「……なるほどな」
「すみません、あまり力になれず」
「そんなことない。弱体化しているとはいえ、キミが居ると心強い」
「それは此方もですよ。まさか貴方とまたこうして会えるだなんて思っても居ませんでした」
「頑丈さだけが取り得だからなぁ……」
おろおろしていたジャンヌに声を掛け、砦から離れた森の中にやってきた。
その森にはこれまたこの時代のフランスに居るはずの無い獣人達が居たので蹴散らした後に互いの情報の共有を行ったところだ。
ジャンヌはルーラーのサーヴァントとして召喚されているが、真名看破が使えず、さらには各サーヴァントに対して三つある令呪もない。能力も多少下がっているので、他のサーヴァントと交戦になった場合には多少の不安が残るか。
まあ、彼女の能力が下げられているのは恐らくはこれが真っ当な聖杯戦争ではないのだからあり得ない話ではないし、そう驚くことでもないだろう。
彼女の話からこの時代の崩壊した理由も確定した。
フランス国家の崩壊。
これが完全に行われてしまえば人理の崩壊も確定する。
彼女はオルレアンの奪還ともう一人のジャンヌ・ダルクの打倒を目的として動くそうなのだが、カルデアとしてもそれは行うべき事であるため彼女と協力していくことになった。
「さて。当面の目的は決まったな。拠点も早く見つけておきたいところだが、もう日も落ちてきたところだ。明日にするとしよう」
「そうですね。では、アルスさんに藤丸さんは人間ですし眠った方が良いのでは?」
「ん、そうだな。よし、眠りたい奴は安心して眠るといい。見張りは俺がやっておく」
「分かりました。アルスさん、明日から頑張りましょうね」
「ああ」
「……えっ」
さも当然かのように行われたやりとりにジャンヌはぽかんと口を開けて呆然としている。
無理も無い、ジャンヌからすればサーヴァントに混じってただの人間が見張りをすると言っているようなものなのだ。実際の所、俺は睡眠を必要とはしていない。何をどうしたらそうなるのかは不明だが、きっと呪いの所為だと信じたい。そうなると某カタリナ騎士達が眠りまくっているのは何なのだということになるのだが。
とはいえ、眠れない訳ではなく、眠ろうと思えば眠れる。ちゃんと疲労回復の効果もあるので疲れている時はなるべく眠るようにしてはいるが、今回は殆ど体力を消費していないので眠る必要も無い。
「……アルスさんは眠らないのですか?」
「とっくの昔に人間やめてるからな」
「そう、なのですか……」
からからと笑って人間辞めてる宣言をすると、何故か悲しそうな表情を浮かべられた。
何か悲惨な理由があってのことかと思われているのかもしれないが、それは少し勘弁して欲しい。別に悲劇的な理由があったわけでもなく、ただ"そういう時代"だったとしか言えないのだから。
「まあ、俺だけじゃなく皆が皆化け物になる。そんな時代に俺は生まれ、そして今まで生きてきた。ただそれだけの事だ。……サーヴァントでも眠ることはできるだろう?眠ればスッキリすることもある。眠ってみたらどうだ」
「……分かりました。おやすみなさい」
少し納得のいっていないような表情をしていたが、彼女は用意した毛布に包まり瞼を閉じた。
こうして眠っているところを見れば、二十にも満たない少女らしい、可愛らしい顔をしている。思い返せば、彼女が普通の女の子として生きた年月は非常に少ない。度々彼女が見せてくれた笑顔はとても美しいものだった。
あの時は戦いの事など忘れて生きて欲しい、等と思っていたのだが。いや、それは今ですら変わらないのか。
いやはや、いつものことではあるが、ままならないものだ。
■
「おはよう、奏者。気持ちのいい朝だなっ」
辺りの警戒をしながら考え事をしていると、気が付けば夜が明けて日が昇る時間になっていた。
ネロの言うとおり清々しい朝だ。凝り固まった身体を伸びをすることで解す。
「おはよう。よく眠れたか?」
「うむ!やはり奏者の隣は落ち着くな」
