薪、人理を救う旅にて。   作:K.

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設定を一新(という名の話の練り直し)

今度こそは……



プロローグ
旅の終わり / 旅の始まり


 暗い。

 

 冷たい。

 

 何も見えない、ただただ暗い闇の中で火の粉を纏ったヒトガタが在った。

 

 

「……時代の終わりというのはあっけないものだな。

  これよりはヒトが表舞台で活躍する時代になる。オスカー、せめて貴方に救われたこの命が尽きるまではこの先の時代を見守っていくとしよう。……それが残った……残された俺のやりたいことだから」

 

 

 そう悲しげに呟く彼はこの時代、この場所に唯一生き残った人間。

 人成らざる者達が跋扈し、世界の呪いによって不死となった人間が現れてはやがて亡者となって彷徨う時代。

 その時代を終わらせ、人が支配する時代にせんと最初の火を奪った人間。

 

 彼自身に名前はない。

 遠い昔に不死となり、北の不死院に囚われる以前の旅の記憶は磨耗し、過去の事を殆ど覚えていないからだ。つまり、今の彼には彼が彼であることを示すものが何も無い。

 

 彼は自身の友人達から名を借り──アルスと名乗った。

 

 

「……さて。あんな呪われた時代には無かった美しいモノを見られると信じて、旅を続けよう」

 

 

 そういって彼は最初の火の炉から去っていった。

 神秘がこれから急速に薄れていくだろう。急速にとは言っても、それはあくまで彼基準の話だ。普通の人間からすればとても長い、長い時間のこと。

 

 

 

 旅の中で多くの出会いと別れを経験した。

 

 

 

 数ある出会いと別れの中で、彼と特に仲を深めた人物達が居る。

 

 

 

 民を愛したが最後までその愛を理解されること事無く散った薔薇の皇帝。

 

 良妻願望の強い九尾の傾国の魔性と呼ばれた女性。

 

 彼女達の最期は良いものではなかったとはいえ、彼が最期を看取ったが故に独りで死ぬことは無かった。

 

 彼は旅の最中、後に聖杯と呼ばれるものの一つと出会う。

 例によって碌でもないモノに変貌していた聖杯を最早彼のみの業となったソウルを扱う技術によって無理やり制御した時、彼は自身が遠い未来、人類が再び滅びようとしている時代、月で英霊として唯一つの聖杯を手に入れるための戦争……聖杯戦争に参加していることを知った。

 彼はイレギュラーであったらしく、ただ一人の勝者となるはずだった聖杯戦争の形が少し変わっていた。

 

 そんな月の聖杯戦争を終えた後にまた色々とあるのだが……それはまた別の話。また、別の場所で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、時は2015年。文明が栄え、神秘が極限にまで薄れた時代。

 彼は人類保障機関、フィニス・カルデアのスタッフとして日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

『アルス先輩』

 

 

 唐突に通信が掛かってきたので緊急の用事かと思えば、通信の相手はマシュ・キリエライト。妹のような存在からだった。

 

 

「ああ。マシュか。そろそろ所長……マリーの講義が始まる頃だと思うのだが何か用か?」

『廊下で死んだように眠る先輩を見つけたので意見を聞こうかと思った次第です』

 

 

 廊下で死んだように眠る先輩。

 よもや電脳世界の彼女や自分のように自身が三つに分かれた訳じゃないだろうと思案する。

 今やスタッフは最初の任務に大忙しで殆どが自身の職場に赴いており、マシュが居るであろう住居区画には人が居ないと言ってもいい。

 で、あるのならば、最後のマスター適性のある候補者……一般人の枠でカルデアに来た人間であるに違いない。

 

 

「……まあ、俺は自由に動いても大丈夫だし見に行くとしよう。マシュ、今から向かうからその子を起こしておいてくれ」

『了解しました』

「さて。ただ一人の一般人枠か……こういう存在は世界にとって重要な人物になったりするからな。どんな人なのか楽しみだ」

 

 

 カルデアの中の魔術師に限った事ではないが、魔術師というのは基本的には魔術の使えない一般人のことを軽く見ている。

 人を見下すような人間が好きではない俺にとって彼らは苦手な存在といえた。

 いざ戦闘となるのならば彼ら魔術師を一瞬で叩きのめす自信はあるのだが。

 

 その点一般枠で来た人間ならばマシュと同じ様に魔術をあまり使わない自分を見下すようなこともないだろうし、あわよくば仲良くなって友人にでもなろうと思っていた。

 

 

「ん? ……あれか。これまたぐっすりだったみたいだな」

 

