目を開けると眼前には青い海が広がっていた。
「え……?」
思わずそんな声が出た。見渡す限り何も───青い海しか見えない。そんな場所に俺は立っていた。暑い日差しが容赦なく降り注いでいる。
(ん?……
慌てて自分の足下を見ればそこも海。なんと俺は海上に立っていたのである。何故沈まない?どうやって浮いているんだ?そもそもここはどこだ?いつからここに?等々様々な疑問が一度に押し寄せてきてくらりとする。
(俺はあそこで……ミッドウェーで蒼龍と共に沈んだはず……ここはあの世?)
キョロキョロと辺りを見回しても何もない。
「まったくなんなんだ……ん?……あれ?」
だんだんと落ち着いてきたからだろうか、俺は違和感に気付く。
「なんだこの声……まさか俺の声だっていうのか?」
鈴の鳴るような可愛らしい声が先ほどから聞こえている。俺が何か喋る度にその声が周囲に響く。
(いや、それだけじゃない)
目の高さが低すぎる気がする。これじゃまるで子供の高さだ。
(そもそも俺は今どんな姿を……え!?)
しゃがみこみ海面をジっと見つめるとそこに映っていたのは一人の少女だった。白人でもここまでのレベルはいるのだろうかと思うほど真っ白な陶磁器のような肌に同じく真っ白な背中まであるストレートロングの長髪、頭頂部にあるアホ毛、整った幼い顔立ち、深紅の瞳を持つものすごい美少女がきょとんとした顔でこちらを見つめていた。パッと見た感じ中学生ぐらいの年齢に見える。
服装は上下とも白と薄いピンクのセーラー服を着ており、真っ赤なスカーフが胸元で結ばれている。足には黒いソックスと茶色のローファーを着用……スカートを恐る恐るめくるとスパッツを履いていたのでホッと一安心。いやそれでもスースーするのだけれども……どうにも慣れない感覚に顔を赤らめる。
「……ってどういう事だ!?また“転生”か!?」
すでに一度“転生”というものを経験していた俺は今回もそれなのではないかと思い至る。前世が二つもあるってどういう事だ……俺の生はいつになったら終わるのだろうか。
「というか誰だよこの美少女……」
ちなみに股間を確認したらやっぱりなかったので女の子と確定。何度見ても見覚えのない顔に困惑する。続いて好奇心から身体のあちこちを触ってみた。
髪はさらさら、肌はぷにぷに(特に頬)、胸は……ないわけではないが大きいわけでもない、いわゆる美乳というやつだろうか。
触っている間「んあっ」とか「やっ」とか変な声が出てしまう。女の子の身体の敏感さを初めて知った。自分で触ってこれなのだから他人に触れられたらどうなってしまうのか。
(海上に浮いている人間……何か頭に引っかかるな)
記憶が何かに反応している。
(前世に心当たりはない……となると前々世の方の記憶の何かに反応しているのか?)
海上、浮いている、人間、少女……
(なんかまるで艦これの……いやまさかな)
ふと頭に浮かんだのは前々世の俺が大好きだったブラウザゲーム「艦隊これくしょん」の事。あの作品では少女たちが海上を航行していた。
「……ちょっと試してみるか?」
試しに艦これに登場する艦娘たちのように海上を進むイメージをしてみる。
「おっ」
足を動かしてもいないのに体が前に進んだ。それからスピードを上げ下げしたり、曲がったりと色々試してみる。
(楽しい……)
浮くだけではなく航行も出来るとなるともう間違いないような気がする。
「艦これの世界に転生した?」
そんな仮説を立てたが、そうなると一つ問題がある。現在の俺の姿についてだ。真っ白な肌や髪に深紅の瞳というのは艦これの敵の中でも最上級の強さを誇る姫と呼ばれる存在に多く見られる特徴である。
もしここが艦これの世界ならば俺はどこかにいるかもしれない艦娘たちに会ってみたいのだが……
「出会った瞬間いきなり砲撃されそう」
せっかくこんな世界に転生出来たのにいきなり沈められるとか冗談じゃない。俺はすでにこの世界での人生?を楽しむと決意していた。
(そのためにもまずは艤装があるか確認するべきだろう)
パッと見た感じセーラー服を着ただけの丸腰状態。見た目的に自分の艦種は駆逐艦だろうかと思いつつ、とりあえず艤装よ出て来いと念じてみる。
「……!」
右腕の重みが増したような気がして見てみると右腕が何かに覆われていた。
艦これに登場する敵艦に駆逐艦イ級という黒い魚雷に目と口がついたようなキャラがいる。まあほとんどの敵駆逐艦が同じような見た目なのだが。そのイ級が丸みを帯びたミニ版のようなものが俺の右腕を覆っており、先端から短い砲身が伸びていた。ちなみに目はついてない。
(わるさめちゃんの左手の艤装だろこれ……え!?)