さも当然のように隣から声が聞こえる。吃驚するが特に害があるわけでもないので別に構わないのだが、少し心臓に悪い。
ネロは昨夜、ジャンヌと話をしている最中、気が付けば静かに隣で眠り込んでいた。あれはアサシンも吃驚の気配遮断だったと言っておく。
それに気づくと同時にタマモの方から何か視線を感じた気もするがきっと気のせいだ。その際にネロがニヤリと笑ったような気もするが、それもきっと気のせいだ。
今日はオルレアン奪還に向けての情報を集めることになっている。
ジャンヌ・オルタが居るであろうオルレアンに近付きすぎると、ルーラーのスキルが機能して見つかる可能性がある。機能していなくてもある程度近付けば見つかってしまう為、オルレアンから程よく距離のあるラ・シャリテへ向かうことになった。ラ・シャリテで情報が得られなければ更にオルレアンに近付くことになるため、出来れば此処で情報を掴みたいところだ。
『む。ちょっと待ってくれ。君達の行く先にサーヴァントが探知された。場所はラ・シャリテ。君達の目的地だけど……あれ、でも遠ざかっていくぞ。ああ、ダメだロストした!速すぎる!』
「フォウ、フォウフォーウ!」
「何ですかフォウさん、急に頭に乗って。え?向こうの空を見るんだ?――せ、先輩!」
「街が燃えてる……!?マシュ、ジャンヌ、早く行こう!」
ラ・シャリテは火の海に沈んでいた。
藤丸達が焦燥に駆られ、街へ急ごうとしているが、あの様子では最早命と呼べるものは残っていないだろう。ロマンの通信からして、街を襲撃したのは遠ざかっていったサーヴァントか。
街に入れば肉が焦げたような臭いと、人の声ではあるが人ではない"ナニか"の呻き声。それが意味するのはこの街の人間が悉く生きる屍……リビングデッドになっているということ。
呆然とする藤丸達を他所に生きる屍達を早々に片付ける。誰かを襲ってしまうよりも先に地に還してやるのが今できるせめてもの供養だ。
と、その時大きな翼の羽ばたく音が聞こえる。この音はフランスに来たときに遭遇したワイバーンか。
「あれは……死体を喰ってるのか……!?」
「やめなさい……!」
死体を貪らんとやってきたワイバーンも手早く処理し終わるとロマンから先程のサーヴァントが反転して此方に向かっているという報告が入る。
数は五騎。俺も含めれば数的には対等だが、相手がどのような英霊なのかも分からないのでここは逃げるべきか。
ちらりとジャンヌを見やれば強い決意を秘めた瞳をしている。――ああ、これは言っても聞かないだろう。彼女は誰が何と言おうと此処に残るつもりだ。
「私は、逃げません。せめて、真意を問うまでは」
「だろうな。お前はそういう娘だ。ロマン、これは言っても聞かないぞ?」
『あーもう!とりあえず逃げることを最優先で動くんだ、いいね!?』
ふう、と溜息を付いて空を見上げればそこには件の竜の魔女――ジャンヌ・オルタがいた。
その瞳には憎悪、ただそれのみを宿して。
「――なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて。ねえ。お願い。だれか私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気でおかしくなりそうなの。だってそれぐらいしないと、あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!」
彼女は嗤う。自分自身がどれだけ小さく同情すら浮かばない小娘であるかと。
彼女は嗤う。そんな自分に縋るしかなかった国など、鼠の国にすら劣っていると。
ジャンヌがこの惨状を引き起こしたことに対して訊けば、単にフランスを滅ぼすためだという。
主が愛想をつかした国を滅ぼし、主の嘆きを代行すると。
理由を聞けば聞くほどあのジャンヌ・ダルクとは思えない。反転しているとしてもその本質は変わらない筈であって、彼女のようにジャンヌ・ダルクの本質を捻じ曲げた思考、行動には至らないと思うのだが。
