宙ぶらりんのお姫様   作:TS百合好きの名無し

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名前

 

 

 

 夢を見ていた。軍艦時代の夢だ。

 

「……」

 

 一人の軍人が私の艦橋を見上げている。

 

「今日からお前の乗組員になる○○だ。これからよろしく頼む」

 

 不思議な青年だった。個人でわざわざ私に挨拶をしてきたのはこの人ぐらいだ。

 が、それで終わりではなかった。彼は度々一人で現れ、私に話しかけてくるのであった。

 

「今日は銀蠅でいいものを手に入れたんだ、ほれ」

 

 銀蠅の品を懐から取り出す。もちろん私からの返事はない。私は船だから喋れない。いつも彼の一方通行な会話だ。でも彼の声を私はずっと聞いていた。

 

(……友達いないのかな?)

 

 言うなれば彼は変人だ。無機物に何度も親しげに話しかけている男。周りからも当然変人扱い。

 

 

「暇だから話し相手になってくれ。今日はな……」

 

(聞いてるだけだけどね)

 

「んで、昨日は上官にこってり絞られてな……」

 

(そりゃそんな事したらそうなるでしょ)

 

「この間の戦いはすごかったな!」

 

(ふふん、私も活躍したもんね)

 

「お前以外だと〈金剛〉の乗組員をやってた事もあるんだ」

 

(……ふーん)

 

「そういえば、〈金剛〉の船体に落書きとかしたっけ……ああ、大丈夫、多分バレてないから。……バレてないよな?」

 

(ちょっ!?お国の船に何してんのこの人!?私にはしないでね!絶対だよ!)

 

「残念だけど戦争ってなかなか無くならなものだよな」

 

(そうだね……)

 

「今から終戦の8月15日まではまだあと数年あるな……俺はそれまで生きていないと思うが」

 

(終戦まであと数年?それに日付まで……この人時々変な事言うのよね、けどこれまでも実際に戦いの結果をやる前から言い当ててるし……もしかして未来を知ってるとか?いやまさか……)

 

「まあそのなんだ、お前の乗組員になれて俺は嬉しいよ」

 

(そう言ってもらえると嬉しいなあ)

 

 

 その日あった事などのあれこれを私に話す日々。そんな彼との時間を……私は恐らく楽しんでいたのだろう。

 艦娘になった今でも時々思い出す、話している時の彼の優しい瞳を。でも少し気になる事もあった。

 何故か……彼は他の誰よりも「私」を見ていたような気がしたのだ。船体に宿っていた私の魂そのものを。

 

 

 

ーーー場面が切り替わる。

 

 

 

 1942年6月5日

 

 

 連勝を続ける私たちに突如として訪れた悪夢。運命の5分間といわれたミッドウェー海戦。被弾した私の船体から炎が上がり、乗組員たちが避難を始める。

 それなのにあの変人は一向に私から出て行こうとしない。

 

(何やってるのよ!怪我したわけでもないのに……)

 

 彼の手が私の船体を優しくなでる。

 

「お疲れ様……今日までよく頑張ったな」

 

(……)

 

「たしか柳本艦長も残るんだったか……。俺もお前と沈めるなら本望だよ……離れたくないしな」

 

(……ばーか)

 

 どうやら私と一緒に沈むつもりでいるらしい。

 炎が彼の周囲を取り囲み脱出はもう不可能になる。でも彼の顔には死への恐怖といったものがまるでなかった。

 

「一緒だから…寂しくないだろ、なあ蒼龍?」

 

(本当に馬鹿な人……でも、ありがとう)

 

 

 そのまま私たちは沈んでいった……暗い海の底へ。

 

 

 船だった私はあなたと言葉を交わすことが出来なかったけれど、伝えたい事が一つだけあった。最後まで伝える事は叶わなかったけれど……

 

 

「私は……あなたが好きでした」

 

 

 

ーーー再び場面が切り替わる。

 

 

 

 20××年。

 

 

「航空母艦、蒼龍です」

 

 私は目の前の人物に向かって敬礼する。白い軍服に身を包み、軍帽を被ったその人も私へ敬礼を返した。

 

「私がこの鎮守府の提督だ。深海棲艦からこの海を取り戻すため、これから共に戦って欲しい」

 

