驚きのあまりソウルをロストするところでした(?)
空からこんにちは、古代ローマの地
俺は今、レイシフトを経て古代ローマの時代へとやってきている。
恐らく、多分、きっと。
何故断定出来ていないのかといえば、ロマンに「もしかしたら変なところへ転送しちゃうかも。そうなったらごめん」とかなり不安を煽られたからでもあるし、さらにいえば──
「高いところはダメなんだよおおおおおお! 落下死! 落下死するからあぁぁぁ!!」
この通り空を落ちているからだよ!
古代ローマの地を空から眺めたことなどないし、さらに打ち付けられてミンチになること必至のこの高さ。神は俺に恨みでもあるのだろうか。喧嘩を売られているのであれば全力で買うが。遠慮なくぶっ飛ばさせてもらおうか。
それにしても、転移座標の指定も安定し、余程変な要因が無ければ確実に目標座標へと転送されるだろう、と彼らが自信満々に言ったからオルガがゴーを出しレイシフトをすることになったのに、まさかパラシュートなしのスカイダイビングをするハメになるとは。
やはり神をぶっ飛ばす他あるまい。おい、早く出て来い神。ぶっ飛ばしてやる。
というか何が「変なところに転送しちゃうかも」だ。
不死人も吃驚な場所にしっかりと転送されている。覚えていろロマン、いつかお前も同じ目にあわせてやる。
そんな決意を新たに叫びながら落ちていると何だか見覚えのある、というかありすぎる人間を先頭に、これまた見覚えのある槍や剣を持った兵士達の姿が小さいながらに見えた。
どうみてもこの時代に生きたネロにローマ兵だ。どこかに遠征でもする道中なのだろうか。だとしてもそんな武装をする必要があるのかといいたい。この時期、大きな戦闘は無かったはずだが。
等と考えているがこの瞬間、ネロ・クラウディウスが皇帝として君臨していた時代であることが確定している。頭が痛い。
「……あっ」
絶望しつつも間抜けな声を出してしまった。だが仕方あるまい、途轍もなく不味い事に気がついてしまったのだ。
何が不味いかといえば、このまま落下すれば下の一行達に直撃するというのが不味い。どう考えても地獄絵図が展開される。
具体的に言うと人間のミンチが複数出来上がるのだ。
果てしなく嫌ではあるのだが、俺はミンチになろうと復活する。だがこの時代に限らずとも普通の人間にはそんな超人じみた人間は居ない。いや、シモンという魔術師は首を切られても復活したりしていたが、アレは魔術師なので例外中の例外だ。
話は逸れたが、早い話俺だけがミンチにならなければならない。
なので俺は力の限り叫ぶことにした。
「そこを退けえええええええええええええ!!」
「──陛下! 空から人が!」
「た、退避せよ! 助けてやりたいがこれは致し方のない犠牲という奴だ!」
一行が俺に気付いたのか、空から人が降ってくるという前代未聞の怪奇現象に慌てふためきながらも退避を開始する。それでいい。死傷者がでなさそうで何よりである。
まあ、これから一人ミンチになり、さらには再生して復活するとかいうホラーな出来事が起こるわけだが。一般人なら発狂間違いなしの場面である。
半ば自棄になりつつも現実逃避をしていれば地面はもうすぐそこというところまできた。
──ゴシャリ。
そんなありとあらゆるモノがが粉砕された音が聞こえたと同時に俺の視界は暗転した。
「ロマニ」
「いいえボクは何もしてません」
「ロマニ」
「何故か、彼の座標だけ狂いに狂ってああなったみたいです。誰かのミスだとかそういうのでもないし、本当に分かりません。だからその視線をやめてください所長」
「……はぁ。アルスじゃなかったら大変なことになってたところね」
「いや、十分に大変な状況ではあるだろう、これ。流石の私も微笑みを崩して真顔になるくらいにはね」
■
──酷い目に遭った。
デュラハンのような状態になっていないだろうかと心配になるくらいには首が大変なことになったし、全身の骨は粉砕されて内臓も悉く破裂した。かなりスプラッタな光景になったことは間違いない。
首周りが大変なことになっていないかを確認しつつも起き上がる。
「だ、大丈夫か?」
「いつものことだから大丈夫だ」
「いつもそのようなことになってるのか!?」
実際なっている。いや、ここまで酷いことになるのは稀ではあるが、よく死ぬ。本当にどうでもいいところで無駄に死ぬし、気を付けていれば死なないところで死ぬ。悲しきかな、不死人とはそういうものなのである。
さて、それは兎も角として、俺だけではあるがこうしてネロと接触できたのはいいことだろう。ネロ以外の皇帝であれば最高だったのだが。現実とはいつも非情である。クソッタレが。
等と考えていると、ネロが俺の顔をまじまじと見つめていた。頼む、気付かないでくれ。そして出来ればこの特異点が終わるまでそのままでいてくれ。気まずいから。
「ん? んん?? アルス? まさかアルスではないか!?」
「人違いです」
「その余を前にして白々しくバレバレな嘘を吐く辺り本物だな!?」
ダメだ、やはりバレていた。