「……。貴女は、本当に"私"なのですか……?」
「――呆れた。ここまでわかりやすく演じてあげたのに、未だ疑問を持つだなんて。…そう、貴女は所詮私が捨てたただの残り滓に過ぎないのね。今の貴女を見て思い知ったわ。バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。そこの田舎娘を始末なさい。雑魚ばかりでそろそろ飽きたところでしょう?喜びなさい、彼らは強者です」
「――よろしい。では、私は血を戴こう」
「いけませんわ王様。私は彼女の肉と血、そして臓を戴きたいのだもの」
ジャンヌ・オルタの指示で出てきたのはバーサーク・ランサーとバーサーク・アサシン。
相手はランサーにアサシン。呼称から推測するに両名に狂化が掛かっていると見てもいいだろう。ステータスに補正が掛かるがその分理性が薄くなり、技術的な面で粗くなる為そこを何とか突いて上手く倒したいものだが……。
考え事をしつつも目の前の獲物の話に夢中なランサーの懐へ踏み込み剣を振り下ろす。
「ふむ。では私は魂をいた……ふんッ!小癪な……不意打ち等で余を打ち倒せるとでも思うたか」
なるほど、狂化が掛かっているとはいえ、不意打ちで倒れてくれる程隙だらけというわけでもないようだ。余裕を持って剣を防がれるが、そこで動きを止めていては反撃のいい的。振り下ろした勢いをそのままに左手に持った短剣でランサーの首を狙って一閃。これも防がれるだろうが、弾かれると同時に距離を取ることで反撃に備える。彼の真名のヒントも得た。あの自身から飛び出すかのような槍の使い方から恐らく、彼はルーマニアにおける護国の英雄。
「この槍……ヴラド三世か。護国の誇りはどこにいったのやらな?」
「――ほう?余を知っている様な口振りだな」
「知っているとも。お前の武勇は耳に届いていたからな。その護国の王が今じゃ悪魔と呼ばれるに相応しい有様だ。これを残念と思わずしてなんと言う」
姿かたちは知らずとも、彼の名と活躍は俺も知っていた。
残酷な手段を用いてはいたがそれでも彼は鉄壁の守りを以ってルーマニアを護った。その手段から吸血鬼の由来とされているのも知っている。彼は誇り高き護国の将、その名を忌み嫌う筈だ。
だというのに彼はまず血が欲しいと言った。次に魂が欲しいと言った。美しき者の血と魂は至上の馳走だと、まるで悪魔のように。ああ、狂化されているとはいえ、非常に残念で仕方がない。
「貴様ッ……!」
「言われるのが嫌であるならその在り方を否定するなりしてみることだ」
「――王様、その男の言葉に耳を貸す必要はありませんわよ?だって、貴方は今、まさしく血を求める悪魔なのですから」
「――煩わしい女であるな、エリザベート・バートリー。貴様と話しているのではない」
「その名で呼ばないでくれるかしら。殺すわよ?」
アサシンの方はエリザベート・バートリーか。
SE.RA.PHでの彼女ではなく、彼女が成長した姿。その身には一体どれ程の血を浴びたのか。しかしヴラド三世よ、一応は仲間である彼女の真名を明かすのは如何なものか。いや、陣営的には仲間ではあるが、個人個人の間では仲間意識など無く、寧ろ彼女のその在り方を嫌っているが為の行動か。
「――恥を知れ、ヴラド三世、カーミラ。貴様らはサーヴァントとして現界しているというのに、その名の意味すら分からないのか。まあいいわ、残りの三騎も投入します。いいですね?」
「……よかろう」
『まずいぞ、これはまずい……!彼女は後ろの三騎をもけしかけてくるつもりだ!こんなときはどうしたら……!!』
「落ち着け。退避する隙くらいはどうにかする。藤丸くん、マシュ、ジャンヌ。ヴラド三世とエリザベートの相手は任せるぞ」
彼らのやりとりに頭を悩ませつつも、ジャンヌ・オルタは残りの三騎を投入する。彼らのやり取りにうんざりしたのだろうか、本気で此方を殺しに掛かってくるようだ。
