薪、人理を救う旅にて。   作:K.

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幕間の物語:皇帝と大空洞へ

 

 

「第二特異点の舞台は古代ローマ」

 

 

 タマモとのピクニックから帰ってきて早々に言い渡された言葉がこれである。嫌な予感しかしない。今回は俺は行かなくてもいいだろうか。真顔でそう伝えてみたところ、「は? お前何言ってんの?」という絶対零度の視線を頂いた。

 そうだな。まだ決め付けるのは気が早すぎるというもの。まだネロが統治していた時代とは決まっていないのだ。一か八かで行ってみるしかないか。

 

 

「いつ出発するんだ?」

「それがちょっと転移座標の固定に難航しててね。確実なレイシフトのために一日から二日くらい掛かるかもしれない」

「了解。ネロ、ちょっといいか」

 

 

 もしネロの統治している時代だと非常に面倒な事になる。主に俺が。

 なので彼女には申し訳ないが待機を告げることにした。

 それを伝えたところ案の定ネロは「余を置いていくとは何事だ!? まさか浮気か!? 浮気なのかぁ!?」と言っていた。何故そこで浮気に繋がったのか不思議で仕方が無い。断じて浮気ではないし、そもそもその浮気相手として浮上する人物が過去の自分である点についてはどう思っているのだろうか。

 

 

「こうなれば仕方あるまい……! 奏者よ、少し待っているがよい! 名案があるゆえな!」

 

 

 そういって彼女は消えていった。

 一体何をしようとしているのだろうか。まあ、彼女のことだ。何かしら装飾品をつけて見分けのつくようにするだけの可能性もあるかもしれない。

 

 

「フッフッフ! どうだ、これで大丈夫であろう? これぞ花嫁衣装にして女の戦闘着、戦闘花嫁衣装である!」

 

 

 割と失礼なことを考えつつも、あまりにも速かったので仮面でも着けたのかと思い振り返ると、そこにはまさかの純白の花嫁衣装を纏ったネロの姿が。早着替えにも程があるのではなかろうか。

 それはそれとしてこれはいいものだ。いつもの真紅の薔薇を彷彿とさせる色合いに黄金の意匠を凝らしたドレス姿も彼女に良く似合っていていいものだが、これはこれで素晴らしい。純白の花嫁というのはこうも美しいものなのかと感動すら覚える。

 

 これでもかと褒めちぎっておいて言うのもアレだが、違う、そうじゃないと声を大にして言いたい。

 言いたいのだが、まさかの花嫁衣装と何だか自信満々な彼女を見てどうでもよくなってきた。もうどうにでもなれ。

 所謂ところの思考停止である。

 

 

「分かった。何が君をそうまでさせるのかは分からんが分かった」

「おお、やはり奏者は話が分かるなっ! よし、では冬木の大空洞まで行くぞ!」

 

 

 いや、話は分かっていないが。何がよしなのだろう。

 

 確かにタマモとのピクニックから帰ったら彼女に付き合うとは言った。

 

 それにしても何故行き先が大空洞なのだろうか。

 そう聞けば「行ってからのお楽しみだ!」と返ってきた。ついでに俺が武具の強化に使っているものを用意してくれとも言われた。

 

 これではお楽しみも何もあったものではないと思う。彼女は恐らく愛剣である"原初の火"の強化でもするつもりなのだろう。

 とり合えず契石の欠片、大欠片、塊、原盤の各種素材を適当に持っていくとしよう。

 

 入手したはいいものの強化するものがなく腐っていたところなので消費するのにちょうどいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロマンに声を掛けてレイシフトを行い、冬木の大空洞にやってきた。やってきたと同時に手にしていた"アルトリウスの大剣"を即座に没収された。ダメだ、理解が追いつかない。アレか、素手で戦えと申すのか。此処にも敵は居るのだけれど。

 

 混乱しつつも理由を聞いてみれば、俺の大剣も彼女の剣のついでに打ち直してくれるらしい。使っていた素材を持ってきてくれ、というのはそのためなんだとか。しかしあの大剣は既に限界まで強化してある。その辺りどうなるのだろうか。やりすぎて壊れたりしなければいいが。

