「燦々と輝く太陽! 涼やかなそよ風! その風にのり香る草花の匂い! テンションあがりますねご主人様っ!」
タマモが楽しそうで何よりです。
俺達は今、フランスの地へとレイシフトしている。
そう、タマモが新婚旅行の候補地の一つだとか言っていたあのフランスである。タマモとあの時話していたとはいえ、流石に1431年ではなく現代である。
あるのだが、特異点の修復を終えたばかりで何をしてるんだお前はと言われてしまえば何も言えない。
そもそも現代──とはいっても少しばかり過去に遡ってはいる──にレイシフトなんぞ出来るのか、だと? 俺もそれは思った。でも出来た。出来てしまったのだ。つまりはそういうことだ。
レオナルドの話を終え、ロマンとオルガの説教地獄を乗り越えた俺はフランスへのレイシフトの許可を得た。勿論目的は話してある。タマモの望んだことだから、と言えば普通に「いいよ、行っておいで」と言われた。拍子抜けである。
そしてタマモにとって最大の障害であろうネロだが、それはもう当然のごとく遭遇した。俺を探してたみたいだから仕方ないな。
タマモには悪いと思いつつもネロにどこへ行くのかと聞かれたのでタマモとフランスに行くことを伝えると、これまた意外なことに「そうか、では気をつけて行ってくるがよい」と言われた。曰く、「キャス狐にもたまには譲ってやらねばな?」だそうだ。
てっきり着いて来るのかもしれないと思っていた俺からすれば仰天ものである。
まあ、その後でしっかりと「帰ってきたら次は余の番だ」と言われたが。場所も何をするのかもまだ聞いてはいないのでせめて楽しみにしておくとしよう。
ところで、彼女は昔の日本であるのならば兎も角、現代のフランスともなると当然だが狐耳に尻尾、さらに露出の激しい和装で極めつけに美女とも来れば目立つ。それはもう目立つ。話しかけられない訳がない。
なので現在の彼女の服装はピンクと白のストライプ模様のパーカーに黒のホットパンツ、さらにはニーソックスと現代衣装である。呪術で俺以外には耳も尻尾も見えないし触れても気付かない素敵仕様となっている。一体どういう仕組みなのだろうか。
そんな現代衣装で馴染むと豪語していた彼女だが、実際はどうだろう。
かなりの視線を集めて目立っていた。目立つに決まっている。目立たないわけが無い。
彼女は自分の容姿を良く見たほうがいい。
さて、かなり目立っていて視線を集めていると言うことは置いておいて、此処フランスへ何をしにきたのかと言えばピクニックである。
そう、ピクニック。あのピクニックだ。二人で。
決して新婚旅行ではない。
「楽しそうだな」
「ええ、それはもう! ご主人様と二人っきりでピクニック、もといデートですよ、デート! それを喜ばずにいられるでしょうか!?」
何度でも言おう。
タマモが楽しそうでなによりです。
本人の感情に反応してか、ぴこぴこと動く狐耳にふりふりと揺れる尻尾。彼女の全力で感情を表現するその様は見ていて実に微笑ましく、また愛らしいとも思う。これが癒しか。
「さあご主人様! パリに到着ですよ!」
こんな笑顔を見られるのならレイシフトした甲斐があったというものだ。
そんなことを考えながらご機嫌ですと言わんばかりの彼女の手を取った。まだ昼食には少しばかり早い。まずは街を見てまわるとしよう。
■
「いらっしゃいませ」
そうしてやってきたのはパリに存在する服屋だ。洒落たな曲も流れていて雰囲気も悪くない。店主のセンスが伺える。
そして何といっても目を見張るのはその品揃えだ。これは例え男性であろうと女性であろうと選ぶのに時間が掛かること間違いないだろう。
「凄いですねえ。どれもこれもいいものばかりで迷ってしまいますね」
「良いと思ったものを選んで試着したらどうだ?」
「じゃあ、これを。少しお待ち下さいましね?」
彼女は取り敢えずは一着、と言って試着室へと消えていった。彼女であれば様々なものが似合うだろう。非常に楽しみである。
「どうですかご主人様! 似合ってます?」
速い。いくらなんでも速すぎではないだろうか。
そう思って見てみれば彼女は丈の長いパーカーを着ていた。成る程、着ていたパーカーを脱いで着るだけなのだから速いのも当然か。
さて、肝心の感想だが。
「似合ってるな。可愛らしくていいと思うぞ」
大変月並みな感想だが仕方あるまい。実際似合っているし可愛らしいのだ。
女性としてはやや大柄な彼女ではあるが、やはりそれでも可愛らしい女性の域を出ない。
そんな彼女の肩から太ももまでを覆う白いパーカーは大変似合っている。控えめに言って最高だ。いいぞもっとやれ。
「ではこれと後一つ、夏にビーチにでも出かける事があるでしょうし、丈の長いシャツでも買っておきましょうか」
彼女はひょっとして丈の長いものが好きなのだろうか。
別に構わないが。寧ろ似合っているしどんどんやってくれて構わない。
と、そこであるものが目に入る。それを目にした瞬間ピンと来た。タマモ風に言うと尻尾にピーンと。
これは今の服装であっても、普段の和装であっても似合うに違いない。
