薪、人理を救う旅にて。   作:K.

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英雄王(弓)と師匠がうちのカルデアにやってきました。人理の修復に力を注がねば……。


ガラスの薔薇と葬送曲

「クソッ!お前の拳は鋼か何かで出来ているのか!?」

 

「出来てないわよ!正真正銘の清純な乙女の拳よ!」

 

「清純な乙女の拳が剣と打ち合えてたまるか!」

 

 

 打ち合ってどれ程経っただろうか。

 相も変わらず互いに少々の傷は負っても決定打となる一撃は与えられずにいた。

 何しろこの聖女、拳が硬すぎる。剣と打ち合って鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえるとか一瞬頭が可笑しくなったのかと疑いたくなる。彼女も隠す余裕がなくなってきたのか、最初の聖女らしい雰囲気は形を潜め、少し荒々しい言葉遣いが出てきてしまっていて聖女らしさが消えうせているのだがいいのだろうか。

 

 

「あーもう、本当に面倒ね!近付けば短剣、少し離れれば大剣とかアンバランスにも程がある組み合わせなのによくやるわ!」

 

「そりゃそうだろう、俺も相手にした時は手を焼かされたものだ!」

 

 

 この片手に短剣、片手に大剣を持つ戦い方は深淵の監視者達の戦闘スタイルだ。

 特大剣を用いているとは思えない程の手数で、その盾を用いないアグレッシブな戦闘スタイルに慣れるまでに何度死を味わったことやら。攻撃は最大の防御なりとはよく言われているが、正にそれを体言したスタイルだと思う。

 そんな彼らの戦闘スタイルを俺も使わせてもらっている。所詮は真似事でしかないが、他に類を見ないスタイルな為に知っていたとしても戦いにくい素晴らしいスタイルであると言えるだろう。弱点としては盾を用いない為にダメージを受けやすいという点か。

 

 

 確かにあの拳は厄介なのだが、自身の身体を武器としているが故に此方の懐に潜り込まないといけない弱点がある。此方も大振りになってしまいカウンターダメージを貰ってしまうため、大剣による攻撃は出来ないが、そこは左手に持った短剣で斬りつけることによってカバーする。

 嫌がらせ程度のダメージにしかなっていないものの、彼女の鬼の形相を見る限り効果は確かにあるようだ。今までの旅の中で恐怖耐性は付いたと思ったのだが、それでも怖いものは怖い。出来ることなら無表情で襲い掛かってきてもらった方がやり易いので是非お願いしたい。

 

 

「真顔で何てこと言ってるのアナタ!?」

 

「一番恐ろしいのは生きた人間なんだ……」

 

「確かにそうだけど!そうじゃなくて!」

 

 

 さて。このままずっと打ち合って相手のスタミナ切れを待つのも手ではあるのだが、生憎今は自分一人の事だけを考え動くわけにも行かないのだ。

 少し距離を取り石ころでも投げるように火炎壺を投げつけて考える。

 

 

「ちょ、あっつ!あんまり痛手じゃないけど!何で火もつけてないのに爆発すんのよ!?」

 

 

 それを言われても困る。俺にも原理は分かっていない。分かってはいないのだが、とりあえず爆発はするし相手に投げつければ効果的なので投げつけている。所詮は爆発する壺というに相応しい程度の火力だがあまり嘗めないで欲しい。

 

 

「――くっ……!もう、耐え切れるかどうか……!」

 

「……此処は受け持ちます!皆さん、行ってくださ……!」

 

「……ええい、退け!邪魔だッ!」

 

「そうしたいところだけどねッ!」

 

 藤丸達がそろそろ厳しくなってきているようだ。一度死んででも助けに行きたいのだが、目の前の聖女がそれを許すはずも無い。

 現在の彼女はジャンヌ・オルタの配下であるのだから。

 

 

「――優雅ではありません。この街の有様も、その戦い方も。思想も主義もよろしくないわ」

 

 

 思わず叫び声を上げそうになったその時、軽やかな女性の声が聞こえた。

 それと同時に全てのサーヴァントとサーヴァントの間にはガラスで出来た薔薇が突き刺さり、両陣営は距離を取ることになった。

 

 

「貴女はそんなに美しいのに、血と憎悪でその身を縛ろうとしている。善であれ、悪であれ、人間ってもっと軽やかであるべきじゃないかしら」

 

「……サーヴァント、ですか」

 

「ええ、そう。嬉しいわ、これが正義の味方として名乗りをあげる、というものなのね!」

 

「あ、ああ……キミは……」

 

 

 あの処刑人は彼女のことを知っているようだ。あげた声は歓喜に震えていた。

 彼女が何者かは分からないが、ジャンヌ・オルタに対し、あのようなことを言ったのであれば、今の所敵ではないだろう。

 

 

「知っているのかしらアサシン」

 

「ああ……知っているとも。僕がこうして召喚されたのであればキミも此処に来るだろうと思っていた。ああ、ああ……。会いたかったよ、マリー」

 