 そしてアルトリウスの大剣のデザインについてだが、「これはあまりよくない、よし、原初の火と同じデザインにしよう! うむ、そうしよう! お揃いだな!」と満面の笑みを浮かべて彼女は言っていた。アルトリウスは泣いてもいいと思う。

 

 俺としては割りと悪くない、寧ろシンプルで洗練されたデザインに見えるが彼女のセンスではそうはいかなかったらしい。

 

 それはさておき、彼女が剣を打ち直すのに此処、冬木の大聖杯を選んだ理由だが、良質な魔力が豊富であるために鍛冶場としては最適であるのだとか。

 鍛冶の技術についてはあまり詳しくないので良く分からないが、彼女の愛剣は彼女が自ら作り出したもの。あの名剣を作った彼女が言うのだからそういうものなのだろう。

 

 彼女が此処を鍛冶場として選んだ理由は理解したし、納得もした。

 

 

「流石に少し疲れてきた……!」

 

 

 だからと言って山ほど敵が居る最中、「無防備になる余を頼むぞ!」というのは如何なものだろうか。

 

 斬り捨てても斬り捨ててもわんさか湧いてきてキリがない。

 此方は一人なのだからすり抜けてネロを狙うなりする輩も出てくるかと思い身構えていたものの、そのような敵は出現せずそれどころか寧ろ率先して俺を狙ってくる始末。空気を読みすぎではなかろうか。

 ネロをあまり気にせずに済むために都合がいいといえば都合がいいので何ともいえない微妙な心持ちである。

 

 因みに使用している武器はハルバード。振り回せばまとめて吹き飛ばせ、振り下ろせば敵を両断し、そのリーチを生かして刺突も出来る優れものである。もっとも、竜狩りの槍や剣槍など強力な長物の影に隠れがちであるのだが。

 

 

「うーむ……。完成したものの、何かが足りない。やはりここの微妙なカーブがイマイチとみた。よし、決めた! 一からやり直すことにしたぞ!」

「えっ」

 

 

 何を考えているんだこの皇帝は。

 いや、そのプロ根性は素晴らしいものではあると思うが。ローマへのレイシフトで気合が入っているのは分かるが少し落ち着いて欲しい。

 

 しかしこうなった彼女は止まらないし止まれない。こうなったらとことん付き合うしかあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、元気良すぎるだろう此処の敵。減っている気がしない」

 

 

 あれから一向に減っている気がしない敵は正に一匹居たら三十は居ると思えという有名な話もあるあの黒い悪魔のごとく。

 無駄に洗練された気持ちの悪い動きをしながら近付いてくるのはやめて貰いたい。その動きに合わせて動くのでかなり疲れてきた。

 

 

「し、しまった! 余としたことがこんな初歩的なミスを! 余と奏者の名前を、こう、傘の下に並べて刻むの失念してしまったではないか!」

「アイアイ傘!?」

「だがギリギリで気がつくとはやはり持っているな、余! よーし、また一からやり直そーう! 盛り上がってきたな、奏者っ!」

「何で一から!?」

 

 

 一体お前は何を考えているんだ。

 思わずそう真顔で言いそうになったが何とか堪える。

 落ち着け、俺。何が盛り上がってきたのかなど気にしてはいけない。ツッコんだら負けだ。

 

 

「安心して欲しい、奏者よ。次こそ至高の一品を仕上げてみせるが故な!」

 

 

 どこをどう安心しろと言うのか。

 名前を入れ忘れただけで一からやり直し、さらにはこれまでで既に六回失敗した人間の言う台詞では無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな! 試作再考を重ねること七回、ここに新たな剣が誕生した!」

 

 

 ついに。

 ついに完成したのだ。此処まで長かった。

 まさか彼女のプロ根性が此処までのものだとは思いもしなかった。恐るべし、薔薇の皇帝。

 

 

「余の愛剣である原初の火(アエストゥス・エストゥス)はそのままに、対となる奏者の剣の名はフェーヴェンス・アーデオ! この大空洞にちなみ、燃え盛る聖なる泉とした!」

 

 

