ジャンヌ・オルタが放った炎とマリーの宝具。
防ぎ始めた当初は完全に相殺することに成功していた。
しかし、ジャンヌ・オルタの炎は次第に宝具どころかマリー・アントワネット、そしてアルス・ルトリックをも飲みこんでいった。
炎が消え去った後には死体も何も残っていなかった。
そう、
「……消滅しましたか。拍子抜けですね。戻りますよソラール」
あの炎の中、逃げ延びられる筈も無い。そう判断したジャンヌ・オルタはニヤリと嗤いながら振り返る。
彼女が呼びかければ瓦礫の陰からソラールが顔を出す。
彼はジャンヌ・オルタに自分もアルスは警戒しておくに越した事はないと適当に理由を付けてついて来ていたのだ。結果は取り越し苦労であったのだが。
「承知した。ジャンヌ嬢の炎の前には流石のアルスも燃え尽きたか。それにしても凄まじい火力だな」
「ま、私に掛かればこんなものですね。貴方の懸念も杞憂だったようだし」
「そのようだな。あれほどの炎だ、まだ余裕もあり、聖杯のバックアップもあるとはいえかなり魔力を消耗しただろう?精神的な疲れもある筈だ。ジャンヌ嬢は先に戻るといい。オレも直ぐに向かう」
そうさせてもらいます、とジャンヌ・オルタは竜に騎乗し、瞑目ながら自らの居城へと帰っていく。
それを見届けたソラールは安堵したかのように息を吐き、ボソリと呟く。
「無茶なことをするものだ。いくら不死とはいえ、死に続ければ正気を保てなくなって理性を無くした亡者となる。それを誰よりも熟知しているだろうに」
彼が呟けばソラールの目の前の景色が歪み、次第に人型が現れる。
そこには気を失ったマリー・アントワネットと彼女を庇い、凄まじいダメージを負いつつも座り込むアルスの姿があった。
■
危機一髪。絶体絶命。
正にそのような言葉が当てはまるだろう。
マリーの宝具を飲み込むほどの炎を放ってくるとか勘弁して欲しい。お陰でマリーを庇った背中が消し炭になってしまった。エストを飲んで回復しておくとしよう。
咄嗟に"幼い白枝"を自分とマリーに使って隠れていなければ折角庇ったのに追撃されて死んでいただろう。"幼い白枝"による周囲の風景への擬態で上手い具合に風景に溶け込めたのは幸いだった。
基本的に擬態だと周りに存在しないだろう謎の物体にまで擬態する恐れがあるので本当に一か八かだった。石像等に擬態でもしようものなら目も当てられない状態になっていたと思われる。
彼女の炎が激しく、消滅時の粒子すら見えないだろう状況であったのもこうして無事でいられた要因の一つだろう。
ところで、今自分の目の前に安堵したように息を吐きながら此方を見ているソラールはどうしたらいいのだろう。彼は敵として召喚された英霊なので不死人の常識その一、『こんにちは! 死ね!』を決行するべきなのだろうか。そこまで考えて、座っている状態故にいつもの大剣ではなく盗賊の短刀をスラリと抜く。
短刀は刃渡りも短く、基本的に致命打を与えるか出血属性、または火属性などの属性付与された状態で手数を増やして弱点を突く形でダメージを狙わなければならない武器ではあるが、致命打を与えれば大剣などよりもよっぽど大ダメージが期待できるので割と誰もが愛用している武器の一つである。
因みに、ロードランでもロスリックでもないどこかの地方で短剣を振るうが如く特大剣を振るう女性が居たそうな。煙の特大剣の愛用者も真っ青な脳筋である。
「ちょっと待て、何で剣を抜いているんだ! おいやめろ! 貴公ロードランに居た時はそんな性格だったか!? 本当に一体何があったんだ!?」
「冗談だ」
「全く……。無事ならそれでいい。オレは戻るとするよ。あまり長居してもいいことはないからな」
彼に言ったことは冗談である。半分くらいは。
彼が去ろうというので自然に見送りそうになったが、此処で待ったを掛ける。彼があまりにも自然にジャンヌ・オルタ側に居るので聞くのを忘れていたのが、何故彼女の傍に居るのだろうか。
「それはな……なんというか、アレだ。助けを求める声を聞いてしまったからだ」
「声?」
「ああ。だから召喚に応じた。オレは貴公のように反英雄も英雄も……たとえ神だろうと何だろうと関係なく接することが出来る人間じゃない。彼女の声に応えるべく召喚されたはいいが、きっと。きっと心のどこかで彼女を否定しているオレが居るんだろうな。彼女を見た瞬間に分かったのだ。オレじゃ彼女は救えない」
