再会 / 幕開け
意識が次第に覚醒していく。
ぼやける視界が次第に晴れていく。
身体に問題はない。強いて言えば少し腕が痛む位だが、これも直ぐに治る。
身体を起こして周りを観察する。
目に映る景色はカルデアと同じく炎に包まれ破壊された町。
無事であるとは言えないものの、一応レイシフトには成功したようだ。
コフィンを使用しないでレイシフトすると成功率が90%以上低下する、らしい。
詳しいことは分からないがよくそのような状態で成功したものだ。
などと考えている内に、戦闘を行う分には問題ない程には回復したので移動を開始する。
数分歩いた頃だろうか。見慣れたスケルトンが現れた為蹴散らしていると、崩れた瓦礫の影にオルガマリー・アニムスフィアが隠れているのを見つけた。
独りのようなので早速声を掛けることにした。
「マリー。大丈夫か」
「ぐすっ……うっ……アルス……?」
彼女は膝を抱えて泣いていた。
いつもは気が強く、冷静な彼女だがその実内面は寂しがりやで涙もろいのだ。
そんな彼女一刻も早く安心させるためにも話を続ける。人と話すというだけでも心というのは落ち着いてくるものだ。
「ほら、泣くな泣くな。一人か?」
「……ッ。ええ、そうよ。私は貴方がくれたお守りがあったから爆発に巻き込まれても無事だったけど……一体ここはなんなのよお……」
泣きながら応えるマリーを撫でて落ち着かせながら話を聞けば、爆発を無力化できたのはいいものの気がついたら適性が無いはずなのにレイシフトしてるわ、周りの人間は居ないわで思わず涙を零しながらエネミーに見つからないように隠れていたそうだ。
運よく発見できたから良かったが、臆病な彼女の性格上エネミーに見つかってしまえば恐怖で動けぬまま──というのもあり得ただろう。
しかし、本当に良かった。
カルデアで勤務するようになってから、かのレオナルド・ダ・ヴィンチに教えを乞い魔術について勉強をしていたのが此処で役に立った。
仮にもカルデアのトップなのだから狙われないとも限らないだろう、という話をした時に彼女に一度に限り攻撃を無力化する術式を込めたお守りを渡しておいたのだ。
ちなみに、レオナルド・ダ・ヴィンチは男でありながら自身をもっとも美しい女性、つまり自身の描いたモナ・リザに作り変えるという頭の可笑しい所業を行った変態的な天才のことである。言わずもがなあの有名な人物その人であり、カルデアに召喚された英霊の一人だ。
さて、話が逸れたが此処でマリーの質問に答えるとすれば、だ。
「恐らくは最初の任務の目的地……冬木だろうな。資料にはこんな災害にあったなんて記録は無い上に、人一人居らずエネミーが湧いている始末。何かが起こっているのだろう」
「……そう、冬木なのね、ここは」
「ああ。まずは此方に来ているであろう藤丸くんと合流を急ぐべきだな」
「彼も無事、なのね。良かった。一般人の彼がエネミーに遭遇する前に合流しないと」
落ち着きを取り戻し、藤丸の心配をする彼女に随分と性格が丸くなったものだと思う。
カルデアに勤務し始めた頃、彼女は父親の死によって軽い人間不信に陥っており、親身になってくれていたレフ・ライノールに依存していた。
人によっては話しかけただけでヒステリーを起こす程に酷かったものだから大変だったのである。
そんな彼女がこうやって一般人の藤丸を心配している様を見ると、彼女の心に余裕が生まれ、成長していっているのが分かる。
マシュ、ロマンと共に苦しみや楽しみを共有してメンタルケアを図った甲斐があるというものだと大変微笑ましい気持ちになった。
「……どうしたの?早くいきましょう」
どうやら生暖かい目で見ていたのがバレたのか、きょとんとした表情で此方を伺っていた。
そんな彼女に俺はなんでもない、と笑って返して先へ急ごうと促した。
■
歩くこと十数分。
戦闘音が聞こえたのでそちらに向かってみると藤丸とマシュの姿が。
エネミーを相手に戦っているのはマシュ。あの瀕死の状態から盛り返して生きているのにも驚いたが、服装がカルデアの制服ではなく軽装の鎧姿に大きな盾を武器として戦っているのを見てさらに驚いた。
どうやら彼女は英霊と融合したらしい。霊基が英霊のソレに変化している。