落ち着いて相手のクラスを把握し、凡その出方を知るために新たに参戦する三騎を観察する。……アーチャーが一人。杖のようなモノを持った女性と、剣先の丸い処刑用の剣を持った男性についてはわからない。それぞれキャスターとセイバー、もしくは処刑用の剣からしてアサシン、というところまでの絞込みが精一杯と言った所だ。
「……私も不本意なのだがな。恨むがいい聖女よ。その代わりに貴様の命を刈り取らせてもらう」
「落とし甲斐のある首だ。安心するといい、僕の腕であれば痛みは感じない。それどころか快感すら感じるだろう」
顔を顰めつつも弓を引くアーチャーと不敵に笑いながら切りかかってくる処刑人。
彼らは真っ直ぐ此方へ向かってくるが、この場から動く必要はない。この場にはネロにタマモという、全幅の信頼を寄せる相棒達が居る。であれば、その攻撃は此方に掠るどころか届きもしないのだから。
「ご主人様には指一つ触れさせませんとも。理性の薄れた獣の攻撃ごときで倒せると思わないことですね」
「うむ。我らが三人で組めば敵などいないというもの。まぁ、余と奏者のコンビだけでも十分に構わないが?」
「んな事させねえですよーだ!確かにメインサーヴァントは貴女でしたが今は別!譲る気は微塵もありませんー!」
「――。」
後ろでジャンヌが唖然としているのが分かる。他の者は「また始まったよ」位にしか思っていないのか、苦笑するだけに留まっていた。
気持ちは分かる。でもだね、これが彼女達の通常運転なのだ。戦場であろうと日常であろうとこんな感じなのである。早々に慣れてほしい。タマモとネロに二人の相手をするように伝えながら苦笑する。
ところで、あのキャスターと思われる女性はどこへ行ったのだろうか。ふと視線を外して周囲を眺めた後、視線を戻したその瞬間。
――目の前には拳が迫っていた。
「ぐおぁッ!?」
「ご主人様!?」
「奏者!?」
勿論直撃した。ジャストミートである。
何だこの威力。まるでロードランにて遭遇した落下してくる鉄球トラップの如き衝撃だ。普通の人間であるならば死んでいた。
派手に吹っ飛ぶことで衝撃を逃がしたので殆どダメージにはならなかったが、かなりの衝撃を此方に与えた。色々な意味で。
「……ああ、主よ、申し訳ありません。荒々しいこの拳は封印しているというのに、今の私は抑えが利きません……」
主に対して懺悔する彼女は正しく聖女といったところだ。
……聖女がその手に持った杖をぶん投げて殴りに来るのはどうかと思うのだが。
「しかし、ますますクラスが分からんぞあの聖女らしき女性……」
「私はマルタ。ただのマルタです。不本意ながら黒きジャンヌ・ダルクのサーヴァントです」
「ああ、これはどうもご丁寧に。……じゃなくてだな。近頃の聖女は皆して脳筋なのか?可笑しいだろうあの威力。死ぬかと思ったぞ」
『聖女マルタといえば、悪しき竜タラスクを鎮めた聖女として有名だね。祈りを以って鎮めたとも、素手で鎮めたとも言われているけど』
「あの拳の威力だと後者なんだろうなぁ……」
何にせよ、あの拳は脅威だ。まともに受けないように心がけなければならない。
剣で拳ごと、とも考えたがあの威力では此方が負ける可能性がある。安易に受ければ剣ごと持っていかれるかもしれない。
……厄介だな。剣や弓を武器とする者よりも余程厄介に感じる。
いつの日か呼んだ白霊が「セスタスこそ至高。剣や槍など邪魔なだけである」と言っていたが、それはこういうことなのか。自身の身体を極限にまで鍛えれば武器など不要だと。その白霊はエリアの主に吹っ飛ばされて消えたが。
じわり、じわりと冷や汗が頬を伝う。周りは残りの相手に手こずっている様なので加勢に向かいたいのだが、マルタはそうはさせてくれないだろう。彼女から視線を外せばあの拳が飛んでくる。
どうしたものかと顔を顰めるが、彼女を仕留めない限りはどうにもならない。一先ずは戦闘に集中することにした。