ソラールは力なく項垂れながらボソボソと話し始める。
成る程。確かに彼はどちらかと言えば、多くの人間が思うような正義の味方に寄った人間だ。故に邪悪を突き進むジャンヌ・オルタを好ましく思えない。彼の自覚し得ない心の奥底のソレを感じ取ったのだろう。
それに比べ自身はどうかと考える。
確かにほぼ全ての者と対等に接する。扱いがぞんざいだったりはするが、そこに種族は関係ない。神も、人も、人の皮を被った人外も全て同じ枠組みで見ている。人外に関しては大体襲ってくるので知り合いには殆ど居ないが。
あとは……不意打ち上等。出会い頭に特大剣によるカチ上げ、装備を目的に特に何もしていない人間に対しバックスタブ、品は良いが穴の奥底に突き落とされたりと割と嫌がらせをしてくるパッチなど、顔を見かければ笑顔で剣を抜き、挙句死亡し消えていきつつある侵入霊の周りでステップを踏んで煽る。
これは酷い。自分で振り返ってみて思わず自害しそうになった。なんということだ、これではただの頭のおかしい危険人物ではないか。このような人物がどうして彼女を救うというのだろう。無性に死にたくなった。
「全ての者に平等に接する貴公ならば……ってどうした? 何故そんな死にそうな顔をしているのだ」
「過去を振り返ったら死にたくなった。何でこう、俺は……」
「いや、だからロードランを去った後の貴公に何があったんだ……?」
それはもう色々あった。取り敢えずロードランからロスリックに掛けてまで世話になったパッチは絶対に許さない。何がノーカウントだアウトに決まっている。
人理修復の旅で彼を見かけることがあれば全力で殺す。慈悲はない。そう心に誓った。
「その表情からしてただならぬ事を経験したんだな……」
「同情するならソウルくれ」
「どうせ死んでロストするだろう?」
「もう足を踏み外すのは御免だ……」
過去を振り返ってみた結果、死にかけていた自身の心はソラールの心無い言葉によって止めを刺されたのは言うまでもない。というのも自身の死亡理由の中で最多なのが落下死である。きっと他の不死もそうに違いない。
気が付けば誰も読めないにも関わらず地面に『心が折れそうだ……』と書いていた。
■
「……う……ううん……」
「起きたか」
「あれ……何で私生きて……」
ソラールが去って行き十分程経っただろうか。
ソラールに心を折られかけたりしたが至って元気です。これくらいのことでは死にません。
そう自身を奮い立たせているとマリーが目を覚ました。絶妙なタイミングである。
「あら? その格好は……」
「背中が消し炭になったからな」
先程背中が消し炭になったと言ったが、背中が消し炭になっているということは服も同様で。
背中をそのまま晒しているのも気持ちが悪かったのでロスリックで使っていた装備を取り出して着込んでいる。
頭装備は無し。何度も死んで気が付いたのだが、兜があまり意味を成さない。人外の力で頭を殴られれば着けていようと着けてなかろうとどうせ死ぬ。なら視界の事を考えてもういっそ着けないでおこうという考えだ。
胴装備は黒い手の鎧。マントにフードが付いているタイプで顔を隠すときはフードを被ることにしている。
手甲は不死隊の手甲。リーチの短いものを持つことが多い左手を防御する意味合いが強い。
足装備は逃亡騎士のズボン。特に理由は無いが動きやすいので気に入っている。一応記しておくが断じて湿ってはいない。湿っていないのだ。
と、まあカルデアの制服から本来の装備に戻した訳だ。
「まあ! 凄く似合っているわね、格好良いわ」
「ずっとこの格好だったから馴染んでいるんだろう。まあ、礼は言っておく、ありがとう。身体の方は大丈夫か?」
「ええ! 貴方が庇ってくれたから」
「それは良かった。ところでマリー」
「何かしら?」
身体の調子は良いようで何よりだ。
では、ほんの少し、ほんの少しではあるが文句の時間だ。言い訳は聞かないので覚悟して欲しい。
「君は何を一人で死を覚悟しているんだ? 阿呆なのか? せめてアマデウスとの約束を今度こそ破らないように生き延びるくらいの気持ちで居ろよ!」
「うっ……ごめんなさい、でも」