「マリー……貴方がそう呼ぶのは唯一人……つまりアレはマリー・アントワネットか」

 

 

 マリー・アントワネット。それが彼女の真名のようだ。

 なるほど、マリー・アントワネットは最期の最期までフランスの全てを愛していた。であれば、彼女が愛するフランスの危機に召喚されるのも頷ける。英雄たらしめる逸話などは無いだろうが、英霊に関して言うなれば戦闘能力の無い作家も召喚されている時点で当てにはならない。

 

 

「ごきげんよう、サンソン。……ああ、貴方のその瞳を見れば分かります。今の貴方には……罪無き人間を殺す貴方には殺される訳にはいきません」

 

「どうしてだッ!?僕はキミが現れるのを心待ちにしていたんだ!!キミのために!!僕は処刑の腕を磨き続けたッ!!」

 

 

 処刑人――サンソンは叫ぶ。

 確かにそれは本心なのだろう。だが。だが、それならば何故彼は泣いているのであろうか。涙は流してはいない。しかし何故だか泣いているように見えてしまう。

 気になるが、今は捨て置くしかあるまい。この隙を逃せば逃げられなくなる、とマリー・アントワネットに目配せをする。

 

 

「……そうね。お待たせしました、アマデウス。機械みたいにウィーンとやっちゃって!」

 

「任せたまえ。宝具、『死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 

 いつからか彼女の後方に控えていたアマデウスと呼ばれるサーヴァントの宝具が発動する。

 その壮麗で邪悪な音色は敵であるジャンヌ・オルタ達への凄まじい重圧となって襲い掛かる。

 

 

「ぐぅ……!重圧か……!」

 

「チッ……!」

 

「それではごきげんよう皆様。オ・ルヴォワール!」

 

 

 アマデウスとマリー・アントワネットの活躍により、欠員の出ることも無く無事に逃亡することに成功する。

 

 

 

 

 ちなみに、アマデウスが逃げる最中でスタミナ切れを起こし死にそうな顔をしていたので俺が抱えることになった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「ふう。はい、ここまで逃げれば大丈夫かしら?」

 

「ロマン」

 

『ああ。反応はもう消失している。ついでにそこからすぐ近くの森に霊脈の反応を確認した』

 

「了解。ジャンヌに、それからマリーと呼べばいいのか?」

 

「マリー、ですって!」

 

 

 目の前の彼女から跳ねるような声色で反応が返ってきた。マリーと呼ばれるのがそんなに嬉しいのだろうか。しかし、マリーと呼ぶにはオルガマリーと呼称が被る。何か他に考えるべきか。

 

 

「耳が飛び出るくらい可愛い呼び方をありがとう!どうかこれからもそう呼んでいただけないかしら……!」

 

「あ、ああ。それはいいんだが……」

 

「話の早い殿方は魅力的よ。当ててみせるわ……貴方、とてもおもてになるのではなくて!?」

 

「いや、そんなこ――」

 

「そうなのだ、奏者の虜になるものが多くて余は気が気でない。奏者の素晴らしさを皆に伝えたいとは思うが、その魅力的な全てを余に向けて欲しいとも思ってしまう。うむ、困ったものよな……」

 

「こちらの気など知らず、気が付けば人助けをしてご主人様に惚れてしまう方も……」

 

 

 人の名前を呼んだら俺が責められる流れが出来ていた。解せぬ。

 そしてこういう時は結託するのは如何なものだろうか。思わずじとりと半目で彼女らを見て伝える。記録としてでしかないが、相棒として歩んできたのはネロ、タマモの二人だ。今はまだそのような関係になりきれなくとも、何れはそうなれるだろう、と。

 

 

「まあ!これだけ堅い絆で結ばれているだなんて……お話を聞きたいわ……」

 

「フッフッフ。余と奏者の話は長くなるぞ?よいか?よいのだな?」

 

「まあ?私の方もかーなーり長くなりますので?拠点に着いてからゆっくりと……」

 

「そう、拠点だ!この付近で霊脈の反応があったみたいだからそこに移動したいんだが、皆構わないな!?」

 

 

 ナイスだタマモ。君のお陰で言いづらかった本題を出すことに成功した。

 タマモが少し、いや、かなり残念そうな顔をしているが見なかったことにする。エンジンがかかってしまえば恐らくは俺への精神攻撃(武勇伝)を永遠と聞かされることになりそうだったからだ。それは心の底からやめてもらいたいと思っているのだ。

 

 

「召喚サークルも設置もありますし、立香先輩もそろそろ戦闘に慣れてきた頃です、英霊の召喚を行ってもいいかと」

 

「私も問題ないわ!いいですか、アマデウス?」

 

「僕に意見を求めても無駄だってば。君の好きにすればいい、マリア」

 

「ええ、問題ない、と思います」

 

 

 全員の了承も得た所で森の中へと入っていく。

 霊脈に近付くにつれて以前倒した獣人達とよく似た気配を感じる。

 

 

「先輩、どうやら霊脈にモンスターが群がっているようです」

 