左手に艤装がついている姿を思い浮かべた瞬間、黒い霧と共に艤装が右腕から消え左腕に展開された。どうやらイメージするだけでそんな事まで出来てしまうらしい。消すイメージをすると一瞬で消える。
「……」
やはり一度は試し撃ちしてみたい……そう考えるのは不自然だろうか?男としては(今は女だけど)やはりそうしてみたくなるというものだ。
今ではすっかり最初の不安は消え、むしろこれから先の事を考えてわくわくとしてすらいた。
(的になるものは……ないな。とりあえずどこかへ向かって進んでみるか)
ーーーーーー
どれくらいの時間が経ったのだろうか。宛てもなく大海原をさまよっていた俺はついに島を発見した。
(……島!)
周囲を警戒しながらゆっくりと島へと近付く途中で俺はある存在に気付く。
「あれは……」
黒光りする魚雷のような胴体に大きな口と緑の目───駆逐イ級だ。そいつが島の近くをウロウロしていた。
(デカいな、2m前後はあるんじゃないか?)
どうするべきか……一応今の自分は姫級のような見た目だ、接触してどうなるのか反応も見てみたい。いざとなったら戦う事も考えなければならないが。
「……」
意を決してイ級に接近する。イ級もこちらに気付き───
「……あれ?」
結果を言うとイ級は俺を見るやいなや逃げ出した。それはもうすごい勢いで。
(なんで……というか怯えてた?)
予想外の結果にポカンと立ち尽くす。
(姫って敵側からしてもそんなに恐ろしいもんなのか……)
このまま立ち止まっていても仕方ないと島への上陸を開始した。そこそこの大きさがあり林のような場所もあるし食べ物なんかも見つかりそうだ。
(よく考えてなかったけど食べないとさすがに死ぬよな。見つけられては良かった……腹も空いてるし)
思えば航海中、少しずつ自分の中の何かが無くなっていくような感覚を覚えていた。きっと燃料を消費する感覚だったのだろう。食べ物で補給出来るのかどうかは不明だ。
「ああ地面だ、安心する……」
自然とそんな声が漏れた。やはり足がしっかりと地面と接しているのは安心する。怖くはないのだが海の上に立っているという状況そのものがまだ慣れないのだ。
砂浜を一歩一歩踏みしめながら島の林の奥へ。自生している木々をよく見て何かないか探してみる。木の実が手の届く位置についているものを発見し、さっそくとって口に入れてみた。植物に詳しくはないから何の実か分からないが赤く丸い木の実だ。
「甘い!」
スカートについていた小さなポケットに入れられるだけ詰め込み残りはその場で食す。空腹感が収まるのと同時にほんの少し失った何かが補充されたような感覚がした。もしかしたら燃料の残量が回復したのかもしれない。
「もっと奥へ……何?水の音?」
さらに奥へ進むと湧き水を発見、飲んでみたが特に問題は無さそうだ。
(意外に色々あるな……これ以上進むと島の反対側に出てしまうけれどせっかくだし行ってみようかな)
「うわっ!」
何となく島の反対側に向かった俺がそこで見つけたのは漂流して来たと思われる大きな船。完全に島に乗り上げてしまっている。
「そんなに古い船には見えないな、何かあるかもしれない」
そこで一つ問題が。
(どうやって船の上に行けばいいんだろ)
船の付近には何か───ヤシの木があった。登ってそこからの跳躍で船の上に飛び移れるかもしれない。
「よぉし」
ヤシの木を登る。その時に気付いたのだがこの体はかなりスペックが高い。すいすいと木登りが出来たし、片手で体を楽に支えるだけの力も出せる。
(このぐらいの高さがあればいけるだろ)
十分な高さを確保した俺は木の幹を蹴って船の上へと跳躍した。
「よっと!」
余裕を持って着地。ふわりと舞ったスカートを無意識に押さえつける。スパッツを履いているのだから問題ないと思うのだがどうにも体が無意識にそう動く。この体になってから若干というか色々感覚が変わってしまったような気もする。多分気のせいではない。だんだんとこの体に心が馴染み始めているのだ。女の子となった以上お淑やかさは必要だとは思うけれど。
(さて……と、探索開始!)
船内には誰もいない。もちろん死体もなかったので少し安心した。
(人間の死体なんてもう見たくないからな……ん?これは!)
