豚と呼ばれた提督   作:源治

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一話 提督にしたくない提督ナンバーワン

「ふ、ふひ」

 

質素な執務室に豚のような鳴き声が響く

 

巨漢のデブがいた、髪は長くぼさぼさで所々にフケがついており、センスのかけらも無い丸い黒フレームのめがねの奥の瞳はよどんでいる

さらに、はちきれんばかりの脂肪を包む白軍服の襟は黒ずんでいて、その姿はお世辞にも清潔感があるとはいえない有様だった

 

声どころか見た目まで豚のような生き物がそこに居た

 

「や、やはりぼのたんはかわゆす。はぁはぁ」

 

そんな風体の豚が窓に張り付いていた

その視線は鎮守府の広場ではしゃぎまわる少女達、いわゆる艦娘の駆逐艦たちに注がれている

 

「・・・・・・」

 

そんな豚を汚物を見るように見つめる凛々しい長い黒髪の女性がいた、戦艦の艦娘、長門である

彼女がこの豚の秘書艦になって二年になるが、彼女は無の心で書類に視線を戻し業務に戻った

それだけ長くいれば好意なり敵意なり抱きそうなものだが、彼女の豚に対する好感度はゼロである

そう、マイナスでもプラスでもなくゼロであった

 

というのもこの豚、地味に有能なのである

 

「ぶた・・・・・・ッチ、提督。この書類なのだが」

「い、いま言い直したけど言い切ったよね。こ、こ、これだからBBAは・・・・・・」

「ッチ!!」

「っひ、な、なにかな」

 

この鎮守府では誰もが陰で彼を豚と呼ぶ

むしろ一部の艦娘は堂々と『豚提督』などと面と向かっていい放つほどで、実際の所ほとんどの艦娘が彼の本名を正確に記憶していなかった

 

そんな豚に対して長門は言葉を続ける

 

「天龍達の今回の海上護衛の任務に軽空母と駆逐艦を追加で編成に加えたのはなぜだ?」

 

本来、海上護衛の任務は輸送船の規模にもよるが軽巡一駆逐三で行われるのが基本だ

それが今回は軽巡一駆逐四軽空母一の編成である、護衛戦力としては通常より厳重と言えた

 

「く、呉の、提督から連絡があって輸送航路近辺でヲ級の艦載機を、を見たって連絡がき、きた」

「ああ、呉の・・・・・・」

 

呉の提督は硬派な艦娘たちからは絶大な人気を誇る武闘派である

記者の真似事をしている重巡洋艦艦娘である『青葉』のネットワーク広報、通称『青葉通信』

艦娘だけが知るそのサイトの記事を長門も愛読していた

そのサイトによると呉の提督は厳しくはあるが苛烈な戦いで戦果を挙げ、見た目も冷たい容貌ではあるが美顔の偉丈夫である

さらに彼の率いる艦娘たちは選りすぐられた武闘派エリート集団とのことで、よく記事として取り上げられていた

 

ちなみに上司にしたい提督ランキングではナンバー2(青葉通信調べ)

 

「そんな呉の提督が、万年提督にしたくない提督ナンバーワンのうちの豚とどうして親交があるのだ?」

「こここ、声に出てる、く、く呉の提督、一期の同期」

「ああ・・・・・・」

 

豚の言葉を聞いて長門は思い出した

見た目と言動から見て認めたくないことだが、極めて認めたくないことだが

この豚はこれでも、その全員が英雄と呼ばれる一期の提督である

 

深海棲艦 (しんかいせいかん)と呼ばれる怪物たち、やつらが現れた十年前から世界情勢は一変した

通常兵器の効果が薄く、さらに無限に湧き出てくる海の化け物たち

軍艦、民間船問わず凄まじい数の船が海の藻屑と消え、世界のシーレーンは断絶した

 

すでにかなりの損害を出していた日本駐留の米艦隊は全軍本土へ帰還

その艦隊も太平洋上で海の藻屑と消え、物流の面で日本は完全に世界から孤立

 

そうなると資源輸入国であり食料自給率がそれほど高くない日本で何が起きるか、誰もが最悪を予想した

だが、その最悪は更なる最悪で塗りつぶされる

 

日本の都市が昼夜問わず深海棲艦に爆撃されたのである

 

