「――で。くじ引きの結果だが」
タマモ、俺、ジャンヌ、マリーのグループと藤丸、ネロ、エミヤ、クー・フーリンに呪いに掛かったジークフリート。
ネロがとても不満そうだが、これもくじ引きの結果。運が悪かったと思って潔く諦めて欲しい。なのでその視線を此方にずっと向けているのはやめてくれないだろうか。その視線は俺にダメージを及ぼす。
「タマモ! 余と代わるがよい!」
「何を言ってんですかこの皇帝は! 此度の仕分けはくじによって正しく分けられたもの。つまり聖人が見つかるまでのメインサーヴァントはわたくし! こんな夢のようなシチュエーションを自ら手放す阿呆が居るでしょうかいや居ねえ。つまり代わる気はこれっぽっちもありませんので大人しく諦めてくださいます?」
ここぞとばかりに煽るタマモ。彼女はサブサーヴァント故か、様々な面でネロに遠慮していた。いつもよりも煽っているように見えるのはその反動だろうか。
個人的にはメイン、サブに関係なく大切な人達なのであまり喧嘩はしないで欲しいのだけれど。
「ネロ皇帝は落ち着くといい。くじの結果は運命によるもの。下手に逆らったら悪運を呼び込みそうだ」
「何だとぅ!?」
「なんでもない。それよりアルス、ネロ皇帝をそっちに入れるというのはどうだろうか!」
「こっちに振るな」
確かにあの勢いで迫られると少し寒気がするくらいには恐ろしいが意思の弱さが凄い。もっともらしいことを言っている時くらい意見を曲げずに居て欲しいものだが。
それは兎も角、グループも決まったのでそろそろ出発としよう。何、ネロのことは気にせず進むといい。今日は天気もよく風も心地いいから道中できっと彼女の機嫌も戻るだろう。
「では、定期的に連絡を取ることにしましょう」
「了解。早く見つかればいいな」
アマデウスが必死に目で訴えてきているが此方にとって知ったことではない。というか俺も目を合わせないようにするので必死なのだ。目を合わせたが最後俺が折れなければならなくなるから。
■
「う~ん、風が気持ちいいですねぇご主人様! こんな事態でなければ新婚旅行にでも最適な土地だと思うのですが……」
付近の街を目指している道中タマモが何やら新婚旅行等という不穏な言葉を言いつつも話しかけてくる。残念だが結婚した覚えはない。しかし旅行と聞いてピンと来たのだが、このような場所でのピクニック等はどうだろうか。きっと皆で食べる弁当などは大変美味しいだろう。
フランスの修復が終了すれば、次の特異点の観測が終了するまでに長閑な場所にレイシフトするのも手か。これは非常に魅力的な案だ。忘れないようにしておくべきだな。
「ご主人様新婚という言葉をスルー!? よよよ、タマモは悲しいです……いや、それよりも何ですと!? 修復に関係なくレイシフトは出来るですって!? 尻尾にピーンときました! それはもう二人っきりでするしかないのではありませんか!? そう、二人っきりで!」
「まあ、勝手に行くわけにもいかないから許可は取らなきゃいけないが行けるのは確かだ」
「帰ったら是が非でも申請してくださいまし! ああ、楽しみです……」
「帰ったらな」
タマモが楽しそうでなによりだ。いつになく喜んでいるタマモに思わず頬が緩む。飄々としているが、裏でしっかりと考えている彼女がこのように純粋に喜びを見せてくれるのは嬉しいものである。
だがその二人っきりというのは不可能だろう。ロマンやオルガ、ダ・ヴィンチといったカルデア運営組に許可を取りに行く際、高確率でネロと遭遇するからだ。寧ろ俺の部屋に居座っているまである。見られて困るものは無いのだが、それでもやはり一人で居る時間も必要不可欠なのでそれは勘弁願いたいものだが。
「仲が良いのですね」
「まあ、生前からの仲でもあるし、色々長い関係になるから」
「きっと、貴方のその人柄が人を惹きつけるのでしょう。私もそうでしたから」
「むむっ、若しかしてジャンヌさんもご主人様にやられたクチだと」
「ないない。ジャンヌは恋愛なんてしてる暇なかっただろうしな」
そもそも不死である俺を好きになるような人間は相当の物好きであるときっぱりと言っておく。言外にネロとタマモに『君達は相当の物好きですよ』と言っているようなものだが実際そうなのだから仕方がない。
今でこそ緩和されてはいるが、基本的に武装している人間で敵意を感じれば『こんにちは! 死ね!』を常識として備えているのが不死人なのだ。控えめに言ってただの危険人物でしかない。
そう言ってみればジャンヌは少し落ち込み、タマモはジト目で此方を睨む。何も悪いことはしていない筈だが。
『――アルスさん、藤丸です。ティエールっていう街に到着しました』
気まずくなった所で藤丸から通信が入る。ティエールといえば刃物の街、という名称で親しまれている街だ。