「よし、蹴散らそう!」

 

 

 藤丸の号令と共にそれぞれが獣人達を蹴散らしにかかる。

 

 

 

 

 ものの数分もしない内に獣人達は退治され、あたりは静寂に包まれた空間となった。

 

 

「それでは、召喚サークルを確立させます」

 

「頼んだ。俺は俺で篝火を構築しておく」

 

 

 マシュがサークルを確立させているのを尻目に螺旋剣を取り出す。

 これは篝火を構築するにあたって必須のアイテムだ。これを地面に突き立てて火を灯せば篝火の設置は完了となる。ああ、火は燃え移らないからどうか安心して欲しい。

 ちなみに、この螺旋剣の欠片も独立したアイテムとなっており、ロスリックでは欠片を使うと最後に休息した篝火か、祭祀場の篝火に転移することが出来る。今は篝火がここにしか存在しないため必ず此処に戻ることになるが。

 

 

 ついでにもう一つ。この篝火だが、螺旋剣が既に俺の内にソウルとして変換してあるため、この世界から俺が居なくなれば自動的に俺の内へと戻ってくる。この特異点が修復される際に慌てて回収に来る必要も無いので大変便利である。

 

 

「……よし。やはり篝火は落ち着くな」

 

「これが……。何だか温かいですねぇ」

 

「世界を照らす原初の火の一部だからな。太陽に関わりのあるタマモも心地よく感じるんだろ」

 

 

 懐かしい、という感傷に浸ったところで、サークルの設置もちょうど終わったようだ。ダ・ヴィンチが篝火を見て目を見開いていたが、何か不味い事をしたのだろうか。

 まあ、何かあれば言ってくるだろうとその考えを頭の隅に追いやり、サークルに集まっている立香達へと近寄る。

 

 

「――落ち着いたところで、改めて自己紹介をさせていただきますわね。わたしの真名はマリー・アントワネット。クラスはライダー。どんな人間かはどうか皆さんの目と耳でじっくり吟味していただければ幸いです。それと、召喚された理由は不明です。だってマスターが居ないのですから」

 

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。僕も彼女と右に同じ。何故自分が呼ばれたのか、そもそも自分が英雄なのか、まるで実感がない。というか、僕はただの音楽家だ。魔術も多少齧っていたけど、それは悪魔の奏でる音に興味があっただけなんだ」

 

「余はネロ・クラウディウス。第五代ローマ皇帝である!」

 

「私は玉藻の前。日本でちょっとやんちゃしていたただの巫女狐です」

 

「俺はアルス・ルトリック。ネロとタマモのマスターだ」

 

「わたしはマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントで真名は分かりません。こちらは藤丸立香。わたしのマスターに当たります」

 

 

 ジャンヌ以外の自己紹介が完了する。ああ藤丸、冗談だろうけどチィーッスは良くない。マリーが真に受けて使おうとしている。非常に似合わないのでどうか辞めていただきたい。せめてもう少しまともな挨拶を教えてやってくれないだろうか。

 

 

「いいね!チィーッス!百年の恋もさっぱり冷めそうだ!」

 

「むむ。ごめんなさい立香さん。とても刺激的なのだけれど、涙を飲んで封印します。アマデウスが喜ぶということは淑女が使う言葉ではないということですもの」

 

「やめようね、そういう風評被害!まるで僕が下ネタ大好きの変体紳士みたいじゃないか」

 

 

 実際の所どうなのだろうか。自分でそういう辺り、凄く、凄く怪しいので個人的には下ネタ大好きの変態紳士説を推していこうと思う。

 

 

 アマデウスの下ネタ好きが露見しそうになったところで最後の人物に主役は移る。言わずもがな、ジャンヌである。

 まるで年頃の娘のように、いや、実際今の肉体年齢的には年頃の娘であるマリーとジャンヌの微笑ましい会話を眺めているとジャンヌが此方を向く。何か用でもあるのだろうか。

 

 

「いえ、マリーが私をジャンヌと呼ぶように、私が死ぬまでジャンヌと親しみを込めて名前で呼んでくれていたのは貴方だけだったと思いまして。改めて、ありがとうと言っておきたくて」

 

 

 にこにこと笑いながら告げられた突然の礼に面食らってしまい、言葉に詰まる。確かに彼女の事を聖女と呼んだことは無い。だがそんな事で礼を言われるとは思ってもいなかったのだ。

 それに少し照れくささが混じってしまい、気にするなとしか言えなかったが、久方振りに彼女の美しい微笑を見ることが出来たので結果的には良かったか。

 

 

「――さて。藤丸くんは少し睡眠をとるといい」

 

「そうですね。気づいておられないかもしれませんが、顔に疲れが出ています。見回りはわたしたちで行うので、暫くの休憩と行きましょう、先輩」

 

 

 藤丸の顔に疲れが出ているので休ませることにした。慣れてきてはいるものの、やはり戦場という非日常は彼にとって非常に強いストレスとなっているのだろう。

 


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