人口のほとんどが都市部に集中していたこともあり、死者の数は数えるのも難しく、さらに死体の処理が追いつかないゆえの二次災害の疫病や暴動など、結果として人口が激減したことにより食糧危機は脱した

当時似たような事が世界中で起きていて、世界の総人口は数年で半分になったともいわれている

 

そして地獄の数年がすぎ、世界が緩やかに終焉を迎えようとしていたある日、救世主として忽然と現れたのが艦娘たちであった

 

巷ではさまざまな憶測が飛び交い囁かれているが、彼女達の発生の経緯は国家機密とされている

だが実際に深海棲艦に対抗する有効な手段である事はすぐに証明された

当時の内閣と現在の元帥(当時唯一の提督適性者)が、艦娘を率いていくつかの港を奪回し、安全な生存圏を確保することに成功したからだ

 

が、そこで問題が起きた

奪回は出来ても、その生存圏を維持防衛できる提督の数が絶対的に足りなかったのだ

 

艦娘は提督の統制下にないと力を発揮できない、しかし提督は一人であり開放した港を維持するにはとてもじゃないが手が足りない

 

そうして半ば強制的に行われたのが提督適性者の選別であった

 

当時行われた国防適性検査という名の強制連行で見つかった提督適性者の数は年齢を問わずかき集めて十人

その中の一人が当時十六歳であったこの豚である

 

三ヶ月という短期間で育成された提督たちは各港に派遣され防衛に当たった

一刻も早い沿岸部の安全確保が民意で望まれていたとはいえ、たった三ヶ月の訓練で一般人が戦場に放り込まれたのである

 

当然の結果とはいえ、半分の提督が指揮下にあった艦娘たちとともに海の藻屑と消えた

 

その醜聞を避けるため当時の大本営はその生き残った五人と散って行った五人、全員を英雄扱いし、大々的に広報

 

事実彼らは四年という二期の提督たちの育成期間を稼ぎ、艦娘運用の情報収集という貴重なデータを収集し、そして当時ろくな資材も無い状態で戦い、ぎりぎりではあったが海域を維持して見せたのである

個人の感情はさておいても、得られたものを並べれば十人の提督たちは確かに英雄であった

 

豚いわく

 

『せ、せっしゃは瀬戸内海の比較的ま、ましなこの鎮守府だったから、い、生き残れたようなものなんだな』

 

との事だったが、それでも当時この鎮守府でもかなりの轟沈(戦死)を出したと聞く

それでもこの鎮守府を守りきったという点においてはやはりこの豚は優秀であり、敬意に値するの筈なのではあるが・・・・・・

 

「く、呉の提督秘書艦の不知火たんは、す、すんばらしいんだな。あ、あの冷たい瞳で見つめられると、せっしゃのなかにいけない何かが生まれそうになるんだぉ」

 

やはり豚は豚であった

 

「はぁはぁ、さ、さて、せっしゃは引き続きぼ、ぼのたん達の、し、視察を行わねば、ば」

 

と、再び豚が窓にへばりつこうとした時だ

 

「全機爆装、準備出来次第発艦!目標、母港執務室の提督、やっちゃって! 」

 

威勢のいい少女の声と共に執務室の扉が開き、艦娘の操る小型の艦載機が飛び込んできた

 

「ブフェアァアアアアアアアア!!!」

 

醜い叫びを上げながら艦載機の攻撃を華麗にかわす豚

いやほんと、二度見してしまうレベルの無駄に切れがある動きだ

 

「さぁ提督!!あんた今日という今日は正規空母の建造をしてもらうわよ!!」

 

艦載機の後からツインテールの凛々しい弓道着姿の少女が、執務室に飛び込んでくる

この鎮守府で唯一の正規空母の艦娘である『瑞鶴』である

 

「舞鶴の忌々しい一航戦に演習で対抗するためには、翔鶴ねえが必要なの!!」

 

「ん?ん、んんん?巨乳の艦娘とか誰得でござるぞぉおおお??ず、瑞かく殿はその正規空母唯一の希少価値の高い、ぺ、ぺたぁんこな貧乳をもっと誇るべきかと、デュフフフ」

 

大鳳??あれは装甲空母だから・・・・・・

 

