薪、人理を救う旅にて。   作:K.

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情報の収集 / 魔女の居城にて

「では、見回りに行ってきます。先輩達は待機していてください」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 

 藤丸が眠る時には順番を決め、ローテーションを組んで見回りをするようにしている。俺は先程見回りを終え、マシュに順番が回ってきたところだ。

 夜も更けて獣人達も眠りに就いたのか、襲われることも無く、平穏そのものだったのでこの見回りは念のために、といったところだ。待機組は特に何かがあるわけでもなく、話し込んだり空を眺めたり等、各人至って平和な時間を過ごしている。

 俺はというと、ネロ、タマモと共に何を話すでもなく、ただ篝火を囲んで座り込んでいた。二人共篝火を見つめて何かを考え込んでいるようだった。

 

 

「奏者」

 

「……うん?どうした」

 

 

 篝火から聞こえるパチパチと心地よい音に耳を澄ませながら目を瞑っていると、小さく呼び声が聞こえた。

 

 

「黒いジャンヌのことについてなのだが……。やはり、引っかかるのだ。奏者の夢を見た時からそうであったが、実際に目にすると更に違和感、というべきか。うむ……何かが引っかかるのだ」

 

「それは私もです。憎悪以外は何も持たず、どれだけ蹂躙しようとも満たされぬ復讐心……」

 

 

 そういえば、彼女達は同じ夢を見たのだったか。自身も二人と同じような思いを抱いていた。まるで、憎悪以外の感情を知らず、ジャンヌ・ダルクとして居るはずなのに、中身は空っぽの別人として存在しているような。

 

 

「ジャンヌも本当に自分の反転体であるのかと聞いていたしな」

 

「うむ。本人が悪感情を持っているとしても、あれほどの憎悪を抱えているとは考えにくいのであろうな」

 

「しかし、あれほどの英霊を従えているとなると、聖杯が絡んでいそうですね」

 

「恐らくはな。聖杯が向こう側にあり、尚且つあれだけの英霊を召喚しているとなると長期戦になるのは不味いな」

 

 

 倒しても倒しても片っ端から補充されてしまえば此方がじわじわと追い詰められていく。であれば短期決戦で済ませるのがいいのだが、如何せん此方の戦力が不安だ。マリーやアマデウスのようにマスターの居ない英霊達が召喚されている可能性もあるのだが、あくまでそれは可能性の話である。見つけられればジャンヌ・オルタ達よりも先に見つけて味方にしてしまいたいが……。

 

 一応、藤丸には英霊を二騎程召喚してもらうつもりなので、戦力については多少マシにはなるだろう。後は相手がむやみやたらと召喚していないことを祈るのみだ。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

『立香。貴方の戦闘でのデータを見てそろそろ英霊召喚をしてみてもいい頃合よ。戦況も悪いし、この辺りで召喚してみたら?』

 

「ついに俺もサーヴァントを召喚する時がきたか……!」

 

 

 オペレーターがロマンからマリー……オルガに交代したようだ。何でもロマンは休むことを知らないから、らしい。人間というのは如何に満たされていようと睡眠を摂らねば効率の低下を招くだけでなく、最悪死に至るもの。非常事態でロマンが頑張らなければならないと張り詰める気持ちも分かるが、自分のことも大事にしてほしいものだ。俺と違って一度死んでしまえば終わりなのだから。

 

 藤丸は初の英霊召喚に目に見えて興奮しているな。

 その気持ちは分かる。俺も冬木ではどんな英霊が来るのかと内心少しドキドキしながら召喚したものだ。結果は一人の召喚のはずが二人も召喚されたので死ぬほど吃驚したが。魔力もごっそり持っていかれて死ぬかと思ったものだ。生き返るけど。

 

 さて。まずは一回目の召喚だ。召喚に応じた者のクラスを示すセイントグラフはアーチャーを示していた。

 

 

「――サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 

 召喚されたのは月、冬木と何かと縁のある弓兵だった。彼は防御よりの英霊ではあるが、攻撃にも優れた万能型の英霊であるために、臨機応変に動ける優れた英霊であると言えるだろう。

 

 

「よろしく、アーチャー。俺は藤丸立香」

 

「よろしく頼むぞマスター。あと、私の事はエミヤでいい。今は居ないようだが、他にアーチャーが召喚されないとも限らんからな」

 

 

 彼の真名はどうやらエミヤというらしい。俺もこれからはエミヤと呼ぶようにするとしよう。

 

 藤丸との自己紹介が終わったあと、俺達の紹介に移ったのだが、その際、英霊と戦えるマスターとは相当に珍しいものだ、と言われた。俺のような人間が沢山居ればその世界はもう終わってしまっていると笑いながら言ったのだが、エミヤにはなんとも言えない微妙な表情で流されてしまった。可笑しい、ここは笑い所の筈なのだが。

