薪、人理を救う旅にて。   作:K.

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原初の指令

 夢を見ていた。

 

 

 どんな夢だったか、と言われても具体的に答えられないが、確かに夢を見ていた。

 

 

 俺はいい夢を見ない。

 見るのはいつも決まって悪い夢だ。

 

 

 こうして意識が覚醒に向かうに連れて内容を忘れていってしまうが、確かに悪い夢なのだ。

 

 

 ただ、今回に限ってはいつもの悪夢ではなかったような気がする。

 

 

 思い出そうとすればするほど、何だか無性に泣きたくなるのだ。

 

 

「奏者」

 

 

 朦朧とした意識の中で囁くような声が聞こえる。

 意識を夢の事から今、自分がどういう状況なのか、という事に切り替える。

 

 

「目覚めても……よいのだぞ?」

 

 

 この声は右隣から聞こえてくるような。何だか温かい。

 少し重たい瞼をゆっくりとあける。

 

 

 目には白い天井。

 見慣れたカルデアの自室の天井だ。

 

 

「奏者……」

 

 

 右隣を向けば優しげな笑みを湛え、此方を見つめているネロが居る。

 可愛らしくも美しいその表情はいつまでも見つめていたくはなるが、そうもいかない。

 

 

「……おはよう」

 

「うむ、おはよう、奏者。余もキャスターも、もう目を覚ましているというのに、奏者だけが眠りに落ちたままで気が気でなかったのだぞ?」

 

「それはすまない。何か……何か、夢を見ていた気がするんだ」

 

 

 ああ、思い出せないというのはもどかしい。

 唯一思い出せるものといえば、今回に限っては何だか悲しい夢だった、ということだけだ。

 

 

「奏者……。何か、悲しい顔をしているな。そなたにそんな顔をされると、余も悲しい。余に出来ることがあれば直ぐに言うのだぞ?

 ……よいな?」

 

「……ああ。ありがとう」

 

 

 どうやら無意識に悲しげな表情になっていたらしい。彼女にもあまり心配は掛けたくない。出来るだけ抑えなければな。

 ぐにぐにと手で顔を揉み解し、身体を起こす。

 

 

 大丈夫、どこにも異常は無い。

 

 

 いつも通りだ。

 

 

 身体の確認も済んだ所で何故自室で眠っていたのかについて考える。

 ……ああ、そういえば、特異点Fからの帰還したのだったか。

 

 

「ところで奏者よ。余の添い寝はどうだ?ん?」

 

「最高だった。一番にネロの顔を見られるのはいいものだな」

 

「そ、そうであろう!そ、奏者よ……流石の余もこれは少し照れるぞ……!?」

 

 

 しまった、寝起きだからかつい本音が直球で出てきてしまった。

 赤面しているネロを見てこちらも恥ずかしくなる。自業自得ではあるが、このなんとも言えない空気は少し苦手なのだ。気恥ずかしい。

 

 

「おはようございまーすご主人様ー!ロマニさんが目覚めたみたいだと仰ったのでタマモ、来ちゃいましたぁーって何ですかこの空気!?もしかしてネロさん、朝っぱらからご主人様とラブコメってました!?」

 

「添い寝して目覚めを待っていただけだが?」

 

「ぬぁんですってえ!?なんてうらやまけしからんことをなさってるんですかネロさんはっ!!」

 

 

 どうか落ち着いて欲しい。

 別にラブコメってなどいない。つい本音が零れ落ちてしまっただけのことだ。

 

 

 それよりも、彼女にも心配をかけたのだろうし、申し訳なく思う。

 

 

「おはよう、タマモ。心配をかけたな」

 

「ご無事で何よりです、ご主人様。心配で心配で夜も眠れず……」

 

 

 そこまでなのか。

 申し訳ないという気持ちが二倍に膨れ上がってしまった。

 

 

「何を言う、昨日は貴様が添い寝していたではないか」

 

「みこっ!?ちょっとネロさんやめてくださいます!?」

 

 

 ―――うん。

 心配をかけていた俺が悪いのだし、そんな嘘は別にいいと思う。

 結局タマモも添い寝してたんじゃないかとか、そんなツッコミもしないでおこうと思う。

 

 

 だが少し待っていただきたい。

 昨日?昨日と言ったのか。

 

 

「む?うむ。確かに奏者は2日ほど眠っていた。藤丸にマシュもまだ目覚めてはいないがそろそろ目覚める頃合であろうな」

 