それをマリーに伝えたところ大変驚いた様子ではあったが彼女が生きていることにほっと胸を撫で下ろしていた。
マリー曰く、あの状態はデミ・サーヴァントという状態だそうだ。人間でありながら英霊でもある存在だとか。
彼女はカルデアの闇の部分である実験の唯一の成功例であるらしく、以前から英霊自体は宿っていたそうだ。
今まで反応すらなかった英霊が今こうして彼女に力を貸しているのは、恐らく彼女の"生きたい、死にたくない"という意志に応えて力を貸しているのではないか、というのがマリーの推測である。
マリーから話を聞いているうちに敵も片付いたようだし、とりあえず声をかけるとしよう。
「マシュ、藤丸くん。無事で良かった」
「お二人とも無事でだったんですね、良かった……」
「ああ。エネミーも何体か居たが弱くて助かった」
「マシュならともかくとしてアルスさんアレ倒せたんですか!?」
「アルスを普通の人間の常識に当てはめて考えないほうがいいと思うわよ?」
その言い方はあんまりではないだろうか。俺は悲しみのあまり空を見上げた。そこに広がっている空模様は当然の如く赤黒い曇天である。クソが。
戦闘面で人間としての常識の外側に居るのは俺とて承知している。不死であるのだし。
けれどもそれ以外だと割と普通の人間してると自分では思っているのだ。自分では。
そこの所どうなのだろうか。マリー、出来れば目を逸らさないでくれ。
「ところでマシュ。デミ・サーヴァント化しているのなら、マスターは藤丸くん……だよな」
「その通りです。状況が状況でしたのでやむを得ず半ば無理やり契約していただきました」
「やはりか。うん、初めての戦闘にしては上手くやれていたぞ? 藤丸くんの指示もまだぎこちないものの中々だった。お前達はいい主従になるな」
顔を少し赤く染めてそっぽを向く二人。何とも可愛らしい反応をありがとう。
息もぴったりのようだし、彼らはきっと俺なんかよりも強くなるだろうな。
これからの成長が非常に楽しみである。
『聞こえるかい、立香くんにアルス!』
「ああ、聞こえているぞ」
『よかった! そちらの状況を教えてもらえるかい?』
「此方に居るのはマリーに藤丸くん、それにマシュの四人だけだ。一応最初の任務の目標地点に居ると思うが」
『うん、そこは間違いなく冬木だ。しかし、他のマスターは全滅か……。此方はボクを含めた二十数名のスタッフのみだよ。レフの姿も見えない』
カルデアの運営が本当にギリギリ可能ではある、か。
しかし、レフ・ライノールが居なくなっているということは爆発に巻き込まれ死亡したか、もしくは生き残った上で姿を隠しているか。──彼が居ないのは気がかりではあるのだが、今居ない人間についてとやかく言っても仕方が無い。頭の隅に置いておく程度に留めるべきだろう。
あの規模の施設を動かすとなると、心苦しい限りではあるがロマンとレオナルドに頑張ってもらう事になりそうだ。
『所長、報告があるのですがよろしいでしょうか?』
「ええ、いいわよ」
『私が電源を非常用のものに切り替えてからカルデアに何が起こったかを調査していたのですが……。まず、今回の事件の肝であろう管制室で爆発物による爆破。恐らくカルデア上層部の人間を狙ったものだと思われます。
あと、レイシフトルームで鎮火作業を行う際、カルデアスが真っ赤に染まっていることも確認しました。恐らくはレイシフト先である冬木の地でカルデアスが真っ赤に染まる程の"何か"が発生しているのではないでしょうか』
「カルデアスが赤く……。いいえ、この地は以前から観測されていたわ。もっと大きな……それこそ人類史が全て消し去られるくらいの事が起きなければ赤一色に染まるなんてことは起きない。──まさか」
『──あり得ない。まさかそんな事を行える者が』
「……実際、カルデアスが赤く染まっているのであれば、認めるしかないでしょう」
突きつけられた現実にロマニ、オルガマリーの両名は溜息を吐いた。人類史のが抹消されるレベルのものにどうやって抗えばいいのだろうか。
シンプルに滅ぼしに掛かってきている分、簡単ではないだろうが阻止すればいい話なのでまだ性質的にはマシなのだろうが、それにしても酷い話である。黒幕はとりあえずぶっ飛ばす。
「……ロマニ。この特異点の状況は?」