しかし、定期連絡の時刻まではまだ少しあるのだが何かあったのだろうか。
『何かあったと言えばありましたね。サーヴァントが二騎、謎の喧嘩をしていました。二人とも竜っぽい感じがして、月の方に好みの人が居るだとか安珍様がどうだのと言っていましたよ?』
「よし、関わらない方がいい奴だなそれは。寧ろ絶対に関わるな」
『あー……そのですね』
関わるなと言った途端歯切れが悪くなる藤丸。まさかとは思うが既に関わっていたりするのだろうか。もしそうだとすれば全力で逃走も辞さない。
『実はもう味方に――』
『ああっ!! 子ブタ! 子ブタじゃない! やっと見つ――』
「人違いだ」
聞き覚えのある声にこれまた聞き覚えのある呼称。やってはいけないとは思いつつも身体が咄嗟に反応して通信を切ってしまった。皆がこちらを何事かと見ているが俺は悪くないと全力で主張する。不可抗力である。
『もう! 何で切るのよ!! また会えて嬉しいわ子ブタ! これは再会の記念にライブするしかないわね!』
やめてくださいしんでしまいます。
自称サーヴァント界一のアイドル、もといカーミラが罪を犯す前の姿で召喚されたエリザベート・バートリーは再会のライブを約束してくれた。失礼だとは分かっているのだが、彼女は非常に歌が下手なのである。アマデウスの宝具のように悪魔の奏でる音を学ぶために齧った魔術と違って、彼女は自身の思うがままに、彼女のアイドル像をそのままに歌う。ただそれだけで宝具級のダメージになるのだ。勿論範囲は彼女の声が届く場所全てだ。まず間違いなく誰かが倒れるだろう。
『余もこやつが居たときは吃驚したぞ! しかし、竜に関わりのあるサーヴァントが多いものよな』
『ま、よくわかんないけど嬉しいこともあったことだしあまり気にしてないわ』
ハードコアでエモーショナルなデスボイスを用いたライブさえ行わなければ彼女は基本的に無害とは言えないもののマシな英霊である。異常に懐かれていることに疑問はあれど知人にこうして会えるのは素直に嬉しい。
等と彼女を甘く見ていると痛い目を見るのが常である。敵であろうと味方であろうと警戒はするべきだ。
『あ、そうそう。ライブなんだけど、セイバーとデュエットでするから』
――どうやら俺はここまでらしい。小さめの爆弾だと警戒していたら核爆弾も吃驚なブツが出てきてしまった。
何故ネロが加わるとそうなってしまうのかと言うと、ネロはネロでそれはもう音痴なのである。
偏屈で人間のクズ、さらには天才的な音楽家で思ったことを口にするタイプであるアマデウス。彼がもし彼女達の曲を、その歌声を聞けば頭を抱えながら文章として表すのも憚れる言葉を呪詛のように吐き続けることだろう。
ライブと聞いて楽しみにしている藤丸とマシュ、ライブでまともな客が入ると知ってはしゃぐネロとエリザベートを引き攣った顔で見ながら固まっている俺の傍で、そっと諦観を含んだ表情で寄り添うタマモ。
何故だかとても、とても泣きたくなった。
■
「ご主人様! 尋常ではない気配をみこっと感じましたよ!」
「確かに聖人の気配がしますね。コンタクトを取ってみましょうか」
どうやら此方が当たりだったようだ。襲撃された形跡こそあれど、街は平穏そのものだった。街を守っているであろう聖人は余程武に長けているようだがどんな人物だろうか。
「そちらで止まって下さい。何者ですか?」
「俺はアルスという者だ。こっちはタマモとマリー。それと――」
「狂化は掛かっていないようですね。……貴女がかの聖女ですか。名前は出さない方がいいでしょう」
「そうしてくれると助かる」
「私はゲオルギウス。此処で街を守っている者です。そして先程の無礼をお詫びします。何しろ一度襲撃されたので警戒をしていたところで」
聖人の名はゲオルギウス。聖人としてはかなり有名であり、同時に竜殺しとしても名を残している人物だ。彼ほどの人物ならたった一人で襲撃を退けたのも頷ける。対竜の戦闘において、竜殺しの名はそれ程に強力なのだ。
「竜の魔女が従えている竜を知っているか?」
「……いえ、存じ上げませんね」
「邪竜ファヴニール。奴を倒すにはジークフリートの力が必要なんだが、生憎と呪いが掛けられていてな。それも複数が絡み合っているときた。此方とは逆方向に行った組にジークフリートが居るから同行してもらいたいんだ」
「なるほど、であれば洗礼詠唱を施さなければならないでしょうね。――ですがそれは出来ません。せめて民を避難させてからでお願いします」
この街の市長から人々を任されているし、それ以前に自身が聖人であろうとするのであれば、人々を捨て置いて行動することは出来ない。そう苦々しげに語るゲオルギウス。
実に聖人らしい綺麗な意見に少しばかり思うところはある。不死人である自身との価値観の違いだろう。しかし、彼の手を借りなければ勝利はない。故に市民の避難をせざるを得なかった。