「……俺、そんなに寝てたのか。ロマンは何と?」

 

「目覚めたら管制室に来て欲しいと仰っていました。お行きになられるのであれば私もお付き添い致します」

 

「勿論頼むよ。ネロもな」

 

 

 二人を連れて管制室へと向かう。

 

 

 廊下を歩いていると点々と爆発の余波か、所々破壊された場所が目に入る。

 小さな傷から大きな罅まで様々な爪跡が残されていた。

 

 

 この分だとカルデアの大部分は閉鎖状態に追い込まれていそうだ。

 

 

「これでも片付いた方なのですから、相当なダメージだったようですねぇ」

 

「しかし、あのレフという男も詰めが甘いものよな。人類の滅びを確固たるモノにするのであれば、カルデアを木っ端微塵にしてしまえばこうしてカルデアに反撃もさせずに済んだものを」

 

 

 確かにそこは気がかりではある。

 オルガマリー・アニムスフィアを始めとするカルデアに従事する人々を完膚なきまでに潰し、反抗勢力を無くしてしまえば彼の目的の達成は容易い。

 しかし、実際にはあくまでカルデアを機能停止に追い込むまでに留めている。

 

 

 俺にはどうしても理解が出来ないのだ。

 彼が何を見て、何を感じて人類史の焼却等行ったのかは分からないがあまりにも中途半端だ。

 

 

「まあ、考えても仕方の無いことだ。理解の出来ないものは出来ないのだから」

 

「そうではあるが……むむむ、気になるではないかっ」

 

「確かに妙に引っかかりはしますけれどもねぇ……あ、ご主人様。到着ですよ」

 

 

 もやもやとしたもどかしい気持ちを抱えながら管制室へと入る。

 数人のスタッフとロマン、それにマリーが書類へと目を向けていた。

 

 

 気持ちを切り替えなければいけないな。目覚めたばかりでしかめっ面というのも良くない。

 

 

「すまないな、先程目が覚めた」

 

「いいや、よく無事に帰ってきてくれたよ。君のお陰で所長も無事だったしね。

 ……まさか、適性が無いのに帰ってきて真っ先に目を覚ますとは思わなかったけど」

 

 

 そう、驚くことにマリーは真っ先に目を覚ましたようだ。

 特に身体に異変もない、どころか寧ろ身体が軽い位で元気そのものらしい。それはそれで少し怖いが。

 

 

 それはそうとして、誰かが足りないような気がする。

 藤丸やマシュではなくて。

 

 

「どうしたの?不思議そうな顔をして。ああ、レオナルドのことかしら。彼?彼女?なら医務室よ。

 藤丸とマシュのバイタルが安定してきて目覚めそうだからって様子を見に行ってるわ」

 

「ああ、それならあいつの事だからそのまま工房で篭ってるか。

 所で、此処へ呼び出したって事は何かあったんだろ?」

 

「ええ。藤丸とマシュが揃ったら話すわ。これからのカルデアの行動について、ね」

 

 

 カルデアのこれから、というと、人類史の焼却が成された今の世界をどうやって修復していくか、だろうか。

 とは言っても、基本的には俺と藤丸に掛かっているのだから、今見つかっているであろう特異点をどれから修復していくか、になるか。

 

 

「おはようございます」

 

「マシュ・キリエライト、ただいま帰還いたしました」

 

「やあ、おはよう二人とも。……レオナルドが居ないようだけど、多分工房かな。では、所長」

 

「そうね。では、カルデアの今後について話しておこうと思います。

 

 此処、フィニス・カルデアにおいての原初の指令(グランドオーダー)……人類の存続。

 つまりは、過去、現在、未来において世界を観測し、人類にとって滅びをもたらすであろう歪みの修正。

 

 

 只今を以ってこのグランドオーダーを発令します。

 

 

 ……さて、まずは問題点についてですが、人類史の焼却。どうやったにせよ、これは既に成されたことです。つまり―――人類は既に滅びを迎えています」

 

 

 人類史とは人理の始まりより続いてきた歴史。

 それの焼却とは即ち、人類が存在していたという証拠の抹消である。

 

 

 恐らくは人類史においての重要な分岐点……例えば、現代においてもっとも強大な国といえば、アメリカ合衆国を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。

 もしも、もしもアメリカ合衆国が立国されなければ、それは現代に成り立つ人類史においての大きな歪みになる。

 

 