「あんですってええええええええ!!あんたそれを言っちゃ戦争でしょうがああアアアアアア!!!」

 

「ブヒィイイイ!!ま、マジ切れは勘弁でござるぅううう!!」

 

「ええい!豚の癖にすばしっこいぃいいいいいいい!!」

 

「デュホホホホホ、ず、瑞かく殿もそのような建前などではなく、す、すなおにお姉さんに会えなくて、さ、さびいしいと言われてはいかがですかなぁあああ!!」

 

「ッ!!・・・・・・コロス!!絶対コロス!!!!」

 

どたんばたんと執務室を走り回る二人を『無』の気持ちで見つめる長門

ふと、執務室の時計が遠征部隊の出発時刻に近づいている事に長門は気がつく

 

「はぁ・・・・・・どうでもいいがその天龍達がそろそろ出撃するんだが、いつものあれはいいのか」

「なんと!それは一大事、いそがねば」

 

そう叫ぶと脂肪を揺らして前回り受身を決めながら立ち上がった豚は、その巨体に似合わない謎の機敏さで転がりながら瑞鶴の攻撃をかわし執務室を飛び出していった

 

「ちょっとあんた、まだ話は終わってないわよ!!」

 

続いて瑞鶴も豚の後を追って執務室を飛び出して行く

 

その姿を極めて冷たい眼で見つめていた長門は大きくため息をつくと、手元の書類に眼を落とす

そこには「南方反攻作戦計画」と書かれていた

 

 

■□■□■

 

 

ドスドスと音を立てて鎮守府の廊下を揺らす巨体

 

豚だった

 

「うぉぉぉぉおお!待っててね第六駆逐隊のみんなぁあああ」

 

叫びながら豚は艦娘たちの発進港を視認できる波止場に到着

そしておもむろに軍服を脱いで振り始めた

 

ちょうど波止場からは出撃した第六駆逐隊の 電、雷、暁、響 そして引率の軽巡である天龍と艦載機対策の軽空母、千歳の姿が見える

 

「第六駆逐隊の武運長久を祈りますぞおおおお!!」

 

豚のオタ芸並の激しい動きに第六駆逐隊の艦娘たちは困ったような笑みを浮かべ、天龍は獰猛な笑みを浮かべながら叫び返す

 

「うるせえ豚提督!!この天龍様と千歳が付いてんだがから心配すんじゃねえ!!」

 

「ん、ん、ん、んんん?BBA達が国の宝である駆逐タン達をまもるは当然のことですぞぉ・・・ブヒョヒョォオ!!」

 

豚の付近すれすれを艦載機が通り過ぎ、それに驚いた豚が海に落ちる

千歳が額に青筋を浮かべながら艦載機を発進させていた

 

豚が見送り、艦娘が豚に向かって悪態をつき、時々豚が海に落ちる

それはこの鎮守府の日常の一部だった

任務は主に輸送船の護衛や近海の警備で、特に大きな戦いはめったに起きない

ここ数年は戦局は安定していて、轟沈する者も出ていない

 

ある意味極めてホワイトといえる鎮守府だった

 

 

豚が提督をやってる以外は

 

 




ここまで読んで頂きありがとうございます。

あまり文書を書く人間ではないのですが、艦これをプレイしながらWikiを見ていて思う事があったので書いて見る事にしました

また釈迦に説法かもしれませんが、艦これは元の設定がほとんど謎なので土台の設定を考えるのがとても大変でした
多分突っ込むところが沢山ありそうですが、ふわっとした設定をふわっとした気持ちで見ていただけたらと思います

■注意書き■
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※轟沈描写や不快な表現、鬱展開などが出てくるので苦手な方はご注意ください

※末尾の句読点、一文字下げが無いのは本作の仕様です

※本作は書き手の力不足ゆえ、最後まで未回収の伏線や謎の設定などが多々あり、読者の想像に大きくお任せしています、壮大そうに見えて割とあっさり終わったりすると評判です

※ヒロインらしき艦娘も出ますが、たいした伏線も無く、最後の食後のデザートのようにぽっと出てくる感じです

※本作は基本艦娘からの呼び名を『提督』で統一しています(例外あり)

それでもしゃーない見てやるかという方は、ありがとうございます
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