「――ッ! 来るぞ!」
その時、背中に寒気が走る。
遠方に見えるは竜の群れ。人々を殺し尽くそうと群れがやってくる。
「いいえ、ご主人様。これは――」
「ジャンヌ・オルタか――!」
ゲオルギオスに確認を取れば彼は無言で首を振った。これは住民の避難は万が一にも間に合わないな。放置すれば彼らはワイバーンの腹の中へと収まるだろう。
だが、ゲオルギウスを藤丸達へと送り届けるためにはジャンヌ・オルタを足止めする必要がある。であれば、藤丸一行へと向かう者、こちらに留まり守る者とで分ける必要がある訳だ。
耐久戦であるならばこの場において、自分の右に出るものは居ないだろう。何せ幾度倒され、骨も残らないほどに蹂躙されようともこの心が、魂が折れない限りは立ち上がれるのだ。
ならば選択するべきはもう決まったようなもの。
「俺が此処を守る。お前達は先に行け」
「よろしいので?」
「いいとも。何、避難が終われば直ぐに撤退するさ」
「そんな! 待ってくださいアルス! 私も、私も――」
此処を守る役目は自分がする。そう伝えた時、ジャンヌが目を見開いて、かつてない程に必死に自分も、と言い出した。
彼女はまだ、アルスというバケモノが人間に見えているのだろう。だから此処で死ぬと言っているように見えたに違いない。いつも敬称を付けて自身の事を呼ぶ彼女が呼び捨てで悲痛な叫びを上げる姿に少し心が痛む。
だが間違えないでほしい。ここで倒れる気はない。今の自分が消えるとしたらそれは人理の修復が終わったその時だ。それに、ジャンヌにはジークフリートの呪いを解くという重要な役目が待っているのだ。ここに残ってしまっては本末転倒だ。
「落ち着いて、ジャンヌ。アルスさん、私も此処に残らせてもらってもいいかしら?」
「いいのか?」
「ええ、勿論。私はきっと、こういう時のために召喚されたの」
「……そうかい。なら俺が言うことはないさ。タマモ、ジャンヌ達を頼む」
「――承りました。御武運を、ご主人様」
さあ、行って。
マリーのその言葉を最後に彼らに背を向ける。目の前には大分近付いてきたワイバーンの群れ。彼らには指一つ触れさせないという気概で戦いに望むとしよう。
■
「来たのね、サンソン」
「来たとも。処刑には資格がある。される側にも、する側にもね。僕は召喚されてから常々こう思っていたよ。君に二度目にして至上の
サンソン。歴史上でもっとも人間を処刑した処刑人。
彼は残酷で冷酷で非人間的だが、処刑される罪人を決して蔑まない人物だったという。処刑人として素晴らしい人間である筈の彼のその言動には少し頭にくるものがあった。
思わずそれを言葉に出してしまう。
「――マリー。お前の知り合いは随分と歪んでいるな?」
「何?」
「される側にもする側にも資格があるだと? ふざけたことを言うなよ処刑人。お前がマリーの首をはねたのは偶然お前がその代に処刑人として活動していたから、ただそれだけの事だ。そこには資格も何もない。
何より――処刑人が罪無き者を殺しているだと?笑わせてくれるなよ」
「うるさいッ!!」
激昂したサンソンが斬りかかって来る。
流石処刑人と言ったところだろうか。太刀筋は綺麗なものだった。だが所詮は動かぬ者を斬首してきただけの処刑人。それ程敵を殺すための剣の腕には長けていない。
「アルスさん。少し、サンソンとお話したい事があるの。だから倒さないでくれないかしら?」
「あー……そうか。まあ、いいだろう」
隣でマリーが茶目っ気のある笑顔で言ってくる。それは全然構わない。消耗もなしに時間が稼げるのであれば魅力的な提案だ。
彼女のお願いに頷きながら、サンソンの繰り出す上からの振り下ろしを短剣で弾く。それと同時に右手に持った大剣で防御の体制に入ったサンソンを防いだ剣もろとも吹き飛ばす。
彼の剣は軽い。軽すぎるのだ。物理的なものではない。アルトリウスのような誇りの重さも、ソラールのような信仰の重さも今の彼にはない。そんなものに殺されてやるものか。
何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も彼の剣を弾き、時には反撃をする。
「ぐッ……! この、僕が! 二対一とはいえ、処刑の腕を磨き続けたこの僕が! 打ち負けるだと……!?」
余程自信があったのか、あり得ないという表情を隠すことも無く出すサンソン。
「哀しいわね、シャルル=アンリ・サンソン。再会したときに言ってあげればよかった。――あの時、既にあなたとの関係は終わっていたって。処刑人と殺人者は違うのよ、サンソン。貴方が竜の魔女に付いた時点で、貴方はもう、私の知るサンソンではなかったのね」
「違う……! 嘘だ、そんなはずは……!
