クー・フーリンの言っていた大聖杯とやらに近づいてきた。
近づけば近づく程に感じる膨大な魔力。成る程、大聖杯と名付けられるに相応しいモノだ。
「な、何よ……この魔力……!?極東にこんなものがあっただなんて……!」
「これは……魔術なんて齧ってすらいない俺でも分かりますね……」
ただ膨大な魔力が感じられるのならいいのだが、その魔力がなんとも禍々しいというか、刺々しいというか。
特異点となってしまって変質してしまったのだろうか。
肌に突き刺さるようななんとも言えない感触に思わず顔を顰める。
……いよいよ、大聖杯が目の前に、というところまで来たのだが。
俺達一行の目前にはくすんだ金色の髪と真っ白な肌に黒い鎧を着込んだ少女が居た。
その手に持つ剣には恐ろしいまでの神秘が宿っている。ああ、
あの時とは見た目が全く違うが。
「……ふむ。来たか」
「随分と余裕そうだな」
「フ、貴様とそのサーヴァントが此処に来ている時点で此処まで来ることは分かっていた」
「……やはりお前、見た目こそ随分と変わったがアルトリアか」
「如何にも我が名はアルトリア・ペンドラゴン。アーサー王と呼ばれた者だ。……久しい、というべきか?本来ならSE.RA.PHでの出来事、ましてや本来のアルトリア・ペンドラゴンでない私がその記録を所持しているはずはないのだが……おそらくは貴様が居る影響か」
薄く笑いを浮かべつつ言うアルトリア。
サーヴァントとは英雄の側面を使い魔として召喚すされるもの。彼女はあのアルトリアとは
――しかし、俺が居る影響か。
ネロが死ぬ時も、タマモが死ぬ時も俺がその場に居られれば助けられただろう。そうしなかったのは本来その時代に生きていない自分が表立って活動すれば"そこに居るべきだった誰かの居場所"を奪ってしまうかもしれない。そう思ってのことだった。
それが裏目にでたのか、彼女達は誰にも見届けられずこの世を去る所であったが。
そんな自分がこうして人類の滅亡を防ぐべく立ち向かうマスターの一人として表舞台に押し上げられた。
過去得た聖杯の影響か、それとも自身が居ることで生まれた歪みか。
考えても仕方の無いことか。表に出てきてしまったのであれば自分のやりたいように、最良とまでも行かなくとも力を尽くそう。
「さて。そろそろそれぞれの目的を果たそうではないか。不本意ではあるが、私の目的はこの時代をこの状態で保つこと。貴様らの目的はこの時代の歪みの修復。どちらも相容れないモノだ。ならば、後は分かっているだろう?面白いサーヴァントも居ることだ。――その在り方を確かめてやろう」
「マシュ、彼女の持ち味は剣の腕や恐るべき耐久力じゃない。純粋なまでの攻撃力。膨大な魔力を以って全てを消し飛ばす一撃必殺だ。気張れよ、生半可な防御じゃ塵すら残らず消される……!」
「全力で耐えます……ッ!」
「――ああ、忘れていた。アルス、貴様の相手はあちらだ」
高速で接近されたかと思えばアルトリアの後方、大聖杯により近い場所へと投げ飛ばされる。
叩ききられるかと思ったがまさか投げられるとは。危なかったな、と息を吐きつつ周囲を見渡す。
大分飛ばされたか。あちらにはネロにタマモもいる。そのうちクー・フーリンも参戦するだろうからあまり心配せず此方に集中するべきか。
「危うく存在を無視されるところであった……。――ふむ。友よ、顔つきがかなり変わったか?良き旅を出来ているようで何よりだ」
「な、に……?」
「ああ、時は深淵に飲まれていたのだから、久しいというよりも初めまして、というべきか」
それはもう驚いた。
何せ今自分が手にしている剣と同じ剣を持つ――即ち、あの騎士アルトリウスがそこに居た。それも、英霊の霊基を携えて。
神格が落とされているのか、彼のサイズはあの時とは違い人間と同サイズだが、その威容は衰えていない。それどころか深淵に飲まれていない状態での召喚であるからかソレは以前目にしたときよりも増している。
「あの時は深淵に飲まれていて正気ではなかったからな」
「うむ。だが貴公と剣を合わせ、己が命を賭けて全力で身を削りあったのは覚えているよ。あれほどの戦いは初めてだった」
――ああ。
本当に光栄なことだ。
他の騎士達にあれほど慕われた彼に、友にそう言って貰えるとは。
「本当なら今一度手合わせを、と言いたい所ではあるが……。私は"此方側"で戦う気はない。セイバー殿には相手をするとは言ったが、さて、どうしたものか」
「俺もできるだけ消耗は避けたい。……それにだ、あの盾を持った子が見えるか」