「はい!」

 

 

 挨拶を済ませた私は部屋の外へ。扉を出てすぐそばに立っていた少女が私に声をかける。

 

「挨拶は済みましたね?ではこれから施設の案内をします」

 

「はい」

 

 ふと私は窓の方へと顔を向ける。

 

「……」

 

 

 窓ガラスに映った私の姿は人間の少女そのものだった。

 

 

(自分の声が出る。他人に触れる事も出来る。でも一番会いたいあの人がここには……)

 

「どうかしました?」

 

「……何でもありません。行きましょうか」

 

 あの戦争から何十年もの時間が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 ……なんだか柔らかいものに頭が乗せられている。

 

(私……枕なんて用意したっけ)

 

 倒れた後の事は覚えていないがそんな物はなかったはずだ。

 

(それになんだか温かい……)

 

 寝ぼけたまま無意識の内に枕へと手を伸ばす。

 

「ひゃん!?」

 

 むにゅん。

 

(何これ……触り心地最高)

 

「んっ……ん!」

 

「「「「おおー!ごくり……」」」」

 

「よ、妖精さん助けっ……んん!」

 

「「「「お構いなくー」」」」

 

「ちょっ!?」

 

 周囲が騒がしい。それに枕が小刻みに揺れる。

 

(もう……何なのよ、私は昨日色々あって疲れ……っ!)

 

 はっとして目を見開く。そうだ、呑気に寝ている場合ではない!

 

「……あ、起きました?」

 

「え……」

 

 白い少女が私の顔を覗き込んでいた。何故かその頭と肩に私の艤装の妖精さんたちを乗せて。

 

「な…ななな……」

 

「無事で良かったです」

 

 少女が微笑む。私はそれを見て固まった。何か懐かしいものを感じたのだ。

 

「あの……くすぐったいのでそろそろ手を離していただけると嬉しいのですが」

 

 自分の手が掴んでいるものを見る。なんと自分が枕だと思っていたのは少女の太ももであった。

 慌てて少女の太ももから手を離して起き上がると彼女から距離をとった。

 

「あなた……昨日の?」

 

 慎重に相手を観察する。桃色のセーラー服を着ているだけで武装は見当たらない。

 

「はい。ここで生活している者です。と言っても住み始めたのは昨日からですけど」

 

 お人形さんみたいに可愛らしい女の子だった。

 白髪のロングストレートは柔らかな風に煽られ、未踏の雪原を思わせる白い肌には染み一つない。愛らしさを増長している小さい背丈が、くりんとした赤い瞳に似合っていた。

 

「姫……よね?」

 

「んー……私もよく分かってないんですよね。まあそれで構いません」

 

 困ったように彼女が笑う。それを見て小さく跳ねる私の心臓。

 

(まただ……)

 

 何故か彼女を見ているとドキドキする。理屈ではない何かに私の心が反応している。

 

「まあ少なくとも蒼龍と敵対するつもりはありません」

 

「なんで私の名前を……」

 

「私の好きな船ですから」

 

 そう言った時の彼女の瞳を見た瞬間、私の中で全てが繋がった。

 

(どことなくあの人に似てるんだ……)

 

「……意味が分からないよ」

 

「と、とにかく!私は蒼龍の味方です!そして事情はこの妖精さんたちから聞いています。鎮守府に帰りたいんですよね?」

 

 そう言われて頭に浮かんだのは鎮守府にいる仲間の姿だった。

 

「うん……」

 

「蒼龍が鎮守府に帰れるよう私が協力しましょう」

 

「え?」

 

「一人で送り出してまた襲われでもしたらと思うと心配ですし……」

 

 この少女はどうして敵であるはずの自分にここまでしてくれるのだろう。

 

「……どうしてそこまで私にしてくれるの?」

 

「私がそうしたいから……ですかね」

 

「……」

 

 嘘をついているようには見えない。本当にただそれだけのようだ。

 

「私は代わりに何を差し出せばいいの?」

 

「見返りとかは要りませんよ。ただ、もしよければ……」

 

 少女がはにかむ。

 

「友達に……なってくれると嬉しいかなぁって」

 

(友達……)

 

 まったく予想もしていなかった申し出に私は戸惑った。

 

「でも私たち敵同士よね?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……敵同士なんですか?私、戦う気ないですよ?」

 

「そ、それは分かるけれど……」

 

「ダメ……ですか?」

 

 なんだか彼女が少し泣きそうに……何だろうかこの罪悪感は。

 

「蒼龍、この人いじめちゃ、めー!」

 

「この人いい人ー!」

 

「ヤシの実くれましたー!」

 

「敵じゃないですー!」

 

 なんと妖精さんたちからの非難が飛んできた。

 

(私が悪いの!?)