船の積み荷と思われる物を確認すると燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトといった資源が出てきた。『修復』と書かれたバケツも少しある。輸送船だったのだろうか。何にせよありがたい。
「食べ物もあるし資源もある……一安心といった所かな」
(資源は確保、補給も問題なく……ちょっと待て、補給の仕方が分からない!)
必死で考えるがそのあたりの事は前々世でも知らなかった気がする。背中に艤装が無い状態で航行出来る事を考えると燃料は直接俺が摂取するのだろうか?
「……ね、燃料とかって飲めるのかな」
恐る恐る燃料缶を一つ両手で持って少し飲んでみる。
「うぇ……まずい」
なんとも言えない味、油を飲んでいるだけなので美味しくない。けれども燃料の残量が回復したのを確かに感じた。
(直接摂取しなくても良い方法は無いかなぁ。貯蓄ユニットよ出て来い!……なんて)
適当に念じてみる。
「グゴ……」
「ひゃ!?」
突然目の前に異形の物体が現れた事に驚き尻餅をついてしまう。どうやら腰も抜けてしまったようで立ち上がれない。
(な、何だこいつ、まさか俺が召還したのか?)
尻餅をついたまままじまじと異形を観察する。白っぽい球形のボディに歯をむき出しにした大きな口がついた外見で目は無く、直径はバスケットボール3つ分くらいはあるのではなかろうか。しかもふよふよと浮いている。
「……超でっかいタコヤキ?」
浮遊要塞という名の敵キャラがこんな外見だったと思う。貯蓄や補給を思い浮かべて現れたという事からこいつは俺の艤装と考えるべきか?俺の艦種は一体何なんだ……
(まあいいか……なんか生きてるみたいだし会話も出来る可能性がある)
「ええと、お前は俺の艤装か?」
「グゴ!」
「ちょっとそこの燃料缶の中身を飲んでみてくれるか?」
(あ、手が無いから俺が口まで運んでやらないと)
燃料缶を浮遊要塞に近付けると口を開いて来たのでその中に流し込む。すると今回も燃料残量が確かに回復する感覚があった。浮遊要塞と俺はどうやらリンクしていると考えても良さそうだ。原理などについては全く分からないがそういうものだと納得しておく事にした。
「グゴゴゴッ!」
(なんか嬉しそうだな)
「弾薬の補給に関してもお前に食べさせればいいのか?」
「グゴッ!」
「……多分YESって言ってるんだよな。何となくそんな気がする」
(補給方法は分かった……後はこれを自身に貯蓄出来るかどうかだが)
「予備の資源としてお前の中に保管しておく事は可能かな?」
「グゴッ!」
「……」
試しに燃料缶を一つ取って丸ごと浮遊要塞の口の中に突っ込んでみた所、すんなり入ってしまった。口内は真っ黒な闇が広がっていてよく見えない。異次元にでも繋がっているのかもしれない。
次々と資源を浮遊要塞の中に詰め込んでいくと途中で浮遊要塞からストップがかかる。
「グガガ!」
「もう入らない?」
「グゴッ!」
もう満腹らしい。ふよふよと浮く浮遊要塞を見て今度はある事を思いついた。
「……なあ、上に乗ってもいい?」
「……グゴッ!」
スッと浮遊要塞が高度を下げる。乗れという事だろう。慎重に浮遊要塞の上に腰を下ろすと、意外に悪くない乗り心地に驚いた。揺れが少ないので安定感があるのだ。結構ひんやりしてて声が出かけたけれど。
「外へ」
「グゴッ!」
浮遊要塞に乗って船外へ出ると沈ゆく夕日が見え、辺りはすっかり暗くなっていた。
(補給も保管も移動も出来る……いつまでもお前呼びじゃ可哀想だし名前ぐらい付けてやるかな)
「うーん……」
「グガゴ?」
「ああ、お前の名前を考えているんだよ」
(……思いつかない。真っ白な外見だし安直だけど「シロ」ってのも……うん、いいかもしれないな。分かりやすい名前ってけっこう愛着わくし)
「よし、今日からお前の名前はシロだ!」
「グゴゴゴッ!」
元気の良い返事が返って来た。気に入ってくれたみたいだ。
しばらくの間シロの上で飛行を楽しんだ俺は再び船内に戻った。毛布などが残っているのを見つけていたからだ。これがあるのとないのじゃ全然違う。
「しばらくの間はここで暮らそうかな」
知らず知らずの内に疲れが蓄積していたようで俺は船内の布団ですぐに眠りにつく。眠る前に考えていたのはこれからの事……
(いるかどうかはまだ分からないけれど艦娘に会えたらいいな……)
そして俺を意識を手放したのだった。
主人公のモデルは特にありません。イメージは皆さんにお任せします。