ずっと君が来ると信じていた! だから腕を磨き続けた! もう一度君に会って、もっと巧く首を刎ねて――もっと、もっと最高の瞬間を与えられたら!
そうすればきっと、きっと君に許してもらえると思ったからッ……!」
「……もう。本当に哀れで可愛い人なんだから。私は貴方を恨んでなんかいなかった。……はじめから貴方は、私に許される必要なんてなかったのに」
「ぁ……ああ、あ……」
サンソンの嗚咽が響く。
彼は許されたかったのだ。フランス中が恋したマリー・アントワネット。時代によって殺される運命にあった彼女を殺してしまった、その罪を。他でもない彼女によって赦されたかったのだ。
だがマリー・アントワネットは彼を恨んでなどいなかったのだ。彼女はフランスの全てを愛している。だから、フランスの為に自分を殺すことになったサンソンを恨んでいない。恨めるはずもない。
剣を握る手に入っていた力が緩む。彼はきっと間違えていただけだったのだ。些細なすれ違いが今回の事を引き起こした、ただそれだけのことだった。身体から粒子を出し、もう消えそうなサンソンへと声を掛ける。
「お前は不器用な奴だな。次があれば処刑人としてではなく、誰かを守る者としてやってみるといい」
「――僕に、できるのかな」
「断言はしないがな」
「ははは……そうなれると、いいなぁ……」
シャルル=アンリ・サンソンは最期に今まで浮かべていた冷徹な笑みではなく、まるで少年のような笑みを湛えて逝った。
サンソンの最期を二人で見届けた後、後ろに降り立った人物――ジャンヌ・オルタに目を向ける。
「これでもう一人のマスターに倒されたアタランテを含めて三人目……見込みのある者ほど早く脱落するとは皮肉が利いていますね。しかし……私は逃げたのですね。――なんで無様。それにマリー・アントワネットにアルス・ルトリック。貴方達が残っているのが心底気に入らない」
「彼女は希望を持っていった。私達はその希望を繋ぐために残った。それだけのことではなくて?」
「馬鹿馬鹿しい。そもそも、民に蔑まれ、嘲笑され殺された貴女が民を守ると。意味の分からぬことをするものですね」
ジャンヌ・オルタには分からなかった。
マリー・アントワネットがフランスそのものに殺されて、それでもフランスを守ろうとする理屈が。
マリーは言う。
自分は民に乞われて王妃になった。民なくして王妃は王妃とは呼ばれない。
だからあれは当然の結末だった。彼らが望まないのであれば、それを自分が望まなくても退場する。それが国に仕える人間の運命。次の笑顔に繋がるものが、残せたものがあったのであればそれでいい。
白いジャンヌ・ダルクと同じく、過去ではなく未来を見た、眩しい考え方だった。
「貴女の言葉で確信したわ。ねえ、竜の魔女。
「黙れッ!!」
何者であるのか。
その問いに激昂したジャンヌ・オルタは憎悪による圧倒的な火力を持つ炎を此方に放つ。
その黒い炎を見てマリーは宝具を展開する。たとえ自分が死のうとも、後に続くモノがあればそれでいい。二度目の命の危機も、彼女は未来を見て想いを後に続いた人間に託す。
「――宝具展開。『
「さよなら、ジャンヌ・ええ、会えてよかったわ。フランスを救った聖女、いいえ、"友達"の手助けが出来るなら。私は喜んで輝き、散りましょう」
「星のように、花のように。泡沫の夢のように」
長い。いつもより二千文字くらい長いです。でもここで切りたかったので赦してください……