 

 白系統に偏った色彩で清潔感溢れる廊下を歩いていけば件の廊下で死んだように眠る先輩とやらを発見。

 その青年は本当についさっき起きたばかりなのか、未だに少し眠たげな表情だった。

 

 

「おはようございます、アルス先輩」

「ああ、おはよう。そこの君は一般枠でここへ来たマスター候補生だな?俺はアルス・ルトリック。アルスと呼んでくれ」

「あ、どうも。藤丸立香です。……恥ずかしながら廊下で寝てしまっていたみたいで」

「もしかしなくてもカルデアに入る時の戦闘シュミレーションの影響だな。魔力を行使したことがない人間がいきなり魔力を行使すると疲れるのさ。何せ今まで使ったことの無い筋肉を一気に使ったようなものだからな。

 ──さて。ここで談笑しているというのもいいが……何せ所長の講義まで時間が無い。このままだと遅刻するな」

 

 

 俺のその言葉にマシュが急がないと、といっているのにも関わらず『講義……そういうのもあるのか』と神妙な顔で言う藤丸。

 はじめて来た土地でこの力の抜き方。なんというマイペース加減だろうか。彼は将来大物になりそうだ。

 

 

「そう慌てるなマシュ。君たちだけなら所長が鬼になるだろうが……カルデアでこれから働くんだ。上司に嫌な印象を抱きたくないだろ? 俺も一緒に行って事情を説明するよ」

「本当ですか!? それは助かりますアルスさん!」

「今回だけだからな? マリーの相手をしながら仕事をするのは疲れるんだ。主に周りの奴らの視線に耐えるのでな」

 

 

 オルガマリー・アニムスフィアの生れ落ちた家、アニムスフィア家は魔術世界において名門とされている。

 それ故に名も知られていない、そもそも魔術師であるのか怪しいと評判の俺が彼女と話すどころか仲睦まじくしているのが気に食わないようで周りの魔術師からの視線を感じるのだ。

 彼女と仲がいいのも魔術師達から目の敵にされている要因の一つである。もっとも、マリーと関わるのをやめる気は全くないが。

 

 苦笑いしつつ目の前の講義が行われているであろう部屋の扉を開ける。

 まだ彼女の演説が聞こえない辺り始まる前にはたどり着いたようだ。

 

 

「すまない。新入り君を見つけてな。慣れない魔力行使に疲弊していた様だから休憩させてたら遅れてしまった」

「姿が見えないと思ったそういうことだったのね。うーん、どうしましょうか。サーヴァントがどれほどの存在なのか、英雄がどのようなものなのか。彼に説明しても混乱するだけだろうし……講義の途中で眠られても迷惑だし。

 アルスと共に自室に戻って休憩しつつ話でも聞いておきなさい。彼、魔術にはあまり詳しくないのだけれど、『サーヴァント』についてはまるで体験したかのように知っているから」

「……だ、そうだ。藤丸くん、君の部屋に行こう」

「分かりました」

 

 

 入室した途端に視線を感じる。マリーと少し言葉を交わせばその視線はより強くなる。少し会話しただけでこれだ。一体彼らの人間性はどうなっているのだろう。是非最初の火の炉にでもくべてみてはどうだろうか。きっとよく燃える。

 下らない事を考えつつ、周りの魔術師の目線を興味すらないといわんばかりに無視した後、藤丸の背中を押し部屋を出た。

 

 

「──ふぅ。相変わらずだな、全く……。藤丸くん、話もしないで歩くのも退屈だろうし、何か聞きたいことがあれば言ってくれ」

「じゃあ、サーヴァントっていうものについていいですか?」

 

 

 所長もそういってたし、とにこにこと笑いながら言う藤丸。

 その話は彼の部屋でしようと思っていたのだけれど、まあいいか。

 

 

「……そうだな。サーヴァントというのは簡単に言えば、魔術師に召喚され使役される使い魔のことだ。ただし、使い魔といっても過去に名前を残した英雄と呼ばれる者達だが」

「それってあのアーサー王とか、世界最古の王ギルガメッシュとか」

「その通り。アーサー王だとか、ギルガメッシュの様に有名な英雄も居るし、歴史に名を残す姫や作家、音楽家なんてものまで。さらに言えば、英雄達に倒される側の反英雄といわれるものまで居る」

 

 

 かつての出来事を思い出せば、作家から反英雄まで色々なサーヴァントが居たものだな、とアルスは懐かしげに頬を緩ませた。

 かつて、とは言ったものの実際は遥か未来の出来事のことであるし、そもそも世界線が違ったりするのかもしれない。だが、サーヴァントというのは過去、未来、さらには世界すら飛び越えてその記憶、否、記録を本体に蓄積するものだ。

