なお、本編とは関係が在りません。たぶん。
イベント仕様の色んな英霊が居るカルデアでのお話です。
ジリリリリリリン、ジリリリリリリン。
目覚ましの音が部屋に鳴り響く。
耳障りなそれは朝の目覚めを促すのにはうってつけのものだ。
「……朝か」
英霊達と同じく、眠る必要は無いが、極力カルデアの内部では眠るようにしている。
理由は特に無い。強いて言えば人としての習慣だから、だろうか。
もっとも、ただの人であった時のことなど全く覚えておらず、人間の真似事をする化物といった絵面になるのだけれど。
「さて。今日は特にレイシフトの予定もないけど、どうするか。」
最近は根を詰めて素材を集めに行っていたために今日は休みとしている。なので本当に予定が無い。
さて、どうしたものか。
たまには読書でもしてゆっくりと過ごしてみるのもアリか。
『ちょ、ちょっと待って、何で此処に!? 俺の部屋なんだけど!? 待って、ステイ、ストップ! あ、あああああああああああああ!!』
今日一日をどのように過ごすかと考えていると、直ぐ近くの部屋で眠っていたであろう、もう一人のマスターである藤丸立香の大きな悲鳴が聞こえてきた。
「……朝食食べに行くか」
取り敢えず無視することにした。
どうせ清姫か頼光、静謐のハサン辺りが潜り込んでいたのだろう。
どうせ、とは酷い言い様かもしれないが、彼女達は三大潜り込み常習犯なのでこう言われても仕方が無い。
藤丸も藤丸でいつものことなのでそろそろ慣れて欲しいものだ。
呆れつつも部屋を出ると、いつものようにカルデアの職員達の姿が見える。
だが、いつもとは少し違って主に男性職員が何処かそわそわとしているような。
「やあ、アルス。ついにこの日がやってきてしまったね」
「何の日だよ」
「えっ」
全く分からん。完全にオフの日であること以外は本当に分からん。
だからその「お前マジで言ってるの? 頭は大丈夫?」というような目をするのはやめろ。
「クソッ! これがモテる男の余裕というやつなのか!」
頭を抱えて嘆き始めたロマン。
お前は本当に何を言っているんだ。
「今日は二月十四日! 人によってはとんでもない悲しみを背負うことになる日なんだぞぅ!?」
「あー……」
成る程、理解した。
二月十四日か。男性職員が浮き足立つ理由がよく分かった。
現代において二月十四日とは、日本において主に女子が主に男子に想いを告げる為にチョコレートを作って贈ろう、というイベントのある日だ。多分。
容姿端麗な英霊が多く、またそんな英霊達が増えてきた此処カルデアに置いて今日は正しく聖戦なのだろう。例え義理であろうとチョコを貰えるか貰えないか、という男達にとっての。
まあ、こんなイベントは滅多とないのだ。
存分に楽しんでもらいたいとは思う。ただ騒動を起こすのはやめろ。いつも鎮めるのは俺と藤丸になるのだ。
暇といえば暇で仕方がなかったりもするが、折角の休日を潰されては困る。
何故か既に悲しみを背負いつつあるロマンをそのままに、俺は食堂の扉を開けた。
「おはよう。朝食食べにきた」
「ああ、おはよう。君は落ち着いているようで何よりだ」
辟易とした様子で出迎えてくれたのはエミヤ。
彼が召喚されてからカルデアの食事事情は大幅に改善された。俺もまさか彼らがカプセルだの、栄養剤だので食事を摂った気になっているとは思ってもいなかった。
それからというものの、タマモキャット、ブーディカ等の料理の出来る英霊達を取りまとめ、自然に厨房を仕切るようになった。
厨房で全力で調理に励む彼はとても生き生きとしている。
「本当に料理上手いな、エミヤって。……俺も本格的にやってみるか?」
「私で良ければ教えてやろう」
「お、本当か? なら今度教えてくれ。そろそろ此処での休日の過ごし方に悩んで所だ」
本当に無趣味だな、と笑われた。失敬な。
まあ、否定は出来ないのが痛い所だ。
「……ふう、ご馳走様でした、と」
「お粗末様。君は今日一日大変だろうから覚悟しておくといい」
「何でだよ」
聞けば、昔の自分を見ているようなのだとか。全員を幸せにする覚悟は充分か? と言われたが何を言っているんだお前は、としか返せなかった。
さて、朝食も食べたことだ、適当に散策と行こう。
■
「あ……」
「ん?」