 

「あーもう分かったわよ!友達になればいいんでしょ!なってあげるわよ!」

 

 もう折れるしかなかった。このままじゃ私が悪役だし。

 

「本当ですか!」

 

 ぱあっと彼女の顔が明るくなる。

 

「うぐぐ……」

 

 ……正直に言おう。私は妖精さんたちが彼女に懐いているのを見た時点で彼女に対する警戒心なんてとっくに無くしていた。そもそも敵意を感じないし、敵味方以前に私を助けてくれた恩人なのだ。私の好きだったあの人みたいな所もあるし。

 じゃあ何故こんな態度をとるのか?

 

 答えは……彼女が可愛いすぎるから。

 

 まず容姿は文句無しのロリっ娘美少女。敵だとか味方だとか関係なく愛でたいレベル。

 ちょっとだけ触った太ももはめちゃくちゃ柔らかかったし、その時の頬を赤く染めた顔も最高だった。愛でたい。

 さっきのうるうる目からの笑顔のコンボは反則。私を殺す気か。鼻血が出かけたぞどうしてくれる。愛でたい。

 

(耐えろ私の理性!がっついたら嫌われちゃう!)

 

 そう、私は目の前の少女を今すぐ愛でたいという気持ちを理性で必死に押さえ込んでいるのだ。

 

 

 

 

「初めての友達、嬉しいです!」

 

 少女は舞い上がっていた。蒼龍が自分を友達だと認めてくれたのだ。

 

(やりました!前々世で一番好きだった蒼龍が初めての友達です!!)

 

『良かったわね』

 

(もし断られたら最終手段で土下座でもしようかと思っていました)

 

『土下座って……引くわ』

 

 レディーから容赦のない一言が飛んできた。だが実際せっかく会えた艦娘であったため、控えめに申し出はしたものの、彼女はなんとしてでも蒼龍と友達になりたかったのだ。単純に寂しかったから。

 ……ちなみに蒼龍の煩悩を刺激する数々の行為は無意識に行われたものである。

 

「そ、そう……それじゃ、あなたの名前も教えてくれない?」

 

 そうこうしていると蒼龍に名前を聞かれる。

 

「名前……ですか」

 

(そういえば考えていませんでしたね……)

 

 腕を組んで考える。

 

(真っ白な外見だし白の音読みでハクとかどうかな。安直すぎるでしょうか?)

 

『ハクね……いいんじゃないかしら』

 

「あの、困るのなら無理に答えなくても……」

 

「……ハク」

 

 ポツリと呟く。

 

「え?」

 

「ハクと呼んでください。それが私の名前です」

 

「ハクちゃん?」

 

 名前を呼ばれた瞬間、とても嬉しい気持ちになる。

 

「はい」

 

「……よろしく」

 

「よろしくお願いします!」

 

 初めて出来た大切な友達……ハクの心は喜びでいっぱいになり、彼女は自然と花のような笑みを蒼龍に見せていた。

 そしてそれは煩悩に耐えていた蒼龍の理性を一撃で破壊した。

 

「……」

 

「蒼龍?」

 

「……」

 

「おーい」

 

「……」

 

「……」

 

「……抱きしめてもいい?」

 

「えっ?別に構いませんが……」

 

「よっしゃ!!……じゃあ今日一日私の抱き枕ね」

 

「!?」

 

 先程までの距離感が一瞬で無くなった事にハクは戸惑う。

 

(あ、あれ?なんかキャラ変わってません?それに目がなんだか……)

 

 この後めちゃくちゃいじくり回された。

 

 

 

 

 

 




妖精さんたちが歓声をあげました。

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