「む?――ああ、そういうことか。ならば貴公が今此処で手助けをするわけにはいくまい」
「ああ。今回は見守らせてもらうさ」
共に見つめる先にはアルトリアが聖剣の真名開放を以って宝具を放とうと魔力を高めている姿が見える。
『
あまりに有名なその聖剣による膨大な魔力放出は離れていても衝撃が伝わってくるほどの威力だ。
「――鳴け。地に落ちる時だ。卑王鉄槌、極光は反転する。『
「わたしが耐えられなければ……先輩も所長も、ネロさんもタマモさんも消えてしまう……。必ず、必ず耐えて見せます!」
それは破壊だった。
それは蹂躙だった。
極光の通る道にあるモノ全てを破壊し標的を消し飛ばさんとする理不尽なまでの黒き光。
黒く光るとはどういうことか、と言われてしまえばどう答えれば正解なのかは分からない。
――ただ、それは黒い光だった。
「掛け替えのないモノを守る。ただ、ただそれだけでも……行きます、先輩。
宝具展開――『
轟々と音が響き渡る。
黒き極光に皆は飲みこまれていった。
離れた此方に居ても尚ビリビリと攻撃的な魔力が肌を刺す。つう、と冷や汗が頬を伝う。
「はは、何だアレは。想定外の威力だ。聖杯というバックアップがあるからか?」
「恐らくはそうだろう。バックアップがあるとはいえ、私や貴公ですらまともに受ければ消し飛ぶあの威力……これが騎士の王と呼ばれた彼女の宝具か」
「……。」
「彼女達が心配かね」
それは当たり前だ。
自身の想定していたモノを遥かに超えた威力。
文字通り全てを蹂躙する極光に飲み込まれたのだ。
「心配する必要はない。あの娘が擬似的にとはいえ宝具を展開していた。あれならば消耗はしているだろうが後ろに居た者達は無傷だろう」
「――そうか。マシュが宝具を……」
どうやら、彼女は騎士王との戦いの中でまた一つ成長したらしい。
極光も収まり、煙も晴れて来たので二人で彼女達の元へと移動する。
アルトリアは消滅時特有の光を放ちながら微笑んでいた。
「――フ、貴様の在り方はいいな。実に、いい。その想い、忘れるな」
「消えるのか、アルトリア」
「ああ。私一人ではどう足掻こうが同じ結末を迎えるということだろう。……さて。覚えておくがいい、人類最後のマスター達よ。未だグランドオーダーは始まったばかり。これで終わったとばかり思わないことだ」
グランドオーダー。
聞き覚えの無い言葉を発してアルトリアは消えていった。
ふとマリーの方を見やれば彼女の顔は驚愕で染まっていた。
「グランドオーダー……どうして、彼女がそれを……」
「知っているのか」
「ええ。グランドオーダーとは、カルデアにおいての原初の指令……」
「……つまり、彼女の言葉は」
「気が遠くなる話だけど、これと同じかそれ以上の歪みがこれから発生していく。そう考えていいでしょう」
思わず額を押さえて溜息を吐く。
黒幕が誰にせよ面倒な事を起こしてくれたものだ。
「では私も早々に消えるとしよう。アルスよ、貴公の旅の道程に幸あらんことを。――また会おう、友よ」
「――ああ。また会おう」
『っと。お取り込み中悪いけど、聖杯の回収を頼むよ。回収が済めば時期に修正が始まるから』
「了解」
アルトリウスが消えていったのを見届け、以前に見たものと同じ形の聖杯を手に取る。
これでこの特異点も修復されるはずだ。
ぞくりと。
咄嗟に嫌な気配を感じ何もない空間を見やる。
皆が何かあったのかと一斉に俺の見ている方を見る。
見つめた先には空間が歪み、裂けているような空洞が出来ていた。
そこからは見慣れた……そう、カルデアでよく見かけた教授の姿がいた。
「ふう。全く、セイバーのやつめ、私の言うとおりにしていれば生かしておいてやったものを……。それに、あの騎士にしてもそうだ。お前達人間も、サーヴァントというのも、どいつもこいつも――ああ、吐き気がする程気に入らないな」
「……レフ・ライノール」
「おや、キミも居たのか」
「怪しい、怪しいとは常々思っていたがまさか裏切るとはな」
「ハハハハハッ!笑わせるなよ人間。裏切った?いや、いいや。私は最初から我らが王にのみ忠誠を捧げていたよ」
高笑いするレフの表情は正に悪鬼の如く。
内包する魔力も凡そカルデアのトップ技術士の一人とはいえ、人間の魔術師が持てるような魔力量でもない。
その身は既に人ではないのだろう。
「さて、さて。あの管制室爆破で殺す筈だったロマニ・アーキマンにオルガマリー・アニムスフィアも生きている。その上オルガに至っては適性の無い状態で長時間のレイシフトまで!