廊下をボーっとしつつ、ゆったりと歩いていると声が聞こえた。
俺のことだろうかと振り返ってみれば緑がかった金髪に獅子の耳のある女性──アタランテの姿が。
いつも凛としている彼女としてはかなり珍しく、顔色を伺うような様子でこちらを見ていた。一体何事なのだろうか。
「その、だな。今日はバレンタインというやつだろう?」
「ああ」
「ええっと……」
いや、本当にどうしたのだろう。
不思議に思っていたが、そこでふと気がつく。
ああ、もしかしてチョコか。そういうことなのか。
「……これを。私の手作りだ」
手渡されたのは……林檎。どうみても林檎だ。
どう見ても林檎、だがしっかりとチョコを使って手を加えている辺りしっかりとしている。
うん、嬉しい。嬉しいとも。
俺はこれまでしっかりと現代に馴染めるように生きてきた。
なのでこういったイベントを経験することもあったが、結果はお察し頂きたい。つまりはそういうことなのだ。
ただ、かなり手の込んだ感じであるのはどうなのだろう。義理にしては手が込みすぎではないだろうか。
「林檎を自分で作るとはいささか不思議な気分だった。──受け取るがいい。自身で食べるも、徒競走でこの林檎を私に使うも汝の自由だ」
「え」
ちょっと待て、それはどういうことだ。
確か、アタランテは自分との勝負に勝った男を伴侶として迎えることにしていたという話が残っていたような。
つまり、これはそういうことなのだろうか。
「で、ではな!」
「あ、おい!」
彼女は自慢の俊足で足早に去っていった。礼がまだ言えていないのだが。
それにしても、どうしたものか。
これをどうするかは俺の自由だ、とは言われたものの。
「あんなこと言われたらなぁ……」
■
取り敢えず、今は何もせずとっておくことにした。どう扱えばいいのか分からなかっただけであって他意は無い。
しかしまさかあのアタランテから贈り物を貰うとは。この分だとまだ増えそうだ。
……エミヤの言っていた大変な目に遭うとはまさかこのことか。
「あ、マスター!」
「ジャンヌか」
にこにこと笑いながらこちらに寄ってきたのはジャンヌ。
その笑顔はとても眩しく、正しく聖女といったところだ。
心なしか周りが輝いている気がするがきっと気のせいだろう。
「……」
「ん? オルタも一緒に居るのか。珍しいな」
陰に隠れていて気付かなかったが、どうやらオルタも一緒に来ていたらしい。
彼女達が共に居るとなると、明日は海魔でも飛び出してきそうだ。それくらいには珍しいし、まずあり得ない光景なのだ。
「これを。日頃の感謝と愛情を込めて、私からの贈り物です」
「ああ、ありがとう」
日頃の感謝と称して渡されたそれは綺麗に包装された白い箱型のもの。
まあ、見れば分かる。チョコレートなのだろう。
さり気なく愛情を込めていると言われたがきっとそれも親愛の愛情だろう。でなければ、男女の仲など経験していないであろう彼女が平然とこれを渡してくるはずがない。
「で、では私はまだ渡していない人が居るのでっ」
「……あれ?」
そんなことを考えていると心なしか顔を赤くしたジャンヌが俺の視界から逃れるように消えていった。
まさか、な。
いやいや。
ないだろう、きっと。
「……ははっ」
思わず乾いた笑いが出る。いつから俺はこんな人間になったのだろう。
藤丸じゃあるまいし。
等とかなり失礼なことを思いつつ、ふと前方を見やればそこには取り残されたオルタの姿が。
「……」
凄い顔をしている。とても言葉では言い表せない表情だ。
ジャンヌに無理やり連れてこられたであろう彼女の気持ちはとても推し量れるものではない。
ぷるぷると震えつつも何かを言おうとしている彼女の姿は大変庇護欲をそそるものだ。
普段のつっけんどんとした態度から一変してこのような態度をとることがある彼女は大変可愛らしいものだと思う。
「こほん。……はい、これ。私からは嫌がらせに私の顔に似せたチョコです。どうです? とっても嫌な気分でしょう?」
そう言って手渡されたのは割と大きめの箱。
透明な部分から見えるは正しくジャンヌ・オルタの顔。本人は嫌がらせのつもりで作ったらしいが、俺がこれを喜んで食べたとしたら彼女は一体どうなるのだろう。
どうなってしまうのだろう。
少しからかってみたくなってきた。
