではないけど節度を守って欲しいです」
ハクはぷいとそっぽを向く。
「ハクちゃん!」
「ちょっ!?なんで飛びかかって来るんですか!?」
『お前らいちゃついてないでさっさと出発しやがれ』
島を出た二人は蒼龍の鎮守府を目指して進んでいた。すでに日は落ちかけ、海は茜色に染まっていた。
「……それにしてもまったく敵と遭遇しないね」
ふと蒼龍が疑問に思った事を呟いた。今の所一度も深海棲艦と遭遇していないのだ。
「そうですね、反応が少ない……」
「分かるの?」
「私には性能の良いレーダーがあるので」
レディーの索敵である。
「この辺りは深海棲艦の数が少ないのですか?」
「そこまで多くないけど、ここまで出会わないのは珍しいよ」
それを聞いてハクは一つの可能性に思い当たる。
(……もしかして)
「蒼龍の鎮守府の艦娘たちが何度かここに来ているのでは?」
「え?」
「行方不明になった蒼龍さんを探してこの近辺への出撃を繰り返し、この辺りの敵を片っ端から倒してしまったのかも」
「……あー、そうかも」
ハクは蒼龍から仲間の事をある程度聞いていた。艦娘同士の結束が固く、決して仲間を見捨てる事のない人たちだと。蒼龍捜索のためにここまでやっていてもおかしくはない。
「今日中には着きそうですね」
「……ねえ、今日はもうその辺の島で休まない?」
あと一時間ほど進めば蒼龍の鎮守府に着くという所で蒼龍がハクへ遠慮がちにそう言った。
「え?」
「だって……友達とはいえ周りからしたら私たちは敵同士でしょ?私の鎮守府にハクちゃんを連れてはいけないから、その……」
「蒼龍?」
『察しなさい。一度別れたらなかなか会えなくなるってこの娘は分かってるのよ』
(ああ……)
レディーのおかげでハクは蒼龍の気持ちに気付く。本来二人は相容れる事の無い敵同士……だから蒼龍はハクの身を案じて鎮守府まで連れていくつもりはないのだ。
未だに謎の多い深海棲艦、しかも姫級だ。捕らえられて実験体にされたりするかもしれない。危険だと殺されるかもしれない。蒼龍はハクがそんな目にあうかもしれないのに彼女を連れて行こうなどとは思っていなかった。
一方でハクも自分がこのまま蒼龍に付いていっては彼女が裏切り者扱いされてしまうのではないかと心配していたため、鎮守府まで行くつもりはなかった。
「分かりました」
「……ありがとう」
二人は適当な島を選んで上陸する。そこそこの背の高さの植物が自生しており、ここでなら敵に見つかる事もそうそうないだろう。
「よいしょっと」
「……ハクちゃん?」
蒼龍が草の上に腰を下ろすとハクがその足の間に収まるように座った。
「今日は特別です。ぎゅってするだけなら朝までこのままでも構いません」
ハクは脱力し、こてんとその小さな背を蒼龍の体に預ける。
「よし!じゃあお言葉に甘えて!」
言葉の勢いとは裏腹にとても優しい抱擁。
「今日はいっぱいお話しましょう。何か面白い話はありますか?私はまだ生まれたばかりなのでこれといった話が無くて……」
「んー……私たちが元軍艦だっていうのは知ってる?」
少し考えると蒼龍はハクにそう聞いてきた。
「はい」
「じゃあ私の軍艦時代の話でもしようかな」
「蒼龍の軍艦時代のお話ですか……」
「まあ私じゃなくて私の乗組員の話なんだけどね」
「ほほう……」
「私の乗組員の一人に、初日から私個人に挨拶をしてきた男の人がいたの」
「へえ」
「あんまりそういう人っていなかったから私は驚いたわ」
「どんな人だったんですか?」
「変人」
「えっ」
「何故かいつもその人は私に話しかけてくるのよ。今日はこういう事があったんだ~とか、昔こんな事をしたんだ~とか色々語って聞かせてきたわ。物言わぬ軍艦だった私に。仲間からも無機物に毎日話しかけてる変人扱いされてたわね」
「……ん?」
ハクが眉をひそめるが彼女の顔は蒼龍から見えない。
「なんか時々聞き捨てならない事も言っていたわ」
「……ちなみにどんな事を言ってたか覚えていますか?」
「金剛さんの船体に落書きしたとかなんとか。信じられないわよね」
「……」
だらだらと冷や汗をかくハクに蒼龍は気付かず続ける。
「ほんっとお国の船になんて事してるのかしら。私の船体に落書きされなくて本当に良かったわ……」
「ホントデスネ」
「あ!そういえば終戦の日を言い当てるなんて事もあったわ!未来が見える人だったのかなあ?」
「……す、すごいですね」
その後も蒼龍の話は続いた。楽しげに話す蒼龍に相槌を打つハク。よっぽど話に夢中になっていたのか蒼龍がハクの変化に気付く事は結局なかった。
「……で最後は私から退艦せず一緒に沈んでいったわ」
「きっとそれだけ蒼龍が大好きな人だったんですよ」
「……うん」
少し抱擁に力がこもる。
「そろそろ寝ましょうか。すっかり暗くなってしまいました」
二人が空を見上げると月が出ていた。
「もうそんな時間かあ……」
「なかなか楽しいお話でした。満足です」
「ふふっ、そりゃどうも」
寝息を立てる蒼龍の抱き枕になりながらハクはぼうっと月をながめていた。
『……教えてあげないの?その変な男は自分だって』
今まで黙っていたレディーの言葉にハクは目を伏せる。
(……きっと教えてしまったら蒼龍は私から離れづらくなってしまいます。それ以前に信じてもらえるか分かりませんが)
『……』
(それにしても……前世はここと同じ世界だったという事でしょうか)
身をよじったハクが蒼龍の頭を優しくなでると彼女は無邪気な笑みを浮かべた。
「えへへ……」
「ふふ、可愛い……さすが私の嫁艦です」
『はあ……』
夜は静かに更けていった。
挿絵を入れるか否か……主人公の容姿の具体化が難しい。
次回、旅立ち。