 

 ……それはさて置き、談笑も程々に、現在二回目の召喚の最中である。ランサーを示しているセイントグラフを見てあの朱槍を持つ青いランサーが頭を過ぎったのだが、これは俗に言うフラグになるのだろうか。

 

 

「よう、冬木じゃ悪かったな。アーチャーの野郎を仕留める前に決着がついちまうとはなあ。――サーヴァント、ランサー!召喚に応じ参上した!」

 

「ランサー。冬木じゃ助かったよ。よろしくね」

 

「ああ。俺はクー・フーリンだ。よろしく頼むぜマスター。皇帝様のマスターもな」

 

「此方でもよろしくな」

 

 

 ――どうやらフラグだったようだ。

 彼は俊敏な動きと巧みな槍捌きで攻撃をやり過ごし、放たれた槍は必ず相手の心臓を穿つという因果を持つ朱槍で相手を討つ、火力面で非常に優れた戦士だ。

 

 それにしても、エミヤといい、クー・フーリンといい、冬木での縁が強すぎやしないだろうか。この調子で召喚を行えばあの場に居た英霊が集合しそうな勢いである。

 

 

『うん、エミヤの方は資料もないし分からないけど、クー・フーリンは文句なしの英雄だ。黒いジャンヌ達を相手取るのに不足はないと思うよ』

 

『冬木で結んだ縁で呼ばれたのね。立香、彼らは英雄であるけれども、同時に貴方のパートナーよ。それを良く考えて、お互いに尊重し合えるような主従を目指すこと』

 

「はい。それはアルスさんにも言われたので心に留めておくようにしてます」

 

『よろしい。それで、今日の行動についてなのだけれど……』

 

 

 昨日、情報を仕入れるために向かったラ・シャリテでは生きている人間も存在しなかったため、収穫は無しという結果に終わったのだが、今日こそは何かしらの情報を手に入れたいところだ。

 ――さり気なく会話に混じっているがロマン、休んでいるのではなかったか。お前は特異点から帰ったら説教(物理)だ。弁解の余地はない。強制的に睡眠を摂らせてやろう。

 

 

『――ちょっと待って。今そっちにサーヴァントの反応が高速で向かってる!これは昨日の……!』

 

 

 オルガが言葉を言い終える前に此方に目掛けて大きな亀のような何かが飛んでくる。よく見ればその上にはステゴロ上等聖女が乗っていた。此処で漸く彼女のクラスが判明した。タラスクに乗って登場するあたり、きっとライダーだ。これでライダーでなければもうお手上げである。

 

 

「――誰がステゴロ上等女ですって?」

 

 

 しまった。どうやらよりにもよってステゴロ上等の部分だけ口に出ていたらしい。彼女は鬼の形相で此方を睨む。怖い。

 

 

「はぁ。まあ、いいです。黒きジャンヌから貴方達の追撃を命じられたのですが……正直、気が乗りません。狂化が掛けられているので貴方達の仲間になるというわけには行きませんが」

 

 

 流石は聖女と呼ばれただけあるのか、狂化がかけられているにも関わらず、理性が今のところ勝っているようだ。彼女の苦しげな表情を見る限り、それもあと少ししか持たないようだが。

 しかし、仲間に出来ないのであれば倒すしかない。非情だと言われるかもしれないが、脅威は無くしておくに限るのだ。

 

 

「やりたくなくとも襲ってしまう、か。……では、貴様を座に還すのは任せよ。その代わりと言ってはなんだが、此方が動くには現状情報が無さ過ぎる。故に情報を聞かせるがよい。それでよいな、奏者よ?」

 

「それで問題ないだろう」

 

「なら、お願いするわ。私ももう沢山だもの。……情報、でしたね。そうね……今の貴方達の最大の障害について教えておきましょう。

 それは黒いジャンヌダルクでも、彼女に召喚された英霊達でもない。――邪竜ファヴニール。ある竜殺しにしか倒せないという概念を持った竜を彼女は使役している」

 

 

 ……ここでまたビッグネームが出てきたな。

 ファヴニール。ニーベルングの指環に登場する伝説の竜。自身を打ち倒さんとやってきた数多の英雄を屠ったファヴニールはジークフリートという英雄によって倒される。

 

 ファヴニールが召喚されているのであれば、対抗手段としてジークフリートが召喚されている可能性がある、というよりされていないと彼女の説明通りの概念が付与されているのであれば詰む。

 

 

「マスターの居ない英霊が確か……リヨンに居たという話です。ファヴニールを倒すために必要なその竜殺しかもしれませんし、早く向かったほうがいいでしょう。……知っているのはコレくらいの物。さあ、私を殺しなさい。私が私でなくなる前に」

