「んぅ……ん?」
下腹部がムズムズする。それが尿意だと気づき起き上がる。窓から外を覗くと辺りは真っ暗になっていて月が出ていた。
「草むら草むら……」
船の外へ出てその辺の草むらへ。
「……ここでいいかな」
残念ながらトイレなどという便利な物はここには無いので遠くの草むらの影で処理。私はすっきりとした気分で船へ引き返す。
「この体でも生理現象ってあるんですねー」
そのままシロを呼び出そうと……
「……いや待って!?何さも当たり前のようにお花摘みに行ったんですか私!?」
何故か自然にその行為が行われていた。自分は元男……普通は戸惑うはずなのに。
そしてもう1つ───
「言葉遣いもおかしい!!」
自分の一人称は〈俺〉だったはずなのに……
『いや、あなた女の子でしょ』
「!?」
唐突に聞こえた誰かの声。慌てて周囲を見回すが誰もいない。でも知っている声。聞こえてきたのは……
「私の声?」
『そうよ私はあなただもの……ん?もしかして私の声聞こえてる?』
驚きつつも返事をしてみる。
「……は、はい。聞こえてます」
『はぁ、やっと同期が終了したみたいね……今までもずっと呼びかけていたのだけれども全然聞こえて無かったし』
ため息を吐かれた。不思議な事に声は直接私の頭に響いてくる。
「あの……あなたは?」
『私はあなた……もっと詳しく言えばこの体の持ち主よ』
「え……」
『あ、でもあなたもこの体の持ち主である事は間違いないわ。一つの体に魂が二つ入っているだけよ。まあ体の支配権はあなたが持っているみたいだけれども』
(はいい!?)
いきなりのカミングアウトに思考が追い付かない。
「あなたはもう一人の私……?」
『そういう事。私の事はレディーとでも呼んで頂戴。ちなみに私の声はあなたにしか聞こえてないから』
「じゃ、じゃあレディーさん」
『さんとかいらないから』
「……レディー、同期って何?」
私は彼女の発言で気になっていた事を聞いた。
『同期っていうのはあなたの魂とこの体が完全に一つになる事。生まれてすぐはまだ完全じゃなかったけれど、今は完全に馴染んでる。言葉遣いが変わったのもそのせいよ……女の子が〈俺〉とかおかしいでしょ?』
「……変わったのは言葉遣いだけですか?」
『ふふっ、もう気付いてるんじゃないの?』
そう、私は質問しているが薄々気付いていた。自分の変化に。
『もうとっくに心も見た目相応の完全な女の子になっているわ。前世では男だったようだけれども、あくまでその時の記憶があるだけで感覚や考え方なんかはもう女の子そのものよ。試しに〈俺〉って言ってみなさい』
「お…俺っ!」
言われた通りに言ってみるとものすごく違和感を感じた。何故か昼間のようにいかない。それに口に出す事が恥ずかしく思えてきた。
『別に不思議な事ではないでしょう?むしろ体は女の子なのに中身が男のままだったら生きづらいもの』
たしかにそうかもしれない。
『……ちょっとショックだった?』
「いえ……実際そこまで気にしていませんよ。今の方がしっくりくるぐらいです」
別に記憶を失ったわけじゃない。転生してる時点で大抵の事はすんなり受け入れられた。
『……ふーん。他に聞きたい事はあるかしら?』
(他に聞きたい事……やっぱりあれかな)
「この体は何者ですか?」
この体の正体が気になる。
『……』
「レディー?」
『……この体は、色々混ざっているわ。あなたの考えている二つのもののどちらでもあり、どちらでもない。あなたが好きな方になればいい』
曖昧な答えが返ってきた。
「どちらでもあり、どちらでもない……」
『すぐに答えをださずとも、その目で実際にこの世界を見てから考えればいいんじゃない?』
「世界を見る……ちょっとワクワクしますね」
『私も同じよ』
姿は見えないけれどクスッとレディーが笑ったのが分かった。
「ではまだ夜ですし、詳しい事はまた明日にでも」
『そうね。また明日……っ!』
「どうかしましたか?」
『ここに何か近付いて来てる。音が聞こえない?』
「え?」
耳を澄ませる。
……ドオ…ン!ドオォ……ン!
「これ、砲撃音ですかね」
『砲撃音ね』
幾つもの砲撃音。それらがだんだんとこの島に近付いてきていた。
『行くの?』
「ええ、戦いが起こってるって事は艦娘に会える可能性が高いですから」
『そう……じゃあ行きましょうか』
レディーは特に止めようとはしなかった。
艦娘に会える……そんな期待を胸に私は音の聞こえる方向へと歩き出した。
音源の方へと向かった私が見たのは島へと上陸しようとしている一人の少女の姿だった。彼女は真っ直ぐこちらへと体を引きずるように歩いてくる。私はそのまま少女へと歩みを進めた。
「……!だ、誰!?」
どうやら私に気付いたらしい。隠れる気は無いので気にせず接近する。距離約5m、彼女の瞳に月明かりで照らされた私の姿が映る。私の赤い瞳が月明かりの下で輝いていた。
「……う、嘘……姫級!?そんな……」
膝から崩れ落ちる少女。何かを諦めたらしく絶望したような声をあげている。
(……暗くてよく見えませんね)
『ていうか間違いなくあなたに怯えているわよ』
(え?……あ、そうか。今の私の見た目って深海棲艦の姫みたいなものなんでしたっけ)
「島の反対側に廃船があります。私が行くまでそこに隠れていてください」
暗がりの中でも彼女がぽかんとした顔をしたのが分かった。
(この娘は艦娘でしょうか?)
『艦娘よ、この娘以外に艦娘の反応は無いわね。私のレディーセンサーがそう言っているわ』
(そうですか……じゃあ島の周囲にいるのは深海棲艦かな)
レディーセンサーについてツッコむのはやめた。今はやるべき事がある。
背後からの視線を感じながら私は海へと出た。
(何隻いるか分かりますか?)
『四隻。内三隻は島の周囲を動き回ってて、一隻は動いてないからこいつがリーダーかしら』
(便利ですね)
『ふふん、もっと褒めても良いのよ』
(で、リーダーはどこに?)
『……無視しないでよ。えー、10時の方向に反応あり』
(了解)
レディーの指示通りの方向へ進むと何かがいた。巨大な盾のような艤装に全身黒ずくめのスレンダーな体、黒の長髪を持つ女性───戦艦ル級である。
(うわ、戦艦だ……)
「えっと、こんばんは?」
とりあえず挨拶してみたけれど返事はない。
ル級は私を見て狼狽している。こちらへ攻撃してくるような様子は無かった。
(……この後どうしましょうか?)
『考えて無かったの!?』
とにかく会話をしてみようと私は口を開いた。
「私の拠点に何の用ですか?」
完全な女の子になりました。
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