「でももへったくれもあるか! ……遺された人間の気持ちも考えてくれ。たとえ一時の仲間だったとしても、辛いものは辛いんだ」
「……うん。ごめんなさい。貴方がそんなに抱え込んでいただなんて思ってもいなかった」
数多くの人間を殺してきた。
数多くの友人を看取ってきた。
殺すことにはもう慣れたものだ。ロスリックに至る頃には既に侵入霊を嬉々としてぶっ飛ばしに行くくらいには慣れた。
だとしても、どうしても友人が死んでいくことにはどうも慣れない。そしてこれからも慣れることは無いだろう。
そんな考えに苦笑してマリーの頭に帽子を被せる。庇った際に落ちたようだが、幸いにも燃え尽きていなかったようだったので回収しておいたのだ。
『クソッ! 何で反応がロストしたんだ!? アルス!! 聞こえるか!?』
「うわっ!? 何だ!?」
『え!? ちょっと待って何で生きてるんだ!?』
「はぁ?」
少し落ち込んだ気分で居たら唐突にロマンから通信が掛かってきて叫ばれた挙句勝手に殺されていた。何で生きているのかとはなんて失礼なことを言うのだろうか。
人によっては深く傷つくので言葉を選んで発言するといい。そう思いつつもホログラムによって目の前に存在するロマンを半目で睨み付けてしまった俺は悪くない筈だ。
『君の生命反応が消失している。つまり、今此方では君は死んでいることになっている』
どうやら俺は知らぬ間に死んでいたらしい。では今此処に居てロマンと話している人物は一体何なのだろう。
そこまで考えてふと思い出す。背中が消し炭になった。成る程、そういうことか。
マリーを庇った時に一度死んでいるのか。背中が消し炭になるほどの炎で焼かれたのだ、納得である。
何故一度死ねば生命反応が観測できなくなるのか。そもそも何故篝火に戻っていないのか。
よく分からないが今此処で検証するわけにもいくまい。いきなり首を切り裂いて死ぬとか何のホラーだとしか言えないし、先程彼女に説教したところで自殺を図るとかお笑いもいいところである。
自分一人であったのなら今すぐにでも首を掻き切って一度死んでいただろうが。
「うん、何か一回死んだみたいだな」
『さらっと一回死んだって言う辺り価値観のズレを感じる……。ああ、そういえば此方は無事にジークフリートの解呪に成功したところだよ。あとは――』
「あとは?」
『――帰ってからのお楽しみにしておくといい』
「何だそれ、怖いんだが」
『ははは、僕もかなり心配したからね。レオナルドも君に用事があると言っていたし覚悟しておくといいよ』
「帰りたくなくなってきた……」
心配してくれたのは嬉しい。しかし聊か過剰反応ではないだろうか。
一度や二度死ぬくらい日常茶飯事なのであまり気にしないで欲しいのだが。
『さて。戦力も整ってきた事だし、そろそろジャンヌ・オルタの居るオルレアンに攻め込もうという話になってるんだけど、君はどこで合流する?』
ジークフリートの解呪も済んだことだ、それもそうか。ではどうするべきだろうか。折角、という訳ではないのだが、此方は二人という少数精鋭。更には死んでいるとさえ思われている筈だ。
ちら、とマリーを見て考える。彼女の宝具はかなりの速度で移動することが出来る。この条件が揃っているのならば比較的安全にジャンヌ・オルタの元へとたどり着けそうだ。
「俺とマリーはオルレアンに直接向かう」
『分かった。作戦としては単純だけど、正面突破。所謂ゴリ押しだね』
「まあ、即席の部隊だからな。あまり複雑な作戦を立てても仕方ない」
『ファヴニールの処理をジークフリート。援護にアマデウスと清姫、エミヤ、玉藻の前。他は各自臨機応変に対応しつつジャンヌ・オルタへ一直線』
幾らなんでも雑すぎやしないだろうか。シンプルで分かりやすいのはいい事ではあるのだが。
顔を引き攣らせながら言うとロマンは得意気な顔をしてこう言った。『分かりやすくていいだろう?』と。
そうきたか。そうきてしまったのか。
彼は肝心なところでポンコツになったりすることが多々ある。決めるところは決める男なのだが。緊張を解そうとボケたのだと信じたいところである。
そろそろ第一特異点も終わりそうですね。
全ての特異点を書くか、書きたいところだけを書くのか絶賛迷い中です。短編も書きたいですしうごごごご。