 その記録は膨大な量故、かつて出会った者でも覚えていない、もしくは覚えてはいるがそれは記録として。その個体と自身は別の者だとするものも居る。

 

 ──ネロは、タマモは、自分を覚えているだろうか。

 

 アルスは一瞬そんな思いに駆られたが、覚えていなかった時はまあ、その時だろう。と一旦頭の隅に追いやる。今は魔術など知らぬ身で戦うことになるだろう少年に己が相棒についてだけでも教えるべきなのだと自身に言い聞かせて。

 

 

「色んなヒトが居るんですね」

「そうとも。君は講義に出席していた魔術師連中のようにはなるなよ? 召喚されたサーヴァントは君のパートナーと言ってもいい。敬意を持つのも大事だが、それ以上に自分の相棒として大事にしてやれ」

 

 

 サーヴァントについて少しだけ理解を深め、数分歩いたところで藤丸の自室が見えた。確か、あの部屋はカルデアの医療セクターのトップ、ロマニ・アーキマンことロマンがサボリ部屋としてちょうどいいと使っていたような気がするが。

 扉を開けるのは少し待て、と言おうとしたのだが時は既に遅し。藤丸は扉を勢いよく開いていた。

 

 

「うわああ!? 誰だ!? ここはボクがサボリ部屋とし──」

「ロマン。ここは彼の自室だぞ」

「──へ? アルスじゃないか。彼の自室、って事はキミが此処へ来る予定だったマスター候補の最後の一人だね。ボクはロマニ・アーキマン。ロマンと呼んでくれ」

「藤丸立香です。あの、ごまかそうとキリッとした表情で自己紹介しても紛らわせてないというか」

 

 

 藤丸はツッコミを入れる時はきっちりと入れるタイプのようだ。下手に堅苦しくいられるよりはいい。彼は早い内にカルデアに馴染めるだろう。

 

 そして盛大に誤魔化そうとしたロマンにジトリとした視線を向ける。

 彼はうっ、とわざとらしい演技をしつつも笑う。このような状況でもにこにこと笑顔で居る彼はこれだから憎めないのだ。

 

 さて、もう一度記しておくがロマンは絶賛サボタージュ中である。

 彼にとって非常に残念なお知らせなのだが、ここでレフ・ライノールというカルデアに勤める技師から通信が入った。

 

 

『やあ、ロマン。ちょっと管制室まで急いできてくれないか? 初めてのレイシフトだからかスタッフのバイタルが安定しなくてね』

「やあ、レフ。うん、じゃあ鎮静剤を多めに持っていくとしよう」

『今は医務室だろ? そこから急げば二、三分で着くだろうし頼んだよ』

「……。」

 

 

 レフは忙しそうな雰囲気を醸しつつそう言うとロマンの返事も待たずに通信を切った。

 後三分で藤丸の部屋から医務室へ。

 ロマンが人間の速度を超えて移動できるのであれば十分に可能だが、生憎と彼は俺とは違ってただの人間だ。此処からはどう考えても三分以上は掛かる。ロマンはその事実に耐えられず目が死んでいた。

 

 

「あと三分でここから管制室ねえ……。無理だな」

「うう……どうなるのかなボク……」

「強く生きろ」

 

 

 残念ながらこういう時に彼に掛ける言葉を俺は知らなかった。死体蹴りなら得意なので任せろと張り切ってやるのだが。

 どう声を掛けていいのかも分からず、取り敢えず強く生きろと言ってロマンを送り出す。

 

 急がなければならないのにトボトボと歩いてく姿を「流石だなあ」等と思いつつも眺めていると、彼が扉を開けたその瞬間──凄まじい爆発音が響いた。

 

 

「ッ! ロマン!!」

「ああ!! 今の爆発で恐らくメインの電源がやられただろうからボクは今から非常電源を入れにいく! キミたちは避難するんだ!!」

 

 

 部屋の明かりが消えて視界の定まらない中、必死の形相で叫びつつロマンは走り去っていった。

 ロマンの言いつけ通りにまっすぐ出口に向かって走るべきではある。あるのだが。

 

 

「アルスさん」

「何だ」

「ごめんなさい……俺、やっぱりマシュのところへ行って来ます……!!」

「待て、俺も行く」

 

 

 申し訳なさそうな顔をして走り出そうとする彼を止める。

 

