薪、人理を救う旅にて。   作:K.

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帰還

 自己嫌悪に浸りつつもローマ兵(仮)を蹴散らしていると、どこからともなく藤丸達がやってきた。

 無くても良かったとはいえ、多数を相手に立ち回るのは疲れるので助かった。

 

 しかし、ローマ兵に混じって襲い掛かってきた英霊には驚いた。

 

 

 いや、敵がローマ兵の姿をしている時点で気付くべきだったのか。

 襲ってきたのはカリギュラ。嘗てのローマの皇帝であり、ネロの伯父にあたる人物だ。

 

 晩年には狂気に侵され、凶行を繰り返したことで名を残している。寧ろ、カリギュラと言えばネロの伯父ということよりもそちらの方が先に思い当たる人の方が多いのではないだろうか。

 ネロに接する彼の姿はただの優しい伯父であったのだが、人間とはやはり分からないものだ。

 

 

 だからこそ、人間とは面白い。

 こうして長くを生きて時代を追っていくに値するものだと俺は思うのだ。

 

 

 少し話は逸れたが、彼のクラスはバーサーカーだった。先程も書いたが、彼が狂気に飲まれたのがバーサーカーの適性を得る要因の一つとなったのだろう。

 素手で剣を弾き、怪力で叩き伏せようとする豪快な戦い方は正に狂戦士と言って差し支えないものだった。あれでは会話もままなるまい。

 

 

 そんな彼とも戦闘を行ったが仕留められず、惜しくも逃すことになったのだが、こちらは拠点の確保も出来ていないし深追いする必要は無いという判断を下した。

 その後も軽く戦闘があったものの、何かが起きるということもなく。

 

 現在はネロに連れられて首都へとやってきたところだ。

 

 

 それはいいのだが、そろそろこの光景にはツッコミを入れざるを得ないので入れさせてもらおうか。

 

 

「おいロマン」

『知らない。ほんっとうに知らない。レイシフトには何の不備もなかった。なのにこうなるだなんてもしかしなくても幸運Eなんじゃないか?』

 

 

 やかましい、誰がクー・フーリンか。

 

 

 しかし本当にそうなのかもしれないと思わざるを得ない。

 ロマンは確かにふわふわとしていてあまりにも頼りない雰囲気をしてはいるが、いざ実戦ともなると彼ほど安心してサポートを頼める人間は居ない。常に周りに気を配り続けるその器量は尊敬に値するものだ。

 他に居るとすれば、少なくともカルデアではレオナルド、オルガくらいのものだろう。彼らはロマンとはタイプこそ違うが、優秀なサポート要員だ。

 

 

『むうううう! 折角の花嫁衣装だというのに何故余は待機なのだー!?』

『セイバーさんは兎も角何でわたくしまで巻き添え食らってんですかねえ!?』

 

 

 だがそれでも文句は言わせて欲しいものだ。

 何故俺と契約した英霊が誰一人としてレイシフトしていないのか。

 

 どうやら神は余程俺のことが嫌いらしい。喧嘩ならいつでも買うので是非姿を現して欲しいものだ。

 

 

 さて、ここで今回のメンバーを紹介しておこうか。

 

 俺はジャンヌ、ジャンヌ・オルタの二人と契約したので今回は見送り、藤丸が今回のレイシフト前に召喚したのは三騎。

 アタランテ、エリザベート、それにジークフリートだ。

 

 見事にフランスで出会った英霊達が召喚されていた。

 縁が強すぎるんじゃないか、とまたも思ったが、俺はもう気にしないことにした。きっとそういうものなのだろう。

 

 今回この三名を連れてきている訳だが、藤丸とは一度よく話し合わないといけないのかもしれない。

 何故エリザベートを召喚してしまったのか。いつか彼女とネロのデュエットで死ぬ未来が見えるぞ。

 

 

「しかし、花嫁姿の余か」

『うむ、奏者の為に用意した究極の花嫁衣装だ。美しいであろう?』

「当然だ。しかして、その奏者、というのは?」

『余は天上の音を奏でる名器であり、それを奏でる者、即ちは奏者。そしてそれが過去の余の隣に居る……』

「成る程、アルスのことであったか! うむ、それならば納得だ!」

 

 

 そう遠くない未来のことを考えて絶望していると、ネロとネロが話していた。

 うん、字面だけで見ると何だか変な感じだ。

 

 

 しかし、こうして彼女達を見ていると思うことがある。

 

 

 ネロ、と呼べば二人とも反応するのではないかと。

 

 

 それは不便で仕方が無い。

 よし、この特異点限定だろうが少し考えてみるとしよう。

 

 

 花嫁衣装のネロか。……嫁ネロ。

 

 

 何だか俺の嫁だと言っているようで恥ずかしいな。やめておこう。

 此処は素直に英霊のネロはセイバー、此処のネロは普通にネロと呼ぶことにしよう。

 

 

 と、歩いているうちにローマの市街へと来ていたようだ。

 人々の活気に溢れた声が聞こえてくる。

 

 

「見るがよい、しかして感動に打ち震えるのだっ! これが余の都、童女でさえ讃える華の帝政である!」

「凄い活気だ……!」

「そうであろう、そうであろう。なにしろ世界最高の都だからな!」

 

 

 藤丸の言葉には激しく同意せざるを得ない。

 誰も彼もが笑顔で生活していて、現代では考えられないほどの活き活きとしたエネルギーが伝わってくる。

 これほどの活気で街が包まれているのも一重にネロの施した政策が上手くいっており、尚且つネロが名君として君臨できているということなのだろう。

 

 民達がネロを見かけたら笑顔で声を掛けているのが最たる証拠に他ならない。

 