ああ、計算外にも程がある。……アルス・ルトリック。貴様だよ。貴様がオルガマリー・アニムスフィアの心を溶かし、ロマニ・アーキマンと友人関係を結び、カルデアに入り込んだ。その時期から私の計画は狂い始めた。――生かしてはおかんぞ」
「ッ!ご主人様、後ろへ!」
「いや、いい。それよりもまだ話はあるんだろ、レフ・ライノール」
「ああ、あるとも。オルガ、キミのお陰で弊害はあったものの当初の計画、人類史の焼却は成された。礼を言わせてもらおうか。いやあ、本当にありがたい限りだ。キミのお陰で人類は2015年以降存在
しえないのだから!」
腕を広げ大げさな演技をしながら背後に赤くなったカルデアスを出現させるレフ。
おそらくはカルデアと繋がっているのだろう。
マリー曰く、アレは地球全ての情報そのもの。人間がアレに触れようものなら原子レベルで分解されてしまう。
何があっても良い様に動く準備だけはしておくとするか。
「本来なら此処でオルガを永遠に死に続ける地獄にでも送り、アルス・ルトリックを塵も残さず殺してやろうかと思っていたのだがね。話に時間を使いすぎたか。私はこれでも忙しいのだ、次の仕事に向かわねばな?
貴様らはこの崩壊していく特異点にて死に絶えるがいいさ」
意外にも何もする事無く先程レフが出てきた空間へと戻っていきこの世界から消えた。
次の仕事、ということはまだこの特異点だけでは完全な人理の崩壊には至れないのだろう。
ならば、まだ諦めるべきではない。終わってしまった世界ならば兎も角、この世界はまだ終わっていないのだから。
『ああクソッ!特異点の崩壊が始まった!レフの奴、聖杯が回収されようと崩壊するように何かを仕掛けたみたいだ!』
「先輩……!」
「大丈夫、きっと大丈夫だ……!」
『きっと間に合わせてみせるから耐えてくれよ……ッ!』
大地が割れるような地響きが鳴り響く。
文字通り世界が終わるように存在する全てが崩落していく。
だが、自分は意外と冷静だった。
「奏者……」
「ご主人様……」
不安そうに二人は見つめてくる。
何、心配することはない。
ロマニ・アーキマンという男は普段は気の抜けていて軽い男ではあるが、その実ここぞという所で失敗はしない。
その彼が間に合わせるといっているのだ、ならばリラックスしてその時を待つのみだ。
崩落の中二人の髪を撫でた所で世界は暗転した。
今回は少なめですね。そしてぱぱっと終わった特異点。
ネロとタマモの二人とは定期的にイチャつかせたい病気にかかってます
あ、あと今回登場したダクソのキャラであるアルトリウスについて簡易マテリアルをば。尚、オリジナル設定故に色々アレな所もあると思いますが生暖かく見守ってくださいませ。
真名:アルトリウス
クラス:セイバー
キャラクター詳細
大剣と大盾を手に戦い、一騎打ちを好む騎士。
彼の最期はとある名も無き不死者との一騎打ち。深淵に飲まれ正気をなくした彼は自身を討ってくれる人物を待ち続けていた。最期に友に討たれた彼は穏やかな表情でこの世を去ったという。
英霊として呼ぶためには霊格を幾つか落とさないと召喚できないほどの人物。
その剣は自身の信念と友のために。
筋力:B+
耐久:A
敏捷:B
魔力:B
幸運:C
宝具:A+
宝具:『深淵歩き(アルトリウス・オブ・ジ・アビス)』
彼の生前の異名から宝具となったもの。
宝具を発動した彼は左手に持つ大盾を捨て、まるで獣のように、ただ対象を殲滅する狂戦士となる。