 折角出会えた良き人達を見捨てて自分だけが逃げるという気は全くない。

 怪我をするのが何だというのか。そんなものは直ぐに治る。彼女達の方が自分にとっては大事な存在なのだ。

 

 藤丸は目を見開いて驚愕した。

 

 

「えっ!? 避難しないんですか!?」

「キミと一緒でマシュにマリーが心配だからな。それに来たばかりの君を一人で行動させる程阿呆じゃない」

 

 

 不死であることは隠しておく。何故ならば彼は魔術世界に関しては素人もいいところなのだ。言ったところで信用されないだろう。頭がおかしいのかと本気で心配されるまである。

 

 今は話している場合じゃないというのもあって、隠し事をするのは心苦しいものの藤丸の背中を軽く押して急ぐぞ、と言った後全速力で管制室及びレイシフト用のコフィンのある部屋に走る。

 向かう道中、観察してみれば辺りは爆発によって無残にも破壊されており、先程まで綺麗な状態だったとはとても信じられない状況だった。

 

 

「……。」

 

 

 ふと走りながら藤丸の顔を見ると少し暗い顔をしていた。

 彼も分かっているのだろう。

 爆心地から離れた此処がこれほど破壊されているのだ。つい少し前に知り合ったマシュ・キリエライトがコフィンのある部屋に居たとしたら──生きている可能性の方が低い。

 だとしても諦められないのだろう。きっと、藤丸はそういう優しい少年なのだ。月で出会ったあのマスターと同じく。

 

 考え事をしている内に部屋に到着した。扉の向こうには凄まじい熱量と、自分にとっては馴染み深い地獄絵図が広がっているだろうことは容易に想像できる。

 だからこそ彼には言っておかなければならない事がある。

 

 

「藤丸くん、覚悟はいいか。人の生き死にに触れることがあまり無かっただろうキミにとって──此処から先は地獄だぞ」

 

 

 人が死んでいようが、死に掛けていようが動揺しないように。

 藤丸にそう念押しすればゆっくりと頷いたので扉を開けて部屋に突入する。

 

 

「……マシュ」

 

 

 そこに広がっているのはまさしく地獄。

 破壊に破壊を重ねた光景。

 だが、死人が居るような気配はしない。

 調べてみればマシュを除くマスター候補ら全員が昏倒状態だった。恐らく、この爆発はカルデアの機能停止を狙ったものなのだろう。そうでなければカルデアの主戦力なるであろうマスターを殺さない理由がない。まあ、吹雪に年中見舞われていて人一人来ないような場所にあるカルデアでこんなことが起きている時点で内部犯だろう。何が目的でやったのかは知らないが迷惑なことをしてくれたものだ。

 

 

「……あ。せん、ぱい……」

「ッ、マシュッ! その傷……!」

「わた、しは……もう、ダメみた、いです……に、げて……」

「キミを見捨てて行けと!? 無理に決まってる!」

 

 

 涙を零しながら叫ぶ藤丸。しかし無常にもマシュの傷は大よそ死亡するには充分すぎるほどの傷だった。人がどれだけの傷を負えば死んでしまうか嫌という程分かっている俺からしてももう助からない、と思う程の。

 加えて、崩れた瓦礫に下半身を捕らえられている。彼女はもう万に一つも助からないだろう。

 

 此処まで負傷してしまえば奇跡を使おうが意味は成さない。妹分一人も救えないで何が薪の王だ。

 

 自分の無力さをかみ締めているとその時アラームがなり、アナウンスが始まる。

 ロマンが言うには電源が切れたのではなかっただろうか。非常用の電源に切り替わるにはまだ早すぎる。

 

 そんな考えも無視してアナウンスは続く。──カルデアスを血のように赤くして。

 

 

「カル……デアス。まっかに……なっちゃい、まし、た。……扉も、しま、って。……せん、ぱい。手を、にぎっ、て……」

「……分かった」

「このアナウンスはまさか──レイシフトを開始しようとしている? これはまずいぞ……!」

 

 

 

 

『──マスター候補者二名を確認及び認証完了。目標座標へのレイシフトを開始します。3──2──』

 

 

 

 1、という数字を聞く前に視界が暗転した。

 意識が完全に無くなる前に──

 

 

 

 

 ──あの愛らしい薔薇の皇帝と巫女狐に名前を呼ばれたような気がした。




読めばああ、この二人ヒロインなんだなって分かると思います。ほら、この二人がヒロインってあんま見ないなって思ったので。原作の主人公と共に在るモノってイメージが強いからかもしれませんが。

EXTELLA編も気が向けばちびちびと書きたいと思います。

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