 カリギュラの件でも言ったが、やはり人の時代はどうなるか分からないものだ。

 

 

「アルス。そなたもどうだ?」

「ん? ああ、頂こう」

 

 

 ネロから林檎を貰った。

 齧ってみれば甘い果汁が口内に広がって大変美味しい。藤丸達も疲れているだろうし、この甘さはよく効くだろう。

 

 

 そんなことを考えていると不意に店主と目が合った。

 特別な何かを秘めているわけでもない、どこにでもいる普通の人間の瞳。

 

 ただ、それは穏やかで、何とも優しげな。

 

 

 

 

 これは……何処か、遠い場所で見たような。

 

 

「……ッ」

 

 

 ギシリ、と身体が軋む感覚に襲われた。

 

 

 何かが。

 

 

 大切な何かが抜け落ちているような。

 

 

 そんな感覚だ。

 

 

「……どうかしたのか?」

 

 

 僅かに顔を顰めたのがバレたのか、ネロが心配そうな表情でこちらを見つめていた。

 

 その心配そうな表情を見て、心配を掛けたくないと思ったからなのだろうか。

 

 身体の調子は直ぐに戻った。

 少し目を瞑り、呼吸を整える。

 

 ……うん、大丈夫。先程の感覚は気のせいだ。きっと一度ミンチになったのが少し響いているのだろう。

 

 

 しかし、こんな感覚に襲われるとは。

 火の呪いが大分薄まってきているのかもしれない。気をつけないと。

 あまり生き返るからといっておいそれと死んでいられないな。

 

 

「いいや、なんでもない」

「……そうか。何かあったら言うのだぞ? 折角またそなたに見えることが出来たのだからな。

 ……もう、余を。

 ……私を。独りにしないでくれ」

「……ああ」

 

 

 彼女に笑いかけている民からしても、彼女は第五代皇帝のネロ・クラウディウスでしかないのだ。

 

 そんな民達と接してきた彼女が、ただのネロ・クラウディウスとして自分に接した人間を気に入らない筈が無い。

 それが自らの傍を離れて消えたというのだから、寂しがり屋な気質も持ち合わせている彼女としてこの発言は当然であるのだろう。

 

 無性に過去の自分を殺してやりたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、貴公たちのうち一名に総督の位を与えるぞ。それと、先刻の働きへの報奨もな。今夜はゆっくりと休むがよい」

 

 

 ネロの館へと招待され、ローマの事情の把握、こちらの目的を話すなど、情報の共有を行った。

 

 何でも、皇帝を名乗る連合がローマの各地で暴れまわっているらしい。

 あのカリギュラもそのようだ。

 

 

 自称とはいえ、皇帝を名乗るだけあってネロも対処に苦労しているようだ。

 連れて行けるのは精々数十名の手勢のみ。これではネロがいくら人間としては破格の力を持っているとはいえ、流石に厳しいものがある。

 

 相手に英霊が居るのであれば尚更だ。英霊のステータスにはEXからEまでのランクが存在しているが、Dランクでも人間に出せる最大の能力値なのだ。凡そただの人間が戦っていい相手ではないのは誰でも分かる。

 

 

『ところで皇帝陛下。レフ・ライノールという名前に聞き覚えは?』

「……れふ? いや、とんと聞かぬ。何者だ?」

「私達の時代の魔術師です。カルデアと、人類の全てを彼は裏切りました。」

 

 

 皇帝連合に関して溜息を吐いていると、話題はレフについてに移り変わっていた。

 

 

 カルデアと人類の全てを裏切った、とマシュは言ったが、それは違うのではないかと俺は思っている。

 彼は冬木でこう言っていた。

 

 "私は最初から我が王に忠誠を捧げていた"、と。

 

 であれば、その言葉の通りなのだろう。

 彼は裏切ってなどいないのだ。文字通り、カルデアに勤務し始めた時から彼が王と崇める者に忠誠を捧げていたのだから。

 

 まあ、このことは別に言わなくてもいいだろう。

 彼がこちらの敵であることには違いないのだ。

 

 

 彼が居るかもしれない。そんなもしもを考えたロマンからの提案もあり、俺達は前線に配備されることとなった。

 

 

 それから兵士達の報告があって、襲撃に来た敵軍の対処を行ったのだが、やはり重火器や兵器が主な武器となった現代とは違い、白兵戦を主として戦う時代の人間だからなのだろう。

 思ったよりも時間が掛かってしまいすっかり日も暮れてしまった。

 魔力の消費もあって藤丸の疲労もそれなりのものになってしまっている。

 

 

 敵襲と言う横槍があったがネロが楽しみにしていた宴は当然行われた。

 

 それはもう豪華なものだった。

 懐かしきローマの料理の味はいいものだ。懐かしすぎて涙が出そうになったくらいだ。

 

 しかし、現代で和食などを食していた身としては久方ぶりの衝撃だった。

 あの頃はあまり気にもしていなかったが、やはりローマは料理もローマだったと思わず呟くくらいには衝撃だった。

 

 何を言っているか分からない? 安心してほしい、俺にも分からん。

 

 セイバー曰く、『獣欲を掻き立てる様な、こう、肉! 油! どーんっ! といった感じ』らしいが。

 それだけを聞くと大変身体に悪そうな感じだがそれでいいのか、ローマ。

 

 

 

 

 さて、そろそろ眠るとしよう。今回はネロの厚意で部屋を与えられている。野営であれば周囲の警戒などするべきなのだが、こうしてゆっくりと眠れるときは眠っておくべきだ。

 

 しかし、皇帝連合か。

 今回の特異点もそれなりに大変そうだ。何事も無く終われるといいが。

 

 

 

 


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