『以前聞いた時よりも歪みが大きくなっています。それも……可及的速やかに修復しなければ崩壊を始める程に』
「原因を探り修復まで行うのにまともに戦えるのはマシュとアルスの二名、ね……。彼らは私と藤丸を守りながら戦わなければならないのだし、戦力の増強をするために英霊の召喚をするべきね」
『では、霊脈地の座標を送ります。マシュ、ポイントに着いたらキミの盾を媒介にして臨時の召喚サークルを展開してくれ。それが出来たらカルデアからの補給も出来る様になるからさ』
ロマンから送られてきた座標を確認すると幸運なことに此処からそれほど離れていない場所に霊脈地があることが分かった。
先頭を俺が行き、マシュが二人を守るように動く陣形を取り進んでいく。
道中、スケルトンがまた何体か湧いて出てきたものの俺とマシュで素早く撃退。
危なげなく霊脈地まで進むことが出来た。
霊脈地に着いてから召喚サークルの設置も無事終わり、これからいよいよ英霊の召喚に臨む。
『すまない、本当ならカルデアから魔力を回してその量でも二回は召喚できるんだけど……』
「非常事態なんだ、仕方ないさ」
今回の召喚において確保できた魔力媒体である星晶石の数は三つ。召喚可能回数にして一回。とんだ大博打だが仕方あるまい。
申し訳なさそうなロマンを見て苦笑しつつ、どうするべきかを考える。
マリーにはマスターの適性が無いし、やはり此処は戦闘能力を持たない藤丸が召喚するべきだ。
しかし、彼はまだ魔力の行使にも慣れていない一般人。いきなり複数のサーヴァントを使役するのは正直厳しいものがあるのも事実。ここは本人に聞いてみるか。
「藤丸くん。キミはどうする?キミが厳しいのであれば俺が行うが」
「……じゃあ、お願いしていいですか?今のところマシュへの指示で精一杯で」
「分かった」
藤丸の了解も得たので膨大な魔力を含んだ石をサークルに投げ入れる。
カルデア式の召喚ならば複雑な詠唱はいらない。ただ、召喚するための魔力さえあれば後は召喚システム・フェイトが呪文の役割を補ってくれる。
触媒も何も必要としないため、召喚される英霊は基本的には召喚者との相性や結んだ縁等で召喚されるのだ。
バチバチと激しい光が発生し、魔力による強い風が吹き始める。
たった十数秒。体感してみれば意外と長く感じるそれに耐えれば召喚が無事終了する。
召喚されたのは誰なのだろう。そんな思いで目の前の人型を見るとそこには──
「うう……長かった。本当に長かった……! 余は嬉しい! この時を待っていたぞっ……! 奏者よ、再び共に在れるこ──」
「呼ばれなくともみこっと参上! 貴方様の良妻巫女狐、玉藻の前でございます!」
「ええい、キャスター! 呼ばれたのは余だけであろう! それに妻というのは聞き捨てならぬ! 奏者は余の伴侶なのだからな! イケイケなのだからなっ!」
──ちょっと待ってほしい。
何か今二人分の声が聞こえたような気がする。それも聞いたことのある声だ。魔力を根こそぎ持って行かれた影響で身体が鉛のように重い。なんということをしてくれたのだろうか。
「身体がだるい……。説明はしてくれるんだろうな……?」
「うむ、余が奏者の召喚に応じて出てくるつもりだったのだが……。こやつ、無理やり召喚に便乗して来たようなのだ」
二回目だが言わせて貰おう。なんということをしてくれたのだろう。
「この私の耳にみこっとセイバーさんがご主人様の元へ召喚されると反応がありまして。ならば乗るしかねえ、このビッグウェーブに! ということで非常に、ええ、ひ・じょ・う・に。申し訳ないのですがご主人様から魔力を頂いて不足分を補って現界致しました」
「奏者でなければ魔力が搾り取られていたところだ。まったく」
成る程、事情は分かった。でも魔力が搾り取られていたところだではない。搾り取られたのだ。そこは間違えないで欲しい。危うく死ぬところだった。生き返るけど。
さて。タマモに遮られた上、かなりインパクトのある紹介をしたためネロの事は誰も分からずじまいだろう。ここは俺から紹介を促すべきか。
タマモにしてもそうだが、ネロは見た目でどこのどの英霊であるのかが非常に分かり辛い。そも、史実で語られている性別とは違い女であるためにさらに真名看破の難易度は跳ね上がる。