 そのような歪みを修復せずに放置すれば、歪みが発生する以前の世界は消失する。()()()()()()()()()()という前提でその世界は成り立っているのだから。

 

 

 歪みを重ね、あらゆる可能性の世界を消し去れば必然的に人類は滅ぶ。いや、存在が無かったことになるといった方が正しいのか。

 これが現在のカルデアの状況だと俺は推測している。

 

 

「現在、以前から観測を続けていた歪みの内、人類史を修復するのに修正の必要な特異点の数は七つ。一つを除いて詳しい座標などは未だ観測できていませんが、この七つの歪みを修正すれば人類史の修復は可能でしょう。

 人類最期のマスター達……アルス・ルトリック、藤丸立香。酷な事を言っているのは分かっています。貴方達だけで現地に赴き、特異点の修復を行うなんて無謀にも程がある。

 

 

 それでも―――貴方達はカルデアに力を貸していただけますか?」

 

 

「何を言っている。人類の存続は俺の願う所でもあるんだぞ?カルデアに……マリーに力を貸すのは当たり前のことだ」

 

「俺も……魔術なんてこれっぽっちも知らなくて。足手まといになってしまうかもしれない。けど、逃げたくないんです。だから、俺も一緒に戦わせてください、所長。マシュや皆と一緒ならきっと乗り切れますから」

 

「―――ありがとう」

 

 

 綺麗に笑うようになったものだ。

 彼女を助けた自分は間違っていなかったのだと、少しばかり頬が緩む。

 

 

「ではこれからの特異点修復について―――ロマニ」

 

「了解です。今現在、七つの特異点が観測できている訳だけど、修正点である詳しい座標は一つを除いて未だ観測が終わってない。これは君たちが修復に赴いている間、此方で進めておくよ。

 それで、まず最初に行ってもらうことになる特異点なんだけど……場所は1431年のフランス。君たちさえ良ければ、明日にでもレイシフトを行おうと思ってるんだけど」

 

 

 1431年のフランスか。

 確か百年戦争の真っ只中、ではあるものの休止期間だったはずだ。

 

 

「此方は問題ないな。ネロもタマモもそれでいいだろう?」

 

「勿論だ。いつ、いかなる時も奏者と共に、な」

 

「良妻とは主人の一歩後ろを付いて行くもの。どのような場所であれお供いたしましょう」

 

「俺も問題ないですよ」

 

「わたしも大丈夫です。先輩はわたしが守ってみせます」

 

「―――よし。それならレイシフトは明日だね。準備が出来たら連絡するから、それまで英気を養っていてくれ」

 

 

 その言葉を最後に、この場は解散となった。

 英気を養っていてくれ、とは言われたものの、どうするか。……そうだな。目覚めた時の夢が少しばかり気になる。

 

 

 眠ってみれば見られるだろうか。よし、そうと決まれば早速自室へ向かうとしよう。

 

 

「―――と、思っていたのだが」

 

「うむ。何か問題でもあったか?」

 

 

 その得意げな顔が今は少し恨めしい。

 いや、問題であるといえば問題であるし、問題でないといえば問題ではないのだけれど。

 寝転んだ自分の両隣に二人が居るのは可笑しくないだろうか。と、いうかベッドが大きくなっているような。

 気のせいではないはずだ。少なくとも以前はいくら密着しているとはいえ、三人で寝るなど到底出来ない広さだったはずだが。

 

 

「両手に華。野暮な事は仰らない方がいいのですよご主人様」

 

「それでいいのかお前は……」

 

「ご主人様はお優しいですから。きっと、どちらかを選べと言われても選べないに決まっています」

 

 

 否定は出来ないのが痛い所だ。

 ……だとしても、またなんでいきなりこうなったのか。

 

 

「サーヴァントはマスターと同じ夢を見るという。だというのに、奏者を悲しませるような夢を余も、タマモも見たことはない。故にこうして一番近くに居ることで感じてみようと思ったのだ。決して、決して添い寝がしたかったわけではないのだぞ?」

 

「本音がちょっと出てますよネロさん。……こほん、ネロさんの本音は兎も角、そういった事情もありまして。こうしてお傍に居させていただいているのです」

 

「……何だかすまないな」

 

 

 自身が覚えていられないばかりに、彼女達にも夢を見させるようなことになろうとは。

 

 

 今だけでもいい。どうか、彼女達にはいい夢を見させてあげたいものだ。




こいついっつも眠ってんな……と、書きながら思ってしまいました。
いよいよ次回は第一特異点ですね

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