諦観に塗れながらも周りを見てみれば何故かローマ兵に包囲されていた。それを見て満足げに頷くネロ。
──ちょっと待て、一体何をするつもりだ貴様ら。凄く、凄く嫌な予感がする。
ジリジリと近寄ってくるローマ兵を牽制しつつもどうするべきかを考える。
ローマ兵をぶっ飛ばして逃げる──ダメだ、全方位を囲まれている。
ネロをぶっ飛ばして逃げる──ダメだ、それはダメだ。何がという訳ではないがダメだ。ただでさえこの時代の俺は肝心な時に傍に居なかったのだ。確実に俺の心にダメージが入る。
ふむ、成る程。──詰みだ。
「確保おおおおお!!」
「いや待って逃げないからやめっ、まっ、やめろォ!」
■
──酷い目に遭った。
何だかこの下りも二回やっている気がするが気にしてはいけない。とにかく酷い目に遭ったのだ。
何が悲しくてむさ苦しい男共に圧殺されかけなければならないのか。見ていて気持ちのいい絵面でもないのでやめろと声を大にして言いたい。言った。
全く聞いてもらえなかったが。理不尽ではなかろうか。
「全く、余を寂しがらせる等あってはならぬことだと言うのに」
「それについては本当にすまないと思っている」
「うむうむ、こうしてまた会ってくれたのだ、それについてはあまりとやかく言わぬとしよう」
さて、現在何をしているのかと言うと、ネロが戦いに出るのだと言うので同行している。
戦い、と聞いて周囲を見てみれば現在地は街への入り口に程近いところだった。空から見て街に近い場所だとは思っていたが、見覚えのある街であるとは思ってもいなかったために少々驚いた。
ネロが率いていたローマ兵は誰も彼もが歴戦の戦士といった雰囲気を醸しだしている。彼らなら多少は無茶をしてもピンピンとしているに違いない。
……少し待て、これはおかしい。
こんな編成の部隊を率いて街の門前で戦うなんてことは無かったはずだ。成る程、今回の特異点に入って早速異常が見つかった。どういった事情になっているのかを把握するためにも同行する選択肢を取る以外はあり得ないだろう。
そんなことを考えているとどこからともなく雄たけびが聞こえ始める。
それは戦いになると聞こえる特有の叫び声。幾人もの人間達の咆哮が重なった結果、地を揺らすほどですらある。
「──来た! ゆくぞアルス!」
ネロが目を細めて高らかに戦いの始まりを告げる。
こちらの倍どころか数百倍は居るであろう軍隊が見える。その軍が掲げた旗は真紅と黄金の意匠のモノ。そしてローマにて特に好まれていたモノといえば、ずばり「真紅と黄金の意匠」である。
つまりアレは──
「ローマ、だと……!?」
そう、ローマの軍勢である。
あり得ない。あり得て良い筈がない。
まだネロ危急の年ではないはずだ。
なのにあの意匠の旗を掲げて皇帝であるネロに向かって戦いを挑むあの軍は一体なんだというのか。謀反か、それともまた別の要因か。
……いや、考えるのは後、か。
此処は既に特異点となっているのだ。
であれば、俺の知らない事が起こっていても不思議ではない。寧ろこのくらいは想定していて当たり前の事態ですらある、と言えるのかもしれない。
今はこちらの被害を最小限に抑える努力をするべきだ。手加減なしでぶっ飛ばす。
「うおおおおおおおおおおお!」
「うるさい」
多少混乱してはいたが、背後から襲い掛かってきたローマ兵(仮)をアルトリウスの大剣(元)で冷静に吹き飛ばす。
うん、素晴らしい。軽いが故に少し威力は落ちるだろうが、それでもこの身軽さは魅力的だ。全くいい仕事をしてくれたものだ。アルトリウスに会うのが怖い。
「ああああああああああああ!」
「やかましい」
「死ねええええ!」
「お前がな」
何だかやけに叫びながら襲い掛かってくる輩が多い。後ろから狙うのであれば黙って狙えばいいものを。
音を出して気付かれてしまえば不意を突こうにも突けないだろうに。馬鹿じゃなかろうか。
それにしても弱い。ただの人間を相手にしているのだからこのくらいはやって当然だが、これでは理性の無い亡者の群れの方がまだ相手のし甲斐があるというもの。
奴ら、理性を無くしているくせに人海戦術を取ったり一人囮になったりするなど絶対理性あるだろ、といった行動を取ってきたりするのだ。
「しかし、キリがないなこれは」
「うむ、しかしこのまま行けばこちらの勝利は確実だ。気を緩めずに行こうではないか!」
「……ああ。そうだな」
ネロと肩を並べて戦う。
この時代では大規模な戦闘が無かったのもあり、終ぞ無かったそれは俺の心を震えさせる。
──何故、あの時彼女の隣に居てやれなかったのか。
それは俺が表舞台に上がるべきではないと勝手に断じていたからだ。
彼女にとって俺は、共に生きる一人の人間でしかなかったというのに。
世界は俺如きが居たくらいでは結末を変えることはない。結末を変えるのであれば、それに見合った対価が必要なのだ。
そんなことにも気付かずに俺は彼女の最期を看取るだけに留まってしまった。
「……全く。救いようがない、とはこのことだな」
襲い来るローマ兵を蹴散らしつつ、俺はそんなことを考えるのであった。