英霊として召喚された際にはこういった人物が割と多く驚かされる事も多い。実際にSE.RA.PHでネロを召喚した際には一瞬呼吸を忘れるくらいには驚いた。
「と、いうことで紹介を頼む」
「うむ、任せよ! では心して聞くがよい。サーヴァント、セイバー! 真名をネロ・クラウディウス。至上の名器とそれを奏でる者、奏者と余が合わされば正に無敵! 安心して頼るがよいっ!」
胸を張り、自信満々に名乗るネロ。
可憐な容姿に良く通る声、そして小柄ながらにその存在感は大きく、まさにローマ皇帝と呼ぶに相応しいものであると言えるだろう。
そんな彼女の名乗りを聞いた藤丸達の反応といえば、「はあ?」である。
気持ちは分かる。俺も初めての召喚の際はそうだった。
「ネロってあのローマ帝国皇帝の暴君? 男じゃなくて女じゃない!?」
「驚いたであろう? で、あろうな! むっふふふ、男装で性別を隠した甲斐があるというものだな」
此処に居る人間全員が不思議に思っているであろう性別だが、当時は皇帝は男であるのが当たり前だった。
そのため性別を隠すのは必然というべきことなのだ。
ところで、むふーっ、と可愛らしく得意気な顔をしている皇帝はその格好で隠せていると思っているのだろうか。
どこからどう見ても整った容姿の少女にしか見えない。男に見えるのなら眼科医に掛かることをオススメするレベルである。
「そろそろ次にやるべきことを決めておこう。時間にそう余裕もないしな」
「そうですね。目標を決めておかないと、手当たり次第に動くのは少し危ない気がするし」
「アルス先輩。先輩を含めネロさんとタマモさんはこの地……特異点Fについての情報を知っていないので共有するべきかと」
「そうだった。この冬木の地についてだが──」
──特異点Fの歪み。
そもそも、質のいい霊脈地が複数あり、魔術師の多くが移り住んでいたとはいえ、表向きは普通の日本の地方都市である冬木で何故特異点が観測されたか。
マリー曰くそれは、この地で過去、聖杯戦争が行われていたからだそうだ。
内容は七騎の英霊によるサバイバル。
日中は魔術の秘匿を優先するため、戦闘は行われず、人々の寝静まった深夜にソレは起きる。
多少町への損傷はあって当たり前だが、それでも一般人の多いこの地があたり一面炎に包まれ、生存者一人見ないという状況はあり得ないのだ。
つまり現状を顧みるに──この聖杯戦争に"何らかの異常"が起きている。
特異点の修復条件は恐らくこの聖杯戦争に起きた異常を取り除く事である。
異常とは言っても大体の見当は付いている。どうせ聖杯がどうかしてるのだろう。こういうときは大体聖杯が悪い。
「──と、考えているんだが」
「ええ、概ね合ってると思うわ」
聖杯がどうのというくだりは省いた。ただでさえこの非常事態、これ以上話を拗れさせると何が起きるか分かったものではないから。
『話が終ったところですまない! 直ぐに戦闘態勢に入ってくれ!』
周囲の索敵に集中していたのであろうロマンが慌てた様子で通信を飛ばしてきた。
一体どうしたのかと振り向けばすぐ目の前に黒い短剣が迫っていた。
反応が一瞬遅れ当たるかと思ったその矢先、ネロが身体を滑り込ませ剣で短剣を払う。危なかった。ネロの対応が遅れていたら今頃顔面に愉快な穴を開けていたところだ。周囲の警戒を怠ってしまった自分を心底情けなく思う。戦場で気を緩めるとか俺は馬鹿じゃなかろうか。
平和ボケしていて鈍ったのかと言われれば否定は出来ないのが痛いところだ。
「余ほど暗殺に塗れた一生を送った皇帝はおるまい。その余の勘が告げている──出てくるがよい、アサシンよ!」
『気をつけてくれ! そこに居るのは普通の敵じゃあない──
──サーヴァントだ! クラスはアサシン! 他にも同じような反応が二つほど迫ってきている。合流される前に倒してしまったほうがいいぞ、これは!』
「──マサカ、気ヅカレルトハナ。マアイイ、セイゼイ時間ヲ稼ガセテモラウゾ」
髑髏の仮面に黒い外套など「私は暗殺者です」と言っているようなものである。
そんな暗殺者感をこれでもかというくらいに見せ付ける彼を見て俺は何とも言えない微妙な気持ちになった。
長い!そして急展開!
作中の所長はアルス主導によるメンタルケアで性格が丸くなってます。レフ?知らない子ですね……