よし、これは彼女へのプレゼントにしよう。そうとくれば彼女には内緒にしておきたいものだが。
「タマモ、代金は俺が出すから先に戻っててくれないか?」
「みこっ? ええ、分かりました。では先に戻ってますね」
上手くいった。少し不思議そうな顔をしたものの、素直に店から出て行ってくれた。彼女が出てくれなければ失敗するところだった。
■
サプライズプレゼントのような何かを選んでから暫く時が経って現在は大体正午から一時間ほど過ぎた時、つまりは午後一時位だろうか。
あれから特に何処へ行くでもなく、パリに存在するとある森林公園をただ自然を眺めつつゆったりと歩き、たわいの無い話をしていた。彼女とこうしてただ穏やかな時を過ごす時間は今まであまり無かったように感じる。
「そろそろお昼にいたしましょうか?」
「そうだな。時間帯的にもちょうどいいだろう」
あらかじめ持参していたブルーシートを敷いてその上にタマモが弁当を広げる。
中身はタマモの得意とする和食だ。
「はい、ご主人様、卵焼きですよ。あーん」
そしてそれが当然と言わんばかりに卵焼きを箸で取り、俺の口へ持っていく。所謂ところの「あーん」である。
かなり気恥ずかしいものではあるが、彼女の楽しそうな顔を見ると断れない。大人しく口で受け取ることにした。
「どうですか?」
数回咀嚼すれば卵の甘みがこれでもかと広がる。
卵焼きはシンプルに卵を焼いて巻いたもので、料理をする人間であれば出来て当たり前のものである。
余程変な調味料を入れたりしなければ失敗することはなく、美味しい卵焼きが出来上がる。
なのでこの卵焼きも例に漏れず美味しい。だが、彼女が作ったという一点においてそれは普通の卵焼きを凌駕する。隠し味に愛情とはよく言ったものだ。
「とても美味い。流石タマモだな」
「やぁん照れますよご主人様ったらぁ」
頬を赤く染めて言うタマモはとても可愛い。
これは俺も「あーん」をするべきだ。やるしかない。
そういった謎の使命感に駆られた俺は卵焼きを小さく切ってタマモに差し出す。
「ほらタマモ、あーん」
「みこーん!? ご、ごごごごご主人様の『あーん』ですって!? 何というレアな光景、何という幸せなシチュエーションであることでしょうか!?」
確かにこういったことは普段あまりしない。というよりもほぼやらないのだが、今は別だ。今の俺は絶対タマモ可愛がるマンと化しているのである。
暴走しているのかと言われれば否定は出来ない。
「君が作ったものだし味は分かってるとは思うが、どうだ?」
「美味しいにきまっていますとも! ご主人様の『あーん』なんてネロさんですら体験していないであろう至福の時なのですよ!? それを! 今! わたくしが世界でただ一人味わったのですよ!?」
ちょっとそれは大げさすぎるのではないだろうか。
やってほしければいくらでもやるが。
そう言ってみれば「これ以上は危険。依存性がある」という言葉が返ってきた。
聊か失礼だと思うのだが。誰が煙草や薬物か。
等と下らない会話をしつつも箸は進んでいき、あっという間に弁当を空にしたのだった。
入っていた品についてだが、心身ともに満たされる素晴らしいものであったといっておこう。
「……ん?」
食休みにのんびりとした時間を過ごしていた俺とタマモであったが、此処でポケットの中に入れていた端末が震えた。
何事かと見れば一通のメールが届いていた。差出人はオルガだ。
メールを開けば『第二特異点の観測が終わったからお楽しみのところ申し訳ないけど戻ってきて』と書いてある。
「オルガが戻って来いだと。なんでも第二特異点の観測が終わったそうだ」
「そうなのですか。この穏やかな時間が惜しいですが仕方ありません。行きましょうご主人様」
そうだな、と返してレイシフトの準備をしてもらうべく連絡を取ろうとするが、ここで忘れてはいけない。彼女には渡さなければならないものがある。
そう、あの店で買ったプレゼントである。
彼女にそれを渡すべく声を掛ける。
「タマモ」
「はい、なんでしょうか?」
「これ。君に似合うだろうと思って買ったんだ」
彼女に手渡したのは白いマフラー。
もこもこである。もこもこなのだ。
もこもこだと強調はしたが、決してそれは派手ではない。寧ろ少し控えめですらある。邪魔にならない程度のもの、と言えばいいのか。
勿論普段の和装に似合うだろうと思って買ったものだが、普段から胸元から肩にかけて露出している彼女が肌寒さを感じぬようにという配慮をした結果でもある。
「わあ……! これ、いただいてもよろしいのですか……?」
寧ろ貰ってもらわないと困る。他でもないタマモの為に買ったものであって自分で使うために買ったのではないのだ。
そう言えば彼女はその端正な顔をまるで咲いた花のごとく綻ばせた。
「ありがとうございます、ご主人様」
そしてその綻ばせた表情をそのままに礼を述べる彼女はとても綺麗なものであった。
この話を書いたことについてですが反省も後悔もしていません。若さゆえの過ちだと思って見逃してください(?)