その場で食べるまでは行かなくとも、満面の笑みで嬉しそうに礼を言うとしよう。
「ありがとう。じっくりと味わわせてもらうとも」
「え。ちょ、ちょっと待ちなさい。やっぱなし、よく考えたら私を食べてもらうってそれ……ああああああ!!」
自分が一体何をしたのか、何を言っているのか、ということに気付いたのか、彼女は顔を真っ赤にして走り去っていった、
手渡したチョコを奪い去っていかない辺り、根は真面目というか、なんというか。
……後でそれとなく謝っておくか。
■
よし、部屋に戻ろう。
そう思って歩いていたら様々な英霊達からチョコを貰った。皆バレンタインを満喫しているようで何よりだ。
だがアストルフォ、お前は男だ。何故チョコを用意しているんだ。
そして何故俺にチョコを渡すんだ。やめろ、頬を赤らめて照れくさそうに笑うんじゃない。
と、まあ色々あったが、何とか無事に部屋の前までたどり着いた。
それはいいのだが。
「……」
部屋の中から気配を感じる。
具体的には、ネロとタマモの。
何故居る。
いや、考えてみれば直ぐに分かることではある。
だとしても何故二人で居る。
……ここで躊躇していても仕方あるまい。
意を決して部屋に入る。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「その様子だと我らの予想通り、チョコを山ほど貰ってきたようだな?」
思いのほか普通に出迎えられた。
少し安心した。何があるのかと戦々恐々としながら身構えていたところであった。
しかし、予想通りとはどういうことなのだろう。
「フッ。奏者のその魅力を持ってすればハーレムを築くことなど造作もないこと。それを余はよーく分かっているゆえな」
「わたくしとしてはかーなーり複雑なのですが」
「奇遇だな、俺もだ」
それでいいのかと言いたい。俺にそんなつもりはない。断じてないのだ。
知らずの内にハーレムのようになっている辺り、手遅れかもしれないが。
「それで、だ。どうせなら奏者と二人で甘い一時を過ごしつつ、最後の一人として部屋で待ち伏せすることにしたのだが……」
「思いっきり。思いっきり同じ考えに辿りついちゃったんですよねぇ……」
成る程、彼女らが二人で居る理由は理解した。
ただ、この場合、二人で争っていても不思議では無い筈だが。
「何、奏者が好かれるのは今に始まったことではない。だが、メインサーヴァントとサブサーヴァントたる余とキャスターが優先されるべきであるのは明白である。つまりだな、余とキャスターを存分に愛でよ! ということだ!」
「この際わたくしも気にしないことにしました。正妻戦争はまだ終結してませんが、一時休戦ということ、なのです」
そうきたか。
だが、そうとくれば愛でるしかあるまい。今こそネロとタマモを絶対に可愛がるマンと化す時だ。
「と、その前に。奏者、余からのプレゼントだ。見た目や味は勿論のこと、愛情もたっぷりと、これでもかと込めておいたゆえ、味わって食べるがよい」
「わたくしからはこれを。セイバーさんに負けず劣らず、いや寧ろぶっちぎりで勝つ勢いの贈り物でございます」
それぞれ手渡されたのは手作りの手の込んだチョコレート。月桂冠が施され、薔薇の装飾の付いている、これぞローマ、といった趣を感じられるチョコに西洋風のものでありながらもどこかお淑やかで控えめなチョコ。
どちらも彼女達らしさが出ている。
素晴らしい、これはいいものだ。
嬉しくないわけがない。
ニヤけていないだろうか。抑える努力はしているが。
「本当に嬉しいよ。ありがとう」
「うむ! では奏者よ、甘えに甘えるゆえ覚悟せよ! 今夜は寝かさぬぞ?」
「おや、大胆な発言ですねぇ。しかし、それはわたくしの台詞! ご主人様、わたくしと熱い、熱い夜を過ごしましょう!!」
英霊達もどこか浮ついた様子の二月十四日。
チョコを貰えた者はいい一日になったことだろう。
貰えなかった者は残念。
また来年に向けて努力しよう。
こういったイベントは楽しむに限るのだ。
どんな結果であれ、誰もが楽しめる一日でありますように。
何故アタランテを入れたか、だって?
好きだからに決まっているでしょう!!
番外編だからいいよね! なんて思いつつ思い切って入れました。後悔も反省もしていません。