 

 

 ジークフリートかどうかは分からないが、はぐれサーヴァントが確認されているらしい。此処からリヨンまではそこそこに距離がある。ジャンヌ・オルタ陣営に倒される前に間に合うといいが。

 そしてマルタよ、よく耐えてくれた。自分が自分でなくなる感覚は相当に恐ろしいものだ。その恐怖の中、情報を伝えてくれた彼女には敬意を抱く。

 

 右手にショートソードを出現させて一思いに彼女の霊核を貫く。これで彼女は座に還る。

 

 

「――聖女マルタ。貴女に感謝を。ゆっくりと休むといい」

 

「ありがとう。次があれば、貴方達の側で戦いたいものです」

 

「フ。その機会はきっと直ぐに来るさ」

 

 

 悪しき竜、タラスクを鎮めた彼女は正に聖女と呼ぶに相応しい微笑みを浮かべ、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうやら、ライダーがやられたようですね。いいでしょう、次は私が出ます。新たに召喚した二騎も連れて行きましょうか」

 

「武運を、ジャンヌ。貴女は今や完成された存在。敗北など有りえぬ事でしょうが……」

 

 

 ジャンヌ・オルタはライダー、マルタが消滅したことを知り、新たに召喚した二騎と共に反抗勢力であるカルデアを潰すことにした。

 

 ジャンヌ・オルタは嗤う。

 カルデアがどれほど足掻こうと、此方にはファヴニールが居る。ファヴニールを召喚した反動で召喚されたであろう竜殺しの捜索を現在行っているが、コレも直ぐに片付くと考えているのだ。万が一にも勝利はない、精々我が憎悪の中でもがき苦しみ果てるがいい、と。

 

 

「そういえば、リヨンにははぐれサーヴァントが居たと聞いたけれど」

 

「ええ。居た、という過去形になりますがね。先程ヴラド三世とカーミラからリヨンを滅ぼしたと連絡がありました」

 

 

 それは結構なことだ。ニヤリと邪悪な笑いを浮かべて次はどうするかと考える。

 カルデアが常にマリー・アントワネットの宝具を使い移動しているとは考えにくい。であればそれ程離れられてはいないはず。ジャンヌ・オルタはそう考えてひとまずはマルタの消滅した地点に向かうことに決める。

 

 

「バーサーカーにセイバー。……いえ、もうこの際真名でも構いませんか。ランスロット、ソラール。ワイバーンに乗りなさい。踏みにじりに行くわよ」

 

「Arrr……」

 

「承知した。……オレのようなものが竜に騎乗する日が来ようとは」

 

 

 ランスロットは兎も角として、ソラールという男は狂化が掛かっているにも関わらず、血の気の多さを微塵にも感じさせない不思議な英霊であった。

 他の英霊達はちょっとした事で殺し合いに発展しかねないが、この男にはそのような雰囲気が微塵にもない。逆にそれが不気味でもあるのだが、ジャンヌ・オルタとしては仲裁しなくてよいので気楽なものだった。

 

 二人の返事を聞きながらジャンヌ・オルタは憂いを帯びた表情を浮かべる。どこか上の空でぼうっとしているようにも見える。

 

 

「ああ。この気持ちは一体何なのでしょうね……。私は復讐者。そう……復讐者。私は私を裏切った全てを蹂躙する。そうして初めて私は救われる。――救われる、はずなのに。ねえ、どうしたらいいの?ジル……」

 

 

 彼女自身も自身が何か可笑しいと感づき始めていた。

 街を滅ぼせば滅ぼす程に満たされる筈である復讐心。ところが蹂躙すればする程感じるのはほんの少しの充足感と虚しさ。

 

 蹂躙すればする程に晴れやかになるはずの憎悪に塗れた心には満たされぬことに対する疑念とほんの少しの恐怖。

 

 大きな違和感を抱えつつも、それを自身を完璧な存在と称するジル・ド・レェには打ち明けることも出来ず、ジャンヌ・オルタは城を出る。

 

 

「聖女を失い狂気に堕ちたジル・ド・レェに竜の魔女、ジャンヌ・ダルクか。……オレがこうして此処に居るということは、居るのだろう、オレの太陽よ。オレは決めたぞ。オレは黒きジャンヌ・ダルクに付く。オレでは成しえないだろうが、貴公ならば――」

 

 

 誰にも聞かれていない筈であったその弱音を、一人の男が聞いているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 




デオンの出番はソラールさんがぶんどっていきました。
先にサンソンが出たのもこのためだと適当なことを言っておきます。出す順番を間違えたわけでは有りませんとも(震え声)

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