 普段は真紅の刀身である彼女の愛剣だが、今は純白の花嫁衣装を着ている彼女に反応しているのか何故か刀身は白色に変化している。

 そんな空気を読んで白っぽい刀身に変化している原初の火と同じデザインでありながら、その刀身は深淵のごとく黒く、所々に金の意匠が見受けられ、それでいてどこか神聖な雰囲気すら放っている。かつての面影など綺麗さっぱり無くなったその剣の名は燃え盛る聖なる泉(フェーヴェンス・アーデオ)というらしい。

 アルトリウスには申し訳ないが彼の剣の面影どころか名前すら綺麗さっぱり無くなっていた。本当にすまないと思っているが彼女のあの褒めろといわんばかりの満面の笑みで許して欲しい。非常に可愛いと思う。

 

 

「ありがとうな」

「そ、そうであろう? もっと褒めるがよい!」

 

 

 その褒めろといわんばかりの笑顔を見て思わず抱きしめて褒めちぎりたくなるが、そこは耐えて髪を乱さない程度に撫でるに留めた。

 俺は自制の効く男なのである。多分。

 

 

「奏者、もっと近くによって見よ」

「んん? こうか?」

 

 

 ネロに肩をちょんちょんとつつかれた。

 何かあるのだろうか。

 言う通りに近付いてみるとネロに思いの外強く引っ張られた。

 

 

「もっと近く!」

「いや、近すぎるのでは」

「そうか? 余としてはまだまだ物足りぬのだが」

 

 

 最早密着と言っていい距離感でもまだ物足りないと言うのかこの皇帝は。

 いや、別にいいのだが、決して武器を見るための距離感ではないだろう。そこまで密着するのはまた別の機会にとっておくべきだ。

 

 

「それは兎も角、ここだ、この柄の部分に注目して欲しい。美しい文字で余と奏者の名前が刻まれているであろう?」

 

 

 成る程、確かに俺とネロの名前が刻まれている。ご丁寧に見た目の雰囲気を損なわない程度にアイアイ傘にもなっていた。彼女のそのセンスと技術は一体何処から出てきているのだろうか。非常に気になるところではある。

 

 それはさておき、ネロから剣を受け取り軽く振るってみる。完成したはいい。が、使ってみて自分に合わないなどとんだお笑いでしかないからだ。確認は大事。

 

 見た目からして割と重そうではあったのだが、それに反してかなり軽い剣は凄く手に馴染む。

 元が長く使ってきた剣であるとはいえ、デザインも重量も全てが違う別物になっている筈なのだが。何とも不思議な気分である。

 

 

「重さが消えた分今までよりも手数を増やせるな。これはいいものだ」

「ふっ。まあ、余が鍛えた剣だからな、それくらいは造作もない」

「これからの戦いで役に立ってくれそうだな」

 

 

 少なくとも攻撃後の隙を狙われて死ぬ、ということは減りそうだ。

 その癖リーチもそこそこにある。これは大幅な強化と言っても差し支えないだろう。

 

 

「うむ! ではカルデアに戻るぞ、奏者よ」

「そうだな」

 

 

 端末でロマンに「用事が片付いたので戻る」と送信しておく。これでもうじきレイシフトが始まるだろう。

 

 

「しかし、余も流石に少し疲れた。疲れを癒すためにそ、添い寝とか、どうであろうか? どうであろうか!?」

 

 

 そんなに強調しなくても聞こえているので心配しないでほしい。

 

 しかし、普段全力で好きだとアピールをしてくる彼女が自分から誘っておいて照れているとは珍しい。。

 ただそれだけなのだが、それは俺に多大な衝撃を与えた。新鮮すぎる。俺から何かを言ってあの状態に陥ることはあるのだが、まさか自爆するとは。

 

 だが破壊力は抜群である。思わず無言で頷いてしまった。だが仕方あるまい。これは不可抗力というもの。

 

 

「な、なんとぉ!? そんなに真剣な顔で頷かれるとは思ってもいなかったぞ……! うむ、しかし言質はとった」

 

 

 不可抗力、なんだけどな……。でも仕方ないよな……。

 レイシフトによる視界の暗転が始まった時にはそんなことを考える俺であった。

 


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